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3話 誰かの為に生きなさい

 勇者になって下さい、なんて言われても困る。

 私はのんびり生きたいのだ。

 だからその頼みは、何とか断らせて貰いたい。


「あの、スピカ様……」

(なんでしょうか?)

「私、勇者なんてやりたくないんですけど……」


 失礼にならないように、恐る恐るそう切り出す。


(理由を聞かせて貰ってもいいでしょうか?)


 話を聞いてくれる気はあるらしい。

 とりあえず、自分の気持ちをそのまま伝える。


「私はのんびり生きたいんです」

(のんびり生きたい、ですか)

「はい。私は毎日森でのんびり散歩してたり、こうやって農作業してたり、そういう生活を送るのが好きなんです。だから魔王と戦ったりとか、そういうのはちょっと……」

 

 テレビゲームでやるなら面白いんだろうが、自分でそんな事するなんて嫌過ぎる。


(しかしリューリュ、勇者になればいい事も沢山ありますよ。報奨などは出来る限り用意しますし、周囲の人からの名声なども貰えます)

「私はそういうの、あんまりいらないんですけど……」


 お金は出来ればあった方がいいし、人に褒められると嬉しいだろう。

 けれど、私はそこまでお金に困っていないし、人に褒められる為だけにそんな大変な事をしたいような気持ちもない。


(勇者として頑張れば、得られるのは富や名声だけではありません。苦労や困難を乗り越えたら、あなたはきっと、沢山の得難い体験をする事が出来ます)

「いや、そういうのも別にいいんで……」


 私は冒険なんかするより、家でごろごろしてたいタイプなのだ。


(そうですか……。事前にアンネに聞いていましたが、やはりあなたは、あまり勇者に憧れるような性格ではないのですね)


 表現をオブラートに包んでくれてるが、要するに無気力な奴って事だ。

 私がそんな性格なのは、私が一番よく知っている。


(リューリュ、聞いてください)

「なんでしょう……?」


 私の意思が変わる事はないだろうし、出来れば早く諦めて欲しいんだけど……。


(私はこのメルザスの世界を愛しています。それは、私はこの世界を美しいものだと思っているからです。

 だから私は、精霊神としてこの世界に尽くせている事に誇りを感じています。

 精霊神として生きていれば。大変な事も沢山あります。しかしそれでも、私は精霊神をやっている事にやりがいを感じるのです。

 リューリュも勇者になれば、辛い事もあるでしょうが、きっとそれだけではないですよ)


 スピカ様は、きっと本心からそんな事言っているのだろう。

 精霊様とはそういう生き物だ。


「申し訳ないですけど、私、たぶんスピカ様みたいな人間じゃないですから……」


 しかし、私はそれでも拒否する。

 私が勇者なんかやっても、苦痛をやりがいが上回る事はないと思うから。


(……リューリュ、それでは逆に聞きましょう。あなたはどうして、のんびりと生きたいのですか?)


 スピカ様は話こそ聞いてくれるものの、簡単には諦めてくれない。

 何か、納得して貰えるような答えを用意出来ないと駄目なのだろう。


「少し、考える時間を貰ってもいいですか?」

(ええ、かまいませんよ)

「ありがとうございます」

(いえいえ)


 私は時間を貰ったので、気分を落ち着かせる為にも、農作業を再開する。

 そして雑草を引っこ抜いたりしながらも、自分の性格の事に付いて、改めてぼーっと考えてみる。 



 私がのんびりと生きたい理由。それは頑張りたくないからだろう。

 なら何故私は、頑張りたくないのだろうか。

 例えば、何故私は今、こんなにも自然と、勇者になりたいくないと思うのだろうか……。


 勇者の事について考えてみる。

 そしたらふと、前世の頃にやってたテレビゲームを思い出した。

 勇者が魔王を倒すために、過酷な旅をするゲーム。

 私はそれをやりながら、画面の中の勇者さんに対して、世界を救うために戦わないといけないだなんて可哀想だなぁとか、そんな事を思っていた気がする。

 そして、そう思った事には別に何の理由もなかったと思う。

 ただごくごく自然に、自分の当たり前の感想として、そんな気持ちを抱いていた。


 あの感覚が、きっと私が頑張りたくない、のんびりと生きていたい理由なんじゃないだろうか。

 要するに、理由なんてないのだ。

 納得して貰えるかは分からないが、とりあえずそんな答えを話してみる事にする。


「たぶん私が、生まれつきそういう性格だからだと思います……」


 口に出してみてから思う。私、駄目な奴だな……。


(そうですか……)


