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2話 空からのお告げ

 朝。私は小麦畑の中に立つ。

 そして畑の中で、作物の根元に変な雑草などが生えていないかなどを、一本一本チェックして回る。

 畑は広いので時間はかかるが、こののどかな作業は私に向いているので、たいして苦にはならない。

 なので私は、のんびりとその作業を続ける。


 何故私がこんな事をしているのか。それは、大好きなお母さんの為だ。

 お母さんは農家なので、毎日畑のお世話をしている。

 だからこうやって、たまにその手伝いなどをしてあげたら、お母さんは喜んでくれるのだ。

 お母さんが喜んでくれると、私も嬉しい。

 だから私は、今日もお母さんの畑の手伝いをしていた。

 

 そうして私は、その日ものんびりと、そんな何時も通りの1日を過ごすのだった……。



----



 そんな作業を続けてしばらく経って、昼間になった頃。

 ぼーっとしながら作業をする私の頭の中に、唐突に、声が鳴り響いた。


(リューリュ、こんにちは)

「……こんにちは」


 テレパシーの魔法を使えるのは精霊様だけなので、精霊様の誰かだという事は分かる。

 そして、私に話しかけてくれる精霊様はだいたい同じ人だから、普段なら声を聞くだけで誰が話しかけてきたのかが分かる。

 しかし、今回は相手の声に聞き覚えがない。誰なのだろうか……?


「すいません、どなたしょうか……」


 とりあえず私は、そんな事を聞いてみる。


(私は、精霊神のスピカというものです)

「え……えええ!?」


 精霊神のスピカ様。精霊様達の中で一番偉い人だ。

 教会に石像とかが飾ってあるのを見た事がある。


 そんなに偉い人にいきなり話しかけられる覚えなんて勿論ない。

 私、自分が気がつかない内に、何かとんでもない事でもしてしまったんだろうか……。


「えっと、何の用でしょうか……?」


 私は恐る恐る、頭の中に響く声と話をする。

 

(まず先に、幾つか質問させて下さい。

 聞いた話によれば、あなたは学校に行っていないらしいのですが、それは本当なのですか?)

「えっと、本当ですけど……」

(ではあなたは、どうしてこの世界に魔物が蔓延っているのか、知っているでしょうか……?)


 この世界に、どうして魔物が蔓延っているか……。

 私は、昔お母さんから聞いた話を朧気に思い返しながら話す。


「えっと、なんか魔族っていう悪い人達がいるんですよね。

 その悪い人達が昔この世界に現れて、それで世界が魔物で一杯になっちゃった、みたいな……」


 口にしてみて思うが、何とも漠然とした知識だ……。

 これじゃ何も知らないのと殆ど変わらないな。


(では、その魔族達が具体的にどんな事をしたのかは知っていますか?)

「いや、知らないですけど……」


 ぶっちゃけ私からすれば、魔族が世界にいる理由なんて難しそうな話は、どうでもいい事だ。

 だからよく知らないし、詳しく調べてみた事なども当然ない。


(やはり、そうですか……)


 スピカ様はそう呟いて、そのまま黙ってしまった。


 私は、この世界の常識にかなり疎い所がある。

 その理由は、私は学校をサボってるし、人付き合いなども全然しないからだ。


 もしかしたら、今スピカ様に質問されたような事は、普通の人なら誰でも知ってるような一般常識だったのかもしれない。

 しかし、それがどうしたのだろう? 学校サボってる事を怒られたりするんだろうか……?

 この微妙な空気に、段々と不安になってくる。


(別に、あなたを責めている訳ではありません。

 ただ、私はあなたに要件があるのですが、それを理解して貰う為には、幾つかの前提の知識が必要なのです)


 私が不安そうにしていたからか、スピカ様はそんなフォローをしてくれた。

 良かった。別に怒られる訳じゃないのか……。


(私は、あなたがどのくらいの事を知っているのか分かりません。

 なのであなたに要件を伝える前に、まず、このメルザスの世界の歴史について話させて貰おうと思うのですけれど、よろしいでしょうか?)


