4話 神様と行く一人旅
この世界は600年くらい前から、人は聖域の外に住むことが出来なくなっている。
そしてこの世界の植物は、マナを取り込む性質を持っているので、前世の世界の植物より生命力などが高い。
だからなのだろう。聖域の外には、日の光があまり差し込まないくらいに深い森林が、ただどこまでも広がっている。
私は、そんな森の中を歩いていく。
オネストを出発した頃は朝だった時間は、もうすっかり昼頃になっている。
(リューリュ、そっちに進めば崖があります。もう少し右に進んでください)
「はい」
私は魔纏の気配探知の力があるので、なんとなく、人が一杯いる場所がどの方角にあるか分かる。
だから私には、深い森の中でもその方向に進めば真っ直ぐ目的地にたどり着けるという、コンパスいらずな機能が備わっている。
しかし私の魔纏の力では、崖がある場所や道が険しくなっている場所などは分からない。
だから私が変な所に行きそうになったら、こんな風に、スピカ様が上手く誘導してくれる事になっているのだ。
何故スピカ様は崖の場所などが分かるのか聞いてみたら、精霊様は人間より遥かに気配探知が上手いからだと教えて貰えた。
「このまま真っ直ぐ行けばいいんですか?」
(ええ、それで大丈夫ですよ)
私はスピカ様に誘導されるままに、森の中を右へ左へと進んでいくのだった。
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そして時間は過ぎ、そろそろ日が落ち始める頃になった。
ただでさえ薄暗い森が、更に暗くなって不気味だ
(リューリュ。右に進めば、肉が食べられる魔物がいます)
「えっと、狩ってこいっていう事ですか?」
(ええ、そうです)
私はスピカ様に言われるままに、右へと進む。
そして少し進んだら、狼の魔物がいた。
狼の魔物は、魔物の性質として、人間である私を見るなり襲いかかってくる。
私はそんな狼の魔物に、魔法で衝撃をぶつける。
狼の魔物はあっさりと吹き飛び、後ろにあった木に激しくぶつかって、とても痛そうにしていた。
「えっと、殺さないと駄目なんですよね……」
(はい)
「うー……」
私は、生き物を傷つけるのは苦手だ。
自分のせいで誰かが傷ついてしまったり、生き物の血を見たり、そういう事をすると不安に苛まれてしまう。
そしてそれは、私が優しい性格だからというよりも、単に臆病な性格だからなのだと思う。
けれど、最初から食料は現地調達するという話だったので、この魔物を殺さないと食べ物が手に入らない。
ごめんなさい、狼さん……。
私はそんな事を思いながら、しょうがなく、全力で衝撃の魔法を叩きつける。そうして、狼の魔物を絶命させたのだった。
(ではリューリュ、今日はこの辺りで野宿をする事にしましょう)
「野宿ですか」
(はい。そろそろ暗くなって来たので、今日歩くのはここまででいいでしょう)
「分かりました」
そうして、私はそこで野宿をする事になった。
でも野宿って、何をすればいいんだろうか……?
