切ない告白
うわ、なにしやがんだコイツ!!
しかも、う、動けないっ。
「立花カワイイー。なー。オレとつき合わない?マジ気に入った」
はぁぁ?
この男、どさくさに紛れてなにをすっとぼけたことを言い出すわけ?
会ったばかりで一方的に自分勝手な気持ち押し付けてくる迷惑なだけのおまえと、誰がつき合うか。
こんなチャラついた口説き文句で、あたしがドキッとしてときめくとでも思ったわけ?
それどころか、むしろムカついてんだよっ。
「離せよっ!」
あたしが必死に抵抗しているにも関わらず、ソイツは涼しい顔であたしをすっぽり包んでニヤニヤして喜んでる。
「なぁ、立花ぁー」
ソイツがすっと顔を近づけてきた。
くどい!!
「離せーーーっ」
変態!けだもの!
あたしがソイツを押しのけようとぐっと手を伸ばすと、ガシッと手首をつかまれた。
「ほっせー。折れそう。立花華奢だなぁ」
感心するかのように、あたしの腕をつかんでマジマジと見ている。
うっ……。
ゾワゾワッ。
一気に鳥肌が立つ。
キ、キモ過ぎる……。
さ、さわるなっ。
だ、誰か……誰か、助けてーーーっ!
必死に振りほどこうともがいていた、その時。
バンッ。
座っている階段の後ろの玄関のドアがひとつ、突然乱暴に開いたんだ。
半べそで振り向いたあたしの目に飛び込んできたのは。
バスケ部のジャージ姿の健太だった。
ーーーーー健太⁉︎
バスケシューズのままズカズカと玄関の階段を下りてくる。
そして、あたしにつきまとっていたこの変態男の胸ぐらをつかんで、いきなりソイツに思いっ切り殴りかかったんだ。
「け、健太っ!!」
鈍い音が響いて、ソイツがよろめいた。
あまりの突然の出来事に、あたしは頭が真っ白になってしまった。
そして、健太の怒鳴り声だけが、外いっぱいに響き渡ったんだ。
「てめぇ。ひかるに気安くさわんじゃねーよ!!」
「なにすんだよっ。てめっ」
ソイツも健太に殴りかかる。
鈍い音がまた響く。
やだ……。
やめてよ。
やめてよっ。
「キャーーー!ケンカしてるっ!!」
玄関の中から叫び声。
バスケ部の練習を終えて、体育館を出てきた女子部員の誰からしい。
その声にハッと我に返ったあたしは、2人に向かって叫んだ。
「や、やめろよっ!!」
取っ組み合って殴り合う2人。
誰か、止めてよーーー!
あっという間に、ザワザワとバスケ部の連中が集まってきて、周りは騒然となった。
「健太!やめろっ!」
騒ぎに気づいて、卓が玄関から飛び出してきた。
「健太っ。もういいから、やめろ!」
卓が後ろから健太を抱きかかえる。
だけど、健太は卓の手を振り払うと、またソイツの胸ぐらをつかんで怒鳴ったんだ。
「てめぇの汚ねー手で、馴れ馴れしくひかるにさわってんじゃねーよっ!!」
怒りに満ちた健太の声。
健太……?
あたしは静かに健太を見た。
どうしたの……?
なんか、いつもの健太じゃないよ。
他のバスケ部員達もソイツと健太の両方を抱きかかえて押さえ込み。
ようやく2人を引き離した。
3年のバスケ部員の中には、ソイツと同じクラスのヤツや友達もいたらしい。
とりあえずソイツをなだめながら、その場を離れていった。
でも、2、3歩進んだところでソイツが立ち止まり、振り向きざまに血の混じったツバをぺッと吐き出したんだ。
そして、健太を睨みつけながらも口元だけニヤリと笑って、吐き捨てるようにこう言ったんだ。
「草野ぉー。やっぱあの噂はホントだったんだな。おめぇ、そんなに立花に惚れてんなら。さっさとてめーのもんにしとけよ。人のこと殴る前によぉーーー」
え?
「な、なに言ってんだよっ。噂ってなんだよ!健太があたしに、ほ、惚れ……⁉︎ 変なこと言うなよっ。なぁ、健太っ」
そう言ったあたしのことを、健太は見ようともせずに黙っている。
「やっぱり」
ソイツがふんっと鼻で笑いながら去っていった。
ちょっと待って。
どういうことーーー?
