やっぱり君が好き
「まぁ、ねーーー。それより。菜々子さんの、その中学の時に好きだった人の話を聞かせてよ。その人とはどうなったの?」
あたしの質問に、笑顔だった菜々子さんがほんの少しだけ寂しそうな表情を見せた。
「……ひかると似てる。ちょっとつき合っただけで、ソイツはすぐに転校しちゃってさー。最初は手紙のやりとりをしてたんだけど。そのうち返事が来なくなって。いつの間にか、連絡が途絶えちゃって……。それで、もうダメなんだなぁって思って。あたしからサヨナラの手紙を出したの。もう待つのが苦しくなっちゃってさ」
「……返事はきた?」
「ううん。返事どころか、あたしの手紙戻ってきちゃってさ。宛先不明で。また別のところに引っ越したみたいで……。家の事情なのか、なんなのか。理由はわからないけど。もうどこにいるのかもわからなくて。それっきり……」
「そうだったんだ……」
「でもさ。ホントに好きだったんだぁ。つき合う前は、ずっとケンカ友達みたいなカンジだったんだけどねー。それでもなんでも、一緒にいるととにかく楽しくてさ」
「……どうやって、気持ちの整理したの……?」
「うーん………。時間、かなぁ。時間が自然にアイツへの気持ちを薄れさせていってくれた……ってカンジかなぁ。心の中で、過去の想い出に変わっていったのかなぁ。それで、少しずつ新しい恋をしようかなって気持ちになっていったっていうかさ」
「……そうなんだぁ」
時間、かぁ……ーーー。
あたしはこの7年、ずっと桜庭が胸の中にいて。
新しい恋をしよう……っていう気持ちにはなれなかった。
でもーーー。
「……菜々子さん。あたしもね、少し変わりたいって思ってるんだ」
あたしは持っていたジョッキを静かに置いた。
「今まで、ずっとアイツのことが忘れられなて……。これまで、あたしのことを好きだって言ってくれる人達もいたんだけど。やっぱりアイツのことばっかり頭に浮かんでーーー。誰の気持ちも受け入れる隙がなかったみたいで、友達にもそう言われて……。それじゃ、ダメだなって思ってさ」
「……そっか」
菜々子さんが優しくほほ笑んだ。
「またもう一度、ステキな恋ができるといいね」
もう一度……ステキな恋、かーーー。
また恋をする日がいつか来るかな。
あたしにも。
「ひかる、もう1回乾杯しよっか」
「ーーーうん!」
カチンッ。
勢いよく心地よく、ジョッキの触れ合う音が響き渡った。
ピチチチ……。
小鳥の鳴き声と、カーテンの隙間から差し込む明るい光で目が覚めた。
「ふぁーあ……」
あたしはデッカいあくびをしてベッドから起き上がった。
あててて……。
頭痛が……。
昨日は、あの焼肉の後、菜々子さんとカラオケに行って、そこでもまたガンガン飲んじゃったんだよね。
ううー。
頭痛薬、頭痛薬。
あたしは今日休みで助かったけど、菜々子さん大丈夫だったかなー。
あとで電話してみよっと。
あたしはベッドから下りて、何気なくテーブルの上のケータイを手に取った。
あれ。
着信になってる。
昨日電話きたっけ?
帰ってきたら、速攻で爆睡しちゃったからな。
ちょっとズキズキする頭のまま履歴を見ると。
非通知?
番号なしの、誰だかわからない人からの着信になっていた。
時間を見ると、ちょうどあたしが帰ってきて爆睡し出した頃になっている。
誰だー?
しかも、こんな夜遅くに……。
その時なぜか。
あたしの頭の中に、アイツの笑顔が浮かんだんだ。
ーーーー桜庭・・・・?
もしかして、この電話。
桜庭ーーー?