(ではまず、周りから木の枝を集めてきてください)
ああそうか、野宿の仕方も指示してくれるのか。
「木の枝って、普通に道に落ちてるのとかでいいんですか?」
(はい。別に何でも大丈夫ですよ)
私は言われた通り、辺りを彷徨いて、木の枝を集めて来た。
(では次に、その枝を束ねてください)
「はい」
私は言われた通りに、枝を束ねる。
(次に、それに火を付けて下さい)
「はい」
私は言われたとおり、火の魔法で枝を燃やす。すると持ってきた枝が、自然に焚き火になってくれた。
この世界の木は、マナを体内に取り込んでいるので、火に対する耐性などがある。
しかし、既に生命活動を停止している木や、幹から離れた枝や葉などは、マナを取り込む性質を失っているので、lこうやって普通に燃やしたりする事が出来る。
(では次は、先ほどの魔物の死体を解体する作業をします。
鞄からナイフを取り出して、そして私の言うとおりに、死体を切り分けていってください)
「はい……」
うう……滅茶苦茶嫌だ……。でもやらないと駄目なんだよなぁ……。
はぁ……、なんでこんな事しなきゃいけないんだろ、私……。
私は渋々、魔物の肉を切り分けた。
そしてその後も、スピカ様の言葉に従いながら、色んな事をさせられたのだった。
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焚き火をしたり、食事を食べたり、水魔法で服を洗って風と熱の魔法でそれを乾かしたり。スピカ様に言われるままに色んな事をした。
そして辺りはもうすっかり日が落ちていて、やる事もこれで全て終わったかなと思った頃、スピカ様が私へと引き続き指示をする。
(ではリューリュ。次に、疲れ過ぎて明日に響かない程度に、魔力を消費しておいて下さい)
「……? なんでですか」
なんでそんな事するんだろうか。
(少しでも、あなたの魔力を鍛えておく為ですよ。あなたは勇者になるのですから)
「ああ、そっか……」
魔力は、筋力と同じように、減った後回復する時に増えるという性質がある。
なのでスピカ様は、魔王と戦う為に今から体を鍛えとけ、という事を言いたいのだろう。
私は手の平に火を起こして、そしてそれをぼーっと眺めておく。
「あの、スピカ様……」
(なんでしょうか?)
「魔法の使い方の練習とかも、しといた方がいいんでしょうか……?」
これが修行なら、なんか考えて効率的な事とかやっといた方がいいんだろうか……?
(あなたは今旅をしているのですから、それだけで疲れている筈です。なのでそこまでの事は望みませんよ)
「ああ、そうですか……」
よかった……。
昼間、1日中魔物などに気を付けながら歩いているだけでも疲れるのに、日が落ちた後もあれやこれや言われるんだったら流石に参ってしまう所だった。
(ですが、当然ストラハに付いた後は、魔法の使い方の修行などもして貰いますからね)
「はい……」
私はそうして、明日に響かない程度に、自分の魔力を消費しておいた。
そして、魔力も消費し終わった。
私は今度こそ、これで後は眠るだけになった。
(では、出発はまた明日の朝です。朝日が昇ったら直ぐに出発する事にするので、それまでちゃんと休んでおいて下さいね)
「はい」
これでやっとのんびり出来る。
そう思ったけれど、よく考えたらもう一つ心配事がある事に気がついた。
「あの、スピカ様。ここって聖域の外だから、魔物とか一杯周りにいますよね。やっぱ警戒とかしといた方がいいんですか……?」
何も考えずぼーっと眠っていたら、突然魔物がやってきて、そのまま寝込みを襲われてしまうかもしれない。
(いえ、大丈夫ですよ。私は眠る必要がないので、1日中あなたの周りの監視をしておきます。なのであなたは何も考えず休んでいて下さい)
精霊様は、半分魂だけの存在みたいなものだ。なので精霊様は、食事をしたりとか眠ったりとか、そういう事はしないらしい。
だから、私が眠っている間も、スピカ様が夜通しで番をしてくれるという事なのだろう。
何も考えず休めるのはありがたい。
けれど、精霊神様の手をそこまで煩わせてもいいものなのだろうか……?
というか今更思ったけれど、スピカ様って1日中私にべったり付き添ってくれているけど、他にやらないといけない事とかないんだろうか……?