 こんな答えで断り切れるのだろうか。

 そんな事を不安に思い出した頃。スピカ様は、再び私の頭の中へと声を響かせる。


(リューリュ。あなたはどうやら、勇者になってくれるような気は全くないようですね)

「じゃあ……」


 諦めてくれるんですか。

 そんな事を言おうとしたら、テレパシーを被せられる事で、言葉を遮られた。


(私は先ほど、精霊盟約の説明をしましたよね。

 この世界にいる人々は、精霊に守ってもらう代わりに、精霊の言うことを必ず聞かなければならない。それがこの世界のルールなのです。

 なので私が本気になれば、あなたの人生を滅茶苦茶にする権力くらいは十分にあるのです。

 それを踏まえた上で、次の言葉を聞いてください)

「う……」


 この世界の人たちにとって、精霊様とは神様だ。

 なので確かに、精霊神であるスピカ様がその気になれば、私を犯罪者扱いして死ぬまで牢屋に閉じ込めるくらいの事は平気で出来てしまうのだろう。

 けれどまさか、スピカ様はそこまで本気なのか……?


(私も出来れば、自分の意思で勇者になりたい人だけを戦わせたいです。

 しかしこの世界は、今でも闇に覆われようとしている。なので、戦える力を持った者に戦わせないような余裕はもうないのです。

 なので、これはお願いではなく、精霊神としての命令です。

 リューリュ。あなたは勇者となって、誰かの為に生きなさい)


 スピカ様は、さっきまでの私に気を使った態度とは違い、ただ毅然とそんな事を言い放った。

 たぶん、これに逆らう事は出来ないのだろう。

 そしてスピカ様は、きっと初めから、最終的にはこうする事に決めていたのだろう……。


 私は結局、勇者になるのを断る事は出来なかった。

 どうやら私の穏やかな日常は、たった今、終わりを告げてしまったらしい。

 ああ……どうしてこんな事に……。

 


----



 その後スピカ様は、私が勇者としてやる事とか、そんな事の話をしてくれた。


 私は今、オネストという名前の聖域に住んでいる。

 そしれこれから私は、とりあえずこのオネストを離れて、ストラハという場所に行くことになるらしい。

 他にも色んな事を言われた気がするが、私はショックで頭が上手く働いておらず、正直スピカ様の話は全然耳に入らなかった。


 スピカ様は、私が故郷に別れを告げる為の時間として、旅立つ前に3日の自由時間を与えてくれた。

 そして夕方。私は畑仕事を終えて、家へと帰ったのだった。


「ただいまお母さん」

「おかえりリューリュ」


 遅くまで畑にいたので、既にお母さんは家に帰っていて、夕食を用意してくれていた。

 私はテーブルの席に着いて、夕食を食べながら、お母さんと話をする。


「お母さん。私なんか、勇者っていうのになる事になったみたい……」

 

 自分でもまだ全く実感がない、あまりにも突拍子のない話。

 しかし、お母さんは全然動揺したりせず、私へと言葉を返す。 


「知ってるわよ。リューリュのことを精霊様に教えたのはお母さんなんだもの」


 やっぱり、竜を倒したのをバラしたってのは本当だったのか。

 なんでそんな事したんだろう。

 私は普段から、お母さんにのんびりと生きたいと言っていた。

 だからお母さんは、私がこんな事をされたら嫌がるって、誰よりも知ってくれてる筈だった。

 お母さんがそんな事しなければ、私は今日も、何時ものようにのんびりした気分で夕食を食べれてる筈なのに……。


「私、勇者になるから、この家を出ていかなきゃいけないみたい」

「そうね、それもスピカ様から聞いたわ」

「お母さん、私がいなくなって寂しくないの……?」


 私は、滅茶苦茶寂しいんだけど……。

 

