8話 勇気の試練3
お母さんが再婚すると聞いた日から、更に3か月くらいが経った。
春になった季節も、また夏になってる。
私はスピカ様に、基礎的なトレーニングは一通り終わったと告げられた。
そして、私への修行は次の段階へと移行する事になった。
その翌日。私は、ストラハの城壁の前にいた。
「はぁ……」
思わずため息を付いてしまう。
ついに、この日が来てしまった……。
(リューリュ、行きますよ)
「はい……」
スピカ様に命じられて、しぶしぶ、城壁の門を潜る。
私が今日から行う事になるのは、戦闘そのものの修行だ。
一日中運動をしているだけだったり、私への害意がないスピカ様と戦っているだけでは、本物の戦闘の経験が詰めない。
なので私は、今日から聖域の外に出て、魔物と直接戦っていく事になっている。
(前にも説明しましたが、闇のマナは魔王だけではなく、他の魔族や魔物達も生み出しています。
なのでリューリュには、魔王を倒して貰った後は、他の魔族や魔物を討伐0しながら毎日を過ごしてもらう事になります。
その為にも、今日から始まる生活には慣れておいて下さいね)
「はい……」
私は戦うのが嫌いだ。
誰かと争うなんてめんどくさいし、怖いし、それに辛い。
けれどスピカ様がそう言うなら、私はそうしなければならない。
私は嫌々、ストラハの外に広がる、薄暗い森の中へと入っていくのだった。
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オネストで採集をしている時や、オネストからストラハに向かっている時は、体力を使ったりしない為に、魔物と出会う事は極力避けていた。
けれど今は、魔物を倒す為に聖域の外に来ている。
なので、出てくる魔物は全部倒すし、むしろ自分から魔物を探して倒していく……。
私は修行を始める前から、竜の魔物に一人で勝ててしまうくらいに強かった。
だからその辺にいる魔物なら、もう全く問題なく倒す事が出来る。
しかしだからと言って、全ての魔物を簡単に倒せるかと言えばそういう訳ではない。
この世界には、変異魔物という魔物がいるからだ。
変異魔物とは、闇のマナを浴びすぎて突然変異した魔物の事だ。
生まれてくる事は希なので、数自体はそれほど多くはないのだが、その代わり普通の魔物よりも遥かに強い。
そして変異魔物は生み出している闇のマナも特別に多いらしい。
なので、世界から闇のマナを減らすためには、変異魔物を倒す事が特に大切なのだとスピカ様は言っていた。
変異魔物は総じてとても強いので、会ってしまったら何を置いてでも逃げろ、というのがこの世界の常識だ。
しかし私は、最初からその変異魔物を倒す目的で、スピカ様に聖域の外へと連れ出されている。
なのでスピカ様は、私を変異魔物のいる場所へと誘導する。
私は勿論そんな怖い魔物と戦いたくないが、断る事は出来ないので、しぶしぶスピカ様の誘導する通りの場所に進んでいっていた。
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ストラハを出発して、半日くらいが過ぎた頃。
(リューリュ、この先に変異魔物がいます)
スピカ様が私へと、そんな事を告げる。
「強そうですか、その魔物……?」
(ええ。油断して戦っていいような相手ではないでしょう。
しかし、今のあなたなら負けるような事はまずない相手でもあります。なので臆せず戦えば大丈夫です)
「そですか……」
本当は直ぐにでも逃げ出したい。
けれど、今更戦うのが嫌なんて言えない。
「はぁ……」
ため息をついた後、私は背負っていた盾を手に持って、先へと進むのだった。
そして少し歩いた。
すると、卵に手足が生えたみたいな、変な形をした魔物がいた。
魔物とは動物や昆虫が変化したものなので、普通の魔物はそこまで変な姿をしている事はない。
しかし、変異魔物は体が変化しすぎていて、こんな風に元の生物がなんだったのかよく分からないようなものが偶にいるらしい。
その卵の魔物は、私を見るなり襲いかかってきた。
どんな攻撃をしてくるのかは知らないが、私はとりあえず盾を前に構える。
卵の魔物は、口を大きく開いて、私の盾へと噛み付いた。
その攻撃はかなりの威力で、私の魔纏はぐっと減った。しかし耐えられない程ではなかったので、私の盾が噛みちぎられる事はなかった。
私はそのまま、卵の魔物に向かって衝撃の魔法を放つ。
卵の魔物はそれが直撃して、一旦盾から引き剥がされた。
私は盾の後ろから、何度も衝撃の魔法を浴びせ続ける。
