7話 勇気の試練2
勇気の試練としての基礎修行は、それからも続いた。
私はスピカ様に命じられるままに、色んな魔法の修行をしたり、魔纏を物に纏う為の修行をしたり、また魔力には関係のない基礎体力作りなどをさせられた。
スピカ様に命じられる修行は、1日目と変わらず厳しいものだった。
けれどスピカ様はその代わり、定期的に休日を用意してくれたり、私の体調をしっかりと管理して無茶な事はさせないようにしてくれたりと、私への労わりも忘れないでいてくれた。
それに私自身も、何日もそんな生活を続けていればば、毎日疲れるまで頑張る事にも少しは慣れた。
けれど、相変わらず疲れるものは疲れるので、修行なんてしながら過ごす日々はかなりしんどいものだった。
しかし、私はスピカ様には逆らう事は出来ない。
だからスピカ様にこうしろと言われたら、どれだけ嫌でも、最後には従うしかない。
だから私は、そんな風なしんどい毎日を、ただ何日も過ごし続けた。
そして、私がストラハに来てから3ヶ月程が経過した。
春の心地よい温かさもすっかり息を潜め、季節ももう、すっかり真夏へとなっていた。
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(リューリュ。起きてください、朝ですよ)
頭の中には、もう聞き慣れた何時もの声が、目覚まし代わりの音として響く。
私は、ぼーっと目を覚ます。
(おはようございます、リューリュ)
「おはようございます、スピカ様……」
少しだけベットの上でぼけーっとした後、朝の準備を済ませて、部屋を出る。
そして食堂で食事を済ませて、食堂の外に出た。
(ではリューリュ、先日言っておいた通り、これから天界に来て下さいね)
「はい」
今日私は、スピカ様に天界へと呼び出されていた。
私は勇気の試練を始めた後は、ずっと地上で基礎修行をしていただけだったので、天界に行くのはストラハに付いた日以来だ。
台座の場所に移動し、それに乗って空へと浮かび、天界へと移動する。
天界に付いた後は、台座から降りて天界の中を歩いて行って、スピカ様のいる神殿の部分へと向かった。
そして、神殿の周りの広い庭になっている部分に、スピカ様はいた。
「おはようございます、リューリュ」
「おはようございます、スピカ様……」
私はもうスピカ様と何ヶ月も一緒に過ごしているのに、こうやって顔を合わせるのはまだ2回目だ。
よく考えたら、そんな感覚もなんか不思議な気がする。
スピカ様は、自分の隣に置いていた剣を拾う。
スピカ様の体長は30センチくらいしかないのに、剣は人間用の普通のサイズだから、何だかアンバランスに見える。
「リューリュ、まずはこれを渡しておきます」
スピカ様は、空を飛んで私の前まで来た後、私へとその剣を手渡した。
「これは、ストラハで一番の職人に時間をかけて作らせた、私が用意出来る中でも最高級の剣です。鞘を外して、刀身を見てみてください」
私は言われた通り、鞘を取り外してみる。
剣の出来とかは全く詳しくないのでさっぱり分からないが、なんか豪華な感じなのは分かる気がする。
「今日からこれを使えばいいんですか……?」
「ええ。それはもうあなたの所有物となりますので、無くさないようにしておいて下さいね」
「はーい」
この世界では、剣を使って戦う事が一般的ならしい。
そして私も、最終的な目標は魔王を倒す事なので、剣を使う練習をする事になる。
昨日までで最低限の基礎修行は一旦出来たから、今日からは実際に剣を扱う練習をする事になる。という感じらしい。
私は剣を手に取ったまま、感触を確かめたり、何度かぶんぶんと振り回してみた。
魔纏の力があるので重さは全然気にならないが、全く使った事がない道具なので、どんな風に振れば力が篭るのとかはよく分からない。
「これからは剣を扱う修行をして貰う訳ですが、全く使った事がないものの修行をしろ言われても、どんな風にすればいいのかよく分からないでしょう。
なのでとりあえず、まずは一回、その剣を使った実戦を経験して貰おうと思います」
剣を使った実戦か……。なんかますます勇者みたいで嫌だなぁ……。
「実戦って、誰と戦うんですか?」
私がそんな事を聞くと、スピカ様は自分を指して言う。
「私とです」
「え、スピカ様となんですか……?」
全く想像していなかったので、思わず聞き返してしまう。
「精霊と魔族は、性格こそ正反対ですが、魂に実体が付属している生命体という部分は共通しています。
なので魔族は、人間や魔物よりも、精霊に近い戦闘方法を取るのです。
そして、魔族とは基本的に一人でいるものなので、魔王の戦いを想定した訓練をするのには、強い相手と一体一で戦う経験を積むのが一番です。
なのでリューリュが実戦経験を積む相手としては、私が一番ふさわしいのですよ」
スピカ様は普通に、そんな事を解説してくれる。
「でも、スピカ様って戦えるんですか……?」
精霊様ってなんか神々しい存在だし、女の子っぽい感じの容姿だし、体長30センチくらいしかないし、戦ったりなんて出来るものなのだろうか?
