No.0003
「ねえねえ。どこから見るの?」
少女が少年の首筋に声を投げかけた。彼女の痛々しい程の無垢な瞳が少年の目を見つめている。
それほどまで、彼に自分の部屋を探索される事に期待を抱いていたのだ。
数歩、足を進めた段階で彼の鼻に匂やかな柔軟剤の香りが届いた。
その匂いは目の前の少女の肌をかすめて、危険な眼差しと混ざり合って、少年の心により一層の心地良さを感じさせたから、彼は正気を失いかけた。
「大丈夫?」
少女が心配そうな表情を浮かべながら少年に聞く。
「いい匂いだね、この場所」
彼はうっとりしながら彼女に微笑んだ。
「洗濯物が乾いたの」
「そうだったんだ」
「ねえ、洗面所にいこうよ。今気が付いたけど手洗いとうがいしていないもん」
彼女に言われて少年は初めて、自分がこの部屋に入ってから、手洗いとうがいをしていないという事実に気が付いた。
「そうだね。じゃあ、やりに行こうよ」
「うん!」
すると少女は少年の手首をつかんだ。自分の手首に触れた少女の指先を見て、少年の鼓動はさらに高まった。
微かにひんやりと、しかしとても暖かい少女の手が、心までも包み込んでしまうようなそんな感覚に陥った。
洗面所は電気がついていなくてうす暗かった。
けれども風呂場の窓から差し込む青白い光が、ドアと鏡に反射して全体的を照らしている。
光のおかげで二人がお互いの顔を確認できるほどには明るかった。
「電気つける?」と少女が聞いてきたので彼は「このほうが、楽しい」と答えた。
この青白い光で満ちた洗面所の雰囲気を、少女と共に感じていたかったのである。
洗面所は広かった。洗濯機と乾燥機がどんと置かれていたけれど、それでもまだ空間に余裕があった。
少女は洗面台の方へ歩いて行って、水を流して、手を洗った。液体せっけんの微かな匂いを少年は感じとった。
それから彼女はガラガラとうがいを始める。
うがいはは三度あった。きちんとタオルで手を拭いた彼女は少年の方を振り返ってこういった。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼は少女を手洗いうがいを始めた。見様見真似に彼女と同じ事をした。
そうして、外へは出たつもりはないのに、どうして風邪予防なんかしないといけないのだろうか、という気持ちにもなったが、少女と共に過ごせる時間ならどんな些細な事でも幸せなのだとも感じた。
その幸せの気持ちのまま、彼は少女の表情を眺めた。