 スピカ様は丁寧に、私へとそんな事を聞いてくる。

 凄く偉い人な筈なのに、物腰の柔らかい人だなぁ。


「その話、長くなります?」

(ええ、そうなりますけれど)

「じゃあ、農作業しながら聞いてていいですか?」

(……かまいませんよ)

「ありがとうございます」


 精霊神様がどんな要件があるのかは知らないが、私にとっては、農作業をする事も大切な事だ。

 やると言っていた作業が出来てなかったら、私の大好きなお母さんが困ってしまうからな……。


 私は、雑草や葉っぱの色などを確認する作業を再開しながら、スピカ様の話を聞く事にする。

 スピカ様は、私が作業を再開するのを待ってくれた後、テレパシーで話を続けるのだった。



----



(私が今からする話は、ただの本題の為の前置きなので、別に全て理解して貰わなくても構いません。

 本題の話に差し掛かるまでは、適当に聞いていて貰っても構いませんので)

「はい」


 どうやら今からされる話は、別に1から10まで理解しておく必要はないらしい。

 そんな前置きをされた後。私はスピカ様は、この世界についての説明を聞く。



(まず、このメルザスの世界では、意識を持つものはみな魂というものを持っています。

 そして魔力とはこの魂から生まれています、これはリューリュも知っていますよね?)

「はい、そのくらいなら……」


 この世界は、メルザスという名前が付いている。

 そしてこのメルザスの世界には、魂というものが存在する。

 それはもしかしたら前世の世界にもあったのかもしれないが、少なくとも観測されるような事はなかった。

 しかし、この世界でははっきりと、そんな魂というものが存在する事が観測されている。


(魂は、常に魔力を放出しています。

 そして魂から放出される魔力には、光のマナと闇のマナという、2種類の性質があります。

 光のマナは他者を慈しむ気持ちなどから生まれ、闇のマナは他者を攻撃する気持ちなどから生まれます)


 スピカ様にさっき言われた通り、別に詳しく理解しなくても、漠然としたイメージだけでいいのだろう。

 人にはいい心と悪い心があるので、光のマナと闇の魔力が放出されていますよ、みたいな話だと思う。


(そして光のマナは空に、闇のマナは地面の下へと貯まる性質があります。

 空に溜まった光のマナは光脈と呼ばれ、地下に溜まった闇のマナは闇脈と呼ばれます。

 あなたも、ここまでは知っていますよね?)

「ええ、まあ……」


 空には光脈が流れていて、地面の下には闇脈が流れている。

 私でも流石に、そのくらいの話までならぼんやりと聞いた事がある。

 私は見つけた雑草を引っこ抜きながら、スピカ様の話の続きを聞く。


(光脈に満ちた空は天界と呼ばれていて、闇脈に満ちた地下は魔界と呼ばれています。

 そして、天界には精霊という生き物が生まれてくる性質があり、魔界には魔族と呼ばれる生き物が生まれてくる性質があります。

ですので、私達精霊は天界に住んでいて、魔族は魔界へと住んでいるのです)


 精霊様は空に、魔族は地面の下に住んでいる。

 詳しくは知らないがそうらしい。

 どのくらいの高度の場所に住んでるかとか、そんな具体的な事はよく知らないが、別に理解しておく必要もないだろう。


(私達精霊や魔族は、精霊様は親から生まれてくるような事はなくて、ある日ふっと、その世界に沸く事で生まれてくるのです。

 その原理はあまり詳しくは解明されていませんが、世界の人々の思念が一つの塊になって、それが形を成しているのだと言われています)


 こんな言い方をすると失礼かもしれないけど、要するに精霊様達は、なんかオバケみたいな存在という事だ。


(天界に付いては、どんな場所か知っていますよね)

「ええ、あれですよね……」


 私は、空の上を指差す。

 私が指さした先には、空の上なのに、巨大な地面の塊があった。

 人が住んでいる場所の上空に浮かぶ、巨大地面の塊。あれが天界だ。


(私達精霊は、その天界に住んでいます。そして私達は、地上で暮らす事はありません。

 その理由は、濃い光のマナが周囲に存在していないと力を保てないからです。

 そしてそれは魔族も同じ。

 魔族は、濃い闇のマナが周囲に存在していないと力を保てないので、地上へと進出する事はありません。

 なので精霊と魔族は、お互い地上には殆ど関わらず、長い間天界と魔界でだけ暮らしていました)