「もちろん戦えますよ。魔王が人より遥かに多い魔力を備えているように、私だって人より遥かに多い魔力を備えているのですから。
私は精霊なので天界以外の場所では力を発揮出来ませんが、もし天界以外の場所でも力を発揮出来るのなら、もうとっくに私が直接魔王と戦いに行っているくらいです」
スピカ様はそんな事を言うが、なんかいまいちイメージが沸かない。
私が微妙な反応をしているのを見ながら、スピカ様は話を進める。
「なんなら実践してみましょう。リューリュ、私へと向かってその剣を思いっきり振り降ろしてください」
「ええ、いいんですか……?」
「魔纏の事はあなたも知っているでしょう。私には大量の魔力があるのですから、剣で1度切られたくらいではダメージなんて受けませんよ」
確かにこの世界の人は、魔纏の力による防御力あるので、魔力量が底を尽きるまで、剣で斬られても実際に切れてしまうような事はない。
なので理屈としては、私がスピカ様を全力で剣で切り裂いても、スピカ様は傷なんて負う事は無いのだろう。
「むしろ剣の事を気にして下さい。適当な魔纏しか込めずに私を剣で叩いたりなんてしたら、剣の方が折れてしまいます。
せっかく作った剣を1日でダメにするなんて事しないで下さいね」
スピカ様はあくまで堂々と、そんな事を話す。
「分かりました……」
私はまだ少し躊躇しながらも、剣に魔纏を纏わせる。
そして、わざわざ叩きやすい位置に移動してくれているスピカ様に向かって、剣を振りかぶって、振り下ろした。
「っ……」
すると、まるで分厚いタイヤを叩いたような感触がした。
剣は簡単にはじかれて、スピカ様は宣言通り、傷一つ付いていなかった。
「どうですか?」
「凄いです……」
その感触だけで、スピカ様がどれだけの質の魔纏を纏っているのかが、何となく伝わった。
たぶん、私がスピカ様の体を剣で切ろうとするならば、スピカ様の膨大な魔力量が全部なくなるまで、半日くらいかけて叩き続けなければいけないんじゃないだろうか……。
私が納得したのを見て、スピカ様は改めて私へと言う。
「では、剣の使い方のテストです。私を倒すつもりで剣を振ってきて下さい」
「はい」
私は、スピカ様に向けて剣を振る。
しかしスピカ様は、少しだけ空を移動して、私の剣を軽く避けてしまった。
私は空振りした剣をすくい上げ、今度は横に切ってみる。
しかしスピカ様は、それも簡単に避けてしまう。
空飛べるって卑怯じゃないだろうか……?
