6話 勇気の試練1
(リューリュ、起きてください、朝ですよ)
頭の中に声が響く。
けれど、もう少し寝ていたい。なんだか地面がふかふかで、とても気持ちがいいのだ……。
(リューリュ、起きてください)
再び、頭の中に声が響く。
人が気持ちよく寝てるのに、気が散るなぁ……。
(リューリュー、起きてくださいー)
そんな声が、何度も頭の中に響く。
「うー……」
私はしょうがなく、ぼーっと目を開ける。
すると私は何故か、豪華な部屋の中だった。
寝起きのぼーっとした気分のまま、ここはどこなのか困惑する。
(やっと起きてくれました……)
ベットの上でぼけーっとしていたら、だんだん頭が回って来た。
そういえば、私はもうストラハに付いていたんだった。
(いよいよ、今日から勇気の試練となります。頑張って下さいね)
「ふぁぃ……」
このベットの外に出たら、いよいよ私は、本格的に勇者になる為の修行とかをしないといけない。
うう……起きたくなかったなぁ……。
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歯を磨いたり、顔を洗ったり、用意されていた外行き用の服に着替えたりして、朝の準備を済ませる。
そして、ドアを開けて部屋を出る。
(まずは、食堂で朝食を取って下さい。試練の開始はそれからになります)
「はーい」
私はお城を出て、昨日案内された食堂へと向かった。
食堂に着いたら、鎧を着込んだ人が沢山いた。
みんな仲のいい人同士で同じテーブルに集まって、朝食を食べながら、がやがやとお喋りとかをしている。
「あの人たち、みんな兵士さんなんですか?」
(ええ。朝から修練に励む為に、ここで食事を取っているのですよ)
「そうなんですか……」
この世界の兵士は、前世の世界の兵士とは少しやる事が違う。
前世の世界の兵士のは、戦争に備える事が主な仕事だった。
しかし、この世界には国同士の争いとかが存在しないので、この世界の兵士は人と争うような事はしない。
そして戦争の代わりに、聖域の外には害を為す魔物達が住んでいる。
なのでこの世界の兵士の仕事は、聖域の外に行って資源などを取って来たり、聖域の外に沸いた強い魔物を倒したりする事なのだ。
国に雇われて働いているから兵士なのだが、前世の世界で言うなら、ファンタジー小説の冒険者みたいな感じの役職でもあるのかもしれない。
またこの世界では、聖域の外に出て何かをする仕事は、全て兵士の仕事となっている。
なのでこの世界の兵士の仕事は、非常に多岐に渡っていて、就労している人の数も農民の次に多い。
だから、その兵士の人たちが食事を取る場所である食堂も、こんなに広く作られているのだろう。
私は、仲が良さそうに周りの人とお喋りする兵士の人を、友達がいるなんて羨ましいなぁ、みたいな事を思いながら眺める。
そして自分一人のテーブルで、ぼーっと朝食を食べるのだった。
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朝食を食べ終えて、食堂を出た。
(それでは、向こうの方に見える運動場になっている部分に移動して下さい)
庭園の端っこには、草が生えていなくて運動場になっている部分がある。
そこでは、既に兵士の人たちが走り込みをしたりしているのが見える。
たぶんその運動場は、見習い兵士の人達が修練を積む為の場所なのだろう。
そしてどうやら、私の修行もそこでする事になるらしい。
私はスピカ様に言われるままに、他の兵士の人の邪魔にならないよう、運動場の中の更に隅っこの辺りへと移動した。
(それでは今から、勇気の試練を始めさせて貰いますね)
「はーい……」
うう……どんな事やらされるんだろう……。
あんまり大変じゃないといいなぁ……。
(前にも説明した通り、勇気の試練の内容は、戦う為の修行をしたり、実際に魔物と戦ったりして貰う事なります。
なのでリューリュには、これからまずは魔法の修行などをして貰おうと思います。
ですがその前に、リューリュはそもそも、魔法というものに付いてどのくらいの事を知っているでしょうか?)
魔法に付いての知識、か……。
「えっと、自分の魔力を使ったら、自分がイメージしてる事を現実に出来るんですよね」
例えば、火を起こす事をイメージして、そのイメージに魔力を通したら、実際に火が起こる。
それがこの世界の魔法だ。
(そうです。ですが魔法は万能ではなく、出来る事と出来ない事があります。
例えば、魔法で水を生み出す事は出来ますが、食べ物を生み出す事は出来ません。
それはどうしてだか分かりますか?)