「スピカ様って、精霊神様なんですよね?」
(はい、そうですけれど)
「それなのに、私なんかにずっとかかりっきりでいいんですか?」
精霊神という役職を前世の世界で例えるなら、天皇と王様と神様を合わせたような感じだ。だから暇という事はないと思う。
それによく考えたら、私の導き役なんてわざわざスピカ様がやらなくても、他の精霊の方にやらせていればいいんじゃないだろうか。
(リューリュ、あなたはまだあまり実感がないようですから、もう一度言っておきますね)
スピカ様はそんな前置きをおいてから、私の頭の中へと話す。
(このメルザスの世界は、闇に覆われようとしています。それをなんとかしなければ、この世界はそう遠くない内に、完全に人の住めない場所になってしまいます。
そして、そんな現状を打開出来る可能性のある勇者とは、この世界にとって最も重要な存在なのです。
そしてリューリュ、あなたは間違いなく、この世界で最も勇者になる為の才能を持った人物です。
なので、こうしてコミュニケーションを取る事であなたと少しでも打ち解けている事より、大切な事なんてないのですよ)
「そうなんですか……」
ただ道案内とかしてくれてるだけだと思ってたけど、スピカ様にとっては、そんなに重要な事だったのか……。
(リューリュ。ついでに、改めて言っておきますね。
あなたの存在は、この世界にとってとても重要です。なので私は、あなたと出来る限り良好な関係を築いていきたいと思っています。
だから困ったことがあれば、私の出来る範囲の事であれば、なんでも頼ってくれていいですからね)
精霊神様だし、私に無理やりこんな旅をさせている相手でもあるから、プレッシャーのようなものを感じていた。
けれどスピカ様も、私と仲良くなりたいのかもしれない。
そう思うと、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
(例えば今、何か困った事とか、聞きたい事などありませんか? 本当に、なんでも言ってくれて構いませんので)
とりあえず私の今の一番の願いは、勇者をやめさせて貰える事なのだが、それは言ってもしょうがないのだろう。
スピカ様が願いを聞ける範囲で、何でも言えという事だ。
私がスピカ様に、聞いておきたい事……。
「えっと、じゃあそういう事なら、聞いときたい事があります。私って勇者になって、具体的にどんな事させられるんでしたっけ?」
とりあえず、そんな事を聞いてみる事にする。
(初日に話した通りの事が基本的なやる事ですけれど、もう一度話しておいた方がいいですか?)
「私、正直あの時は頭が上手く回ってなくて、スピカ様の言葉があんまり耳に入ってなかったんです。
だからもう一度、0から詳しく説明して貰えたら嬉しいなと思うんですけど……」
あの時の私は、どうにかして断れないかとか、なんでお母さんが話しちゃったのかとか、そんなばっか考えてたからな……。
私がうわの空な事だった事はスピカ様も分かっていたのか、分からない事があれば後でもう一度聞いてくれたらいいとか、そんな事も言って貰っていた気がする。
(そうですね。ではまたもう一度、あなたの勇者としての今後の予定を、1から話させてもらいますね)
スピカ様はそう言って、そして話をしてくれる。
私は、焚き火がぱちぱちと燃えているのを眺めながら、スピカ様の話を今度こそちゃんと聞いておく事にするのだった。
(まず当然、あなたの最終的な目標としては、魔王を倒してもらう事になります。
しかし魔王の力は強く、あなたが今の状態で戦っても、まず勝ち目はありません。
なのであなたには、精霊の加護というものを取得して貰います)
なんか知らない単語が出てきた。
「スピカ様、精霊の加護ってなんですか?」
前にも説明されたのかもしれないが、覚えてないので、改めて聞いておく。
(人の魂には、魔力を貯めておく場所、魂の器があります。
そして人は、この魂の器を全てを使えてはいません。なのでどんな人でも必ず、魂の器の空いている部分というもの持っています。
精霊の加護とは、そんな魂の器の空いている部分に、精霊が直接魔力を注入する事です。
そうする事で人は、自身が本来持っている以上の魔力を溜め込む事が出来るようになるのです)
要するに、精霊様によるドーピングみたいなものだろうか。
魔王はとても強いらしいので、戦う前にそれをしておくのは絶対に必要な事なのだろう。
(加護を授けられる人間は、魂の器が大きい程、多くの力を溜め込む事が出来ます。
そして魂の器の大きさとは、その人間の心の豊かさによって決まります。
なのでリューリュ。勇者となるあなたには、精霊の加護を少しでも多く受け取って貰う為に、心の豊かさを鍛える試練を受けて貰う事になります)