そんな事を思っていたら、スピカ様の周りに氷のつぶてが浮かんでいた。どうやらいつの間にか魔法で作ったらしい。
そしてそのつぶては、私に向かって飛んできた。
「痛っ……」
頭に思いっきり礫をぶつけられて、私は尻餅をついてしまう。
「攻撃してくるんですか……」
「もちろんですよ、実戦訓練なのですから」
マジか……。痛いの嫌だなぁ……。
私は立ち上がった後、スピカ様に向かって、もう一度剣を降ってみる。
スピカ様は瞬き一つせず私の剣筋を見て、衝撃の魔法を打ってきた。
衝撃の魔法は、ちょうど私の手の部分に当たる。
「痛っ……」
私はその衝撃で、剣を持っている力を緩めてしまった。
衝撃の魔法の威力と合わさって、剣はくるくると回転しながら、離れた所に飛んでいってしまった。
「剣をしっかり握っていないと、こんな風になります。とりあえず、武器だけは手放したら駄目ですよ」
「はい……」
私は剣を拾いに行く。
そしてまた、スピカ様と実戦修行を再開するのだった。
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その日は1日中、スピカ様との実戦修行に費やした。
スピカ様は普通に攻撃してくるので、体の色んな所に魔法をぶつけられて、ボコボコに痛めつけられた。
夕方になったので、その日の修行はそこまでになった。
私は天界から地上へと帰って、食堂で夕食を食べて、お風呂に入ってベットに寝転がる。
「うう……体中が痛い……」
スピカ様は、実戦では痛みに耐える事も大切だと言っていた。
だからこれも、スピカ様が意地悪しているとかそういう訳ではなく、ただ修行の一環なのだろう。
けれど、痛いものは痛い。
「はぁ……」
私はベットでまったりとしながら、ぼーっと思考をする。
今日の修行は、これまでより更に一段としんどかった……。
たぶん、今まではただの基礎修行で、そして今日からが勇気の試練の本番という事なのだろう。
今日よりはマシなのかもしれないけれど、これから私は多分、明日も明後日も傷だらけにさせられのだと思う。
嫌だなぁ……。私、なんでこんな事しなきゃいけないんだろ……。
私は、私をこの場所に送り出した張本人であるお母さんの事を、ぼーっと思い浮かべる。
お母さんは、私に勇者になってこいって言っていた。それが私の為になると。
私は戦ったりしたい気持ちなんて微塵もないのに、本当にこんな事をしていて、それが私の為になるんだろうか……。
でも、もうお母さんは私の事をスピカ様に告げて、そして私はスピカ様に勇者に任命されてしまったのだ。
だから、今更愚痴愚痴考えてもしょうがない。もお母さんの言葉に従って頑張るしかないのだろう。
でもやっぱり、嫌だなぁ……。
私は、明日が来る事に憂鬱な気分になりながら、その日も眠ったのだった。
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それからしばらく、剣の修行をさせられた。
剣の構え方、振り方、間合いの取り方、剣を使って相手と戦う時の心構え……。
そんな色々な事をスピカ様から教わったが、いまいち実戦出来ているかは怪しい。
スピカ様と修行をしていく上で、私が剣を使う事には、ある致命的な問題がある事が分かった。
それは、私は運動神経がかなり悪いという事だった。
魔纏の力とは、あくまで運動能力を増やすだけのもので、反射神経や体を動かすセンスそのものを強化する事は出来ない。
なので、よく言えばのんびり屋で、悪く言えばトロい私は、何をするにしても行動がワンテンポ遅れてしまうという性質があり、そのせいで剣の腕は一向に上達しなかった。
スピカ様は時間をかけて、根気よく剣の扱いを教えてくれた。
しかし私は、どうしても剣を扱いは上手くならなかった。
そして、夏が過ぎて秋になり、剣の修行を始めてから3ヶ月程度が経過したある日の事。
スピカ様は私へと、もう一つ致命的な問題がある事を教えてくれた。
スピカ様曰く、私は誰かを傷つける事が苦手なので、剣を相手にぶつける時に、必ずほんの少し躊躇が入ってしまうらしい。
そしてそれは、戦う上でかなり致命的な問題なのに、私の気性そのものが原因の事なので、修正するのは難しいと言われた。
そして、その話をされた日の翌日。
私はスピカ様に、朝から天界へと呼び出されていた。
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食堂で朝食を食べた後、台座に乗って、天界へと着いた。
そして、スピカ様の神殿の所までやってきた。
「おはようございます、リューリュ」
「おはようございます、スピカ様……」
私に挨拶をした後。スピカ様は、隣に置いてあった盾を持った。
いや、持ったというか、正確には両手で担いで頭の上に載せていた。
スピカ様が担いでいる盾は、私でもしゃがめば全身が入りそうなくらいの、とても巨大なものだった。
「スピカ様、それ何ですか……?」
「これは、ストラハで一番の職人に特注で作ってもらった大盾です」
3か月前に剣を貰った時も、確かそんな事を言われた気がする。
「リューリュ、これをあなたに差し上げます」
私はスピカ様に、その盾を受け取る。
今世の私は魔纏の力があるので、そんな巨大な鉄の塊を渡されても、普通に持つ事が出来る。
けれど、こんなもの貰ってもどうすればいいのだろうか……?
