動植物神話体系―Eukaryotarum Mythologia―
ぼくとかのじょ
僕ら兄弟は光と影。二つで一対。表と裏。
兄は、美しく雄々しい翼で自由に空を飛び回る。その姿は芸術ですらある。
一方の僕は、音もなく闇の中を滑空する。生粋の狩人だ。
そんな僕たちを、お母さんは溺愛している。
それはもう、周りがドン引くくらいに。
「ああ、もうなんでうちの子たちは可愛いの、ねえどうしてかしら」
黄色い声を上げるお母さんはほんのりとうす青く染まった翼をバシバシと相手に叩きつけた。かなり強めだからか、相手の黒い毛並みが乱れた。ちょっと不快そうに顔をしかめているから、やめてほしい。
相手の睨みつける視線に晒されてもお母さんは怯むことはない。
「いい加減にしてください、テルー」
「この愛らしさをどう表現すればいいのかしら!ねえ、どう思う?」
「それはご自分で考えなさい。我々はそんな話をしに来たのではありません」
「いやだわ、カノン。わたし、語彙力が足りなくて、博識なあなたなら美しい表現を知っているのではなくて」
カノン、と呼ばれた夜の君は尻尾を上げてため息をついた。僕が夜の君でもきっとそうするだろう。
彼の後ろには、幼い眷属がこちらを伺うようにして鎌首をもたげている。薄紫色の可愛らしい蛇だ。僕らよりも随分と後に産まれた彼女は、純粋な目で僕を見返した。
ちょっと、かまって遊びたいなぁ。話し相手の兄がいないから退屈だ。
「いい加減眷属の話から離れなさい!全く、話が、進んでいません!」
「いやだわカノン、そんな大声を張り上げるのではなくてよ」
「はぁ、なんで貴方が私の対なんでしょう」
本題になかなか入らないお母さんたちは、放置しよう。蛇に目線を送ってこっちに来るよう促した。蛇は主と僕を見てを繰り返していたけれど、結局、僕のところに這いずって来た。たぶん、あちらも退屈だったのだろう。
「やぁ、僕はケリー。君は?」
「おいらはシェリアリア」
彼女の名前を聞いた瞬間、僕は目眩がした。いろいろな情報が錯綜して、頭の中が瞬間的に渋滞状態になる。まずい、非常にまずい。彼女の主は何も教えていないのか。
「君のそれ、真名だよね」
「まな?おいら初めて聞いた。それ、なぁに?」
「魂の名前だよ。普段は呼ばない、大切な名前のこと。だから、初対面の相手に名乗っちゃいけない」
「なんで?」
初歩の知識も無いことに、驚いた。
誰かが教育してあげないと、この子はうっり騙されるんじゃ無いか。僕は教えてあげることにした。
「僕ら……つまりは、『司る者』たちは大なり小なり魂に干渉できるんだ。その時に必要なのが、真名だ。だから信用できる相手以外に伝えれば、性質を歪められてしまうよ」
目をパチパチさせて、シェリアリアは僕の言葉を咀嚼している。うーん、理解できないかなぁ。
「僕はそのつもりはないけれど、君の司る『幻想』という性質を……例えば、方向性を固定して『絶望』とか『悪夢』とかを司る者にしてしまうとか」
「怖い!」
ようやくわかったというように、悲鳴をあげてシェリアリアは主の元に逃げた。僕は何もしないって言ってるのに、ビクビクの主の足元から僕を伺っている。
「ご主人様、怖いよぅ。おいら、弄られちゃうよぅ」
「ケリー、貴方シェルに何したんですか」
夜の君はシューシューと泣くシェリアリアを宥めながら僕を睨んだ。僕はただ忠告しただけなのに。
「彼女が真名をうっかり喋ったので、取扱注意と教えただけです」
「……それは失礼。シェル、怖がる必要はありませんよ。ケリーは紳士的ですから、あなたのためを思って教えてくれたんですよ」
事実を伝えると、夜の君はシェリアリアを軽くぽんぽんしてあやした。さっぱりしてる夜の君はちょっとかっこいいなぁ。対して、シェリアリアには不安感しかない。
「あらあら、シェルちゃんは天然ね。ケリー、何かあったら面倒見てあげてね」
お母さんは、ケラケラと笑いながら僕とシェリアリアを交互に見比べた。……何となく、良からぬことを企んでる気がする。
その後、僕とシェリアリアが会うたびに微妙に親密具合を確かめるお母さんや、「この子は渡さない」と発言する夜の君に精神的に疲れるようになるのはまた別の話。