「そりゃ勿論、寂しいわよ」

「じゃあお母さん、なんでそんな事したの?」


 お母さんは私へと、語り聞かせるように話す。


「リューリュ、あなたがそういう事を望まない性格なのは知ってるわ

 けれど、あなたのそののんびり生きたいっていう気持ちはね、自分の為に思う気持ちなの」


 そりゃそうだろう。私は私の為にのんびり生きたい。

 それの何がおかしいんだろう。


「リューリュはまだ子供だから、こんな話は少し難しいかもしれない。けれど大切な事だから、よく聞いてね」


 お母さんは、私をしっかりと見つめながら話をする。

 お母さんは普段あまり私に口出しをして来ないので、こんな風にされるのは珍しい。


「この世界には、公益っていうものと、私欲っていうものがあるの。

 私欲は自分の為に何かをしたいっていう気持ち、そして、公益は誰かの為に何かをしたいっていう気持ち。

 お母さんはね、本当に大切なものは、自分じゃなくて他の人に尽くす事で手に入るものだと思うの」


 自分より他人を大切にしろ。みたいな話なのだろう。

 昼間スピカ様も、誰かの為に生きているからやりがいがある、みたいな話をしていた気がする。


「だからお母さんはね、あなたが嫌がっているからこそ、勇者になって欲しかったの。

 勇者になって、自分じゃない誰かの為に尽くして、そしてそんな事の楽しさを知って欲しいと思った。

 だからお母さんは、精霊様にあなたの才能の事を告げる事にしたのよ」

「……そっか」


 言ってることは、なんとなく分かると思う。

 要するに、私は駄目な奴だから変わってこいって事だろう。

 毎日学校をサボってたら、そんな風に思われていてもしょうがないのかもしれない。

 でも、ショックだった。

 私はお母さんを信頼していた。だから自分の才能の事とかも、お母さんにだけは隠さなかった。

 だから、私のそんな気持ちが裏切られてしまったみたいな気がして、凄く、ショックだった。


 その後。私は無言で、夕食を食べ終えた。

 何時ものようにお皿を片付けた後、お母さんへと一言だけ告げる。


「お風呂入ってくるね」

「ええ」


そして私は、その場を後にしたのだった。



-----



 お風呂に入って、そして部屋に戻った。

 そのままベットへと向かい、そしてぱすんと顔をうずめる。


 私はただ、のんびりした生活が送れたらそれでよかった。

 そしてつい今日の昼までは、そんなのんびりした生活がずっと続くと思っていた……。


「はぁ……」

 

 ため息を吐きながら、私はぼーっと、自分の事に付いて考える。


 私は前世の頃から、こんな自堕落な性格だった。

 外で遊んでるより家でのんびりしてる方が好きで、1日中特に何もせず、家でごろごろしている事が好きなような性格だった。


 そしてそんな私には、友達があまりいなかった。

 それは、私にとって一番めんどくさいことが、人付き合いだったからだ。


 私は、他人は怖い。

 何を考えてるのか分からないし、今日のお母さんみたいに、突然何をするかも分からない。

 そして、怖い事はめんどくさい。

 私は気力みたいなものが薄いので、めんどくさい事がとにかく苦手だった。

 だから私は、他人と仲良くするのが凄く苦手だった。


 教科書を借りれるくらいの友達はいたけれど、でもそのくらいだった。

 他人とあんなに仲良くなれるなんて、みんなすごいなぁ。そんな事を思いながら、学校にいるみんなを眺めていた記憶がある。


 臆病で無気力、たぶんそんな感じのものが、私の性格なのだと思う。

 お母さんが、こんな私を見て勇者になって来いって思った理由も、なんとなく分かる気がする。

 要するに私は、なんというか、全体的に駄目な奴なのだ。


 けれどこんな私が勇者になんてものになっても、まともにやっていけるなんてとても思えない。

 怖いし、めんどくさいし、旅になんて行きたくない……。

 

