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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話㉒


「ダメか、あいつ……。動物的勘とやらはどうした……。陽太、これ、とりあえず布とかなんか色々だ。色々入っている。レシート中に入ってるから後日清算してくれ、そして、レシートを見て気づくことだろうが、わけが分からないレベルでおまけされてるはずだ。その店のおっさんに感謝してくれ。礼の電話でも入れてくれるとなお良い……。えぇとだな、作り方が分からないならその店を訪ねろ。商店街のブリリアントピープルという女性物の下着を売ってる店の向かいにある。大分奥の、……ヤバイ、奥の方だ。できれば作り方が分かっているつもりであってもその店を訪ねてくれると良い。出来上がりは良くなるだろうし、その店のおっさんもおそらく喜ぶことだろう、じゃあ、そういうことだ、陽太」


「何見てるのだ?健介は。おまけと言っても、おぉ、綿だけかと思ったら目茶苦茶重いな、これ。中、布?布こんなにいるのか?悪いな、健介。布代だけになっているのだが、これは何かの間違いなのか?レシート他にもあるなら一応貰っておくのだが。正直俺もこんなにいらないぞ。健介は……、自分の分も欲しかったのか?素直に欲しいと言えば作るのだが」


「違う。お前は話をちゃんと聞いてくれ、あぁ……、ミーコ、行くな。せめてとりあえず走るなよ……。ほとんどがおまけなんだ。店主が良い人であれこれ目茶苦茶いるかどうか分からんものまで入ってるが布の代金しか請求されなかった。布に関してすらその中身のほとんどがタダみたいなものだ。だから、……しかも、抱き枕を作ると言ったらその店主も真っ先に人型はどうかと返したぞ、お前とおそらく波長が合うだろうし、親切にも作り方を教えてくれると言っているし、チャックの位置に気を使うべきだと言ってた。お礼をできるならしておいた方が良い。だから、その店行って一緒に作ってきたらどうだ?ということで、俺は帰る。じゃあな、陽太」


「何をそんな、漏れそうなのか?トイレなら別に貸すのだが。あと、健介これポニョ俺が持ってて良いのか?あと、これもなんか別の店の袋みたいだぞ?これもおまけか?」


「ああ、すまん、ポニョは預かっておくし、そっちはお前のじゃなくて他の人へのお土産だ」


「ほい。助かったのだ、健介。楽しみにしててくれ。まあ多分だが、すごいのができると思うのだ」


「ああ、完成するのが待ち遠しいな。楽しみにしてる。あと、そうだ。チャックは寝てる時に顔に当たるような配置にしない方が良いらしいぞ。詳しくはその店のおっさんに連絡して聞いてくれ。じゃあな」


「よしょ」と紙袋を持ち上げ、陽太は部屋の中へ戻った。ポニョはお土産の袋に突っ込む。ミーコの進行方向へ早足で進み、その後ろ姿を改めて発見した。が、足がガタつく。走って追いつくのは諦めてとりあえず呼び止めた方が良さそうだ。


「おい、ミーコ、待ってくれ!」


「健介ニャ。今日はちょっと、疲れてるニャ?」


「俺かどうか、確認する前から声を出すな。はあ……、俺じゃなかったらどうする……」


「健介、ご苦労さまニャ。大変だったと思うけど、今日は帰ってゆっくり休むニャ」


 まるで俺のご苦労を全部見透かした上での、言葉選びのようだった。どこにいたのかとか、何してたのかとか、そんなことを聞きもせず、俺を労う言葉が掛けられる。


 ミーシーから一部始終を聞いてから俺の捜索に出たのかも分からん。俺も俺で、あれもこれも語って聞かせる気力はなかった。


「お前こそ……、遅くまで俺を探しに出てたんだろう。すまんな、ご苦労だった。俺はあんまり、探せてなかったが」


「まあ、そこは、お互い様ニャ」


「とりあえず、一緒に帰ろう。それとな……、もしかすると、俺は後でお前に言わなきゃならないことができるかも知れない」


「それも帰って休んで落ち着いてから聞くニャ」


 荷物は肘に掛けて、やっと空いた両手でミーコを抱えて自宅を目指すことにした。やはり疲れてるみたいではあって、嫌がる素振りもなく抱っこされて大人しくしている。


 この先がどうなっているのか、それによってはミーコにも事情を伝えなければならない。二人がいなくなっていたら、俺はミーコに、『今日こんなことがあって、それをきっと、俺は二人のことを思って、隠さずに伝えた、だから二人はいないのだ』と、少し格好をつけて話さなければならない。