「リューリュ。とりあえずその盾に、魔纏の力を纏わせてみて下さい」
私はスピカ様に言われた通りに、その大きな盾に、頑張って魔纏の力を纏わせる。
魔纏の力を纏わせるのは、対象が大きかったり変な形をしていたりするほど難しい。
だからその盾に魔纏の力を纏わせるのは難しく、全体に十分な力を行き渡らせるのには、かなりの時間がかかった。
私がなんとか魔纏の力を纏わせ終えたのを確認すると、スピカ様は、また私へと話しかけてくる。
「では、その盾を使って私と実戦修行をしてください」
「ええ……」
突然何を言い出すのだろうか……。
「こんな盾持ってたら、動き回れませんけど……」
「なら、動き回らなければいいじゃないですか」
「それじゃ、一方的に攻撃されるだけで、自分から攻撃出来ないと思うんですけど……」
「リューリュ、あなたには魔法があるでしょう」
「ああ、そっか……」
最近ずっと剣だけで戦ってたから、魔法で攻撃するという事を忘れていた。
「それでは、行きますよ」
スピカ様は、周囲へと氷のつぶてを作り、それを私へと飛ばしてきた。
「うわわ……」
私は思わず、盾の後ろに引っ込む。
すると、私の魔纏の力をまとった盾が、氷のつぶてを全部弾いてくれた。
魔纏の力は、相手の攻撃を完全に遮断出来る訳ではない。
だから、体で相手の攻撃を受けていたら、大ダメージにはならなくてもそれなりには痛い。
なのでさっきの氷のつぶてを体で受けていたら、また痛い思いをしていただろう。
けれど、さっきの攻撃は全て、私の目の前にある鉄の大盾が受け持ってくれた。だから私は、その攻撃を全く痛い思いをせずにやり過ごせていた。
「リューリュ。修行なのですから、あなたも攻撃してきてください」
「ああ、はい」
そういえば、魔法打たないと。
私は盾の後ろに隠れたまま、スピカ様へと魔法を打とうとする。
しかしよく考えたら、自分の体を覆い尽くせる程の盾が目の前にあるんだから、スピカ様がどの辺りにいるのか分からない。
「スピカ様、盾が邪魔で、前見えないんですけど……」
「あなたには、魔纏の気配探知の力があるでしょう」
「ああ、そっか……」
私は集中をして、相手の気配を探し、スピカ様のおおよその位置に見切りをつける。
そしてその場所へと向かって、衝撃の魔法を打った。
スピカ様がわずかにダメージを受けたのが、盾越しに確認出来た。
スピカ様は私へと、負けじと衝撃の魔法を撃ってきた。
私はその場から微動だにせず、ただ目の前の大盾で、その攻撃を受け止める。
そして攻撃をやり過ごしながらも、盾の後ろでゆっくりと集中して、さっきよりも大きな衝撃の魔法を撃った。
スピカ様は、それなりに効いたのか、大きく仰け反った。
スピカ様は体勢を立て直し、今度は火の魔法を撃ってきた。
しかし、魔纏の力を纏った私の大盾は、溶ける事などなくその火を防ぐ。
私はまたスピカ様に、衝撃の魔法での一撃を入れる。
スピカ様は私の攻撃にぶつかって、また少しダメージを受けていた。
「うそ……」
自分でやっていて、自分で一番びっくりする。
剣で戦っていた時が嘘のように、私でもまともな戦闘が出来ていた。
私が剣で戦っていた時の一番の問題は、全ての行動がワンテンポ遅い事だった。
しかしこの大盾を構えていれば、ただじっとしているだけで相手の行動に対処できてしまうので、、素早さの問題が関係なくなる。
そして一切動き回らないで済むので、魔法で攻撃するのに集中できる。