 要するに、地上で力を発揮できるのは人間達だけだから、地上は人間の世界だという事だ。


(私達精霊は、平穏に暮らす事を望む種族なので、そんな現状に不満はありませんでした。

 しかし魔族は、そんな現状をよしとしていませんでした。

 魔族は争いや混沌を望む種族なので、何時か地上を混沌の世界にするという野望を抱いていたのです)


 精霊様は良い人だが、魔族は悪い人。

 だから魔族は、地上が平和である事が許せなかったらしい。


(地表には闇脈がないので、魔族が力を発揮する事は出来ません。なので魔族が地表に何かをする事は不可能だと思われてしました。

 しかし、魔族にはある考えがありました。

 これは魔族しか知らなかった事なのですが、闇のマナには、動物を魔物と呼ばれる生物に変化させてしまう性質があったのです。

 魔族は、闇穴あんけつと呼ばれるトンネルを作り、その闇穴から地表に闇脈を送る事で、地表に闇のマナを溢れさせ、魔物以外の生物がまともに住めない環境にするという野望を抱いていました)


 魔族は直接地表に悪さを出来ないから、代わりに魔物を操って悪さをしようとしたという感じか。


(しかし地表にいる人間は、あまりにも数が多い。

 なので普通に行動に出るだけでは、闇穴を作っても直ぐに人に穴を塞がれて、そして魔族ごと殲滅させられ終わりです。

 なので魔族は、世界を覆い尽くせる程の量の闇脈を、一瞬で地表へと送る方法を考えました。

 それは、誰にも気づかれず数千年の時間をかけて闇脈を貯め続け、そして溜め切った闇のマナを一気に地表へと放出するというものでした。

 そして、今から612年前。

 魔族は魔王の闇穴と呼ばれる闇穴を作り、そこから遂に、貯まりきった闇脈を地表へと放出しました)


 魔族の人は地表を滅茶苦茶にする為に、数千年もかけて入念に準備し続けたらしい。

 気の遠くなるような程の時間だ。

 魔族の人達、そこまで地上を滅茶苦茶にしたかったのか……。


(その結果、世界は瞬く間に闇のマナに覆われました。

 そして、人は強い理性を持っているので魔物化する事はありませんでしたが、人以外の動物達は世界の至るところで一斉に魔物化してしまいました。

 そして生まれた魔物は、張り巡らせた城壁を簡単に破壊し、人の住処へと襲い掛かりました。

 そうして地表に住む人々は、強力な魔物達に為す術もなく追い詰められ、一気にその生活圏を奪われていってしまいました)


 魔族の人の計画が成功してしまったあせいで、世界に魔物が溢れるようになってしまった、という訳ならしい。

 そして人は、そんな魔物達に追い詰められる一方だったらしい。

 魔物って強いからなぁ……。突然魔物と戦えなんて言われても無理だったのだろう。


(私達精霊は、そんな現状を危惧し、何とか人々を生きていけるようにする方法を考えました。

 そして私達は、魔物は光のマナを浴びると弱体化するので、光のマナが溢れる場所には近寄ろうとしないという、そんな性質に目を付けました。

 そして、精霊の力で地表に光脈を照射し、そこを魔物の来ない聖域とする事で、人々の生きていける場所とする事にしました)


 精霊様は聖域という場所を作って、魔物から人々を保護したらしい。

 たぶん、その時精霊様がなんとかしてくれていなかったら、人はそのまま全滅してしまうしかなったのだろう。

 精霊様がいてくれてよかったなこの世界。


(聖域の事に付いても、知っていますよね。リューリュが今いる場所も、聖域なのですから)

「ええ、まあ……」


 この世界には魔物が溢れているので、人は聖域の中でしか生きていけない。

 だから私が今いる場所も、そんな聖域の一つだったりする訳だ。


(そうして私達は、何とか魔族の悪意へと対抗出来るようになりました。

 しかし、魔族が長い時をかけて貯め続けた闇脈に対して、即興で地上へと放射するだけの光脈で抵抗する事は難しい事でした。

 なので、私たちが作れる聖域の範囲は決して広いものではなく、数も多くはありませんでした。

 なので、人は狭い範囲の中でしか生きていくことが出来ず、メルザスの世界の人口は一気に殆どがいなくなってしまいました……)


 前世の例えるなら、シェルターの中でしか生きられなくなったようなものだろう。

 用意出来るシェルターの数が少なかったので、この世界の人口は一気に減ってしまったらしい。


(リューリュはこの世界の総人口がどのくらいか、知っていますか?)