卵の魔物も負けじと盾へと噛み付いてくる。
しかし卵の魔物は、私の盾を壊す事は出来ず、攻撃だけを一方的に浴び続ける。
そんなやりとりを少し続けた後。
卵の魔物は、盾を壊す事を諦めたのか、私の後ろに回ろうとしてきた。
しかし、盾を持った私が背後を取られる事はない。
何故なら、相手が後ろに回ってこようとした時に私がすればいい動作は、魔法で牽制をしながら相手の方を向き続けるだけの簡単な事だからだ。
なので、私が背後を取られるような事は起きない。
少ししたら、卵の魔物は背後に回る事も諦めたらしく、また噛み付き攻撃で盾を壊そうとしてくる戦法に戻った。
そして、そこからの戦闘は単調だった。
卵の魔物は盾を攻撃して、私はその相手にひたすら魔法を浴び続ける。
そんな繰り返しを、どちらかの体力が先に尽きるまで続け合った。
そしてしばらく経った後。やがて、卵の魔物の魔力がなくなった。
魔物も魔纏を使って戦っているので、それがなくなったら防御力は0だ。
だから私は、魔法で氷の刃を生み出し、それをとどめの一撃として相手に放った。
卵の魔物は、氷の刃が突き刺さって、そのまま絶命したのだった。
(お疲れさまです、リューリュ)
戦闘が終わった後。スピカ様が私を労ってくれた。
「そこまで強くなかったですね」
私の魔力はまだ結構余裕が残っている。
変異魔物な割に、そこまで苦戦するような事はなかった。
(それは、あなたが強くなったからです。おそらく1年前のあなたなら、今の魔物を倒そうとしても、簡単にはいかなかったと思いますよ)
「そうなんですか……」
まあ、盾がなかったら何度も噛み付かれてて滅茶苦茶痛かっただろうし、修行で魔法の精度を上げていなければ、こんなに早く相手を倒す事も出来ていなかったのかもしれない。
1年以上毎日修行なんてさせられてたから、私も多少は強くなっているのだろう。
(リューリュ。その、嬉しかったりしませんか……?)
スピカ様は、唐突にそんな事を聞いてくる。
「何でですか?」
(あなたは1年間の修行で成長しました。そしてその力で、目の前の魔物を屠る事が出来ました。
達成感とか、そんな気持ちを感じたりはしないでしょうか……?)
私は、目の前の卵の魔物の死体を見る。
丸い体から内蔵みたいなものが流れ出していて、なんともグロい。
そして、相手が悪い魔物だと分かってはいるのだが、それでもなんか可哀想だ。
だから、これを自分がやったのだと思うと、何ていうか、ショックだ。
「無理やりこんな事やらされてて、嬉しくなる訳ないです」
私は少しイラっとしながら、そんな事を呟く。
無理やりこんな事やらせてるくせに、その質問はなんか酷いと思う。
(すいません、そうですよね……)
「そうですよ……」
私は、ただのんびり生きていたい人間だ。そしてスピカ様は、私がそんな性格である事を、ちゃんと分かってくれている。
だから私は、スピカ様に無理やりああしろこうしろと言われても、なんとか耐えられる部分があるのだと思う。
だからそんな変な事まで、私に期待しないで欲しい……。
(ではまた、次の変異魔物のいる場所へと案内します)
「はい……」
そして私は引き続き、その薄暗い森の中を、嫌々進んでいくのだった。
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そして、10日程が過ぎた。
引き続き森の中を歩いていたら、スピカ様の声が頭の中に響く。
(リューリュ、止まって下さい)
私は、指示通りに立ち止まる。
(この先に、かなり強い変異魔物がいます。見つからないよう、静かに進んでください)
私は言われた通り、静かに先へと進んだ。
そして少し進むと、2匹の魔物が争っている場面に出くわした。
片方は、普通の竜の魔物。そしてもう片方は、3つの首を持つ竜の魔物だった。
(あの3つ首の竜の魔物が、先ほど言った強い変異魔物です。
ちょうど今から戦う所らしいので、そこで物陰に隠れたまま、その様子を観察していて下さい)
私はスピカ様に言われた通り、2匹の竜が戦う光景を観察する事にした。
まず3つ首の竜が、爪で普通の竜を切り裂いた。
普通の竜は、耐えられれない程ではないが、そこそこのダメージを受けた。
普通の竜も、3つ首の竜を爪で切り裂く。
そして3つ首の竜も、耐えられない程ではないが、そこそこのダメージを受けた。
2匹の竜は、まずはそんな小競り合いを続けた。
3つ首の竜は確かに強そうだけれど、でも普通の竜でも十分善戦出来ているのだから、そこまでの強さではない。
そんなに気をつけないといけない相手なのかな……?
