1-2.バース強盗団
4.
「探せぇ! 必ず列車のどこかにあるはずだ‼」
爆発の後、食堂車に開いた大穴を通じて、車から大量の賊が壁をなだれ込む。彼らは怯える乗客を気にすることなく機関車側と貨物側どちらの車両にも進み始めた。
最後に頭領と思わしき男が乗り移る。顎のあたりを被うような髭。シャツをまくり上げた腕は太く毛深い。この腕っぷしが強そうな男が抱えたショットガンは、まるで殴るための棒のようである。
その男を見て、床に突っ伏していた男が思わず声を上げた。
「サム……サムじゃねえか! 相変わらず列車強盗なんてケチな仕事してるのか?」
「お前、ウィリアムか?! 懐かしい顔に出会ったもんだ」
ウィリアムと呼ばれた男は立ち上がり、サムを小突く。
「今じゃ『パトリック』って名乗ってる。あれから足を洗ってね」
「噂は本当だったってわけか……」
サムは自慢の髭を撫でるように触りながら話を聞く。
「ボス! この先の車両の扉が塞がれてます」
話を遮るように、手下の一人が報告する。彼の行く先、機関車側の車両の入り口のドアを何人かが蹴り飛ばしていた。
「砲車を使え! 弾ならいくらでもある」
男の指示に従い、手下の数人は列車と同じ速度で走行する砲車に乗り込む。
発進の間際、サムは運転席の方に聞こえるように「ダヴィ、機関車を止めろ! 頼んだぞ!」と声を張り上げた。
砲車前部の小窓が開き、親指が立てられた手がぬっと現れる。
その手はすぐに引っ込み、砲車が追い越しを始めた。
「それで、あんなものまで使ってまで列車を襲う理由はなんだ?」
車を見届けたサムを待って、パトリックが言う。
「そいつは見てのお楽しみだ。今に部下が奪ってくる」
ニッと笑みを浮かべたサムは見張りを他の男に任せ、テーブルに腰掛ける。
「金塊よりも価値があるってんなら、そいつを拝みたいもんだ」
パトリックは辺りに聞こえる騒音を聞きながら吐き捨てるように言った。
5.
「ここは危険です! 下がって‼」
乗客の荷物を閉め切った扉の前に積み上げ作りあげた即席のバリケードが音を立て始める。警備隊数人が乗客を後ろ、機関車の方へと下がらせる。
そして、その乗客の中にハワードの姿があった。彼は爆発の前に前方の車両へと避難していたのだ。
「物騒なものだ……もう一つ後の列車に乗るべきだったかな?」
「教授。逃げていらしたのですか」
彼の隣に先ほどまで食事をしていた老人が姿を現す。
「直前まで車を見ていたのだがね。見事なものだった」
「呑気ですね。このままじゃ有り金全部持っていかれますよ」
「奴らの目的は金ではないだろうよ」
意外な言葉にハワードは思わず老人の方に視線を向ける。
「それは……」
ハワードが言い始めようとしたときだった。
「砲車だ! 下がれ、下がれ‼」
警備隊が叫び、人々を押すように下がらせ、砲車にライフルを撃ちこむ。
しかし、意気込んでいた警備隊も砲塔が車両へと向けられると大慌てで逃げ始める。
そして響く警備隊の叫びなどかき消すような爆音。
それを合図に列車の外壁は壊れ、逃げ遅れた乗客や警備隊が吹き飛ばされる。
「応答してくれ……‼」
生き残った警備隊の一人が車内電話でどこか別の車両へと掛けようとする。
そこに響く銃声。撃ち抜かれボロボロになった筐体を見て「くそっ!」と言い、受話器を投げ捨てる。
「誰か、機関士のところまで行って速度を上げるよう伝えてくれ‼ 車から距離を離す必要がある!」
男はそう言うと、残った警備隊二人と共に座席の裏に身を隠す。穴が開いた車両へと乗り込む強盗たち。その一人に男が弾を撃ち込むのを合図に銃撃戦が始まった。
その射撃音を合図に様子を伺っていた乗客は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
「俺たちを巻き込むつもりか?」
「警備隊の仕事を私たちに押し付けないでくれ」
「この銃撃のさなか、敵に背中を見せろって言うのか!?」
「まさか女性にやらせるつもりではないでしょうね」
座席に隠れた乗客は騒ぎ始める。
「来て」
他の乗客と同様、シートから敵の様子を伺うハワードの耳元に聞き覚えのある声が囁く。
「君は……」
彼は声のする方に振り向く。
長いストレートヘアから覗く青い瞳と眼が合った。彼女は先ほどの少女だった。
「君のボディーガードはどうした?」
「はぐれたの……だから貴方に来てほしい」
「冗談じゃない、私はただの一般人だ」
