依頼
「......賢者の石はご存知かしら?」
霧の立ち込める町の午後。突然、彼を訪ねてきた女は、彼にそう言うと、写真を取り出し机に置く。
単色で描かれるそれは、水晶玉のようであった。
「この水晶玉がその石と?」
「ええ、是非貴方に探し出して欲しいの」
男は怪訝な顔をする。こんな水晶玉はいくらでも町で手に入る。探し出したとしてもこれが本物という証拠はない。ましてや、賢者の石などと……。
「残念ですが、この依頼は……」
彼がそう言いかけた時だった。
不意に彼の後ろの窓に飾置いていた燭台に火が灯ったのだ。
ボッと燃え上がる音に気を取られ、彼が窓辺へと顔を向ける。窓は締め切られ、外は霧で埋め尽くされている。誰かが火をつけることなど出来るはずがない。
窓辺に気を取られた彼に、追いうちをかけるように、扉の開く音。
まさかと思い、依頼人の方へ注意を向ける。
開け放たれた扉。男は外へと身を乗り出し、辺りを見回した。
数メートル先も見えないほどの濃霧。静寂だけが辺りに残る。
男は静かに扉を閉め、机に近づく。
先ほどの二枚の写真の他に金の入った封筒と、異国の急行切符。
「気の進まない仕事だが……」
ポケットからタバコを取り出し、燭台から火をもらうと、ゆっくりと吸い始める。
じっくりと眺めようと拾い上げた途端、一枚が床に落ちる。そう、写真は二枚あったのだ。
ヴェスピニア
ヴェスピニア連邦はいくつもの州からなる連合国家である。かの国はかつてアトランティス大陸から出国した民族がこの大陸に住み着き、後に領土を拡大することで生まれた国である。その国が再び移民で溢れようとしている。アトラス人、獣人、東洋人、そしてエレバス大陸の者までも迫害や戦争を恐れヴェスピニアへと訪れるのだ。移民は時に様々な厄介事を引き起こしてきた。それはこの国も例外ではないだろう。
~ゲール・ブルックス著『移民評論』より抜粋~