 ミーコも疲れているからか、俺が歩いている間一言も話すことなく静かに丸まっていた。時折風景を確認して、俺の顔を見上げるような動きをした。『もう少しだから頑張れ』と言われているようだった。


 だが、足がやはりゆっくりしか動かない。不安に思っているからだろう。疲れもあったろう。


 そして俺は、自宅の玄関にまで辿り着いた時、それら全部、俺が話す話さないも、二人がいなくなるならないも、全部全く、馬鹿げた勘違いだったことに気づいた。俺が何か選択して行動して、結果が変わることなどあり得なかったのだと知った。


「健介……、良かった。ありがと、健介……。ミーシーがすごく喜んでた。私たちのために取り返してくれたんだって……。こんなだったけど、すごくミーシー嬉しそうだったし、ありがと、健介」


 俺に駆け寄って、正面から両手で俺の袖の中くらいを握って、アンミは俺にそんなことを言った。


 俺は結局その表情を見て、この台詞を聞いてしまうから、言わない、……のではなく、言えなくなる。だから二人が、まだこの家にいる。


「少し違うな……、アンミ。取り返してくれたのはミーシーだ。俺はそんな……、何もしてないから、そんなふうにされても、ちょっと困るかな……。そんな、ほら、抱きつかれるのとか慣れてないから、照れる、というか身動きできない。あまり圧力が掛かるとミーコが潰れる」


「健介も抱き返したいなら私、降りた方が良いかニャ。健介がそういうのが良いなら私も空気を読んでますニャ」


「お疲れさまは静かに寝ていろ。ああ、アンミ?ミーシーはどうしてる?足、ケガしてただろう。歩けそうか?」


「うん?ミーシーもありがとうって」


「それは……、どういたしまして。ケガは?痛そうにしてるか?」


「ゆっくりなら歩いてたりする。痛いかどうかは見てても私分からないけど、大丈夫って聞いた時、走りたくはないって言ってた」


「じゃあ、病院まではいかなくても良さそうかな」


 俺の迂闊な言葉に、アンミは明らかに動揺し一度首を持ち上げて俺の目を見た。おそらく病院という単語に反応してのことだったんだろうが、驚いた表情をまたすぐに微笑みに戻し、俺を家の中へと引き込む。


 結局昼飯は二人とも簡単な料理で軽く済ませて、お腹を空かせて帰ってくるであろう俺のために早めの晩御飯を用意している、ということだった。


 玄関を上がって台所まで辿り着くとミーシーは既に椅子に腰掛けて食事開始の号令を待っていた。二食分とまではいかないだろうが、炒め物の皿が並ぶのと、少しそれと不似合いに焼き鮭があった。ミーコを置いて上着を椅子に掛け、手洗いをしてから席に座った。


「いただきます。ミーシー、足はどうだ?」


「まだ軽く痛むけど、見た目は美しいと思うわ。いただきます」


「いただきます。ミーシー、病院行く?」


 あれ、……と思った。少なくともアンミは先程俺が病院と発言した時には不自然な反応を見せたし、元々……、今日聞いた通りの事情なら外に出るのを避けるべきだと認識していなくてはならない。


 そこまで深く考えていないのか、ミーシーが予知して警戒しているなら問題ないと思っているのか、それすら越えてミーシーを心配しているのか……、どういう思考経路なのか読み取れない。


 それとも俺が気にし過ぎだったんだろうか。アンミは単に、病院に連れていくという発案を受けて、それに思い至った時にぽよんとひらめいた顔をしただけだったのかも知れない。


「ギネス挑戦中だから行くわけないでしょう。大体……、いいえ。というか多分今治ったわ」


「多分……、湿布してテーピングしてればその内治るとは思うが……。しばらくは安静にしててくれ。無茶をするな。病院行かないギネス挑戦中か?多分それはもう何人も百年以上行ってない記録があるだろう。無理せず必要なら病院行ってくれ」


「別に無茶してないし今安静にしているでしょう。じゃあ、健介、安静にしててお茶が届かないから取ってちょうだい」


「あ、ごめん、置いただけで忘れてた」


 テーブルの端にカップが三つお茶が注がれた状態で置かれていた。俺が一番その近くだったからとりあえずアンミの分だけアンミの着席予定位置に置いて、続けて自分の分とミーシーの分をそれぞれに移動させようと手を伸ばしたのだが、ミーシーの分を机に置く直前にアンミはわざわざ席から立って自分のカップを取りにきた。


