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賢者の石  作者: grandpr
第二章 永遠の命
7/8

2-2. 森の中の村

3.


 絶え間なく続く激しい雨。まるで霧のように周りの景色を白く染めるその様子を雨除けのついた2階の窓からパトリックは眺めていた。

「嫌な雨だね。まるであたしたちをどこにも行かせまいとしているみたいじゃないか」

 ベッドの上に寝転がるフランカが彼に話しかける。

「ココの奴らに取って食われないだけマシだろうよ」

 外を見ていた彼が彼女の方に向き答える。

「彼らに敵意はない」

 椅子に座りテーブルに肘をついたまま、大男のトラロが黙々とナイフで木を彫り刻む。

「そりゃ、村娘を助けた勇者様に敵意を抱く村人はいないだろうな」

 パトリックが窓枠に両手首をのせ、冗談めいた発言をする。


 その時、彼に面と向かい合った扉が開いた。

 トラロに負けず劣らずがっしりとした体型でありなおかつ深い皺が刻まれた村の長らしき者、そして何人かの男達が向こうから現れる。その中には先ほど助けた娘も含まれていた。

「どうやらお礼がしたいようだ」

 彼らの言葉をトラロが伝える。お礼としてできる歓迎なら何でもしようとのことであった。


“我々は過去のヴェスピニアの侵略行為に恨むことはしない。だから例えお前たちがヴェスピニアからやってきたのであっても歓迎しよう”


 過去の古傷か皺なのかも判別できない顔を歪ませて老人は笑みをつくる。


“この地には何の用で来た? よければ話が聞きたい、退屈な村の唯一の娯楽だ”


 老人は咳をするようにハッハッハと笑い声を出すと、おそらくリーダーだと見立てたのであろうパトリックの方を向く。


 その言葉を待っていたというかのようパトリックが答える。

「……ヴェンツェル・ガイストについて聞きたい」

 外の光に照らされ影になった暗くおぼろげな彼の顔。その顔は微笑んでいるようにも真剣な表情のようにも見られた。


 その男の名を聞かされた長の顔がみるみるうちに険しくなる。周りの者も動揺を隠せないでいる。

 内に溜めた感情を抑えた男は静かにトラロを介して彼にそんな男は知らないと答えた。


 彼らに背を向ける老人。

 扉を閉じる前に吐き捨てるように言った。


“女を助けたことは感謝している。だが、我々の聖域を穢した悪魔と同じことをしようとするならば容赦はしない”


 

4.


 雨が上がり、森に静寂が訪れる。辺りはすっかり暗くなり、外を出歩く者も少ない。

 まるで宙に浮かぶ不気味な怪火のようにランタンを持って見回りを行う者が村を巡回するなかをすり抜ける人影。

 その男は村の木造家屋を一軒一軒見て回った。死んだように眠る者、ランタンの下で動物の骨を加工する者、子供に話を聞かせる母親など中の人々の様子を窓から覗き見る。

 そして男は何も手掛かりが見つからないことを確認した後、動き出そうとした彼は何かに気がついた。


 路地の前方から灯りが迫ってきたのだ。

 そして、引き返そうとした側からも灯りが近付く。


 男は辺りを見回すと近くの窓から真っ暗な部屋へと侵入する。

 近付く足音の後、遠ざかる足音を耳にする男。窓からその背中を確認する。


 安堵した男、部屋の様子を確認しようと振り返った。




――目の前に現れる大きな目。

 それはまるで髪が逆立つのではないかと思うほどの見開きようである。

 そして丸めた紙を開いたような皺だらけの顔。村の長の皺と同じかそれ以上の数はあった。


「うわ!」

 驚きの声を上げ、壁に背中をつけた彼をよそに老婆は部屋に灯りをつける。老婆は興味津々といった感じに侵入者の姿を見ている。

「びっくりさせるなよ、婆さん」

 壁にもたれた男、パトリックが心臓をおさえながら老婆を見る。

 座り込んでいた彼に顔を近づけることができた所以であろう寝間着越しからでも伝わる腰が円を描くように曲がったその姿。杖をついてゆっくりと動き椅子へと座り込んだ老婆に彼は胸をなでおろした。

 

 ふと思いついたパトリック。この老人であれば百年前にこの地を訪れた男について何か知っているのであろうと考えたのだ。

 しかし、彼の考えは彼自身によって否定される。そう、彼はこの原住民たちの言葉を知らない。翻訳のトラロに会わせれば良いかもしれないが、彼はこの捜索に乗り気ではなかったため宿で待機している。連れて行こうにも宿の2階のベランダから下ろしたロープをこの老人が上がることができるとは到底思えない。そもそも、この見回りの中をお荷物であるこの老婆を連れていくことなどできないのだ。


