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賢者の石  作者: grandpr
第一章 列車強盗事件
5/8

1-4.事件の後

13.


 首都ノウスウルブ。摩天楼がそびえたつ中心部から離れ、貧困層や犯罪者が多く暮らす地区。警察も手を出せないこの地区は暴力や薬は当たり前の無法地帯ともいえる場所であった。

 そんな場所に『Frontier』と書かれた酒場があった。周りの建物に劣らず、傷んだ木々で建てられたボロボロなこの建物を昔からのならず者は昔の西部を思い出させるといって通っていた。


「こんなものに手を出すべきじゃなかったなあ、サム」

 丸テーブルに置かれた数枚の写真を見ながら、腕を組んで座る老人が言った。

「挙句の果てに仲間を大勢失って、大したもんだねアンタ」

 髪を三つ編みにした気の強そうな女が、ふんぞり返ったように椅子に座り葉巻をふかすサムを睨みつける。


「俺のような頼りになる男を置いていくなんざ……さては俺の活躍に嫉妬したな?」

 カイゼル髭を生やした男が自慢の拳銃を見せびらかすように手入れしながら、自信ありげに発言する。そんな彼が葉巻を咥えマッチを取り出そうとするところを女が乱暴に葉巻を奪い取る。

「アンタじゃせいぜい刺された奴の代わりになるのがオチだよ」

 女が無造作に葉巻を机の上に投げる。店の経営を体現するかのように傾いたテーブルから葉巻が転がりだす。

 男が必死にそれを掴もうとするが、それは彼の腕をすり抜け、ついには床に落下する。男は勿体ないといった顔でそれを見つめていた。



「約束通り飲みに来たぜ」

 男の足が葉巻を踏みつける。男は野糞を踏んだかといった表情で自分の足裏を見て、地面を転がる葉巻を確認すると特に気にする様子も見せず、空いた椅子に座り込む。


「怪我の方は大丈夫かぁ?」

 老人が彼に尋ねる。

「この通り、元より良くなってるんじゃねえの?」

 彼は右腕を振り回して大丈夫であることを表す。

「それはそうと、車は悪かったな」

「構いやしねえ、あの化け物がまさか腹から汚ねえモノ垂れ流しながら車にしがみつくとは想像もつかねえ。車一台であれを殺せたんなら安いもんだ。息子共々感謝するよ」

「そういやその操縦席の息子はどこだ? あの時はよく見てなかったからな」

 店内を見回した彼だったが、女の視線を感じそちらに目を移す。栗色の髪を3つ編みにした女があどけなさは残った顔を彼に向けていた。


「相変わらずいい男だねえ、ウィリアム坊や」

「お前は大きくなったなぁ。今年で21だったか?」

「ああ、この後あたしに付き合わないかい?」

 テーブルに肘を乗せ、柔らかそうな頬を手のひらに乗せて満足そうにパトリックを見つめる。

 彼はそれを軽くあしらう。


「……それでこの気取った野郎は誰だ?」

 彼女への回答を避け、カイゼル髭の男について尋ねる。


 男は待ってましたと言わんばかりに胸を張る。

「俺の名はアント…「黙ってな、ドリンキン」」

 女が男の自慢げな自己紹介を遮る。

飲酒野郎(ドリンキン)か。面白いあだ名だねえ。何? 酒にでも強いわけ?」 

「……いつも()()()酔ってる」

 女が呆れたような言い方で答えると、パトリックが思わず口に含んだ酒を吹き出した。


「それで、怒らないわけ? あんた」

 彼女の言葉を聞きながらも気取った姿勢で銃を磨く男をパトリックが尋ねる。

「彼女にはわからないのさ、一流のガンマンの思いってやつが……」

「それで、その一流のガンマン様のお名前を教えてはもらえませんかねえ?」

 何かを言いたげな女を制止しながら彼は問いかける。


「俺か? 俺はアントン・コーエン‼ どうだ、参ったろう?」

 男の声に周囲の注目が集まる。


「アントン……? ああ、聞いたことがある。確かあんただったよな? 『女の口説き方』みたいな本出したの。カミさんがキレてたよ、確か出版社が…「ウォッホン」」

 彼の言葉を中断するようにアントンがわざとらしい咳払いをした。


「お前のうわさは聞いている! 早撃ちの名手だとか、鏡に映る男に当てただとか、なんとも嘘くさい話だ」

 彼は手に持ったグラスの酒を一気に飲み干し、宣言した。

「俺が正義の鉄槌を下してやる、銃を抜け‼」

 周囲の野次馬が彼の言葉を勢いづける。パトリックは半ば呆れるように溜息をついた。

 



14.