「……えっと、どうしてなんでしょうか?」
この世界の魔法には、出来る事と出来ない事がある。
どれだけイメージをして魔力を込めても、例えば食べ物を生み出すなんて事は出来ない。
流石に何でもは出来ないよねくらいに思っていたが、そういえば何で出来ないんだろうか……?
(魔法の修行をするには、まず魔法に付いて詳しく知っておく必要があります。
なのでまずは、そんな事から説明させて貰いますね)
どうやら、とりあえず最初は座学からならしい。
私は地面へと座って、スピカ様の話を聞き入る事にする。
(魔法とは、一言で言えば願いの力です。
世界の摂理を無視して、自分が願った事をそのまま現実の出来事として起こす事が出来ます。
そして、そんな魔法を発動させる為には、幾つかのプロセスがあります)
(まず、この世界の大気中にはマナというものがあり、生き物には魂というものが備わっています。
魂にはマナを取り込む力があり、そして取り込んだマナを自分の魔力へと変換する力があります。
その人の魂の願いに魔力を込めれば、願いは魔力の篭ったものとなり、魂の外側へと発信されます。
そして魔力の篭った願いは、大気中のマナの力を借りる事によって、実際の現象となるのです)
早速難しい話だけれど、たぶん、マナを取り込む事で人は願いの力を獲れるみたいな事なのだろう。
(なので魔法を使うには、大気中にマナが存在する事が条件となります。
このメルザスの世界の地上には、魔族が闇脈に含まれる闇のマナを大量に地上へと送り出し、それを中和する為に私達精霊も光脈に含まれる光のマナを大量に送り出しているので、マナが溢れています。
しかしそれが始まる600年前までは、マナは地表には殆ど存在していなかったので、人間は誰も魔法を使う事は出来なかったのですよ)
何げに完全に初耳だ。
600年前まで魔物がいなかった事は知ってたが、その頃は魔法とかもなかったのか……。
(魔法とは、そんな風にして願いを叶えられるものです。
しかし魔法を使っても、はどんな願いでも自由に叶えられるという訳にはいきません。
それは、この世界には抵抗力というものがあるからです)
「抵抗力、ですか?」
(ええ。この世界の人なら大抵は知っている常識的な事なのですけれど……)
学校行ってなくてごめんなさい、聞いた事ないです……。
(どうやら知らないようなので、ちゃんと説明しておきますね。)
スピカ様は私へと、丁寧に説明を続けてくれる。
(世界には、世界を本来あるべき状態のままにしておこうという、修正力のようなものがあります。
世界の抵抗力とは、そんな力の事です。
魔法で大きな事象を起こそうとすれば、、その分だけ、沢山の世界の抵抗力に抗わなければならなくなるのです)
(例えば、水を一滴出すだけだと、世界に殆ど影響を及ぼさないので、たいした抵抗力はかからず簡単に行う事が出来ます。
しかし、水を滝のように大量に出そうとすると、世界の摂理に大きく逆らってしまう事になるので、大きな抵抗力がかかり簡単に行う事は出来ません。
そして、そんな抵抗力に抗う為には、魔法を使う人の魔力の力が必要になるのです。
なので大きな魔法を起こそうとする程、沢山の魔力が必要になるのです)
(そして、複雑な事象や世界の摂理に逆らいすぎている事には、魔力ではどうしようもない程の抵抗力が働きます。
なのであまりに難し過ぎる事は、当人の魔力量に関わらず、魔法で行う事は出来ないのです。
例えば、魔法で甘い味のする水を作ろうとしても、あまりにも望む事象が複雑過ぎるので、魔力には関係なく魔法では実現不可能となるのですよ)
「なるほど……」
なんか出来る事と出来ない事があるなとは思ってたが、そんな理屈があったのか。
私も普段から魔法使ってるのに、そういう事は全然知らなかったな……。
(そして、そんな魔法の力を上手く扱えるようになる為には、当人の持つ魔力量を上げる事と、当人のイメージ力を上げる事の、二通りの手段があります。
その人の持てる魔力量は、体力と同じように、減った後回復する時に少し増える性質があります。なので毎日疲れるまで魔力を使っていれば、魔力量を増やす事が出来ます。
また、魔法はイメージによって起こすものなので、正確なイメージを瞬時に出来る事も大切なのです。それも、修行によって鍛える事が出来ます)
これは何となく知ってる。
魔力っていうのは、運動能力と同じようなものなのだ。
練習すれば上手くなるし、毎日疲れるまで頑張ったら強くなれる。
(なのでリューリュ。あなたにはまずは、正確に魔法のイメージをする修行から始めて貰おうと思います)
魔法のイメージをする修行か……。
大変そうだけど、体動かさないで済むならまだマシな方なのだろうか。
(リューリュ。あなたの座っている周りに、小石が沢山落ちてありますよね。
どれでもいいので、まずはそれを魔法で持ち上げてみて下さい)
私はスピカ様の指示通りに、地面にあった石を、魔法で浮かせる。
念動力の魔法、この世界で一番基本的な魔法だ。
