2-3.道標
7.
「本当に来ないのか?」
荷物を持ち部屋を出ようとする4人に対し、トラロが椅子に座り込む。
窓から差し込む朝日は彼の手に握られた木彫りの人形をスポットライトのように照らす。彼はパトリックには目もくれずにその人形を彫り進めていた。
「俺はサムへの恩義でお前についてきた。だが、お前が気に食わない。お前のやり方はここの者たちを、そして精霊を冒涜している」
「それで、俺たちが聖域とやらに踏み込むことをここの連中に話そうってのかい?」
男は首を左右に振る。
「俺も団員の一人だ……仲間を売ることはしない。だが、お前が彼らの信仰を踏みにじろうとするのであれば俺は従わない」
「はっきり言ったらどうなんだ。『おとぎ話の怪物が怖いんです』ってよ」
パトリックが皮肉めいた言い方で男を挑発する。
男の手が止まる。
怒らせたかとじっと様子を伺うパトリック。そんな彼に振り返るトラロ。顔面の筋肉を微動だにさせず、パトリックの目をジッと見つめていた彼は身体の中に溜まった抑圧感を吹き出すようにふっと息を吐き、口元を綻ばせる。
「そうかもしれないな」
はっきりとそう言い放った彼は再び人形の方を向き、手を動かし始める。
その様子を見たパトリックは、ダメだと首を振ると扉を閉める。
「あいつ、本当にお前らの一味かよ?」
「もともとは医者だったってさ。けど、あの人もここの奴らと同じだろ? 色々あったんだろうけどね」
彼女はパトリックの方を予想通りと言わんばかりの様子で眺めながら答えた。
8.
――3月10日
果てしないジャングル、教会からの要請でこの地に訪れた私はガイストという男の痕跡を探していた。手がかりは彼女が教えてくれた。戦士たちを象った三本の柱。それが彼らの聖域、しいては彼へと続く唯一の道しるべなのだ。
「来てくれ!」
村を出て東、手記に記されているようにどこまでも続く森の中で彼らは手分けして目印を探していた。そんな最中、団員の一人が遠くで手を上げその存在を知らせる。
その声につられて他の者も集まる。
「どうだ、ウィリアム? コイツを見ろよ」
発見者である男は被っていた帽子のつばを上げて、柱に肘を掛け、誇らしげに周りに見せびらかす。
他の木と同じぐらいの大きさの柱は人の姿をかたどっており、一見するとそれはまるであの村の戦士のように思われた。
「あんたの見たっていう絵の戦士じゃないかい? ほら、片腕しかないじゃないか」
「なるほどな、あの絵はコイツら目印を表してたってわけか」
パトリックは腕のない方の肩を見る。何かが元々ついていた形跡はない。つまり、何かのはずみで腕が取れたわけではないのだ。
次に残った片方の腕を見る。がっしりとした手に握られた槍。それは、まるで杖で指し示すようにある方向に向けられていた。
「なぁ、コレとアイツが言っていた『マヌシャン』……関係があると思うか?」
「何言ってんだい? アンタだって馬鹿にしていたじゃないか」
「ああ、ちょっとあることを思い出してよ……」
突然言葉を中断し、パトリックは辺りに漂う匂いを嗅ぐ。
「なんだい? 何かあったのかい?」
「いや、なんでもない」
パトリックは辺りを注意深く見回した後、そう言った。
――目印を辿るにつれて、森はいっそう闇を深めているように思えたのは私だけではなかったようだ。道案内にと金品の引き換えに村から連れてきた男もひどく怯えている。本当に彼らの聖域なのだろうか。村を出るときにあれだけ聞こえていた生き物の声もすっかり森に吸い込まれたように静かだ。ここは生あるものの棲み処ではないのだろう。
日記を確認しながら進むパトリックの肩を突然、制止するかのように男が掴む。
「気をつけろ、坊や……血の匂いだ」
男が手を離し、背中に担いだライフルを構える。
この男の団員は昔からのサムの仲間で数十年も前、無名の強盗団からサムと共に列車強盗や銀行強盗を繰り返してきたベテランであった。
そんな男の言葉を聞き、周りの者たちに緊張が走る。
団員達が立ち止まり、匂いのする方向へと銃口を向ける。
それに対し、パトリックは拳銃を抜き出し他の者の顔を確認する。
まるで心の準備を待つように彼らの合図を待った後、彼はゆっくりと進み出した。
緊張の続く中、団員たちは彼を待っていた。たった数分の時間も数時間のように思われるほどの時間であった。
突如、2発の銃声が森の静寂を切り裂く。
間髪いれず、茂みをかき分け迫る音。
突然、茂みから飛び出した影。団員たちが狙いを定め、引き金を引こうとしたその時だった。
「待て‼ 撃つな!」
飛び出してきた男、パトリックが手を上げながら慌てて叫んだ。彼の姿を確認した何人かの団員たちは肩の力を抜こうとする。しかし、その様子を知ってか知らずか彼が続けた。
「逃げろ! 餌にされちまうぞ‼」
伝え終わると同時に逃げ出そうとする彼の後ろから幾重にも響く爪の音。何かを擦り合わせたようなその音は徐々に大きくなる。
その音の主の一匹が、茂みの中から聞こえるその不気味な音に気を取られていた男、やや肥満体型の団員へと飛びかかった。
「なんだ⁉︎ コイツは!」
体に付いたソレを引き剥がそうと男が毛むくじゃらの胴体を両手で掴む。
力を入れようとしたその時、その毛は逆立ち身を震わせて弾丸のようなスピードで打ち出される。
いくつもの針が顔面に刺さり悶え苦しむ男、その彼に持ち直すスピードを与えないほどに次々と現れた六本足の怪物たちは飛び付いていく。
「アンディ!!」
パトリックに続くように走り出していた帽子を被った団員が襲われている団員を助けようと足を止め、戻ろうとする。
「諦めろ! もう助からん」
ベテランの団員が彼を押し留める。彼は歯をくいしばると、倒れた男に背を向けて走り出した。
9.
「最悪だぁ……もう俺たちはお終いなんだよ……」
帽子を置き頭を抱えた男が火に照らされる。
「情けないね! あんたも警備隊と戦ってきた男だろ? それが同僚1人失くしただけでさ!」
「アンディは俺の親友だったんだ! それがあんな訳も分からない怪物に喰われたんだぜ⁉︎ 今頃は骨も残されちゃいねえよ!」
「それで、引き返すのかい?」
フランカがパトリックに判断を仰ぐ。
「引き返す? まさかぁ」
パトリックはありえないといった口振りで答える。
その言葉に反応した男が勢いよくパトリックの胸ぐらを掴む。
「てめえのせいだ! 俺たちをこんなところまで連れてきやがって!」
「付いて来たのはお前たちだろ?」
男が手を放し後ずさる。
彼の隠し持っていたデリンジャーが腹に突き付けられていたことに気付いたからだ。
「それに、これを見つけちゃ引き下がれねえ」
夜の暗闇、焚き火だけが照らす二つ目の柱をまじろぎもせずに見つめながらパトリックが呟いた。