「心の豊かさを鍛える試練、ですか……」
魂の器がどうとか言われても、正直いまいちピンと来ていない。
なので試練とか言われても、具体的にどんな事をさせられるのかさっぱり想像出来ない。
出来ればせめて、あんまり大変な事じゃなかったらいいなぁ……。
(精霊が人に授けられる加護は、勇気の加護、知恵の加護、優しさの加護、その3つです。
そして精霊には、加護を授けるのに得意不得意があります。
なのであなたには、勇気の加護を授けるのが一番得意な精霊、知恵の加護を授けるのが一番得意な精霊、優しさの加護を授けるのが一番得意な精霊。その3人の精霊から、それぞれ別々に加護を受け取って貰う事になります。
そして、加護を授かる前の心を鍛える試練も、その3人の精霊がそれぞれ直接担当する事になります)
(まず、この世界で勇気の加護を授けるのが一番得意な精霊は、私です。
なのでリューリュ、まずあなたには、私のいるストラハという聖域に来てもらい、そこで勇気の試練を受けて貰う事になります。
勇気の心とは、戦う為の修行をしたり魔物と戦っていたりすれば、自然と鍛えられるものです。
なので勇気の試練の内容とは、戦う修行をする事そのものになります。)
「戦う修行ですか……」
なんか私にとって、それが一番大変そうな気がする。
どんな事させられるんだろ。嫌だなぁ……。
(知恵の加護を授けるのが一番得意な精霊は、精霊神の次に偉い大精霊という役職の、ヒテイという精霊で、水の大聖域ポポラハという場所に住んでいます。
また、優しさの加護を授けるのが一番得意な精霊は、同じく大精霊であるテテルという精霊で、花の大聖域ラグラハという場所に住んでいます。
なので勇気の試練が終わった後は、ポポラハという場所で知恵の試練を受けて貰う事になり、それも終われば次はラグラハという場所で優しさの試練を受けて貰う事になります。
そして、3つの試練を全て受け終え貰った後、あなたには魔王と戦って貰う事になります)
「知恵の試練と優しさの試練っていうのは、何をするんですか?」
(試練とは心を鍛える為のものなので、必ずこれをするというものはありません。
なのであなたには、とりあえず勇気の試練を受けて貰い、そこであなたの性格や人なりを判断させて貰ったあと、知恵の試練と優しさの試練で何をするか決めさせて貰おうと考えています)
「そうですか……」
要するに、どこに行くかは決まってるけど、何をするのかはまだ決まってない、みたいな感じなのか。
「その試練って、だいたい何年くらいかかるんですか……?」
(魂の器には、当人が年を取る程小さくなるという性質があります。なので試練は、あまり長くやり過ぎても逆効果なのです。
なので、戦う修行も兼ねている勇気の試練は4年から5年程度をかけて受けてもらい、その後の知恵の試練と優しさの試練はそれぞれ1年かけて受けて貰う、という流れを予定しています)
じゃあ、全部で6年か7年くらいなのか……。
短い時間ではないけど、そこまで長い時間でもないんだな。
「それで、もし晴れて魔王を倒せたら自由、っていう訳にはいかないんですよね……」
(ええ。あなたには魔王を倒した後も、やって貰う事がありますから)
私にとって凄く重要な事だったので、この辺りだけは前に聞いた話を殆ど覚えている。
(この世界へと闇脈を一番多く送り出ししているのは魔王です。しかし魔王だけではなく、他の魔族たちも闇脈を地表へと送り出しています。
そしてまた、魔族だけではなく世界各地に無数にいる魔物達も、生きているだけで闇のマナを大量に生み出している性質があります。
そして、あなたの戦う為の才能は、この世界にとって変えの効かないものです。
なので魔王を倒した後にも、あなたには世界から闇のマナを取り除くために、世界各地の魔族や魔物達と戦い続けてもらう事になります)
「それって、どのくらいの期間やればいいんですか……?」
(魔族も魔物も、この世界には大勢の数がいます。それら全てを倒しきる事は、人間の寿命の範囲内で叶う事ではありません。
なのでリューリュ、あなたには一生、世界の為に戦って貰う事になります……)
「そうですか……」
本当に、魔王を倒したらそれで終わりなんだったら、まだ希望があるのだけれどな……。
(以上が、あなたに勇者としてやって貰う事の内容です)
私はこれから、勇者になる為の試練とかいうものを受けさせられる。
そしてそれが終わったら、魔王と生きて帰れるかも分からない戦いさせられる。
そしてそれが終わった後も、私は一生死ぬまで、この世界の為に戦い続けさせられる。
スピカ様の話は、要するにそういう事だ。
「はぁ……」
嫌すぎる……。
(……他に何か、聞きたい事はありませんか?)