 俺の横に立っているアンミにカップを手渡し、一旦アンミの席に置いた茶をミーシーの前に移動させる。


「アンミも、待ってりゃ良いぞ。それとあの……、もしかして、デレたのか?俺とミーシーの距離が縮まったりしたか?おそらく俺は今まで名前で呼ばれたりしてなかったと思うんだけどな」


「今まで健介と呼んでなかったとしたら、語呂が悪かったからでしょう。それに少ししたら、名前で呼ぶ方が都合が良くなるわ。別に元から仲良しだったでしょう。まあただ、名前を呼ばれて嬉しく思っているならいくらでも呼んであげるし、今日は特別に、サービスしてあげましょう。しょうゆが遠いわ。取ってくれたら頭をなでなでしてあげるし、アンミとやってたみたいにハグもしてあげるわ」


「健介すごい、よく気づいたね。へぇ、もうなんかすごい仲良し。気づかなかった。良かった」


「ああ、まあ、良かった?あんまり実感がないというかむしろ少し違和感があるくらいだが……、あれ、あと、アンミ、しょうゆどこだ?」


「ええっとね」


 と、またしてもアンミを席から立たせてしまったわけだが、アンミは終始ニコニコの満面笑顔のまま俺の横を通り過ぎて、何故か俺へと醤油差しを手渡した。


「ありがとう……。ほれ、ミーシー、しょうゆだ」


「健介、……あなたからも言いなさい。不満があるなら言いなさい。気まずくなるでしょう」


「いや、まあ……、今のは俺がアンミに聞いたからなだけで、なあアンミ」


「ううん?健介がミーシーにしょうゆ渡して、ミーシーがありがとう」


「あら……、とってもありがとう健介、しょうゆがなくて死ぬとこだったわ」


「……どういたしまして」


 俺を名前で呼ぶかどうかはあまり好感度の指標にはならなさそうだ。少し不満があれば普通にトゲが立つ。


 とはいえだ。とはいえ……、俺は安堵に打ちひしがれていた。ただ、少し前までの、吐き気を催すほどの後悔の予想は僅かばかりの罪悪感に姿を変えて俺を襲う隙を窺っている。


 だから純粋に、これを喜ぶべきだとは決めきれなかった。俺はこれを、失うんだな。何かをしくじれば……、あるいは解決できなければいずれ。


 食後の片づけは平常通りアンミが率先して始め、ミーシーはしばらくお茶を啜ってゆっくりした後椅子から降りた。居間へ向かうまでの様子を眺めていたが、やはり右重心に体が傾いているしケガをした左足は完全には浮かずに爪先あたりを引きずっていた。


 一応、歩けてはいる、という程度で、まともに歩いているとは言い難いし、走ったり跳んだりはさすがにできないだろう。ミーシーはそのままゆっくりとひょこひょこ移動しソファへポスンと体を落とした。一つ息を吐き出してテレビの電源を入れる。


「階段、大丈夫か?」


「余計な心配してくれなくて結構よ。全然余裕で上れるわ。単なる捻挫だし、仮に骨折だったとしても普通片足で上れるでしょう。そして仮に両足骨折してたとしても逆立ちして上れるから三本骨折するまでは放っておいてちょうだい」


「一応聞いただけだ。必要なら遠慮なく言ってくれて構わない。なんなら下で寝ても良いんだぞ」


「心配性なあなたにわざわざ言っておきましょう。今現在で痛くないわ。ただあなたが言うように無茶をすると悪化するのが私も分かってるから庇って歩いてるだけよ。五十メートル一本なら自己ベストと同じくらいで走れるわ。あなたにおぶって貰ったお蔭ね。あの時あなたを信用してアンミのこと任せなかったら回復するまで時間も掛かったでしょう」


「それは良かった。他にはないのか?お前はその……、最初に俺の家に来た時、お前のお父さんがこの家にいることを知ってると言った。だが、まだ迎えが来たりしてない。他にも困り事とか相談とかな、俺は聞いてやれる」


「色々迷惑掛けるわね。あんまりこっちから言いたくないけど……、割と時間の問題でしょう。迎え……、迎えというと微妙な感じだけど、何日かしたらこっちに顔出すわ。そこは色々そっちで相談してくれた方が良いでしょう」


「いつ来るんだ、その迎えは」


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