おまけに個人的な事だが、私が戦っている時に一番苦痛だった、体のあちこちが傷だらけになってしまうという問題が、盾が全ての攻撃を防いでくれる事によって完全に解消されていた。
「やはりあなたには、剣を使って動き回るよりも、そんな戦い方の方があっていたようですね」
スピカ様はそう呟きつつ、戦闘態勢を解除する。
どうやら、実戦修行は一旦中断らしい。
「こんなに凄いものがあるなら、最初からこれ使えばよかったじゃないですか」
さっきのやりとりを続けるだけで、たぶん私は、これまでで最もスピカ様と善戦出来ていた。
こんなに強い装備があるなら、最初から剣なんて練習する必要なかったんじゃないだろうか。
「盾で相手の攻撃を全て受け止めて、ひたすらそこから魔法を打つ。
相手とのやりとりを全て放棄したようなそんな戦い方が合っているのは、魔力量と運動神経があまりにもかけ離れているあなたくらいなのですよ……」
「ああ、そうなんですか……」
この盾が凄いっていうより、私がこれに合っているだけなのか。
「それに、私は出来る事なら、あなたには剣を使って戦って欲しかったのです」
「何でですか?」
「あなたが今受けている修行は、ただの修行ではなく、勇気の試練も兼ねています。
なのであなたにはこの修行の中で、戦う力だけではなく勇気の心も鍛えて貰わなければなりません。
盾の後ろからひたすら魔法を撃つだけの戦い方なんてしていても、勇気の心は育ちませんから……」
「ああ、なるほど……」
確かにこの戦い方、なんか緊張感みたいなのがあんまり無い気がする。
「しかし、あなたには正直言って、剣での戦い方は全く向いていません。
そしてあなたには間違いなく、その盾での戦い方が向いています。
なのでもう、それはしょうがない事だと諦めるしかないのでしょう……。
リューリュ。あなたには今日からは、盾を使った戦い方の修行をして貰う事にしますね」
「はーい」
スピカ様的にはしぶしぶなのかもしれないが、私は、勇気なんて全然問われないこの戦い方が出来る事に、深く安堵のようなものを覚えていた。
そしてその後。私はその日1日、その大盾を扱う修行をスピカ様とこなしたのだった。
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夕方になって、その日の修行も終わった。
私は天界から地上に帰って、食堂で夕食を済ませて、お風呂なども済ませて、ベットに寝転がった。
体を休める為に、ベットの上でゆったりとするする。
そして、眠くなるまで、ぼーっと特に意味もない思考を巡らせる。
私がストラハに来てから、もう半年くらいが経っている。
しかし私は未だに、このストラハという場所に、スピカ様以外の知り合いが全くいない。
その理由は、普段はスピカ様と修行してるだけだし、休みを貰っても自堕落な私は特に何もせずぼーっと1日を過ごしてしまうからだ。
だから、知り合いがいない事は、他人が苦手な私が自ら選んでいる道のようなものでもあるの。
しかし、そんな事に対して心細い気持ちも当然ある。
なので私は、オネストにいるお母さんの事を考える。
私がいなくなってもう半年。あの人は今頃、何をしているのだろうか……。
私にとって、お母さんは凄く大切な人だ。
けれど、こうやってずっと離れて生きていると、お母さんとの繋がりみたいなものが、だんたん薄れて行ってしまうような気がする。
そして同時に、お母さんに対してだんたん愛情以外の気持ちが浮かんでくるようになる。
それは、恨みの気持ちだ。
私がこんなしんどい事を毎日やらされているのは、そもそもお母さんのせいだ。