「いや、もういいです……」
(そうですか……)
私が改めて落ち込んでいるのを見て、スピカ様がテレパシーを送ってくれる。
(辛いとは思います。しかし、この世界にはあなたしか頼れる人がいないのです。
私も出来る限りの支援はします。だからどうか、頑張って下さい、リューリュ)
頑張りたい気持ちになんてなれる訳がない。けれど断る事も出来ない。
スピカ様は出来る限り、私に気を使ってくれているのだろう。私と仲良くなりたいと思ってくれている事も分かる。
けれど私は、やっぱり勇者になれなんて事言われても、ただ憂鬱にしかならない。
「うー……」
私は、ベットもない硬い地面の上に寝転がる。
そして眠くなるまで、私の人生はこれからどうなってしまうんだろうかとか、そんな事をぼんやりと考えていた。
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森、森、森……。この世界はどこまで歩いても、ただ森ばかりだ。
もう何日くらい歩いたのだろうか……。
「スピカ様ー」
私はどこへ向けてでもなく、そんな言葉を呟く。
(……はい、なんでしょうか?)
スピカ様は、ずっと私の事を見守ってくれているので、私が呼べば何時でも答えてくれる。
見守ってくれていると言っても、気配探知を向けているだけなので、意識の一部を向けているみたいな感じならしい。
前世の世界で例えると、1日中イヤホンを付けて私の周りの物音を聞いている、みたいな感じなのだろうか。
「私ってもう、何日くらい歩いたんですか……?」
(今日で、ちょうど20日目ですけれど)
20日か……。
私は散歩するのが趣味だが、流石に毎日こんな風にずっと歩いているだけでは、精神的にも疲れてしまう。
どこまで行っても同じような森が広がっているだけなのも、辛さに拍車を掛けている気がする。
「なんでこんなに歩かなきゃいけないんですか……」
(旅立つ前にも説明しましたが、オネストからストラハまでは、長い距離が離れているのです。
今まで歩いた距離でちょうど半分程度なので、このままストラハまでは、後20日程度で着くと思いますよ)
私は魔纏の力があるので、普通の人よりも早いペースで歩ける。前世の私と比べたら比較にすらならないくらいだろう。
しかしそれにも関わらず、もう20日も歩いているのに、まだ20日分くらいの距離が残っている。
そしてこの世界にとっては、オネストからストラハまでの距離が特別に長いという訳ではなく、聖域と聖域の距離とはどこもこんなものならしい。
オネストとストラハは隣同士にある聖域なので、聖域一つ分の距離を進むだけで済んでむしろ幸運だったというような事を、スピカ様は言っていた。
けれどそれでも、長いものは長い。
というかそもそも、聖域と聖域の間って何でこんなに離れてるんだろう。近くにあった方が便利じゃないのか……?