 そんな彼の心の中を知らず老人は就寝前の暇つぶしが来たとでも思ったのか、呑気にニコニコと笑っている。

「婆さんよ、呑気でいいなぁアンタ。こっちは遥々ちっぽけな石を頼りにこんな湿気と暑さに耐えながらここまで来たってのによ」

 老婆の向かいの椅子に座った彼は彼女に愚痴をこぼす。


 その言葉の意を介さずしてか、老人はランタンを持って立ち上がり扉へと向かう。

 パトリックは興味が失せたかとその様子を見守っていたが、老人が扉を開いた後にこちらを向いたのを見るとその考えを推し量る。

「ついて来いってえのかい」

 藁にもすがる思いで彼は立ち上がり老人の後ろを歩き始めた。



5.


 突き当りの窓から姿を見せる月の明かりだけがその全貌を照らす長い廊下。パトリックは老婆に遅れないように、しかし他の住人に見つからぬようにひっそりと灯りから離れて進む。


 廊下を延々と歩き続けるうちにもしかすると老婆は自分を騙してこのハンサムだが怪しい男を家人の前に突き出そうとしているのではないか、そう彼が不安になり始め老婆に話しかけようとした。


 しかし、その行動は不意に老婆の近くの扉が開いたことによって遮られる。


 扉の向こうから現れる女。

 あいつは……森の中で助けた女だろうか、そう思いながらパトリックは物陰からその姿を見ていた。


 女は老婆と何かを話すと、少し歩いた先の部屋に彼女を連れ入る。


 遅れてパトリックが彼女らが入った部屋の中を開いた扉の隙間から眺めた。


 その部屋には花の入った花瓶、ずらりと呪術書らしきものが敷き詰められた本棚とその上に乗せられた獣の頭蓋骨、読書に使うのであろう丸テーブルの上には『永遠の命』と書かれた本が付箋の入った状態で置かれている。

 いかにもあの皺だらけの老婆が釜戸をかき混ぜながら魔法薬の調合を行いそうな部屋。その部屋の隅でベッドに入る老婆とそれを椅子に座り見守る孫のような構図。その様子にパトリックはなるほどと納得する。


 扉を静かに閉め、頭を抱えるパトリック。徘徊老人に付き合わされたのだからたまったものではない。



 しかし、落胆する彼の足に何か硬いものが触れる。

「これは……?」

 月の明かりだけを頼りに扉の様子を見て回る。もちろん、老婆の部屋から女が出てくるかもしれない可能性は考慮し、警戒しながらである。


 そして、パトリックはある部屋の扉が目に入ってから手元に握られた物と扉に取り付けられた錠前を見比べる。

「ありがとよ、婆さん」

 きれいに並んだ歯をみせるように笑うと、それを鍵穴に差し込んだ。



6.


 暗闇に目が慣れたはずの彼ですら何も見えないほどの真っ暗な部屋。

 部屋に入ると彼は音を立てないようにゆっくりと扉を閉め、持ってきたポーチの中身を手探りで触れる。

 ゴソゴソと音を立てながら何かを取り出した彼はそれを外箱で擦る。

 動作と同時に周りがポッと明るくなる。火のついたそれを彼は同じく取り出していたランタンの蝋燭へと灯した。

 彼はランタンを掲げ、部屋の様子を眺めた。


 先ほどの老婆の部屋に比べると、広い空間に本棚がいくつか並べられており、いずれの棚も彼には読めない字で書かれた本や紙でぎっしりと詰まっている。床には棚からこぼれ落ちたのか乱雑に書類が散らばっている。


 そんな部屋の中でも彼がひと際、目についたものが壁に飾られた絵画であった。


 ランタンを持って近づいた彼が息を呑む。

 それは一見すると人々が蛇のような生き物と戦うような構図のものであった。だが、絵画に描かれた蛇は人間よりもはるかに上回る大きさに描かれている。対する人間の集団もよく見れば手や足のないもの、首から上がないものまでもが存在する。


「気味の悪い絵だ……」

 絵に不快感を覚えてか、逸らすように下の方を向くパトリック。

 本が乱雑に置かれた読書机の一冊、日記のようなものに目が奪われる。


 その本をひょいと拾い上げ、裏表紙を確認する。

 下に彼にもわかる言葉で書かれた『オルコット』という名前。

 その名前はあの『愛する不死者』と呼ばれた事件の死んだはずの男、ロビン・オルコットと同じ名前。


 彼は邪魔な本をどかすと、ランタンを読書机の上に置く。

 ギッと軋む音を立てながら椅子に座ると、彼は静かにその本を読み始めた。

 

 

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