インスタントカップル
ひえー!!
勘弁してよぉぉっ。
「先輩!わたし、ずっと先輩のこと見てたんですっ。先輩ほどキレイでカワイくてステキな人はいません!」
ずっと見てたって……。
あたし、まだこの学校に転校してきたばっかなんですけど。
どっか知らないとこで見られたりしてたのかしら。
とにかく、ちょっとコワイんですけど。
「え、えっと。小林さん……だっけ」
「ゆきって呼んで下さいっ」
目からハートビーム炸裂。
ひえー。
そんな熱い視線を送られても困る。
ものすごく困る。
「あ、あのさ。あたしなんて、ついこの間転校してきたばっかで……」
「知ってます!でもわたしは、そのずっと前からひかる先輩が大好きでしたっ。前の学校での写真も持ってますし、ひかる先輩が載った雑誌ももちろん持ってます!」
げっ。
前の学校の写真って、なんの写真?
なんで持ってんの?
「あ、ありがとう。でも、ほら。ゆきちゃん女の子だし、カワイイし。だから、あたしなんかじゃなくて……」
「わたしは、先輩が好きなんです!今、2年の女子の間で先輩のファンクラブが結成されてます。でもっ。わたしは、あの人達よりももっと真剣な気持ちです」
えええっ。
ちょっと待ってちょっと待って。
「いや、ゆきちゃん。なんか勘違いしてるって。あたしなんてさ、まぁ見た目は女だけど、中身はてんで男っぽくて、それはそれはひっちゃかめっちゃかなんだから」
「そこがいいんです。そんな先輩が好きなんですっ。でも、今日のその女の子らしいいつもと違う先輩もすごくカワイイ……。わたし、どんなひかる先輩も全部大好きなんです!」
ずい。
更に近寄る彼女。
「先輩……。こうして先輩と直接お話できるなんて夢みたいです。嬉しい……。わたし、誰よりも先輩のことが好きです。どこまでも先輩について行きますっ」
ヤバい。
これはヤバい。
「先輩……。わたし……」
更に、ずい。
誰か助けてくれっ。
彼女の顔が、もう目の前まで迫ってきている。
げ、げ、げ。
「ちょ、ちょ、ちょっ」
ちょっと、誰かーーーーっ!
そう心の中で叫んだ時だった。
「おす」
え。
後ろから、誰かの声。
た、助かった、救いの声だぁーーーっ。
あたしが藁をも掴む思いでで振り向くと。
なんと!!
そこに立っていたのは。
またしても、あの噂?の桜庭じゃあないか!
どうやら、あっちの廊下から来た様子で、たまたまここを通りかかったらしい。
しかし、なんでこう、ことあるごとに毎回桜庭が現れるんだっ?
あたしがちょっと驚きながら桜庭を見ると。
じーーー。
桜庭が、あたしと彼女交互に視線を向けた。
どうやらこの妙な雰囲気に気づいたらしい。
そして、なんかあったんだな?って顔であたしの方を見た。
「え、えっとぉ……」
たじたじ。
でも……ええいっ。
この際、あたしの救世主として桜庭に手助けしてもらおう!!
手段を選んでる場合などない!
ここで偶然バッタリ出会ったのも、これまたなにかの縁。
許せ!桜庭っ。
意を決したあたしは、ピトッと桜庭の背中にくっついて、ひょこっと顔を出した。
ギョッとする桜庭。
ええい、かまわんっ。
行け、ひかる!!
