初めての電話
「はい。立花です」
あたしは、サンドイッチを詰める手を止めて受話器を取った。
『あ……。立花?』
え?
受話器の向こうから、聞き慣れない男の人の声。
「そうだけど……」
誰?
あたしが少し怪訝そうに言うと。
『オレだけど。……桜庭だけどさ』
え。
一瞬、時間が止まったみたいに頭が真っ白になった。
桜庭……って、あの桜庭……?
え、えーーーっ⁉︎
な、なんで桜庭が電話をっ?
予想もしなかった展開に、あたしはすっかりパニック状態。
嬉しいけどなんでっ?
どうしてあたしんちの電話番号知ってんの⁉︎
うわーうわー。
どうしようっ。
『……もしもし?立花、聞こえてる?』
「あ、うんっ。聞こえてるよ!お、おす!」
うわわわー。
なんか電話って妙に緊張するー。
初めて聴く電話越しの桜庭の声。
なんか、実際に会って話すより大人っぽく聴こえるのは気のせいか?
それに、最近教室でも話す機会がなくて、全然しゃべってなかったし。
それにしたって。
あの桜庭からあたしに電話が来るなんて!
なんか、ドキドキだぁーーー。
あたしが汗ばんだ手で受話器を握りしめてると、心なしか桜庭もちょっと照れくさそうなカンジで話しかけてきた。
『おー。なんか話すの久しぶりだな』
「そ、そうだねっ。席、すんごい離れちゃったもんね」
はっ。
しまった!
なんか今のあたしの発言、明らかに『桜庭と席が離れてすんごい寂しい』って言ってるように聞こえないっ?(実際そうなんだけど)
「え、えっと。その。今日はいい天気だねっ」
ここにきて、いきなり天気の話を持ち出して話題を変えようとテンパるあたし。
どうしよう、あたしめっちゃ緊張してる。
そんな手に汗握りながらドギマギしているあたしに、桜庭がこう言ってきたんだ。
『おお、すっげー晴れてんな。でさ。実は……今日、スタジオでバンドの練習あんだ。サンセットビルってとこの地下なんだけど。11時から。それで……天気もいいし、もし予定とかなかったら、散歩がてら見に来ねーかと思って……さ」
「え」
それを教えてくれるために。
あたしを誘ってくれるために。
電話してきてくれたの……?
そうわかった瞬間。なぜかあたしは思わずふっと笑顔になったんだ。
なんかね、顔は見えなくても想像ついたから。
電話の向こうで、ちょっと照れ臭そうに髪の毛をサラッとかき上げてる桜庭の姿が。
それを思うと、なんだか妙におかしくて、そして嬉しくて。
あたしの緊張も自然にとけていった。
やっぱり、誘ってくれると嬉しい。
『立花……?』
あたしは、嬉しくてルンルンと踊る心をおさえながら言ったの。
「いきなり過ぎ!急に言われたって今からじゃ手作り差し入れ間に合わないっ」
『いや、別に差し入れとかいいから。ただ、遊びにでも……』
「なんちゃってー。実はもう差し入れの用意できてるんだ。後で行くよ」
『え?』
ビックリしてる桜庭の声。
「もうとっくに知ってたよ。まったく、約束しときながらいざ練習するってなったら全然教えてくんないんだから」
『知ってたのか?誰から聞いたんだよ』
「ヒミツー。それより、なんで学校にいる時教えてくれなかったんだよ」
『いや、とりあえず差し入れとかはいいから、立花が気楽に来やすいように、当日誘ってみるかなぁと思って……さ」
やっぱりそうだったのか。
桜庭、優しいな。
「あたしは差し入れ持って行く気満々だったんだぞ。でも……ありがとう。電話くれて嬉しかった。だけど、どうしてあたしんちの電話番号知ってたの?」
あたしが聞くと。
『ああ、健太に聞いた。最初ケータイの番号聞いてかけたんだけど、出ねーから。もっかい健太に電話して立花んちの電話番号も聞いたん』
ケータイにも電話くれてたの?
2階の部屋に置きっ放しだった!
「ごめん!ケータイ、自分の部屋に置いたままだ。ずっとキッチンにいたから」
『ああ、なんか作ってくれてたのか。サンキューな。で、なに作ってくれたんだよ』
「ヒミツ。あとでのお楽しみ」
『腹、壊さないよな?』
「おいっ。まだ言うか」
いつもの調子で笑い合うあたしと桜庭。
『ウソウソ。ありがとな』
桜庭の声のトーンがふっと優しくなる。
ドキン。
また胸がドキンと波打つ。
「じゃあ、後でね」
『おう』
そう言って、電話を切ろうとした時。
『あ、ちょっと待てよ。おまえのケータイに着信になってる番号、オレのだから。場所とかわかんなくなったら電話しろよ』
桜庭のケータイ番号ーーー。
「あ、うん。わかった」
『じゃあ、また後でな。
「おうっ。後でな」
桜庭の声が聴こえなくなったのを確認して、あたしは電話を切った。
ぎゅっと握りしめていた手は、汗でびっしょり。
ドキドキドキドキ。
あたしの胸は、まだ高鳴っていた。
桜庭と……電話でしゃべっちゃった。
そして、今まで知らなかった桜庭のケータイ番号まで入手。
う、嬉し過ぎるーーーっ。
学校では、授業中にケータイ鳴ったりいじってるの見つかったら即没収されちゃうから、桜庭のケータイもほとんど見たことなかったし。
それ以外でも、番号を交換するなんていう雰囲気にそもそもならなかったから。
たぶん桜庭自体、そんなにマメにケータイを活用するようなタイプではないのだろう。
そういうあたしも、女子のくせにメールとか面倒くさくてあまりやらないタイプだが。
これも、あたしが男っぽいと言われる要因のひとつなのか?
でも、桜庭とならメールしたいかも………。
ありがちだけど、朝起きたら『おはよう』とか、『なにしてるの?』とか。
キャー。
はっ!なるほど。
ホントに好きな人ができると。
今までどうでもいいと思ってたこととか、面倒くさいと思ってたことでも。
その人となら、その人のためなら『やりたい、やってみたい』って思ったりしちゃうものなんだ。
料理にしたって、メールにしたって。
あたし、桜庭を好きになってから、なんだか前よりだいぶ女の子らしくなったんじゃないかしら。
おほほほ。
それにしたって、電話でこんなにドキドキしたのは生まれて初めてだぜ。
ついこの前も健太から電話かかってきたけどちっともドキドキなんてしないし。
同じ男なのに。
これがいわゆる、友達と好きな人との違いってヤツかも。
などと、あたしは妙に納得してしまった。
「そんじゃ、いってきまーーーす」
「桜庭くんによろしくねー」
「へいへい」
お母さんにテキトーに返事をしながら玄関を出たあたしは、あたしは差し入れの大きなトートバッグを大切に抱えて元気よく歩き出した。