お母さんは、私は勇者になった方がいいみたいな事を言っていた。
けれど私は今だに、そんな事を全く思えない。
私は、オネストで平和に暮らしていた頃、それなりに楽しい毎日を過ごせていたし、幸せで満たされてもいた。
けれど、今の毎日はただしんどいだけだし、これから楽しくなるともとても思えない。
私は出来る事ならずっと、あの穏やかで小さな聖域で、ただのんびり過ごしていたかった。
だからなのだろう。
私はたまに、私からあの穏やかな生活を奪ったお母さんに対して、恨みのような気持ちが、ふつふつと沸いてくるのを感じる事がある。
でも、この思考は絶対にやめといたほうがいい。それは誰よりも自分で分かる。
だって私は、お母さんを恨んだりなんてしたくない……。
でもそれでも、ぼーっとしていれば、私はまたそんな事を考えてしまう。
そして、絶対に受け入れたくない、薄暗い気持ちが浮かんできてしまう……。
「うー……」
私は何も考えないように、布団の中でぎゅっとうずくまる。
そして眠くなるまで、何も考えないようにし続けるのだった。
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秋が過ぎて、冬が過ぎて、そして春になった。
私がストラハに来てから、そろそろ、1年ほどが経過していた。
私の毎日は、相変わらずだ。
したくもない修行をさせられてて、疲れてて、しんどくて、たまに休める日はぼーっとしてて、後は特に何もない。
そんな毎日が、ただ変わらず続いていく……。
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眠っていたら、スピカ様に朝を告げられる。
そうして、私はその日も目を覚ます。
目を覚ました私は、少しの間だけぼーっとした後、ベットから降りる。
そして朝の準備を済ませて、置いてある大盾を持って、部屋を出る。
お城を出た後は、食堂で朝食を食べる。
そして朝食を食べ終わったら、食堂から出て、運動場の邪魔にならない場所に行く。
その日の午前にやる事は、魔法の修行だった。
私はスピカ様に言われたとおりに、魔法で水を起こしたり、風を起こしたりした。
お昼になったら、食堂に行って、昼食を食べる。
そして昼食を食べ終わったら、また運動場に戻ってくる。
その日の午前にやる事は、魔纏の修行だった。
何時ものように、盾へと魔纏の力を通す。
そして、少しでも精度の高い魔纏を盾へと纏わせる為に、ただひたすら、じーっと集中したりした。
やがて夕方になって、修行の時間が終わる。
この時間帯になると、何時も魔力が殆どなくなっている。なのでこの時間帯は何時もしんどい。
食堂に移動して、夕食を食べる。
そしてお城に戻って、部屋に戻って、お風呂に入ったり寝巻きに着替えたりする。
そして、もう1日も終わりなので、後はベットでぼーっと休む。
今日も何時も通り、何もない1日だったなぁ……。
そんな事を思いながら、ベットの中でぼーっとする。
そうしていると、スピカ様が、私の頭の中へと話しかけてきた。
(リューリュ)
「……なんですか」
私はベットからのそりと起き上がって、座った状態になる。
スピカ様は、私へと何時も気を使ってくれているの。
なので、こんな寝る前の微妙な時間に話しかけてくるのは珍しい。何か用でもあるのだろうか……?
(その、リューリュはアンネの事を、あまり私に聞きませんよね。気になったりしないのでしょうか……?)