「あのねっ。こ、この人、あたしの彼っ」
顔を引きつらせながらも、必死でニコニコ。
そんなあたしの方を、ハンマーで殴られたような顔でふりむく桜庭。
「おいっ……」
と、言いかけた桜庭を制して。
合わせろ、バカッ。
ぎゅう。
「いてぇっ」
あたしがつねった背中を、痛そうにさする桜庭。
「ーーーと、いうわけだからさっ。あの、ご、ごめんねっ」
わなわな泣きそうな顔をしている彼女。
「そ……そんなのウソですっ。先輩に彼氏がいたなんて。そんなの聞いてません!誰もそんなこと言ってなかったです!」
げっ。
「あの。つい最近、電撃的にそういうことになってさ、まだみんなも知らないっていうか。とにかく、そういうことなんだよ。あははは」
「そんなの信じられませんっ。だって………」
今度は彼女が、あたしと桜庭と交互に視線を送る。
うわぁ、この子疑いまくってるよ。
見かけによらず、なかなか頑固というか、しつこいというか……。
そりゃ、たった今あたしが勝手に成立させた、でたらめの即席インスタントカップルだから。
ウソくさくて当然だけど。
「絶対ウソですっ。だって、2年生に桜庭先輩のファンの人達いっぱいいるけど、彼女はいないってみんな言ってましたっ」
おお、桜庭のヤツ、3年の女子のみならず2年の子達にも人気なのか。
ああ、そういえば有理絵も言ってたもんな。
これじゃ1年にも相当ファンがいるな。
やるなぁー。
なんて、感心してる場合じゃないぞ。
なんとかごまかしとおさなきゃっ。
そして、1秒でも早くこの状況から脱却したい!
「ホ、ホントにあたし達つき合ってんのっ。ほら、今も桜庭が教室で待ってたんだけど、あたしがジュース買いに行ったままなかなか帰ってこないから。迎えにきたんだよ。なっ!」
必死にニコニコしながら桜庭の顔を覗いたら。
しらーって顔してそっぽ向いてやがる。
おーーーい!
芝居してよ、芝居っ。
この状況がわかっているのなら、いや、絶対わかってるんだから、せめて相づちくらいうってくれよ!
頼むって!
「でもっ。先輩、さっき友達が待ってるからって言いました!それに、そんなにたくさんのジュース……。桜庭先輩は、たまたまここを通りかかっただけなんじゃないですか?」
ギクリんちょ。
「いや、その……」
まさしく、そのとり。
うぐぐ……返す言葉が見つからないっ。
「えっと……その……」
ひかる、ピンチ。
えっと、えっと、えっと……!
ぎゅっ……。
思わず桜庭のブレザーをつかんだら。
桜庭が小さくため息をついたんだ。
そして。
「離せよ、ひかる」
え?
〝ひかる〟ーーーー?
ビックリして、あたしが手を離すと。
桜庭がすっとしゃがみ込んで、あたしが落としたジュースを拾い出したんだ。
「ったくよぉ。ジュースばらまくなよ」
それから、目の前に立ってる彼女を見て。
「コイツさ、張り切ってみんなの分のジュース買いに行ったきり全然戻ってこねーから。なにやってんだって、オレが見にきたってわけ」
桜庭ーーーーー。
あたしは、あまりに自然に振る舞う桜庭の背中をボーッと見ていたの。
なんか、演技じゃないみたい。
はっ。
「あ、ごめん。あたしも拾う」
あたしは慌ててしゃがみ込んでジュースをひとつ拾った。
「あ、桜庭。あたし持つよ」
「いーよ。おまえ、また落とすから」
さっさと立ち上がる桜庭。
「……ありがとう」
そっかぁ。
これは〝フリ〟だけど、つき合ったりすると、男は女に優しくしてくれるんだ。
ふーん。
妙に感心していたら、今まで黙ってこの様子を見ていた彼女が静かに一歩下がった。
そして小さな声で。
「……失礼しますっ」
そう言ってペコッと小さくお辞儀をし、そのままくるりと背を向けるとバタバタと走り去って行ったんだ。
廊下の角を曲がり、彼女の姿が完全に見えなくなったのを確認してから。
あたしは、大きく息を吐きながらその場にへたり込んだ。
はぁぁーーーー。
「やっと、諦めたみたいだな」
隣から、桜庭のやれやれってカンジの声が聞こえてきた。
そうだ、お礼言わなきゃ!
あたしは慌てて立ち上がった。