「スピカ様、なんで聖域と聖域の間って、こんなに離れてるんですか……?」
なんでも言ってくれていいと言われているので、暇だし、スピカ様にそんな事を聞いてみる事にする。
(聖域とは、天界にある光脈を地上に照射する事によって作られています。それは、リューリュも知っていますよね)
「はい」
スピカ様に歴史の話を聞いたとき、なんかそんな事聞いた気がする。
(聖域を作るには、沢山の光脈が必要です。
そして、例えば聖域が隣接した場所にあれば、お互いの周りにある光脈が半分づつしか使えない事になってしまうので、大きな聖域が作れなくなってしまいます。
なので、一つの聖域に光脈を集める為に、聖域は遠く離れた場所にしか存在しないのですよ)
なるほど、光脈の量の問題なのか……。
「それじゃあ、聖域の大きさは周囲の光脈の量によって決まってたりするんですか?」
(いいえ。それもありますけれど、それだけではありません。
聖域に光脈を照射する事は、精霊が魔法で行っています。
そしてその魔法は、協力して発動する事は出来ない魔法なので、その聖域で一番強い魔力を持つ精霊が行う事になります。
なので聖域の大きさとは、周りにある光脈の量と、その光脈を扱う精霊の魔力によって決まるのですよ)
つまり、魔力が強い精霊がいる聖域ほど、その聖域は大きくなるのか。
「スピカ様は、私が今向かっている、ストラハっていう所にいるんですよね」
(ええ、そうですよ)
「じゃあ、ストラハの聖域を作ってるのも、スピカ様なんですか?」
さっきの話だと、一番魔力が高い精霊が聖域を作る魔法を行った方がいいという事になるらしい。
だったら、ストラハの聖域を作っているのは、精霊神であるスピカ様という事になるだろうか?
(ええ。ストラハの聖域は私の力によって維持されています。
そして、私の魔力は他のどの精霊よりも高いので、ストラハは他のどの聖域よりも広いのですよ)
「広いって、具体的にどのくらい広いんですか」
スピカ様は、心なしか少しだけ誇らしそうに話す。
(この世界の総人口は3万人です。そしてその内約のほぼ3分の1を、ストラハ一つが占めているのですよ)
「そうなんですか……」
つまり、1万人の人間が住んでいるという事か。
オネストは1000人しかいなかったので、その10倍くらいの規模があることになる。
精霊神様の凄さみたいなものが改めて分かる気がする。
(他に、聞きたい事などはありませんか?)
私と会話出来たのが嬉しかったのか、テレパシーに乗った声色は、何時もより少しだけ明るい。
「えっと、そうですね……」
このまま黙って歩いていても、どうせ暇だ。
だから私は、催促されるままに、次の質問でも考えてみる事にする。
そして、少し考えた結果、スピカ様自身の事を聞いてみる事にした。
「スピカ様は精霊神なんですよね。そんな大変な事をやっていたら、やっぱり苦労する事とかもあるんですか?」
なんとなく気になったというだけで、この質問に特に意味はない。世間話みたいなものだ。
スピカ様は私のそんな質問にも、快く答えてくれる。
(そうですね、大変な事も勿論ありますよ。
例えば、聖域を維持する為には、常にその聖域に光脈を照射しなければなりません。
そして私の代わりを勤められる精霊は誰もいないので、私はもうずっと、ストラハから離れる事が出来ないのですよ)
この世界が闇脈に溢れて、そして聖域が作られる事になったのはだいたい600年前だ。
だからスピカ様は、もう600年もずっと、ストラハの天界から離れられないでいるのか。
「ずっと同じ場所にしかいられないと、やっぱり退屈なんですか?」
(退屈さはそこまででもないのですけ。けれど、友達に会いに行けないのが辛いです)
友達に会いにいけない、か……。
なんか精霊神様にしては、意外と普通な悩みな気がする。
