その始まりについて
ふと我に返った少年は、靴も脱がず玄関の段差に腰を掛けて、一人ぼうっとしている事に気がついた。
そうして「あれ? ここはどこだろう」と思い、周りをくるくると見回してみた。
広い玄関だった。
地面にはモスグリーンのタイルが並べてあって、ピカピカに磨かれた革靴が一足とスニーカーが一足、ハイヒールが二足の合計四足が置かれている。
そして今自分が履いているサンダルはまだ真新しくて、ほとんど地面を踏んだという形跡は見られない。土もついていないし、汚れてもいない。
裏を見てみたが一ミリもすり減っている様子がなかったので、少年は不思議に思った。
「あれ? 今まで僕は何をしていたんだろう。どうしてこんなところにいるのだろう?」
と。そしてさらに辺りを見回した。
自分が誰なのか、ここはどこなのかという真相を確かめるべく、辺りをキョロキョロと見渡した。
家の中の壁は砂刷りだった。その砂はすでに少量が剥がれ落ちている。
黄土色の砂の粒がフローリングに少し落ち、宇宙に点在する無数の星のように、まばらに散らばっていたのである。
案外、砂刷りの壁というものはもろい物なのかもしれないな、と少年は感じた。
彼はその壁に、銀色のワイヤーで吊るされた小さな絵画が飾ってある事を発見した。
それは木の額縁に入れられた水彩画で、そこに描かれているのは少年と同い年くらいの少女の絵だった。
その絵の、非常に可憐な少女の姿を見た時、少年の鼓動は高鳴った。
少女の魅惑の眼差しは少年の脳裏に張り付いて取れなかった。
決して化粧などで飾ったりしていない、その清らかな切れ長の目は、全ての男子を魅了するような、そして全ての物語を悟っているとでも言うような……そんな、ある種の危険な眼差しであった。
その初々しい唇に咥えている人差し指も、白魚を並べたような芸術的な他の指も、さらには手の甲に浮き上がる鮮明な血管さえ、愛おしく思えた。
彼女の年齢、それはおそらく七~八歳だと推測できる。
しかし、そんなあどけなさなど微塵も感じさせ無いような、まるで女性を超越しているような、女神のごとく輝く異才は何物にも劣るはずがないと直感できた。
少年は本能的にその絵画に近づいた。
近づく時、ほのかに金木犀の匂やかな芳香が漂って、少年を別次元に誘うかの様に一瞬恍惚状態にさせたのである。
例えるなら危険な快楽。
「ねえ、そんなに私の絵に興味があるの?」
少年の背後から声がした。