No.0004
「ふふふ」
少年の視線を受け取りましたとという表情で彼女は笑った。その微笑みが洗面所に響き渡っている。深い余韻が少年の心を駆け巡る。
「ねえ。今度はシャワー遊びをしない?」
少女が問いかける。
「なあに? シャワー遊びって」
少年が聞き返した。すると少女は、すたすたと風呂場に向かった。
その軽やかな足取りに少年がついて行くと、換気扇の乾いた音が聞こえてきた。その音に少年は一瞬ぼうっとした。
「シャワーで遊ぶんだよ。一緒に」
彼女はそういって笑顔を見せた。それから電気をパチッと点けた。その場に淡いオレンジ色が放たれて、その空間の雰囲気がガラリと変わった。
「このお風呂場、綺麗だね」
少年はできる限り彼女の部屋を誉めようとする。少女はその好意を嬉しく思ったので
「ありがとう」と明るく返事をした。
「ねえ、じゃあそのシャワー遊びを始めようよ」
彼は待ちきれない様子で、わくわくしながら声を発した。
「うん! やろう」
少女はそういうとバルブ型の邪口をひねった。直後に勢いよく、ぬるま湯が二人の方向へ飛び出してきて、服を濡らしたので、お互い「ふふふ」と笑う。
でも少女はシャワーを止めようとはしないので、ぬるま湯はずっと二人に掛かりっぱなしだった。
その光景がたまらなく楽しくて、少年と少女はいつまでもこの喜びを噛みしめていたいと願った。
「服がびしょびしょだよ」
少年が言った。
「私も」
そういってこの二人はあどけない笑顔を見せあう。
「ねえ。お湯が出ているところをずっと眺めていると、透明だったはずのシャワーに、小さくてカラフルな色がたくさん付いて見える事があるんだよ」
少女は少年の瞳をじっと見つめながらこの事実を教えた。
「えっ。そうなの?」
と少年は一瞬おどけたような表情を見せてシャワーの出るノズルの小さな穴たちを眺めた。
躊躇なく降りかかるぬるま湯が、少年の服に降り注ぐけれども彼はあんまり気にしなかった。
水が入り込んで重たくなる服の感覚もすごく心地のよいものだったからだ。
少年は少女の言うとおりに、ノズルの穴たちをうっとりと眺めた。風呂場の天井から降り注ぐ光が、シャワーの透明な水しぶきに反射して、途切れ途切れのプリズムみたいに輝いていた。けっして強くはない淡い光だった。
「みえた?」
少女が問いかけた。
「もちろん見えたよ。目の錯覚かなと思ったけど、薄くて淡いすごい良い光だね」
「でしょう? アナタにも見えるんだ。うれしい」
「えっ。見えない人もいるの?」
「この話をすると、みんな困った表情をするの」
「そうなんだ」
確かに見えない人もいるかもしれないな、と少年は考えた。上からずっと降り注ぐ透明な水を、ただ何も考えないでぼうっと見ている時に、そのような淡い光が着いて見えるので、時間に追われている現代人はそんなふうに繊細な行動をすることが無いのだろうな、とも感じた。
「ねえ。こんなに服が濡れてると、お外に出られなくなっちゃうからもうやめよ?」
少女が提案した。
「そうだね」
すると彼女はシャワーを止めて、乾燥の機能のボタンを付けた。再び、より低い重低音が辺りに鳴り響いた。
「このまま服が乾くまで待つの?」
少年が問いかける。
「そうだよ」
少女は嬉しそうに声を発した。
「どれくらい時間がかかるんだろうね」
少年が疑問に思って少女にそう問いかけると、彼女はニコッと微笑んだ。
「服が乾くまでよ。そしたら、今度は二階に上がって一緒にお布団で寝ようよ?」
彼女があどけない笑みで語り掛けるので、少年の胸が躍った。そういえば二階にはまだ足を踏み入れていないけれど、彼女が言うのならきっと素晴らしい世界がそこには広がっているのだろう。
そういう期待が少年の胸の奥に残って、目の前の可憐な少女の瞳をジッと見つめて、服が乾くまで、お互いずうっとその場で時を待っていた。
二人がお互いの顔を見ながらうっとりと服が乾くのをまっている間に、一秒一秒が確実に過ぎて行くのが分かる。
それは窓の外の色が、鮮やかな水色から灰色を混ぜた絵の具のように深い青へと変わって行くからだ。