ハワードがそう言って再び様子を伺いだす。
「……なぜ私に頼む?」
言い忘れていたとばかりに彼が尋ねる。すると、彼女は彼の胸ポケットから両手で回転式拳銃を抜き出した。
「コレを持っているから……」
ハワードが彼女の手から銃を取り戻し、ポケットにしまう。
その後、彼女の方をじっと見つめていたが、
「わかった、わかった。そのまま放っておいたら私の銃を奪って一人で行ってしまいそうだ」
根負けしたように彼が目をそらして言った。
「君の『騎士様』がいないことに感謝するんだな」
その彼の言葉に彼女は微笑んだ。
ハワードは向かいのシートに隠れていた老人にハンドサインを送る。
老人は微笑み、強盗たちの動きをしばらく見ながら、止まるよう指示を出す。
その間に、ハワードは通路側へ彼女を移動させ、銃を取り出す。
老人が指を3本立てる。
3本、2本、1本……
老人がゴーサインを示す。
二人は通路へはち切れんばかりの勢いで飛び出した。
だが、強盗も黙って見過ごす訳にはいかない。体を出し、二人に狙いをつけようとする。
しかし、彼らが向かうと察知したか、そこに警備隊の銃撃が入り邪魔をする。ハワードも彼女を先に行かせるように、一度立ち止まり膝をついて牽制射撃を行う。
「行けっ!」
先ほどの電話を掛けようとしていた警備隊の男が彼に視線を送る。
彼は頷いて、先に車外に移っていた彼女に追いつこうと脇目も振らず走り出す。
そんな彼の横を銃弾がすり抜けていく。
警備隊の一人が肩に銃弾を食らう。背中から床に倒れる男。それを好機とばかりに狙いの銃弾が彼へと向かう。
それに気がついた彼が扉の方へと飛び込みをかける。
そんな彼の心を察したように、彼女は咄嗟に彼の足が飛び出した瞬間に扉を力いっぱい動かす。
間一髪のところで、扉は完全に締まり、何発もの銃弾が扉へと突き刺さる。
もう少し閉めるのが早ければ彼の足は挟まれ、もう少し遅ければ彼は銃弾を浴びていただろう状況を彼らは突破したのだ。
6.
扉を開き、二人は通路を進んでいく。
機関車までの5両は今までの一般客が乗る中央通路型の開放座席車とは異なり、区分室があり車両の片側に通路を持つコンパートメント車となっている。このような車両はこの国では珍しいタイプとなっており、通常、一等客室、二等客室として装飾が施されている。
進む彼らを見つめる視線。通路で外の様子を確かめていた何人かの乗客からであった。その表情からは不安と好奇が読み取れる。
その中を二人は喋る様子もなく進む。
誰もが沈黙を続け、周囲の音が彼らの耳に入る。
車両全体から聞こえる列車の走行音。後部車両からの銃撃音。それに混じって聞こえる蹄の音。
「伏せろ!」
それにいち早く気がついたハワードが彼女の肩を押し下げる。
続いてガラスの割れる音と共に破片が地面に降り注ぐ。
強盗たちは「イーハー‼」という掛け声とともに馬上からライフルを構える。
彼は銃を取り出し、外の強盗たちに反撃を始めた。
ある者は地面に両膝をつき頭を抱え、またある者は個室に逃げ込むところに背中から銃弾を食らう。
十分に注意を引き付けた彼はその場で屈みこむ。強盗が彼の攻撃を仕掛けた位置に銃口を向ける。
それを予見し屈みながら移動したハワードは刹那、立ち上がり数発の銃声を響かせる。
撃たれた馬上の男はぐったりとうなだれ、当たった馬は嘶き前足を上げながら足を崩す。
だが、通路を飛び交う弾幕はとどまるところを知らない。
床に座り込んだハワードがシリンダーに弾薬を詰める。彼はまた同じ手で奇襲を掛けようと考えていた。
そんな彼の考えを裏切るかのように、彼の横の木の板が裂ける。
敵が壁を壊せるほどの強力な銃を持っていることは明白であった。
「壁が壊れるのも時間の問題か……! くっ!」
彼が被弾の覚悟を決め、窓から姿を表す。その瞬間のことだった。
けたたましい馬の鳴き声。
窓の外に視線を向けていた彼の瞳に何頭もの馬が横転していく姿が目に入る。それはまるで、何かに躓いたようでもあり、急に馬が止まった勢いで前に倒れるようでもあった。
再び車内に静けさが戻る。
ハワードは息を吐いて、拳銃をしまう。少し考えた彼は尋ねた。
「……どうやったんだ?」
こんな芸当ができるなんて考えられるのは一人しかいない。
「倒れたらいいなって……」
「それが魔法か?」
「わからない。でも協会の人はそれが魔法だって信じてる」
「あまり頼りにしたくはないが……仕方がない」
彼の不満げな言葉に彼女の表情は曇った。
7.