私が魔物を退ける時に何時も使っている衝撃の魔法も、この念動力の魔法と同じようなものだったりする。
(ではそれを、別の石の上に、積み立てるようにして置いてください。
そして積み立てた後、石が滑り落ちないように、上に載せた石を魔法で上手く支えておいて下さい)
私は言われたとおり、浮かせている石を別の石の上に積み立てる。
そして、そのまま魔法で力を加え続ける事で、石が滑り落ないようにする。
イメージでの細かい力加減が必要になるので、結構難しい。
(ではその状態を保ったまま、また別の石を魔法で浮かせて下さい)
このまま他の事もするのか……。
私は言われた通りに、別の石を浮かせる。
(その石を、積み上げている石の上に更に積んで下さい)
私は頑張って、石を3段にする。
「あっ……」
片側に強く力をかけすぎてしまい、積み上げた石が崩れてしまった。
(これが、あなたに最初にやって貰う修行になります)
「これがですか……?」
(これは兵士達の間でも行われている、最も基本的なトレーニング方法なのですよ)
「そうなんですか……」
なんか地味な修行だな……。
(これを出来る限り高く積み上げられるようになるのが目標です。とりあえず、昼頃まではこれを続けてくださいね)
「はーい……」
私は、石の滑らかさと悪戦苦闘しながら、しばらkそんな修行を続けたのだった。
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そして時間が経って、お昼になった。
(そろそろ昼食にしましょうか)
スピカ様のそんな言葉で、とりあえず石を積み上げる修行は一旦終わって、お昼休憩になった。
食堂へと移動して、昼食を食べる。
朝よりも更に人が多くて、食堂の中はごった返していた。
「人多いですね……」
(この時間帯が、一番人が集まりますからね)
私は空いている席を見つけ、そこに座る。そして昼食を食べる。
人は一杯いるけど、子供なのは私だけだ。
まあ、兵士とかは学成人になった人がなるものだから、子供なんていないのが当たり前なのだろう……。
「スピカ様、ここに居たら何か私、なんか浮いてませんか……?」
私は今更、そんな事を思う。
(あなたが勇者だという事は、もうみんなに伝達しています。なので気にする事はないですよ)
「え、伝達なんかしてるんですか……?」
(ええ。なんの説明もなくこんな所に女の子が一人でいたら、みんな変だと思うでしょう。
それに、あなたはもう勇者なのですから、もし伝えていなくても人の噂くらいにはなりますよ)
「そうなんですか……」
そういえば、天界にいた精霊様達程は露骨ではないか、さっきからなんかチラチラこっちを見られている気がする。
うう……なんか意識したら、急に胃が痛くなってきた……。
「スピカ様……次はもうちょっと、人が少ない時にここに来たいんですけど……」
こんな場所で食事をしていても、あんまり休んだ気になれない。
(みんなあなたに好意の目を向けているだけなのですから、遠慮する必要なんてありませんよ。むしろ、堂々としていればいいのです)
「いや、そうのとか関係なく、私、人に注目されるの苦手なんです……」
前世の時からそうだった。
人に目を向けられていたら、なんだかそれだけで疲れてしまう。
(リューリュ。あなたにとってストラハとは知らない土地です。家族も知り合いもまだいません。
なので私としては、ここで周りの誰かと交友などをして、少しでも土地に慣れて欲しいと思うのですけれど……)
「いや、私そういうのほんとにいいんで……」
確かに私は、自分でもちょっと寂しがり屋な所があると思うし、出来れば友達なども欲しい。
けれど、友達が欲しい気持ちと、実際に友達を作ろうという気持ちは別だ。
だって私は、他人が苦手な性格なのだ。
だから、見ず知らずの人といきなり仲良くなれなんて言われても、しんどすぎる。
スピカ様は私へと、気遣いでそう言ってくれている事はなんとなく分かる。
けれど、そういうタイプの気遣いは、正直全く嬉しくなかった。
(そうですか……)
スピカ様は、残念そうにそう呟いて、それ以上は何も言わなかった。
私は周りの視線に晒され、萎縮しながら昼食を食べたのだった。
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昼食を食べ終わって、また運動場に戻った。
(次はまた別の修行をします。なのでまず準備として、隣にある兵舎からシャベルを取ってきてください)
私は言われた通りに、運動場の直ぐ隣にある兵舎の中に入る。
そしてその中を少し進んで、置いてあった木製のシャベルを一つ取って来た。
(ではリューリュ。午後からは、あなたには魔纏の修行をして貰います。
なのでまずは、午前の時と同じように、魔纏に付いての詳しい解説から始めますね)
「はーい」
私はまた座って、持ってきた木製のシャベルを前に置いて、スピカ様の話を聞く体勢になる。
(魔纏とは、魔力を体に纏う事です。