スピカ様は珍しく、少し歯切れが悪そうに話す。
「別に、気になりませんけど……」
これは嘘だ。
お母さんが今どんな風に過ごしているのか、本当は、気にならない筈がない。
けれど私は何となく、お母さんの事をあんまり聞かないようにしている。
たぶんその理由は、お母さんの事を怖いと思っているからだと思う。
こうやって1年間も離れていたら、お母さんは未だに私の事をちゃんと心配してくれているのか、不安にもなる。
そして、それを知りたいと思うような勇気は、私にはない。
だから私は、お母さんは私の事を心配してくれていると思い込むようにして、それ以上の事を何も考えないようにしていた。
(アンネの事で、あなたに少しだけ話があるのです)
「……なんでしょうか」
何言われるか全然分かんないから、出来れば聞きたくない。でもスピカ様が話があるなら、聞かないと駄目なんだろうなぁ……。
そんな事を思いながら、しょうがなくスピカ様の言葉を待つ。
(前から言う機会を伺っていたのですが、来なさそうなので、もう言っておきますね……。
アンネはどうやら、近々再婚するようです)
「え……?」
それは、全く予想外の話だった。
私は何故だか分からないけど、スピカ様のその言葉に混乱し、そして不安な気持ちに襲われる。
(リューリュ。あなたはこのストラハに来てから、誰ともかかわり合おうとしません。本当に大丈夫なのか、心配になる程です……。
だから、移動しながらでも修行をするという条件なら、オネストに戻って一度アンネに会いに行ってもいいと思うのですけれど……)
「嫌……、絶対嫌です」
私は自分でも不思議なくらい、そんな事を即答していた。
(そ、そうですか……)
「それだけですか?」
(ええ、そうですけど……)
「じゃあ、私寝るんで、休ませてください……」
(……ええ、分かりました)
私はお母さんの事を聞きたくない一心で、スピカ様との会話を終わらせた。
スピカ様が何も言ってこなくなったのを確認した後。ベットにぱすんと倒れこむ。
そして、今スピカ様から聞いた話を、改めて考えてみる。
私がオネストにいた時、お母さんが再婚するなんて話、一度も聞いた事はなかった。
だからだと思う。全く予想外で、凄く、びっくりした。
でもよく考えてみたら、別におかしな事ではない気がする。
私はまだ10歳な訳だから、お母さんはまだ、そこまで年を取っていない。
だから、別にもう一度結婚したりしても、おかしくないのかもしれない。
ただ私は、あのお母さんが誰と再婚したのか、全く想像が付かない。
というかそもそもよく考えたら、私はお母さんの交友関係とかを、対して知らない気がする……。
こうやって1年離れて見て、そして再婚するとか言われて、今初めて思う。
考えてみたら、私はあの人の事を、知っているようで全然知らないと。
布団の中にうづくまりながら、ただぼーっと考える。
お母さんは、どうして私をこんなに辛い目に合わせているのか。そんな事を、ずっと疑問に思っていた。
けれど、私は心のどこかで、お母さんの事を信頼している部分があった。だからその事については、深く考えないようにしていた。
しかしこんな思考をしていると、お母さんへの信頼そのものが、根底から由来できてしまう。
そして、ひょっとしたらお母さんは、私の全然考えもしなかった理由で私を旅に出させたんじゃないだろうかと、そんな考えが浮かんでくる。
私はベットの中で、ただぼーっと考える。
私の知らない再婚相手。そして私は、とっくの昔に死んだ旦那の娘。
暗い毎日を送っているからなのかもしれない。疲れてしまっているからなのかもしれない。
私は心の底では、お母さんの事を恨んでいるからなのかもしれない。
その時私は、自分でもびっくりするくらい、とんでもない事を考えてしまった。
ひょっとしたらお母さんは、再婚したくて私が邪魔だったから、体よく家から追い出しただけだったんじゃないだろうか、と……。
「あー……」
胸がきゅっとするのが分かる。
これはやばい。絶対に、この思考を続けたらまずい。
私は、ベットの中で丸まる。
「考えない……考えない……考えない……」
私は、眠くなって来るまでずっと、ベットの中でまるまり続けた。
そしてその日だけは、この日が終わって早く明日が来てくれる事を、ただ願い続けたのだった。