私がそんな事を思い始めた頃。
3つ首の竜は、相手から少し距離を取った後、とても大きく息を吸う。
(この攻撃を、よく見ておいて下さい)
スピカ様に言われて、私は3つ首の竜を観察する。
すると3つ首の竜は、灼熱の炎を吐いた。
辺り一面にあるものが、その一撃だけで全て焼き尽くされる。普通の竜も一瞬で絶命してしまった。
「うそ……」
3つ首の竜は、戦っていたのではなく、ただ相手で遊んでいただけだったのかもしれない。
そして飽きたから、本気を出して終わらせた。
あんな強すぎる火の息を浴びせられたら、私でも一撃で殺されてしまうだろう。
魔纏での防御は、強すぎる一撃には貫通されてしまうのだ。
(リューリュ。見つからないうちに、一旦退いてください)
私はスピカ様に言われて、その場所から直ぐに退いた。
3つ首の竜から離れて安全を確保した後、スピカ様と話す。
「あんなのと戦ったら、殺されちゃいますよ……」
絶対戦いたくない。怖すぎる。
(何の策もないままあの魔物に勝つには、今のあなたでは厳しいかもしれません。
しかし、ちゃんと策を講じれば、あなたでも十分になんとかなる相手ですよ)
「ええ……」
(リューリュ、一度ストラハに戻ってき下さい。あの魔物と戦うための修行を、あなたへと施しますので)
やっぱり戦わないといけないのか……。
まあ、今直ぐ戦えという訳じゃないだけマシか……。
「はーい……」
私は進路をストラハへと向けて、また森の中を歩いて行くのだった。
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数日後。私はストラハへと戻った。
そしてスピカ様のいる天界へと向かって、神殿の前の庭に付いた。
私は地面に座って、あの竜を倒す為の策とやらを、スピカ様から聞くことにする。
「あの竜を倒す為には、あの強烈な火の息をなんとかしなければならないでしょう。
その方法はどうすればいいか、まずリューリュは、どんな事を思いますか?」
スピカ様は私へと、そんな事を質問してくる。
答えを教える前に、自分でも考えてみろという事なのだろう。
私は少し悩んから、思いついた事を話してみる。
「……水で壁を作って、火の勢いを殺すとかですか?」
火は水を浴びせたら消える。
だから火を防ぐ為には、とりあえず水を使ったらいいんじゃないだろうか?
「それをやったら、爆発しますよ」
「え……?」
「水蒸気爆発と言って、大量の水を急激に熱すると、その水は爆発してしまうのです。
そうなればあなたも無事では済みませんから、やめておいた方がいいですよ」
「そうなんですか……」
私の頭だけだったら、私は絶対それやってた気がする。聞いておいてよかった……。
「では、他にどうすればいいと思いますか?」
「えーっと……」
考えてみるが、私のあんまり良くない頭では思いつかなかった。
「その、どうすればいいんでしょうか……?」
私はめんどくさくなったので、思考を放棄してスピカ様に頼る。
スピカ様は、少しだけ残念そうにしながらも、答えを教えてくれる。
「相手が火を吐いた瞬間、魔法で突風を起こして、火を相手に跳ね返してしまえばいいのですよ」
「ああ、なるほど……」
どれだけ強い攻撃でも、それが体に当たらなければ問題はない。
火は竜が吐いた勢いでこっちに向かてくるのだから、それより強い勢いの風を発生させれば、こっちには来なくなるのか。
私は、竜の火の息を魔法で跳ね返す光景をイメージしてみる。
そして、ある疑問に行き当たる。
「でもそれって、失敗したらとんでもない事になりませんか……?」
突風を起こすなんて結構大変な魔法だ。
なのでずっと使っている訳にもいかないから、相手が火の息を吐くタイミングを見て、後出しで発動する事になるだろう。
そして実際に相手が火を吐いてきた時、魔法を使うのが遅すぎたり、魔法自体が不発になってしまえば、私には当然、あの灼熱の炎が直撃してしまう。
そしたら私、一発で死んでしまうんじゃないだろうか……?