人は魔纏をする事によって、魔力を消費する代わりに、様々な力を身に付ける事が出来ます。
魔纏には4つの能力があります。まずはそれを、一つずつ説明して行きますね)
(1つ目に、魔纏をすれば身体機能が向上します。
魔力での補正により、運動能力が格段に上昇して、目や耳などもよくなります。
2つ目に、魔纏をすればその人の体が丈夫になります。
体を傷つけられた時、魔力を消費する事によって、衝撃、斬撃、熱、音など、あらゆるもののダメージを軽減出来ます。
3つ目に、魔纏には人に第六感を与えるという力があります。
魔纏のこの性質のおかげで、魔纏を使えるものなら誰でも、遠くにいる人の気配や、壁を隔てた場所にあるものなどを感知する事が出来ます。
そして4つ目に、魔纏にはその人が手にしている物を強化出来るという性質があります。
魔纏はどんなものにでも纏わせられますが、剣に魔纏を纏わせるのが最も一般的な使い道ですね)
要するに、魔力を体に纏わせればなんか色々凄い事が出来ますよ、ってだけの話だ。
確認として一応教えて貰っているけれど、魔纏は魔法よりも直感的なものなので、そんなに深く考えるような事はないと思う。
(魔纏の力の強さは、基本的には当人の魔力量によってのみ決まります。
しかし、魔纏を物に纏わせる事だけは、魔力量だけではなく技術や集中力が必要になります。
なので今からリューリュには、物に魔纏を纏わせながら体を動かすという、そんな修行をして貰います)
「はーい……」
魔法の修行は石積んでるだけでよかったけど、魔纏の修行をするんだったら流石に体動かさないと駄目なのだろうなぁ……。
(ではリューリュ。まずは持ってきたシャベルを使って、地面に穴を掘ってください)
「これでですか……?」
私は、木製のシャベルを手に取る。
(ええ。ちゃんと魔纏の力を纏って使って下さいね。でないと壊れてしまうので)
シャベルなんて普通は鉄製なのだが、兵舎に置いてあったものは何故か木製だった。
たぶんそれは、魔纏の修行用のものだったなのだろう。
立ち上がって、そしてシャベルに魔纏を通す。
普段物に魔纏を通す機会なんてあまりないので、それをするだけで、かなり集中力を必要としてしまう。
私はシャベルをしっかり強化した後、集中を切らさないままで、そのシャベルを地面へと突き刺し土を掘り返す。
「あの、スピカ様」
(なんでしょうか?)
「その穴って、どのくらい掘ればいいんですか」
(自分が出られなくならない範囲で、出来るだけ深く、という感じです)
「そうですか……」
ならかなり深いな……。
今世の私、垂直跳びで滅茶苦茶高く飛べたりするし。
私はしばらく時間をかけて、木製のシャベルで穴を掘り続ける。
そして、自分の体が完全にすっぽり埋まるくらいまで、地面を掘り進めた。
「このくらいでいいですか?」
(ええ、大丈夫ですよ。では次に、掘り返した土を使って、その穴をまた塞いでください)
私は言われた通り、また少し時間をかけて、掘り返した地面を平らに戻した。
(この作業を繰り返すのが、魔纏の修行になります。では、また1から穴を掘り返してください)
「はーい……」
自分で穴を掘って、自分でその穴を埋める。そしてそれを繰り返す。
なんか微妙な気分になるな、これ……。
いやまあ、やるしかないんだけど……。
そうして私は、しばらくの間、ひたすら地面を掘って埋めてを繰り返したのだった。
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穴を掘って、それを埋めて、また穴を掘って、それを埋めて……。
そんな事を繰り返し続けていたら、そろそろ夕方へと差し掛かってこようかという時間になった。
穴を埋め終わったあと、少し一息をつく。
ずっと体を動かしていたので、大分疲れた。
私は魔纏を使って体を動かしているので、体がそこまで疲れる事はない。
けれど魔力を消費したら、何か精神みたいなものが疲れるのだ。
(しかし、こんなに長い時間この修行が出来るとは、やはりリューリュは凄いですね……)
「そうなんですか?」
別に、穴掘って埋めてるだけだと思うんだけど。
(そのシャベルで穴を掘ろうと思ったら、かなりの魔纏を纏わせなければなりません。
それだけでも疲れる筈なのに、同時に体も動かしていますからね。
普通の人ならもうとっくに、魔力も体力も底を尽きている頃でしょう)
「そうなんですか……」
まあ私は、魔力だけは一杯あるらしいからなぁ……。
そのせいでこんな事をさせられてるんだから、嬉しいかと聞かれたら全然嬉しくないが。
(そろそろ日も暮れてくる頃ですし、この修行はここまでにしておきましょう)
「それじゃ、今日はもう休んでいいんですか……?」
限界は来ていないとは言え、疲れた事は疲れたので、流石にそろそろ休みたい……。
(いえ、まだですよ。あなたにはこれから、もう一つ修行をして貰います)
「そうですか……」
魔法の修行して、魔纏の修行して、まだ何かやる事があるんだろうか……?