「スピカ様の友達って、どんな方なんですか?」
(この世界には、大きな力を持つ精霊が3人います。
一人は精霊神である私、そしてもう2人は、水の大聖域ラグラハの大精霊であるヒテイと、花の大聖域ラグラハの大精霊であるテテルです)
ヒテイ様とテテル様。確か、知恵の試練と優しさの試練を担当してる精霊様の名前もそうだっけか。
(私達3人は、精霊達の中でも特に昔から生きていて、そしてお互いに仲がよかったのです。
しかし私達は3人とも、精霊達の中でも特別に強い魔力を持つ精霊だった。
なので聖域を作る事になった際、私達はそれぞれ別の場所で聖域を作る事となり、そしてそこから離れられない事になった。
なので私は、大切な友達だったヒテイとテテルの顔を、もう600年も見れていないのですよ……)
「そうなんですか……」
(まあ、私達はテレパシーが使えるので、会いにはいけずとも会話をすることは出来ます。
だから今は、それをお互いの励みにしながら頑張っている、という感じなのです……)
前世の世界で言えば、仕事のせいで無二の親友と電話でしか会えない、みたいな感じなのだろうか。
スピカ様も大変なんだなぁ。
私はスピカ様とそんな他愛ない雑談をしながら、森の中を歩いていく。
「というか、そういえばスピカ様って、聖域が出来る前から生きてるんですね」
(ええ、そうですけれど)
精霊の方々は寿命が長いって聞くけれど、600年以上も生きてる人と話してるって、考えてみたらなんか不思議だな。
「スピカ様って、どのくらい昔から生きてるんですか?」
(数えていないので正確には分かりませんが、だいたい、1200年くらいだと思いますよ)
「ええ……」
思ったより滅茶苦茶長かった。600年どころじゃなかったのか……。
「精霊様って、寿命とかないんですか……?」
(いえ。人と比べれば長寿であるだけで、ちゃんと寿命はありますよ。
私達精霊は魂の存在で、そして魂にも、肉体と同じように寿命というものがあるのです)
「魂の寿命、ですか……」
それも聞いた事ない話だ。
なんか私、聞いたことない話ばっかりだな……。
(ええ。それが来てしまった時が、その精霊の寿命です。
ただし魂の寿命は肉体の寿命とは違い、物理的な要因よりも精神的な要因が大きいものなので、精霊は長生き出来るのです)
精神的な要因による寿命……。
なんか生きるのに疲れてきたなーとか感じたら、その時に寿命が尽き始めてしまう、みたいなそんな感じなんだろうか?
(余談ですが、魂の寿命とは私達精霊だけではなく、魂を持つ者ならおそらく誰でも持っているものだと推察されています。
例えば人間の場合、生きていれば普通は肉体の寿命が先に来てしまいますが、もし人が100年以上生きる事が出来る体になったりしたら、今度は代わりに魂の寿命が来てしまうと言われているのですよ)
「そうなんですか……」
私には関係ないだろうけど、なんか壮大な話だ。
(というかそういう事は、本来なら学校で学ぶのですけれどね)
「あはは……」
私、学校サボってたからなぁ……。
なんとなくスピカ様と世間話をしてみたら、思ったより会話が弾んだ。
まだどうしても緊張してしまう所があるが、スピカ様って、思ってたより案外話しやすい人なのかもしれない。
雑談をして少し気分が回復した私は、引き続き、森の中を進んでいくのだった。
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それからまた、大分しばらく歩いた。
相変わらず、この世界はどこまで行っても森ばかりだ……。
(リューリュ、正面に山が見えますよね)
ぼーっと歩いていたら、頭の中にそんな声が響く。
私は顔を上げて、正面にある山とやらを見る。
「はい、見えますけど」
木々の枝葉の隙間から、少しだけど山が見える。
