24話 世界の誰も知らない旅
涙が枯れるまで泣いた後。
気分が落ち着いてきて、少し冷静になる。
「あ……」
すると私は、マント付けてくるのを忘れていた事に気がついた。
マントは、旅をする上では結構大切なものだ。
傘の代わりに雨を防げたり、布団の代わりに寝具になったり、色んな事に使える。
だからマントなしで旅をするというのは結構辛い。
でも、もう今更ストラハに戻る気にはならない。
しょうがないし、マントなしで先に進むか……。
そんな事を思っていると、空の上から声が聞こえた。
「リューリュ」
それは、テレパシーではない、スピカ様の肉声だった。
「スピカ様……?」
なぜこんな所で、スピカ様の肉声が聞こえたのだろうか? 私は声のした方を振り向く。
すると、スピカ様がマントを持って、空から降りてきてきていた。
「スピカ様、天界を離れて大丈夫なんですか……?」
スピカ様が天界にいなかったら、聖域から光脈がなくなって、大変な事になってしまうんじゃないだろうか。
「ストラハの聖域には、長い間かけて照射された光脈が溜まっています。
ですので、半日程度までなら離れても大丈夫なのですよ」
なるほど……、半日くらいだったらいいのか。
「それよりも、これ、忘れていましたよ」
「あ、どうも……」
私はスピカ様から、直接マントを受け取る。
そして受け取りながら、直ぐに疑問が沸いてくる。
「なんでわざわざ、届けに来てくれたんですか?」
「あなたが忘れていたからです」
「いや、それはありがたいんですけれど、どうしてスピカ様が直接来たのかなと……」
天界には他にも、精霊様達が大勢いる。
だからこのくらいの用事、他の誰かに任せればよかったんじゃないだろうか?
「私の顔なんて見ても、不快だったでしょうか……」
「いや、そういう訳じゃないですけど……」
対立こそしてしまっているが、私は別に、スピカ様の事を嫌いな訳じゃない。
むしろ私は、今でもスピカ様の事を、母親代わりみたいなものだとすら思っている。
だから別に、こんな事で嫌な気持ちになんてならない。
「というかむしろ、スピカ様の方こそ嫌じゃないんですか……?
私はスピカ様の意思に、真っ向から逆らった訳ですし……」
「こんな事をしておいて、今更何を言うんだと思われるかもしれません。
けれど私は、あなたに対して、今でも申し訳ない気持ちで一杯なのです……。
だからせめて、このくらいの事はさせて下さい……」
そんな事を呟きながら、スピカ様は小さく俯く。
私はそれを見て、ああ、何時ものスピカ様だと、そんな事を思った。
マントを届けたスピカ様は、私へと会釈した後、また天界へと帰っていった。
スピカ様が申し訳ない気持ちで一杯な理由。
それはたぶん、私が無理やり勇者をさせられないといけない理由と同じなのだと思う。
スピカ様も別に、好きで私の嫌がる事をしている訳ではないのだ。
スピカ様には、精霊神様としての冷たい顔と、私へと何時も優しくしてくれる温かい顔の、2つの側面がある。
そしてスピカ様の本当の気持ちは、温かい顔の方なのだと思う。
そして、だから私は、未だにスピカ様の事を嫌いになれないのだと思う……。
「はぁ……」
スピカ様が飛んでいった空を、ぼーっと眺めながら思う。
もし私が勇者に向いている性格だったら、一体どのくらい楽だっただろうか。
私がもし、姫みたいに、誰かに褒められるとそれだけで頑張れるような人間だったら、私は勇者をやっているのがきっと楽しかっただろう。
楽しい事は、本当に苦痛な事にはならない。
だから私は、もし自分がそんな性格だったら、スピカ様に協力出来ていただろうと思う。
スピカ様が申し訳ない気持ちでいるように、私だって別に、好きでスピカ様と敵対してる訳じゃない。
だからスピカ様に協力出来るなら、それで私の話なんて、全部ハッピーエンドで終わりだ。
私だから、こんなに苦労してしまっているのだ……。
それに、スピカ様相手だけの話じゃない。
お母さんに理解されなかったのも、姫と一緒にいられなくなったのも、生きている事が大変な事も、全部私がこんな性格をしている事が原因だ。
私はこんな性格であるせいで、人生の9割は損していると思う。
私はもう、自分に嘘は付きたくない。
だから、自分の気持ちを否定はしない。
けれど、それを受け入れるかどうかと、好ましく思うかはまた別だ。
だから私は、自分の事は相変わらず嫌いなままだ。
空を眺めながら、スピカ様が最後に見せた、申し訳なさそうな表情を思い浮かべる。
そして私は改めて、自分が全く勇者に向いていない性格であった事を、呪っていたのだった。
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真冬の森の中。私は魔王の闇穴に向けて、またしばらくの時間歩き続ける。
道の途中でオネストの辺りも通ったが、当然そこは無視して進んだ。
そして、何時ものように野宿をしていた時。
私は何となく、パチパチと燃える焚き火を眺めながら、スピカ様と話をした。
「スピカ様ー」
(……どうしましたか?)