機関車後部、炭水車への扉を開く。外は風が強く、彼らに息を吸うことも困難にする。
「後は私が行く。君は待っていろ」
ハワードは炭水車についた梯子を上る。
金属に靴が当たる音が聞こえなくなる。彼が煙の中に身体を入れないよう腰を低くして山のように積まれた石炭の向こう、運転室の様子を伺う。
ここからなら聞こえるだろうか。彼がそう思い声を掛けようと息を吸う。
だが、そこに激しい振動。炭水車が揺れ、石炭がいくつか地面へと落下する。冷たい黒い管の大きな口から飛ばされた弾丸が列車の近くで爆発したのだ。
そして現れる砲車。その砲身は汽車へと向けられる。
「もう追いついたのか……!」
ハワードは銃を抜き、後ろを振り返る。
砲車は後ろの客車と並走している。速度を保ったまま、こちらを狙い撃ちするつもりなのだ。
「なんだ!? 何が起きている!?」
すぐ近くの爆発に気づき、機関士が狼狽える。
「速度を下げてくれ! 砲車の狙いをずらしたい!」
ハワードが声を張る。
石炭が崩れ落ちたおかげもあり、運転席の様子がはっきりと確認できる。
機関士は彼の目を見て頷き、すぐさまブレーキを掛ける。
響くタイヤと路面との摩擦音。甲高い音を上げながら砲車に近づく機関車。
その少し後に遅れて砲弾が発射される。しかし、砲弾は機関車を追い抜くように、線路を飛び越えて爆発を起こす。
チャンスだった。
彼が梯子から飛び降りる。足に力を入れ、着地の衝撃を和らげる。
時間はあまりなかったが、彼は冷静であった。
――胴体は弾かれてしまう。だが、あの重量ならばもしや……!
彼は着地した勢いのまま、片膝をつき拳銃を両手で構える。
聞こえる銃声。
瞬間、金属音が聞こえ砲車がガタガタと揺れ始め、速度が落ちていく。
その様子を見たハワードが車輪へと向けた銃をしまう。
一部始終を見守っていた彼女は素直に手を叩いた。
8.
「見つけた! 見つけましたぜ‼」
後部車両から荷物を担ぎ、部下の一人が歓声を上げながら戻ってくる。
「よくやった! さあ、早く中身を見せろ‼」
サムが喜びを隠せない様子で見つけてきた男にカバンを開けさせる。
「へへっ、ついてらぁ。まさかさっきのブレーキの揺れで落ちたカバンがそれだったなんてな」
男は喜びを隠せずにカバンを開く。
ファスナーが開かれ、中身が少しずつ露わになる。
その中身をサムとパトリックが覗き込む。
球体。それはまるで占いや宝石に使われそうな無色透明の水晶玉のようにも見えた。だが、他の水晶玉と違っていたのはまるで生きているかのような感覚を受けたことであった。
「こんなガラス玉がお宝だって言い張るのか?」
「そこら辺のガラス玉とは違えんだ。この世の真理がわかるっていう幻の石よ」
サムの口がにやりと笑う。
「幾らで売れるとも計り知ねえ、まさに幻のお宝ってわけだ」
石に目を奪われるサムをよそ目に、パトリックはカバンの方を気にする。
彼が荷物のタグに名前が書かれていないことに気づき、タグを裏返した時だった。
「よせ‼ そいつは罠だ‼」
パトリックは何かに気づき、手柄を立てた男がカバンから球を出そうとするのを止めようとそちらを見た時であった。
男の声にもならない乾いた音。
男は気付くことなく、喉元を何かに貫かれたのだ。
そして、慌てる彼らの前にソレは姿を現したのだった。