相当高い山だ。周りにある雲よりも高いんじゃないだろうか。
(ここから真っ直ぐ進んで、あの山に登って下さい)
「ええ……」
なんでそんな事するんだろ……。
私の体は魔纏のおかげで体力があるが、それでも、出来る事なら平坦な道を歩きたい。
(その道が、一番いい道なんですよ)
「そうですか……」
まあ、スピカ様が嘘を付く理由もないし、そうなんだろう。
私はスピカ様に言われるまま、その山へと向かって、真っ直ぐ進んでいった。
そして、山の斜面を登り初めて数時間が経った。
すると段々、周りの植物が少なくなってきた。
なんでこの辺は植物がないんだろうか? 特に意味もない疑問だが、気になったので聞いてみる事にする。
「スピカ様ー」
(なんでしょうか)
「この辺、なんか植物が少なくないですか?」
(山の上は寒くて、土砂崩れなども起こりやすいので、植物が少なくなるものなのですよ)
「ああ、なるほど……」
言われてみれば、なんだか山を登り始めた時より寒い気がする。
私はそのまま、斜面を歩き続ける。
すると、周りにはとうとう草みたいな植物しかなくなって、そして地面が石だらけになって歩きにくくなってきた。
「スピカ様ー」
私は、再びスピカ様を呼び出す。
(……なんでしょうか)
「この道、ちょっと歩きにくいんですけど……」
地面がゴツゴツしてるし、上り坂だし、歩いてて足が痛くなりそうだ……。
(すみません……。もう少しで山頂です、頑張ってください)
「そうですか……」
歩くの疲れたなぁ……。
そんなことを思いながらも、私は道を歩いていった。
上り坂で疲れるし、歩きにくいし、寒いし、空気も薄いし、本当にこんな道を通る必要があったんだろうか……。
そんな事を思いながらも、斜面を最後まで歩いていった。
そしてやっと、山頂に着いた。
(リューリュ、前を見てください)
私は言われるまま、山頂から前を見てみる。
「うわ……」
するとそこには、辺り一面の草原が、どこまでも広がっていた。
(メルザスの世界には、基本的には森ばかりが広がっています。
けれどこの辺りは、雨があまり降らない地域なので、森林ではなく草原が広がっているのです。
……メルザスの世界は、決して森ばかりではなく、こんな美しい景色もあるのですよ)
辺り一面に広がる草原なんて、今世は勿論、前世の世界でもテレビとかでしか見た事はない。
そして、今までどこまで進んでも薄暗い森の中だった事も、その光景の際立てている。
私は目の前のその光景を、ただ綺麗だと思った。
少しの間そんな光景に見とれた後。
私は側にあった岩に座って、休憩をする事にする。
「スピカ様ー」
(なんでしょう)
「ひょっとして、この景色を私に見せる為に、私に山を登らせたんですか?」
(その、余計なお世話だったでしょうか……?)
やっぱりそうだったのか……。
「……いえ、そんな事ないですよ」
見れてよかったと、素直に思う。
私は、嫌々旅に出さされて、それからはずーっと暗い気持ちでここまで歩いてきた。
けれど今、この光景を見れた事で、初めて心細さ以外の気持ちを抱けている。
(それは、よかったです)
スピカ様は私の頭の中で、そんな風に呟いて安心していた。
もしかしたらスピカ様も、私との距離を、ずっと掴みかねていたのかもしれない。
綺麗な景色だなぁ。
私はそんな事を思いながら、ただ、その景色をぼーっと眺める。
(メルザスまではもう少し距離があります。なのでよかったら、ここで一旦休んでいってはどうでしょうか?)
「いいんですか?」
(ええ。別に、そこまで急いで付かないといけない訳でもないですからね)
「スピカ様……」
なんか、じーんと来た。
この人ほんとに、悪い人な訳じゃないんだよな……。
私はスピカ様の好意をありがたく受け取って、その場所でしばらく、のんびりとしていったのだった。