「えっと、3万人くらいでしたっけ……?」

(ええ、そうです……)

 

 スピカ様は、悲しそうにそう呟く。

 私もこれを知った時は驚いた。

 この世界には、前世の世界の0.001パーセントの人口すらいないのだ。

 前世の世界と比べるなら、世界人口どころか、一つの街の人口とかと比べた方が早い。


(今のこの世界で育ったあなたには、世界に何億人も人間がいる世界なんて、想像も出来ないでしょうね……。)

「ええ、まあ……」


 この世界で育った私には、数が多すぎて想像出来も出来ない。というようなふりをしておく。

 ごめんなさい本当は滅茶苦茶想像出来ます……。それどころか、本当は何十億人も人口がいる世界で暮らしてました……。

 この事は、お母さんにすら秘密な私のトップシークレットなので、顔には出さないようにしておいた方がいいだろう……。


(そうして、私達精霊が人を守る事で、この世界の人々はなんとか生き長らえる事になりました。

 しかし、魔族が人と共存出来ないように、私達精霊も、そのままでは人と共存出来ない部分がありました)

「なんですか、それ……?」


 今までの説明からも分かるように、精霊様はとてもいい人だ。

 魔族と正反対のような存在で、穏やかだし、当たり前のように人を助けてくれる。

 そんな精霊様に、人と共存出来ない部分なんてあったのだろうか?


(……魔族が争いを望み過ぎるように、私達精霊は、人と比べると平穏を好み過ぎるのです。

 当時人の世界は、暴力や、不平等や、人権の軽視など、そんなものに溢れていました。

 そして私達精霊にとって、人のそんな部分は、どうしても許せないものでした)

「ああ……」


 そういう事か……。

 精霊様は、人の醜い部分が許せなかったらしい。

 流石に魔族の人ほど酷くはないけど、悪い所もあるのが人間だもんね。


(なので私達精霊は、人に対して精霊盟約というものを持ちかけました。

 その盟約の内容は、簡潔に概要を言えば、私達精霊が人を守ってあげるから、代わりに人は手を取り合って道徳的に生きて下さいというものです。

 そしてその盟約の中には、今までの全ての身分制度の撤廃、政治体制の根本的な変更、世界中の言語の統一、そして既存の神への信仰の否定など、沢山のものが入っていました)


 人の醜さが許せなかった精霊様は、今までの人の世界を一旦全て否定して、人が平和であれる為のルールを勝手に作って来たらしい。

 なんていうか、うわぁって感じの話だ……。


「そんな事して大丈夫だったんですか……?」

(当然、相当の反発はありました。

 しかし人は、精霊が作り出す聖域がなければ生きていく事は出来ません。

 なので結局は、私達の要求に従うしかありませんでした

 そうして、私達精霊と人達との間は精霊盟約が結ばれ、人々は私達が考えたルールの中で生きていくようになりました)


 人は結局、精霊様の要求を飲むしかなかったらしい。

 まあ、そりゃそうだろうな……。

 人は聖域がないと、生きていく事そのものが出来ない。

 それに対して、精霊様が人間を守ろうとしているのは、ただの慈善活動みたいなものだ。

 つまり最初から、人間の側に交渉の余地はなかったのだろう。


(そしてそれから100年以上の時間が経ち、やがて聖域のない場所で生きていた記憶が人々から無くなった頃。

 人々は、私達が考えた教えを教義とした精霊教という宗教を作り出し、私達を新しい神として崇めるようになり始めました)


