25話 穏やかに生きていたい
進んでください、リューリュ。
頭の中に、そんな声が響く。
私の目の前には、薄暗い森がどこまでも広がっている。
そんな場所は怖くて、苦しくて、私は先に進みたくない。
けれど私は、スピカ様には逆らえない。
だから嫌々、薄暗い森の中を進んでいく。
薄暗い森の中には、沢山の魔物が出てくる。
戦ってください、リューリュ。
頭の中に、そんな声が響く。
私は泣きたい気持ちになる。けれどそれでも、私はスピカ様には逆らえない。
だから気持ちを押し殺して、必死に戦う。
お疲れ様でした、リューリュ。
戦い終わったら、スピカ様が私を褒めてくれる。
私はスピカ様に懐いているので、スピカ様に褒められると嬉しい。
進んでください、リューリュ。
けれどスピカ様は、また私へと、薄暗い森の中へと誘う。
私はどれだけ嫌でも、スピカ様に逆らう事は出来ない。
だからまた、薄暗い森の中の中を進んでいく……。
「スピカ様……」
私は、ぼーっと目を開ける。
すると、窓の外から朝日が差し込んでいた。
どうやら夢を見ていたらしい。
「そっか、私もう、スピカ様の言うこと聞かなくていいんだった……」
木と石で造られた普通の一軒家の中。
窓の外には、辺り一面の雪景色が広がっていた。
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目が覚めたので、何時も通り台所へと向かう。
そして台所に着くと、お母さんがいた。
「おはよ、お母さん」
「おはよう、ミーナ」
「お父さんは?」
「ミーナが起きるのが遅かったから、もう仕事に行ったわ」
「そっか」
どうやら私は、結構朝遅くまで眠っていたらしい。
「お母さん、お姉ちゃんは?」
「フィーナも、もうどこかに遊びに行ったわよ」
「どこ行ったか分かる?」
「さあ、聞いてないけれど」
「そっか……」
私は、一人で朝食を取った。
そして、顔を洗ったり着替えたりして、外に行く準備を済ませた。
「ミーナ、外に行くの?」
「うん。お姉ちゃん探してくる」
嫌な夢を見たからか、今日は何だか心細い気分だ。
だからこんな日は、お姉ちゃんに会いたい。
私はお姉ちゃんの事が大好きだから、会って安心したい。
「気をつけて行ってくるのよ」
「はーい」
そうして私は、お姉ちゃんを探す為に、家の外へと出発したのだった。
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私は今、聖域ノストという場所にいる。
そこはただでさえ寒い地域で、しかも今の季節は冬なので、外に出ると凄く寒い。
お姉ちゃんを探しながら、雪が降り積もった道を歩いていく。
そして歩きながら、今朝見ていた夢の事について、ぼんやりと考える。
私には前世の記憶というものがある。それも、2つもだ。
1つ目は、日本という国に生まれて、大人になりたくないなーみたいな事を考えながらのんびりと生きていて、そして13歳の時にトラックに轢かれてあっけなく死んでしまったという、そんな記憶。
そしてもう1つは、前世の記憶を持ったまま生まれ変わって、まったりした場所でのんびり暮らしていたら、ある日突然勇者にされてしまって、色々あった後自由になる為にもう一度生まれ変わる事にしたという記憶だ。
そんな事を完全に思い出したのは、私が6歳の頃。
自分に前世の記憶があるなんて事に最初は戸惑いもしたが、そんな事に戸惑うのも二度目だったし、今ではもうすっかり慣れてしまっている。
今世の私の名前はミーナ。まだ9歳の普通の女の子だ。
少なくとも周りには、ずっとそう思わせながら生きている。
今世の私は、前世からそのまま、とんでもない魔力の才能を引き継いでいる。
けれど私は、それを他人に見せびらかすような事は今まで一度もしていない。
その理由は、自分に魔力の才能がある事は絶対に他人に教えてはいけないというそんな事が、生まてくる前から自分の魂みたいなものに刻みついていたからだ。
昔は、自分がどうしてそんな事を思うのか分からなかったが、前世の記憶を完全に取り戻した今なら分かる。
この世界では、魔力の才能があったら勇者にされてしまう。
そして私はのんびり生きたいから、そんな事は絶対にあってはならないのだ。
そんな事もあって、今世の私は、出来る限り目立たないように生きている。
だから今世の私は、出来る限り不審な行動をしないように日々気を付けているし、嫌だけれど学校にもちゃんと通っている。
私はそんな風に、目立たないように色々と苦労しながら生きている。
そんな風に生きていると、正直結構疲れる思いもする。
けれど私は、それでも生まれ変わってよかったと思っている。
