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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話㉑


「私が研究所の裏切り者であるかどうかは、健介君が判断をしてくれたら良いわ」


 その潔さはまるで、何一つ誤解を生みようがなく出会ったかのような、台詞だった。


 おかしな話だ。この女は強引に俺を襲撃し、一方的に話を聞かせた、肝心な解決策については明かすつもりがない。


 黒い女が研究所の所属であることまではそれっぽい物証があるわけだが、裏切っているということについてはせいぜい女本人の証言と、居場所が分からないように工夫しているという点くらいのものだ。


 そこには本来、必死な弁明や多少ほつれていたとしても言い訳があってもおかしくない。なのに、俺の判断に任せると言った。俺が今まさに誰よりもうさん臭さを探っていて、誰よりも不審さを感じているのに。


 信じて貰えなくても、別に不都合などないかのように聞こえた。だが、俺が口を閉じたまま考え込む間、俺が欲しがっている証拠の代わりに、「どうか私を信じて欲しい」と、そんな頼みごとを聞いた。


「俺を信じさせるための方法は少なくとも二つある。お前のさっき言った冴えた解決策を今ここで俺に聞かせるか、あるいは研究所の裏切り者であることの証拠を用意するかだ。そのどちらも用意できずにそんなことを俺に言ってどうする。まずお前の信用度は俺を攻撃してきたことで致命的に損なわれていることを自覚してないのか?」


「今は損なわれていたとしても良い。いずれ、私を信じて欲しい。お話するための携帯電話も渡しておく。これから健介君は何かを不安に思ったり何かに不都合を感じたら私に連絡をしてくれる。知りたいことがあれば私に聞いてくれたら良い。何も今すぐこの場で私を全面的に信用してくれなんてことは言わないわ。そんなことは無理でしょう。これを手に持って家へ帰って、必要な時に使う。それだけをお願いするために、これまで話をしていたの。持って帰る必要があることが分かってくれたら良い。それは別に、今私を信用できるかどうかで決めなくて良い。私のことがまるで信用できなくても、持っておくべきでしょう?」


「俺の家がどこかを探り当てるつもりか?実はまだ俺の家の場所をお前が知らないのかも知れない。GPSが搭載されている、この携帯電話には」


「健介君、……警察へ行ったでしょう。まあ私と会う前だったとはいえ、住所を隠したいなら供述調書には嘘の住所を書かなくてはならなかったのではない?さっき家へ電話してミーシーちゃんと話したでしょう。番号の履歴の残っているその携帯電話を置いていく?タクシーを使ったわよね。あの運転手さんだってあなたの家の近くまでは案内してくれると思うし、あなたの家の近所で高橋という名字は四件しかないのよ?なんならあなたが気を失っている間に財布に保険証が入っていたことも見ているし、衣服に発信機を取り付けることだってできた。それでも私が、あなたの住所を知りたいと思う?ソラで言いましょうか。ねえ、商店街ですれ違った時、何故私があそこにいたのか分かる?」


「…………俺を襲うためだ」


「表現はともかくとして、健介君の想像している通りよ。あなたの居場所というのは既に分かっていたし、ミーシーちゃんが許可する移動範囲というのは私も把握している。その許可された範囲をぎりぎり外れるとしたら、あの辺りが限度だったでしょう?ミーシーちゃんと直接出会ってしまうリスクは抑えたかった。あなたが一人であそこまで歩いてきてくれて、ホッとしてたわ。会って最初の説明をするまでが一番難しいと思っていたから」


 どうやら俺が襲われた理由は、ミーシーの予知不可能地域に入ってしまったからのようだった。先程簡単にさらりと説明されたが、研究所は予知を妨害するための機械をあちこちに設置しているらしい。予知妨害範囲でのことを、ミーシーは予知で知ることはできない。


「ずっと監視をしてたってことか、俺を……」


「ずっとじゃないわ。できるだけ、監視はしていた。あなたが予知可能範囲から出た時のことはおよそ把握しているつもりだけど、それ以外の時のことまでは詳しくはないわ」


「どうやってそんなことを知れる?普通に考えてそれこそ、組織で俺を監視していたようにさえ思える。そうなるとお前が組織の裏切り者だなんてのは嘘だということになるだろう」


「この付近にいて予知圏外を行動範囲にしている人のことを調べたわ。もちろん事情は伏せてではあるけれど、外の人に情報提供をお願いしたり、地道に聞き取りをしたりもする。ミーシーちゃんに私のことを知られないようにしなくてはならないし、私の行動が高総医科研に不審に思われないようにもしなくてはならない。これでも苦労はしているのよ。少し強引にでもチャンスを活かさなくてはならなかった理由も分かって欲しいわ」