イヤだ。
あたしなに言ってんだろ。
なんでそんな風に思ったんだろ。
あたしはパッと履歴を閉じた。
どうしてその時とっさにそう思ったのか、自分でもわからない。
だけど……。
そんなわけがない、もう7年も前から音信不通なんだから桜庭のわけがない。
そう思う自分と。
もしかしたら、ひょっとしたら……桜庭かもしれない。
7年ぶりにやっと連絡できるようになって、あたしにかけてきたのかもしれない。
そう思いたい自分とがいて。
あたしはしばらくの間、手の中のケータイをじっと見つめていた。
「ーーーで。ひょっとして、この非通知の着信は、桜庭かもしれない。そう思ったわけ?」
有理絵とタカシの前で、あたしは深くうなずいた。
「なんとなく?」
「うん」
「勘で?」
「うん」
静かながらも興奮気味のあたしを見て、有理絵が小さくため息をついた。
「ひかるー。桜庭との想い出に浸って生きていくの、やめたんじゃなかったっけ?」
「そうだけどっ……。でもね、自分でもどうしてかわかんないんだけど。もしかしたら、桜庭なんじゃないかって……。そんな気がしちゃったんだよ」
非通知の着信を確認したその日の夜。
一緒に夜ご飯食べない?と誘ってくれた有理絵んちで、あたしはこの気になる着信履歴のことを2人に話したんだ。
だけど……。
「ひかる。それってただのイタズラ電話とか間違い電話とかかもしんねーぞ。いや、むしろその確率90%以上と言っても過言ではない」
と、タカシ。
「あたしもそう思う。ハッキリ言うけど、それはズバリ桜庭ではないっ!」
ビシッ。
有理絵が、持っていた箸をあたしに向けてズバッと言った。
「う……」
そんな2人して全力で否定しなくても。
だって、だって。
「だって。ホントにとっさにそんな気がしたんだもん」
「気がしたんじゃなくて、ひかるがそうであってほしいと思ったんでしょ?」
ドキ。
有理絵の言葉に、思わずうつむいてしまった。
有理絵の言うとおりだよ。
きっと無意識のうちに、この電話が桜庭からであってほしい……そう思ったんだ。
「ーーーだよなっ。桜庭なわけがないよなっ。バカみたいだな、あたし」
笑って見せたけど。
なんだか一気に肩の力が抜けてしまった。
ホントに、どうして桜庭かも……なんて思ったりしたんだろう。
これからは、桜庭のことだけでふさがっていた心も開いて、あたし自身も変わっていこうとがんばっていくつもりだったのに。
どうして、桜庭の笑顔が浮かぶんだろう。
なんでだろう・・・ーーーーーー。
「ひかる、食べなよ」
有理絵が、大皿のサラダを小皿に取ってくれた。
「ありがと……」
「……しっかし。ホント罪な男よね、桜庭も……。ひかるをこんなにも忘れられなくさせちゃってさ」
「ホントだよなっ。もし会えたら1発ぶん殴ってやりたいぜ」
あたしの言葉に、3人でちょっと笑った。
「ひかるがここまで惚れるなんて、相当いい男だったんだな」
タカシが優しい笑顔であたしに言った。
そうなんだよ、
いい男だったんだよ。
あたしが、初めて本気で好きになった人だよ。
「……どうしたらいいんだろうね。ひかるのこの気持ちは……。そりゃさ、もしも……もしも、また桜庭に会えるなら。あたしだってひかるの想いを応援したいよ。でもさ………」
有理絵が静かに箸を置いた。
「大丈夫だって。心配すんなよ、有理絵。あたし、前向きにがんばるからさっ」
笑ってピースした。
だけど。
心の中では、自分に対する不安な思いがよぎっていた。
あたしはこの先。
また、恋をすることがあるのだろうかーーー。
桜庭ではない、別の誰かを好きになれるのだろうか……。
「ちょっと、夜風にあたってくるぜ」
あたしは笑顔でベランダに出た。
心地よい夏の夜の風が、優しく流れている。
あたしは、ベランダの手すりにもたれかかりながら、夜空を眺めていた。
うわー。
今日は星がいっぱい見える。
キレイだなぁー。
……桜庭のいるところもこんな風に星が見えてる?
桜庭。
あたし、もうすぐ25歳になるよ。
桜庭の誕生日はいつ?
お互い、誕生日も聞けないまま、会えなくなっちゃったもんね。
あ……。
また。
あたし、桜庭のこと考えてる。
……神様、あたしどうしたらいいの?
こんな風に、気がつくと桜庭のことを考えてる。
胸の中で、桜庭に話しかけてる。
やっぱり忘れられないよ。
やっぱり、アイツが好きだよ・・・ーーーーー。
ぽろ……。
涙がひと粒、あたしの目からこぼれ落ちた。
そんな、あたしの桜庭への一途な気持ちが天に届いて、神様が慰めてくれたのか。
「あ」
涙で滲む瞳の向こうで。
小さな流れ星がひとつ、あたしの目の前を通り過ぎていったんだ。
ウソ。
流れ星だぁ・・・ーーー。
初めてだよぉ!
あ、しまった。
願い事するの忘れてたぜっ。
ガーン。
でも、まぁいっか。
流れ星を見れただけでもラッキーだよな。
おかげで少し元気になったぜ。
そうだ、有理絵とタカシに教えてやろう!
「有理絵、タカシ!聞いてくれよっ。なんと今、流れ星が通ったんだぜ!」
あたしは涙を拭いて部屋へと駆け込んだ。
この流れ星がーーーー。
もうすぐやってくるあたしの誕生日に、奇跡のような出来事を起こさせてくれたのか。
それとも、ホントに単なる偶然だったのか。
それは誰にもわからない。
ただひとつ言えることは、この25歳の誕生日が、あたしにとって生涯忘れられない2回目の特別な出会いの日になったということ。
こんな偶然がホントにあるのだろうかと、これは夢じゃないだろうかと思うような。
信じられない再会を、あたしは果たすことになる。
特別な、二度目の出会い。
そう、それは。
この7年間。
ずっとあたしの胸の中にいた、アイツ。
桜庭との、再会だったんだーーーーー。