なぜなら今の私には、大好きなお姉ちゃんがいてくれるからだ。
現在11歳であるお姉ちゃんは、ちょっと内気な性格で、自分の事をあんまり話してくれない所がある。
それは見る人が見れば、暗くて絡みにくい人みたいに思うのかもしれない。
けれど私は、そんなお姉ちゃんの物静かさや、時折垣間見せる繊細さみたいな所が大好きだ。
だから私は、お姉ちゃんに凄く懐いている。
そして大好きなお姉ちゃんがいるので、私の3度目の人生は、そんなに悪いものでもない。
早くお姉ちゃんに会いたいな。
そんな事を思いながら、私は引き続き、雪の積もった道の中を歩いて行った。
そしてしばらく歩いていると、学校の同じ学年の子が数人で仲良く歩いていた。
「うわ……」
私は、思わず物陰に隠れる。
そして相手が通り過ぎてくれるのを待つ。
相手は私に気付かず、その場を去ってくれた。
私は安心して、また道へと出て行く。
「ふー……」
私は別に、いじめられたりしている訳じゃない。
メルザスの世界は、少し病的なくらい道徳教育が行き渡っているし、精霊様の監視などもあるので、いじめのような事はまず起こらない。
ただ私は、他人というものが凄く苦手なのだ。
たぶん前世の記憶のせいなのだと思う。
前世の私は、家族に、友達に、神様に、色んな人に傷つけられた。
だから私は、他人というものを見ると、それだけでどうしようもなく恐怖を感じてしまう。
これは、私の心に深く刻まれた傷跡みたいなものだから、たぶんもう一生治る事はないのだろう……。
「お姉ちゃん、どこー……」
お姉ちゃんに会いたい一心で外に出てみたものの、やっぱり、人が一杯いる所はあんまり得意ではない。
お姉ちゃん、早く見つからないかな……。
そんな事を思いながら、私はおどおどと、雪の積もった道を歩いていった。
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それからもうしばらく歩いた後。
私はやっと、お姉ちゃんを見つけた。
お姉ちゃんは城壁の上で、一人でぼーっとしていた。
「お姉ちゃん、何してるの?」
「景色見てた……」
「ふーん」
私もお姉ちゃんと一緒に、城壁から見える景色を眺めてみる。
ここから見える景色は、ただひたすら森ばかりだ。
この世界は相変わらず、薄暗い森ばかりしかない。
「お姉ちゃん、ずっと一人でここにいたの?」
「うん……」
「今日は、友達と遊んだりしないの?」
「うん……」
私は社交性がないので、友達が全然ない。
けれどお姉ちゃんは、私よりは普通の人間なので、子供らしくそれなりに友達もいる。
けれど今日は、そんな友達と遊びに行ったりしないらしい。
「なんでみんなと遊びに行かないの?」
「私だって、たまには一人でいたいよ……」
お姉ちゃんはただ、そんな事を呟く。
「そっか……」
お姉ちゃんもたまには、友達と一緒に居たくない気分の時もあるのだろう。
今日はお姉ちゃんと2人でいたい気分だったので、それならちょうど都合もいい。
私はお姉ちゃんへと、一つ話題を振ってみる。
「ねえお姉ちゃん、ちょっと変な事聞いてもいい?」
「いいけど、何……?」
「お姉ちゃんは、私の事、好き……?」
私は、今朝怖い夢を見たせいで、まだ少し寂しい気持ちになっている。
だからお姉ちゃんに、それを埋めて欲しい。
けれどお姉ちゃんは、私へと申し訳なさそうに言う。
「正直、そんなに好きじゃない……」
「えー、なんで……」
「だってミーナって、何考えてるのかよく分かんないんだもん……」
「そ、そっか……」
何考えてるのかよく分かんない、か。
私は前世の記憶の事がバレないように、自分が考えている事を周りにあまり話さないようにしている。
だから、不気味な奴みたいに思われていてもしょうがないのかもしれない……。
しかし、こういう事を面と言われるのは珍しいので、少しだけショックだった。
「私はお姉ちゃんの事、好きなんだけどな……」
ただ、そんな事を呟く。
「私も別に、嫌いな訳でもないから……」
するとお姉ちゃんは、私へとフォローを入れてくれた。
私はそれが嬉しくて、お姉ちゃんへと提案する。
「ねえお姉ちゃん、今暇ならさ、一緒に遊ばない?」
「うん、いいけど……」
一人でいたいと言っていたので断れるかもしれないと思ったが、お姉ちゃんは了承してくれた。
「やったー、じゃあ雪遊びしよー」
そして私は、お姉ちゃんと一緒に遊ぶ事になったのだった。
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雪だるまを作ったり、スケートをしたりして、お姉ちゃんと楽しく遊んだ。