「少し……」


「…………強引だったとは思うわ。少しではなかったわね。かなり強引に話に付き合って貰うことにはなってしまった。それを恨まれても仕方ないと思うくらいに、私も手段を選んではいられなかった。だから、最終的に健介君の判断に任せるとはいえ、健介君には正しく決めて欲しいと思ってるわ。アンミちゃんとミーシーちゃんが困っている。私は良い方法を持っている。健介君にそれを教えて上げられる。トロイマンや研究所の動きも把握できる。必要だと思うのならそれを簡単にリークできる。簡単ではないけれど、研究所の動きをある程度は誘導できる。その準備もある。健介君、これは確認して貰ったけど、ミーシーちゃんは私の存在は知らないし、未来に不都合なことを見つけたりしなかった。私を信用するための一つの材料にはなると思うし、もしミーシーちゃんがまだあなたの家に残っているのなら、……ではあるけれど、あなたは結果的にミーシーちゃんに、不審な存在である私のことを伝えなかったことにはなる。アンミちゃんにも、もちろんミーシーちゃんにも、私のことを伝えないでくれると助かるわ。私が伝える方法は、少なくともミーシーちゃんに知られていては成り立たない。でも、健介君がこのことを胸の内に秘めて、私と話をするつもりがあるのなら、私は確実に、今の不幸な状況を、全て解決してあげられる」


「それが本当なら、信じてみる価値はある……。だが確約はできない。お前が疑わしい行動をしたり、あるいは……、俺が相当に間抜けだったとして、お前が確実に俺たちを裏切ったことが分かった場合はミーシーに告げる。そうするとだ、それを予知で知るミーシーは既にそれを知っている」


「ええ。そうね。だから健介君は、私を信じる価値がある」


 それはとても奇妙な循環のように思えた。信じられる証拠を出せと言っているのに、俺が信じた証拠を出されて、何故そうなるのか俺自身には分からない。女の出す条件と、ミーシーの能力とが不自然な円環を描いている。


 結局女は、この場で解決策を知らせることもしなかったし、まともなヒントを出そうともしなかった。せいぜい、実際その時になれば、『なるほど、そういうことか、そんな簡単なことだったか』と言って俺が納得するような答えだということらしい。


 俺がよく考えてみれば、あるいは黒い女から必要な情報を引き出せば辿り着くことはできるように設定されている、とのことだ。であるから、焦って聞く必要はないのだと諭された。


 そして当の俺は、本当に、このことを、ミーシーに告げないのか、この先も告げることがないのか、むしろそちらが心配になった。もしかして通話したのが最後になって、もう二度と会えない可能性だってある。


 あの場でミーシーはああは言ったが、俺がこの先不都合な事実を見つけてしまったら、それをミーシーに告げたら、二人は俺から離れる選択をすることだってあり得るわけだ。


 多分、だから、……俺は告げないのであって、それが本当に最良の解決策へ繋がるかは定かじゃない。ほんの少しだけ保留にしたいがために、俺は危険を冒すのかも知れない。


 だから、まずはそれを先に、確認したくなった。俺がこの携帯電話を持ち帰って、それを上手く隠して、そしてだ。その時まだミーシーが、アンミが、俺の家にいる選択をしているのか、それが気になった。


 携帯電話を手に取って店を出る時にも、黒い女は事務調子といって良いほどに淡々と、「質問ができたら連絡をしてちょうだい」と言った。俺はその場で何か思い浮かぶこともなく、携帯電話だけポケットに突っ込み、歩き始めた。


「荷物と、ミーコ探しをしなくちゃならんのだったか……」


 正直もうため息で呼吸を続けている。聞かされた話は今すぐにどうこうというものではないにしろ、下手をすれば良くない結末に繋がる。


 その上、やはり黒い女が十分に信用できない。ミーシーから二人の事情について先に聞いていれば良かったが、……帰ってどんな顔をしていれば良いかも分からない。


 俺が聞かされていない事情を知っていればミーシーはおそらく俺と黒い女の繋がりを察知することになるだろう。直接話した俺ですら信用しきれない黒い女をミーシーが簡単に信じることはあり得ないわけで、そうすれば、二人は俺の家から出ていく。