「ええ、確かにその方法には危険もあります。もしあなたが魔法を使うのを失敗すれば、あなたは死んでしまうでしょう」
やっぱりそうなのか……。
そんな怖い事、絶対したくないんだけど……。
「何か、もっと安全な方法はないんですか……?」
そんな事を聞く私に、スピカ様は諭すように答える。
「リューリュ。勇気とは、死線を乗り越えたりする事によって身につくものなのです。
なのでこういった事を乗り越えておく事こそが、勇気の試練の中で一番大切な事なのですよ」
「そうですか……」
要するに、このくらいビビってないで頑張れって事だろう。
これも、どれだけ嫌でも断れない事なのだろうなぁ……。
「という訳でリューリュ。今からあなたには、とっさに魔法で突風を起こす練習をして貰いますね」
「はーい……」
そして私は、盾でスピカ様の攻撃を防いだりしながら、合図された一瞬のタイミングで突風を起こす練習をした。
これに失敗したら、本当に、洒落にならない事になってしまう。
だからせめて絶対に失敗しないように、私は念入りに、その練習をしておいたのだった。
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そんな練習を終えた後。
私は、またストラハを出て、数日間森の中を進んで、3つ首の竜のいた場所まで戻ってきた。
(ではリューリュ、行ってください)
「はい……」
怖いけれど、これはそういう試練なのだ。戦わなければならない。
だから私は、恐怖を振り払いながら、その3つ首の竜の前へと出た。
3つ首の竜の魔物は、私を見るなり、爪を振り回したりして攻撃してきた。
私はそんな攻撃を、全て盾で防ぐ。
そして相手へと向かって、衝撃の魔法をぶつけまくる。
3つ首の竜の魔物は、魔法の攻撃を受けながらも、盾に攻撃し続けてきた。
なので私も、今はまだ衝撃の魔法だけを打ち続ける。
まず最初は、そんなやりとりが続いた。
そして、少し経った後。
3つ首の竜の魔物は、どうやら私の盾を叩いて壊すのは諦めたらしい。
少し距離を取って、そして、とても大きく息を吸い込んだ。
私は必死に、スピカ様と何度も練習をした、突風を起こすイメージをする。
そしてそのイメージに、全力で魔力を込める。
3つ首の竜へと向かって、激しい風が吹き付ける。
そして3つ首の竜は、その風の中で火を吐き出す。
吐き出された灼熱の炎は、3つ首の竜の口から出た瞬間、3つ首の竜の方向へと逆流していく。
そして、その強烈過ぎる炎は、3つ首の竜の体を瞬く間に燃やし尽くしてしまった。
「終わった……」
火を浴びた3つ首の竜は、真っ黒焦げになって絶命している。
相変わらず、とんでもない威力だった……。
なんとか死なずに済んで安堵していたら、頭の中に声が響く。
(リューリュ。少しだけ、そのまま先に進んで下さい)
なんだろ……?
私はスピカ様に言われた通り、少しだけ真っ直ぐに進んだ。
するとそこには、鳥の巣のようなものがあって、小さなヒナのような生き物が沢山いた。
「これ、さっきの魔物の子供、なんですか……?」
(ええ、そのようです)
変異魔物が変な体をしているのは、闇のマナによる突然変異のせいなので、その不気味な体質は子供には受け継がれない。
そしてそのヒナたちは、まだ小さな子供だからか、魔物特有の闘争本能が備わっておらず、私を見ても攻撃してくる事もない。
ただピヨピヨと鳴きながら、つぶらな瞳で私を眺めている。
(リューリュ)
「何ですか……?」
(その魔物も、殺しておいて下さい)
絶対嫌だ。
もし相手がスピカ様じゃなかったら、一瞬でそう断言しているだろう。
「はい……」
けれど私は、スピカ様に逆らう事は出来ない。
だから、従うしかなかった。
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その場にいた魔物を、言われたままに全員殺した後。
森の中を歩きながら、スピカ様へと尋ねる。
「スピカ様……」
(なんですか?)
「私が魔王を倒した後って、毎日魔物と戦う事になるんですよね。
なら、もし私が魔王を倒せたら、その後はずっと今日みたいな1日を送る事になるんですか……?」
(ええ、そうなりますね……)
「そうですか……」
私はただ、森の中を歩く。
スピカ様は、私へと言葉を続ける。
(リューリュ。あなたの才能は、本当に規格外なのです。
あなたには、あまり実感がないかもしれません。
ですが、今日の3つ首の竜の魔物をたった一人で倒せてしまえるような人間は、既に、この世界であなただけなのですよ……)
「そう、ですか……」
スピカ様の言っている事は、たぶん本当なのだろう。
そして、だから頑張れって事なのだろう……。
どうせ私に、スピカ様に逆らう事は出来ない。
だから私は、それ以上はもう、何も話さなかった。
そして私は、スピカ様に命じられるままに、また薄暗い森の中を歩いて行くのだった。