「まずはお前から披露してもらおうか?」

 窓際のテーブルに置かれた空のボトルが用意され、二人は離れた位置からそれを狙う。当然、ギャラリーも弾の当たらないはずの位置から彼らの様子を眺めていた。


 パトリックが手のひらに収まるくらいの小型拳銃を取り出す。それを見たアントンは鼻で笑う。

「これでもいいか?」

「コイツぁ……こんな危ない場所によくもまあ玩具みたいな拳銃で来たもんだ」

 パトリックは男の言葉に耳を貸さず、内ポケットに一度拳銃をしまう。


 周囲に静けさが訪れる。

 少しの夜の穏やかな静けさの後、外のどこかで聞こえる銃声をまるで陸上競技のスタートの合図のように、彼は銃声が再び闇夜に消えていくのを待たずに銃を取り出し引き金を引く。


 外の銃声に続くかのように聞こえる銃声。

 ガラスの砕ける音。それが連続して続くと、破片が床に乱雑に散らばった。



 銃声に負けないような周囲からの拍手喝采。彼もまんざらでもない様子でそれに応じる。


「腕は落ちてないようだな、坊や」

 終始黙り込んで考え事をしていたはずのサムが知らぬ間に彼の腕前を見て、髭の間から歯を覗かせる。



「噂に違わぬ腕前だ。だが俺の腕前を見てもその余裕が見せられるかな?」

 アントンが意味ありげに笑みを浮かべる。そして取り出す回転式拳銃。

 それをよく見るならば、フロントサイトからグリップに至るまで随所に施された紋章やレリーフといった装飾。黄金に輝く銃身はまるで弾の出る金塊のようにも思えた。

「いいぞ!」「負けるんじゃねえぞ!」「見せかけだけじゃあねえだろうな!」

 拳銃をホルスターにしまった後、様々な野次を制止するように両手を広げる。



 周囲が静かになった一瞬、彼の右手がホルスターの銃にかかる。しかし……


「あれぇ?! このっ、このぉ‼」

 彼は素っ頓狂な声をあげて、両手で拳銃を引き抜こうとする。拳銃のどこかがホルスターに引っ掛かったのだ。

 周りから失望とからかいが混じった声が聞こえる。


「あいつの前職は何よ?」

 その様子を見ていたパトリックが笑いながら隣のサムに尋ねる。

 サム葉巻の煙を天井に吹かしながら呟くように言った。

「……詐欺師だ」




15.


ワーナーガーデンパーク。最初のヴェスピニア移植民であり、ヴェスピニア有数の大富豪であるワーナー氏の私有地であったこの地は彼の死後、国が管理する公園として自由に散策を楽しめる場所として親しまれている。

 そのなかでも特に知られている大樹。三、四階ほどの高さがあるであろうその大樹はほかの木々に比べ大きく見ごたえがあった。


 男が訪れる。

 珍しく人のいない大樹。男はこの樹を興味本位で見に来たわけではない。戻ることのない思い出を振り返りにこの場所に来たのだ。


「……観光かしら?」

 不意の声に男が気が付き振り返る。

 見知った少女の顔。青い瞳に日光に照らされる空色の髪。

「君か、偶然だな」

 男が口を開く。

「貴方も過去を振り返りに来たの?」

「……そうだな、ワーナー卿はいつもこの場所を気に入っていた」

 男はワーナー邸を見る。

「君も彼の知り合いか?」

「ええ、昔、幼い頃に少しだけ……」


 二人は大樹を背に座り込む。

 周りはまるでここが都会の近くだと忘れさせるように風になびく草の音だけがこの場所を制していた。

 それでも、他に人がいないわけではなく散策する人や屋敷近くの花壇を眺める人がこの大樹の丘から目に入る。


「ここにいるとバイオリンの音が聞こえてくる気がするの」

 だんまりとした空気の中、彼女が声に出す。

「悲しい音色だったわ……まるで誰かを待っているように、彼は音を鳴らすの」

「私は一度も聞かなかったよ。もしかしたら君を待っていたのかもしれないな」

 男は彼女の横顔を見る。安らかに目を閉じた彼女。この場所に来たがっていたのだと直感した。


「名前……聞いてなかったな」

 事件から落ち着いた今、ふと彼が改めてそうだったと尋ねる。

「……カタリナ。私が知っているのはそれだけ。拾われ子だったの」

 彼はあえて深く聞かずに「そうか」と呟く。

「あなたの名前を教えて」

「ハワードだ……しがない冒険家だよ」

「冒険……! どんなことをしてきたの?」

 彼女が好奇心をもった瞳で腰から下を草原につけたハワードを見つめだす。



「そうだな……」

 彼はこの場の様子を壊さないように、静かに語り始めた。

6月3週目投稿予定

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