周りがザワザワとどよめいている。
「なになに?なにがあったの⁉︎」
「立花さんをめぐってのケンカってこと⁉︎」
「えー。草野先輩、立花さんのこと好きだったんだー。でも、立花さんって……桜庭先輩と噂になってたよね?今も仲いいんでしょ?」
「ってことは、草野先輩の片想いってこと?」
「えー。ちょっとショックー。草野先輩、あたし密かに憧れてたのにー」
「あたしも、あたしもぉー。今年のバレンタインもチョコあげたよぉー」
ヒソヒソ話す女子達の声が、かすかに聞こえてきた。
好き……?
健太が、あたしのことをーーーー?
「みんな、もう大丈夫だから。戻ってくれ」
卓が言うと。
「おう……」
「じゃ……お先。お疲れ、卓。健太頼むぞ」
「お疲れ様でした……」
バスケ部員達が、健太の心配をしながらも、ぞろぞろ中に戻っていった。
すっかり暗くなった外。
残ったのは、あたしと卓と健太の3人。
あたしは、頭が真っ白のまま。
なにを言えばいいのか、どうしたらいいのかわからぬまま。
放心状態で突っ立っていた。
横を向いてうつむいている健太。
あたしは、そんな健太の顔をそっと見た。
口元から血が出ている。
殴られてできた切り傷と、目の横のアザがひどく痛々しい。
「健太……」
胸が苦しくなった。
つぶれそうに苦しくなった。
「健太。オレ、おまえの荷物持ってくっからよ。今日はこのまま帰ろうぜ」
卓が、健太の肩をポンと叩いた。
「おお……」
小さく呟く健太。
「ひかる、ちょっと行ってくるわ」
卓があたしを見てかすかにうなずき、部室に戻って行った。
健太とあたしの2人きり。
今まで、何度も2人きりになったことはあるのに。
これまで感じたことのない空気が、あたし達の間に張りつめていた。
あたしは、どうしたらいいのかわからなくて。
ただ、痛々しい健太を目の前にして。
あたしの胸は、ぎゅうっとしめつけられるように、痛くて苦しかった。
そんな沈黙の中。
健太がポソッと口を開いた。
「ひかる……。こんな遅くまでまだ残ってたのか……?」
「え、あの……。いったん途中まで帰ったんだけど。健太のことが気になって……。また戻ってきちゃったんだ」
驚いたように、健太があたしを見る。
「なんで」
「なんで……って。健太と話ししようと思って。きっと、なんか悩み事があるんじゃないかと思って。だから、元気になってほしくて……さ」
だって。
「健太、いつもあたしのこと励ましてくれたじゃん。だから、今度はあたしが健太の力になりたいと思って……。それで、ここで待ってたんだけど……」
逆に健太に助けられて、また迷惑かけちゃった。
「健太、さっきはありがとう。……それと、ケガさせちゃってホントにごめ・・・ーーー」
あたしの言葉が途切れた。
なぜなら。
突然、健太があたしをぎゅっと抱きしめたから。
健太・・・ーーー?
あたしは驚きのあまり、声が出せなかった。
ちょ、ちょっと待って。
これは……どういうこと……?
心と頭が追いつかない。
そんなあたしの胸に、健太の言葉がハッキリと響いてきたんだ。
「ひかる。ずっと前からオレ、おまえのことが好きだった」
健太が、あたしを………?
「け、健太、なに言ってんだよ。笑わすなよ」
そんなこと、あるわけがない。
そんなことーーー・・・。
だけど。
「笑わせてねーよ」
あたしを抱きしめたまま、健太が言った。
「桜庭とおまえが仲いいのも、うまくいきそうなのも知ってた。応援するつもりだった。でも、できなかった」
静かに、健太があたしから離れた。
あたしの体には、健太のぬくもりがまだ残っている。
あたしは、自分の鼓動が静かに高鳴っているのを感じていた。
そして、健太が真っ直ぐにあたしを見つめて、もう一度こう言ったの。
「好きだ」
ハッキリ、ひと言。
「健太、持ってきたぞ」
卓の声。
「サンキュ」
卓から荷物を受け取って靴を履き替える健太。
「卓。ひかる送ってってくれな」
そう言ってバッグを肩にかつぐと、ひとり歩き出した。
あたしは、健太の背中が小さくなっていくのを、ただ黙って見つめていた。
ただ黙って見つめることしか。
できなかったんだ・・・ーーーーー。