 100年も経ったら、人間も世代交代が完了して、もう誰も今の世界以外を知らない事になる。

 そうなってくると、人間が精霊様に反発する理由ももうないし、人間にとって精霊様とは神様みたいに見えるようになったのだろう。

 だから新しい宗教が発展して、この世界では、精霊様が神様として崇められるようになったらしい。


(精霊教の事は、リューリュも知っているでしょう。)

「ええ、まあそれなりには……」


 この世界では、そんな精霊教という宗教が、世界の唯一無二の宗教として存在している。

 精霊教は、精霊様自身を崇めるというよりも、みんなで手を取り合って生きる事で精霊様のように道徳的な人間になりましょう、みたいな事が教義だ。

 その教えが人々に深く染み込んでいるおかげで、この世界は前世の世界で言う中世ヨーロッパくらいの文明力しかないのに、治安や街の衛生環境などが非常に保たれている。

 

 しかし、精霊教か……。

 この世界に生まれた人は、生まれつき精霊様は偉いと教わって生きるので、基本的に精霊様を疑うような事はしない。

 けれど前世の記憶を持つ私は、そんな常識にそこまで染まっていない所がある。

 だからこの話を聞いていたら、なんか精霊様も、結構あくどい事をやって来たように思えてしまう。

 もしかしたらスピカ様達は、宗教が出来る所まで意図してやったんだろうか……?

 だとしたら、なんかかなりとんでもない事をやってる気がする……。


 でもまあ、精霊様が人を守ってくれる存在である事には違いはないし、精霊教の教えも、全て人が幸せに生きていけるようにと考えられたものだ。

 現に、人間がこんな特権を手に入れたら他人をこき使ったりするようになるのだろうが、精霊様が私欲の為に特権を振りかざしているような所は全く見た事がない。

 魔族の人が種族の性質として混沌を愛しているように、精霊様も種族の性質として平穏を愛している。

 精霊様はその為に、色んな事をやっただけなのだろう。


(というかリューリュ、一応説明はしましたが、あなた精霊盟約の事を知らなかったのですね……)

「ええ、まあ……」

(まあこの世界に生きる人は、もう理由もなく私達を信頼してくれているので、そんな盟約の存在など知らなくてもおかしくはないのかもしれません。

 けれど、精霊盟約の存在は凄く常識的な事なので、知っておいた方がいいですよ)

「はい……」

 

 この世界の勉強とか全然してなかったからな、私……。


(ここまでで、何か分からない事などはありますか?)

「いえ、特には……」

(では、また話を続けますね)

「はい」


 まだ続くのか……。なんか、流石にそろそろ疲れてきたなぁ。

 私は農作業を続けながら、そんな事を思う。


(もう少しなので、頑張って下さい。

 まだ本題ではないので、この辺りもまだ適当に聞き流して貰って構いませんので)

「はい……」


 そうしてスピカ様は、引き続き私へと、この世界の説明を続ける。



(そうして人は、聖域のおかげで、なんとか絶滅する事を免れました。

 しかし魔族たちは、人々を全滅させる事を、未だに諦めてはいません。

 魔物は、闇のマナが濃い程力が強くなるという性質があります。

 なので魔界にいる魔族達は、世界中に闇穴を作り、地上へと更なる闇脈を送る事で、聖域の力があっても人々が地表へ住めないようにしようとしています。

 私達精霊は、そんな魔族に対抗する為に光脈を地上へと送り、地表に溢れる闇脈を中和させようとしています。

 しかし歯がゆい事に、精霊達が光脈を送り出す量よりも、魔族達が闇脈を送り出す量の方が多いのが現状です

 なのでこのメルザスの世界は、少しづつですが、今でも確実に崩壊へと向かっているのです)


 なんか難しい話だけど、要するに、この世界は何か大変な事になってるらしい。

 スピカ様も本題じゃないって言ってたし、そのくらいの認識で十分だろう。


(私達精霊が送り出す光脈の量では、魔族が闇脈を送り出す量に対抗出来ない理由。

 それは、魔族の中で最も強大な力を持つ存在、魔王がいるからなのです)


