第60話 普段では、ありえない体験をしてみよう
助言を無視して、
僕は、全力で、走り始めた。
だって、怖いんだもん。恐怖しかない。
10分ほど、後ろを見ずに全力で走りつづけて、
少し疲れてきたので、後ろを振り返った。
蜘蛛は、ぴたりとこちらの速度に合わせて、ついてきてる。
先ほどは見えなかった、
背中の赤い大きな星形が、より怖さを醸し出している。
〈ヒビキ、もっと早く走りなさい。
このままだと、後ろから食べられちゃうわよ〉
僕は、本と杖をバックにしまい、
さらに、全力で駆け抜けた、
先ほどよりもスピードを上げたのだが、
真後ろに何かが来ている気配を感じる。
気づいた瞬間、
チクリと背中に何かが刺さった感触があった。
刺されたと思ったときには、前方に、大きく突き飛ばされていた。
僕は、足がもつれて、道から外れて、
崖下に転がり落ちて行った。
直滑降の崖でなかったのはありがたかったが、
途中にある岩にぶつかったり、
上下が目まぐるしく回転した。
何十回回転したかわからないが、
崖の一番下まできたのか、
回転は終了した。
僕は、あわててあたりを見回すと、
崖の一番上で、巨大なクモがこちらを見ていた。
どうやら、崖を下ってまで、
追いかけてはこなかったようだ。
様子を見ているだけかもしれないが・・・
距離がはなれたとで、少し安心をして、
体にけががないかを、確認することにした。
顔も頭もしこたま打って、
腕や足もあり得ない方向に折れたように思ったけど、
改めてみると、ただ服が汚れているだけだった。
〈傍から、自分の体が崖から
転げ降ちながら、怪我して回復をくり返すのをみるのは、
気分がいい物じゃないわね。〉
リイナは、苦い顔をしたまま、そう表現した。
〈それにしても、モンスターがいないとか、言わなきゃよかった〉
僕は、心から、そう思った。
刺された時の痛みなかったが、
その時の感触があるのは、
好きになれなかった。
この後も、好きになることはないだろう。
できれば、二度と味わいたくはないね。