 こんな事になるなら、お母さんの事を信頼なんてしなければよかったな……。そんな事すら考えてしまう。

 でも私は、そんな思考は直ぐに打ち消した。

 私は他人が苦手で、おまけに怠け者なので、学校も人付き合いもサボりまくっている。

 しかし、私はそんな性格な癖に、寂しがり屋で誰かに甘えていたい所がある。

 そんな私にとって、お母さんの存在はとても大きい。

 だからお母さんの事は、こんな事があっても大好きなままでいたかった。


「寝よ……」


 どうせもう、私が勇者になる事は決まってしまったのだ。こんな事を考えててもしょうがないのかもしれない。

 私はそんな事を思い、もう思考を中断する事にした。

 

 ベットの中に入る。

 そして、眠くなるまで目を閉じる。

 私は寝る事が好きだ。睡眠は変わらず、私を癒してくれる。

 私は何も考えず、ただのんびりとした眠気に身を委ね、そして眠りにつくのだった。



----


 スピカ様に与えられた3日間の時間。

 私はそんな時間も、何時も通りに森に採集に行ったり、お母さんの畑の手伝いをしたり、川に釣りに行って1日ぼーっと過ごしたり、そんな風にして過ごした。

 私は学校にも殆ど行っていないし、人付き合いも避けていたから、この聖域に友達が一人もいない。

 だから私は、お別れを告げないといけない相手なども特にいなかった。



 そして、3日が経過した。

 とうとう、出発しなければいけない時間になってしまった。


 私は鞄の中を見て、忘れ物がないかもう一度確認しておく。

 この鞄の中に入れてあるものは少ない。その理由は幾つかある。

 まず私は体が丈夫だし魔法が使えるので、それだけで色んな道具が必要なくなる。

 例えば魔纏の力には、気配を探知する事で人里の沢山いる方角を認識出来るという能力があるので、私にはコンパスというものが必要ない。

 また外には魔物が一杯いるので、食料の心配なども特にしなくていい。

 そして、この世界は道が舗装されてないし魔物も一杯いるから、馬車で移動したりは出来ず世界の旅はずっと徒歩だけで移動する事になる。だから旅の荷物は出来る限り少ない方がいいのだ。


 私は鞄の中身を確認し終えて、そして家の外へと出た。

 お母さんが、私を見送る為に家の前まで付いて来てくれる。


「リューリュ、もう忘れものはない?」

「大丈夫だよ、お母さん」


 スピカ様に必要だと言われたものは全部用意した。

 そして、そのスピカ様に忘れ物がないか確認もして貰った。なので大丈夫だ。


「スピカ様、どうか、リューリュをよろしくお願いします……」

(ええ。アンネも、リューリュの帰る場所を守っていてあげていて下さい)

「はい」


 お母さんはスピカ様とも、そんなやりとりをしていた。


 私は、お母さんとお別れをする前に、最後にもう一度抱きついておく。

 お母さんはそんな私へと、頭をなでなでしてくれる。


「お母さん、大好きだよ……」

「ええ、私もよ」


 私の事が大切なら、旅になんて出させないで欲しかったな……。

 一瞬そんな事を思ったが、あんまり嫌な気分で別れたくないので、口には出さないでおいた。


「じゃあ、行ってくるね」

「ええ。頑張ってくるのよ、リューリュ」


 そうして私は、自分の家を後にしたのだった。



 辺り一面に小麦畑が広がる、オネストの道を歩いていく。

 次にここに帰って来れるのは、一体何時になるのだろうか……。

 そんな事を思えば、ただ憂鬱な気分にしかならない。


 歩いていたら、やがて城壁の門の所に着いてしまった。

 少しだけ立ち止まってしまう。ここを超えたら、本当に旅立ちだ……。


(リューリュ、行きましょうか)


 頭の中に、そんな声が響く。


「はい……」


 私は、しぶしぶその門を通り、オネストを後にした。



 もし私が活発な人間なら、こういう旅立ちには、胸を膨らませてワクワクでもしているのかもしれない。

 けれど私は、めんどくさいなぁ、嫌だなぁ、そんな気持ちしか沸いてこない。

 それはたぶん、お母さんが言うように、私が駄目な奴だからなのだろう。


 道を歩きながら、そんな自分に対して改めて思う。

 世界を救う為に戦わないといけないだなんて可哀想。

 そんな事を思うのは、私が自堕落な人間だからなのだろうなぁ。と。


 聖域の外には、薄暗い森がただどこまでも広がっていた。

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