 そしてこの世界が平和にならないのは、魔王って人がいるからならしい。

 そんな人がいるって事だけは、私もお母さんからぼんやり聞いたことがある。


(魔王は強大な力を持っていて、たった一人で膨大な量の闇脈を地上へと送り出しています。

 このまま魔王を野放しにしていては、やがてこの世界は闇に覆われてしまい、聖域にすら人が住めなくなってしまいます。

 しかしこの魔王を討ち滅ぼす事が出来れば、地表に闇脈が送られる量は弱まり、世界が闇脈で満たされる事はなくなります

 なのでこの魔王を倒す事が、私達精霊と、そして人類の悲願なのです)

 

 そして、そんな魔王さんを倒したら、世界が平和になるらしい。

 なんかテレビゲームみたいな話だなぁ。

 ただの他人事でしかないので、私は適当にそんな事を思う。


(しかし、天界でしか力を発揮できない精霊に、魔界にいる魔王を倒しに行く事は出来ません。

 なのでその魔王は、人間が討ち滅ぼすしかありません。

 私たち人間と精霊はずっと、そんな魔王に挑む人間、勇者を育て上げ、その魔王を倒そうとしてきました

 しかし魔王の力はあまりに強大で、私達は未だに、その悲願を果たす事は出てきていません。

 勇者を育て上げ、魔王を倒しに行かせても、その度に分かる事は、魔王の持つ力はあまりに強いという事だけでした)

「そうなんですか……」


 魔王を倒す為に、精霊様は人間を勇者として育てて頑張っていた。

 けれど未だに、魔王を倒すことは出来てないらしい。

 600年も倒そうと思われ続けても誰も倒せていないのだから、きっとその魔王さんは、よっぽど強いのだろうなぁ。


 適当にそんな感想を抱いていると、スピカ様が少しだけ声色を変えて、私へと話しかけてきた。


(さて、これで前置きは終わりです。そしてここから話す事が本題となります)


 ああ、やっと本題に入ってくれるのか。

 今までの話は適当に聞いていてもよかったらしいが、ここからはしっかり聞いておこう。

 私はそんな事を思い、少しだけ身構える。


(ところでリューリュ)

「はい、なんでしょう?」

(あなたはこの前、たった一人で竜を倒したと聞きました。それは本当なのですか?)

「は……?」


 唐突に自分に対して話が振られ、しかもそれが隠していた筈の事だったので、一瞬頭が付いていかなかった。


(どうやらその反応を見る限り、本当の事のようですね)


 ああ、しまった……。

 いや、もう既にバレてるから、スピカ様はこんな事聞いて来たのか……?


「えっと、なんでその事知ってるんですか……」

(あなたの母親のアンネが教えてくれたのですよ)

「え……」

 

 私が魔力の才能を持っている事は、誰にもバレたくない事だった。

 だから私は、お母さんにも、その事は誰にも話さないで欲しいって頼んでいた。

 それなのにお母さん、なんでその事話しちゃったの……?


(リューリュ。先ほど説明しましたよね。私たち人間と精霊はずっと、魔王と戦せる人間を探しているのです)

「えっと、説明されましたけど……」


 急に自分の話になって、頭がまだ付いていかない。

 要するに、何が言いたいんだろうか……? だだ何か、凄く嫌な予感がする。


(つい先日、アンネがあなたが竜と戦ったと言っていた場所に兵士を送り込んで、その辺りの地面を調べさせてもらいました。

 すると本当に、誰も倒した報告のない竜の死体が、地面の中へと埋まっていました。

 あなたがたった一人で竜を倒したというアンネの報告は、疑いようのないものだと言っていいでしょう

 そして、特別な訓練を何も受けていないあなたが、その年で竜を倒せた。

 この事実はつまり、あなたは間違いなく、このメルザスにいる全人類3万人の中で最も戦う才能を持った者だという事なのです)

 

 私はこの世界で、一番勇者になる才能を持っているらしい。

 つまり、スピカ様の言う本題とは……。 


(リューリュ、魔王を倒してこの世界を救う為に、どうか勇者となって下さい)

「え……」

 

 のんびりと農作業をしていた手が、止まってしまった。

 私はただ、のんびり生きていたいだけなんだけど……。

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