 しかもまあ、おそらく、俺に気づかれないように。俺が家に辿り着く前に。


「俺が話すつもりで家に帰れば、もうその時にはいないわけか……。そりゃ、寂しいな」


 探すつもりがないものはむしろ簡単に見つかるというジンクスはここでも有効だったようで、荷物の方がむしろ俺を探してくれていたようだった。


 ブリリアントピープルの店員はわざわざ店番の合間に荷物の持ち主の特徴を聞いて回り、暇がある度に外に出て俺を探してくれていたらしい。荷物の持ち主を探して手芸店に行き、俺が持ち主だと分かると……、店員さんなりの恩返しのつもりだったのか、わざわざ俺のことを探してくれていたらしい。


 もうあれから何時間も経っているのに、そんなことしなくて良かったろうに。俺は深く頭を下げて礼を言って紙袋を受け取った。こちらこそと言って店員さんもまた頭を下げた。


 どうやら俺のアドバイスの通り、あの下着泥棒の件を警察へも連絡をしたようで、その顛末を話したそうな様子ではあった。それはまあどちらかといえば俺の方が詳しい話題ではあったから、「一安心ですね」とだけ話を切り上げてまた頭を下げて立ち去る。


 もう既に暗くなり掛けているからミーコ探しもゆっくり歩いて偶然見つかるのを待とう。その間によく考えてみれば良い。家に帰って二人がいたら話す、という考え方をするだけで、もしかすると二人ともいなくなるかも知れない。


 せめて黒い女が良い方法を聞かせてくれていたら、ミーシーが納得してくれる可能性もなくはなかったが、おそらくわざと、二人に役立つような情報が省かれている。


 研究所がアンミに辿り着くまでの時間稼ぎをすると口約束したに過ぎないから、本当に味方かどうか、目に見える証拠もない。逃げ隠れている最中に実は居場所がバレているとミーシーが知ったら、直近に問題があるかどうかでなく、至極当たり前に、居場所を変える選択をするだろう。


 でもな、……俺は、一緒にいたいな。


 助けられることがあるなら助けになりたいな。


 俺はどうやら、今回の出来事を話さなくて済むだけの肯定的な理屈を探そうとしている。もしもまだアンミとミーシーが家にいるなら、黒い女は二人の居場所を知っているにも拘らず、ミーシーが予知した範囲では、アンミを捕まえる行動をしない、ということにはなるだろう。


 この先しばらく予知に不都合がない以上、黒い女を信用してみる価値はある。あの女の工作に乗っかって、あの女から情報を引き出して、それが最終的にはプラスに働くこともあるかも知れない。


 今回の件で、二人を逃がすリスクを負っていたのはあの女も一緒だ。家に留まらせる方が都合が良いのなら、俺と接触すること自体避けるべきなのに、わざわざ連絡できるようにと携帯を渡してきている。


 聞かされた通り俺などの役割があるのなら、リスクを承知でのやむを得ない決断だったとはいえるのかも知れない。


 逆にもしも敵であったなら、おそらくこの先言葉巧みに注文を寄越してくることになるはずだ。ただそれも、敵の動きを知るヒントにはなる。あまりに怪しい内容であれば突っぱねるなり、従うふりをするなりして、その時、俺がミーシーに全てを打ち明けてしまえば良い。


 ミーシーは予知によって事前にその内容を知ることになるだろう、多分。


 ……だから、何も今、つまらない話題を、無闇に振るべきじゃない。


 多分少しすれば、二人は俺に、『聞かせるべき事情』を聞かせてくれる。


 だから、俺からは話さなくて良い。


 俺は家に帰って誰も迎えてくれないことが怖いから、……話さなくて良い。


「だから話さなくて良い」


 不安を引き連れてだったからだろう、俺の足は今までになく重かった。何度荷物の持ち方を変えたところで思うように足は動かなかった。


 ようやく陽太の家を見つけて両手の荷物を下ろす算段がつく。とぼとぼ階段を上がり、インターホンを鳴らしてしばらく待っている間、俺はふと、誰かに呼ばれた気がして、通路から身を乗り出して道路を見回す。


「ああ、偶然か?」


 これこそまさに、動物的な勘と呼ぶ。ミーコが道の端を歩いているのを見つけた。遠目であるからしっかりとしたことは分からないが、こんな時間まで人探ししていたわけだから、相当な疲弊具合ではあるだろう。


 丁度陽太が俺の後ろに現れたものだから、……俺の呼び掛けに答える猫の図を見せるわけにもいかなくて、ただ『こちらに気づいて止まれ』とだけ道路の向かって念を送ってみた。


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