そうしていたら、夕方になって、楽しかったその1日も終わりに近づいて来てしまった。
2人でまた城壁の上に登って、景色を眺めながらぼんやりする。
そして真っ赤な夕日を眺めながら、お姉ちゃんと話をする。
「お姉ちゃん、本当に友達と遊んでなくてよかったの……?」
「うん……」
「その、私に気とか使ってない……?」
お姉ちゃんは、普段感情を出さないから、何を考えているのか分かりにくい所がある。
けれど今朝の話によれば、どうやらお姉ちゃんは、私の事がそんなに好きではないらしい。
だったら私なんかといるより、他の子達と遊んでいた方が楽しかったんじゃないだろうか……。
つい、そんな事を思ってしまう。
けれどお姉ちゃんは、私のそんな言葉を首を振って否定する。
「ミーナと遊んでた方が楽しいよ。
だって私、あの人達といても疲れるだけだし……」
「え、そうなの?」
「うん。こんな事あんまり言いたくないけど、本当は私、周りに合わせる為にあの人たちと一緒にいるだけだから……」
「そうなんだ……」
お姉ちゃんの本音を聞くことってあんまりないから、そんな風に考えてたのは意外だ。
お姉ちゃんも周りに合わせたりしてるんだなぁ。
「ミーナは周りに合わせたりとか、あんまりしないよね……。
それがちょっと、羨ましいよ……」
私、そんな風に思われてるのか……。
私は確かに、何時もおどおどして生きているが、周りに合わせるような事はあんまりない。
私はもう、自分に嘘を付いていたくないからだ。
「ならお姉ちゃんもさ、もうちょっと自分の思うままに生きてみたら?」
私はただ、そんな事を思う。
「そんな事、出来ないよ……」
「なんで?」
「だって私、自分の思うままに生きたりしたら、絶対友達とか出来ないもん……」
お姉ちゃんはそう呟いて、俯いてしまった。
その気持ちは、何となく分かる気がする。
私達みたいな人間が自分の気持ちのままに生きてしまえば、立派な人間である事が出来なくなる。
だからお姉ちゃんは、そんな事が怖いのだろう……。
「でもそれじゃ、楽しくないんじゃない……?」
お姉ちゃんは悲しそうに答える。
「そりゃ、楽しくないけどさ……。でもしょうがないよ……」
そして、お姉ちゃんは更に落ち込んでしまった。
しょうがない、か……。
私は別に、そんな事思わないんだけどな……。
でもそれは、お姉ちゃんが思う事だから、私がどうこう言うことでもないのだろう。
それで会話が終わったので、私はぼーっと夕日を眺める。
お姉ちゃんも、私の隣でぼーっと夕日を眺める。
そして、そんな夕焼けの景色を見ながら、お姉ちゃんはぽつりと呟く。
「私の周りにいる人達はね。私が笑える事で笑えなくて、私が悲しい事が悲しくないの。
でも私は、そんな人達に合わせないといけないの。
ねえミーナ。人生って、なんでこんなにつまんないのかな……」
何か、思う事があるのだろう。
そんな事を呟いたお姉ちゃんは、つーっと、涙を流してた。
「私はお姉ちゃんの事、大好きだよ」
私はただ、そんな事を告げておく。
「……ありがと、リューリュ」
涙は流れたままだけれど、お姉ちゃんは私へと、ありがとうと言ってくれた。
「お姉ちゃん、大好きだよ……」
私はもう一度そう呟いて、お姉ちゃんへと肩を寄せるのだった。
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一緒に夕日を眺めていたら、お姉ちゃんはそのまま眠ってしまった。
私は一人、ただぼーっと考える。
お姉ちゃんはまだ子供だ。
だから今はこんな感じでも、将来どんな風になるかはよく分からない。
お姉ちゃんはこれから、姫みたいな立派な人間に成長するのだろうか。
それとも私みたいに、ずっと駄目な人間のままでいるのだろうか。
そしてお姉ちゃんは、何時まで私と仲良くしてくれるのだろうか……。
私は時々、明日というものが来てしまう事が怖くなる。
それは私が、自堕落で臆病でおまけに薄情な、そんなどうしようもなく駄目な奴だからなのだろう。
けれどそれでも私は、そんな自分を捨てたいという気持ちにはならない。
そしてそれは、凄く大切な事なのだと思っている。
世界を救う為に戦わないといけないだなんて可哀想。
そんな事を思うのは、私が自堕落な人間だからなのだろう。
けれどそれでも私は、自堕落なままの私でいたいと思う。
何故ならそれは、どれだけ疎ましくても、私にとって大切なものだからだ。
私は、寝たり遊んだり、特に何もせずぼーっとしたりするのが好きだ。
そして私はもう、自分の気持ちに嘘は付きたくない。
だから何時までも、ただのんびりと、穏やかに生きていたいな。
そんな事を、私は思う。