(とりあえず、シャベルを戻してきてください。それは借り物ですからね)
「はーい」
私はとりあえず、隣の兵舎までいってシャベルを返して来た。
そしてまた、運動場に戻ってきた。
「それで、次は何やるんですか?」
私はまた、スピカ様の指示を仰ぐ。
(リューリュ、あなたの魔力は確かに膨大です。けれどあなたは、少しそれに頼りすぎな所があります。
体を動かす為には、魔力ではない普通の体力がある事も大切です。
基礎体力や運動神経は、魔纏ではどうにもなりませんからね)
スピカ様は私へと、そんな普通の体力の重要性を解く。
何か、凄く嫌な予感がする……。
(リューリュ、あなたが纏っている魔纏を、あえて無くしてください)
「はい」
私はスピカ様に言われた通りに、体に纏っていた魔纏をなくす。
イメージとしては、体に普段込めている力を全部抜いて、だらんと脱力する感じだ。
(ではリューリュ、その状態のままで、ランニングをしましょう)
「ええ……」
マジですか……。
(嫌ですか?)
「私、普段の運動は完全に魔纏の力に頼り切ってるんです。
それなのにそんな事したら、絶対筋肉痛になっちゃいますよ……」
(リューリュ。修行というのは、疲れるまでやる事が大切なのですよ)
まじかよ……。
(ほらリューリュ、頑張ってください)
「うう……」
私はスピカ様に急かされて、その状態のまましぶしぶ走り出す。
そして私は、その後疲れきるまで、庭園の中をランニングさせられたのだった。
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「もう……無理です……」
私はその場所に倒れ込んで、ぜえぜえと息を吐く。
(そうですね……、今日の修行は、もうここまでにしておきましょう。リューリュ、1日お疲れ様でした)
そうして、スピカ様はやっと、今日の修行を終える事を許してくれた。
「はぁ……」
やっと終わった……。
私は開放感から、その場で脱力する。
気が付けば、辺りはもうすっかり日が暮れようとしていた。
食堂に行って、夕食を食べた。
昼間より人は少なかったが、凄く疲れていたせいで、食事をするのもしんどかった。
働いて食べる食事が美味しいという人がいるけれど、凄いと思う。
私は疲れたままご飯を食べても、疲れたという感想しか浮かばない……。
食事を終えたら、お城の部屋に戻った。
豪華なお風呂に入った後、勝手に用意されていた上質な寝巻きに着替える。
そしてそのまま、布団へと倒れこむ。
「疲れた……」
私は普段から、何かを頑張ったりなど全然しない性格なのだ。
だからたった1日でも、心も体も、物凄く疲れた……。
ベットの中で、ぼーっとしながら考える。
私はこれから、こんなにしんどい事を、毎日やらされるんだろうか……。
初日だから辛かっただけなのかもしれない。これから毎日続けていたら、やがて大変な事でも、慣れていくのかもしれない。
でももし、これから毎日ずっとこんなに大変なままなのだったどうしよう……。
今日が大変過ぎたせいで、休める安心より、明日も同じような事をしないといけないという不安が優ってしまう。
「はぁ……」
本当にこんな事、出来ることなら1秒でもやっていたくない。
けれど私は、スピカ様に逆らえるような立場にはいない。
だからどれだけ嫌でも、スピカ様に言われたら、その通りの事をしなければならない……。
私、ほんとにこれから大丈夫なのかな……。
そんな事をぼーっと考えても、ただ不安しか湧いてこない。
私はもう、疲労に任せて、その日は眠りに付いたのだった。