「スピカ様は、魔王が死んだら嬉しいですか?」
(ええ、嬉しいですよ)
「何でですか?」
(私はこの世界を愛してます。だから、この世界を苦しめる魔王が許せないのです)
そんな返事が帰ってくる。
スピカ様は心優しい人だ。だからこの言葉も、たぶん心の底から言っているのだと思う
けれど、ここまで完璧な答えをされると、なんか流石に胡散臭く感じてしまう。
何時もの私なら、もうちょっとスピカ様に遠慮して接するだろう。
けれどその日は、なんとなく寂しかったから、スピカ様へと何時もより適当に接したい気分だった。
「そんな体裁じゃなくて、本音で答えてくださいよ」
(いえ、別にこれが本音なのですけれど……)
「嘘だー。他にもっと何かあるでしょー」
もっとこう、魔王が死んだ暁には自分が世界を征服してやるのだー的なやつとか。
そこまで行かなくても、なんか、もっと個人的な気持ちがある筈だ。
(そうですね……。私の魔王がいなくなって欲しいという願いには、正直、個人的な気持ちも入っています)
「ほら、やっぱりあるんじゃないですかー」
私は少し安心する。
スピカ様は、自分の思いについて話してくれる。
(私は、ヒテイとテテルと、また直接会いたと願っています。
その願いが叶う為には、世界を覆っている闇脈がなくなって、聖域が無くてもいい世界になる必要があります。
ですから、いつか世界に平和になって欲しいのです……)
「スピカ様、そんなに2人に会いたいんですか?」
(ええ……)
「じゃあ、今会いに行けばいいじゃないですか」
スピカ様の意思がそうなら、その通りにすればいいじゃんか。
(私が会いに行ったら、ストラハの聖域に魔物が入り放題になってしまいますよ)
けれどスピカ様は、私の言葉を否定する。
スピカ様にとってはたぶん、それも、譲れない事なのだろう。
「……っていうかそもそも、なんで3人でバラバラの聖域を統治しようとしたんですか?」
(それも説明した事があるでしょう。聖域は遠くに作った方が光脈を多く集めれて、少しでも住める人間の数が増えるのですよ)
「そうですか……」
スピカ様は、そんなに大切な友達がいたのに、それでも他人の方を優先したのか……。
話を聞いていたら、なんか、段々ムカついてきた。
なんでこの人、こんなにいい人なんだよ。
「スピカ様ー」
(なんですか?)
「なんでスピカ様、悪い神様じゃないんですか」
(……? どういう事でしょうか?)
私は前世の世界で、神話とか創作物とか、色んな場所で神様というものが書かれているのを見てきた。
そしてそんな神様達は、大抵が身勝手な人達として描かれてた。
神話の神様は一々人に気を使ったりしないものだったし、創作物の神様もどこか人格に難点があるのがお約束みたいな感じだった。
それはたぶん、神様というものは、人にそういう役割を求められるものだったからなんじゃないかなと思う。
だって、世の中なんて理不尽なものなのに、神様がこんなにいい人だったら、誰を恨んでいいのか分からなくなってしまう……。
「何で悪い神様じゃないんですか……、スピカ様のばーか」
(な、バカとはなんですか……)
そんな単純な悪口を言ったら、スピカ様は意外と反応してくれた。
この人、たまーにだけど子供っぽい所があるから、こういうの以外と効くのかもしれない。
「ばーかばーか」
(ばかではありません……)
あ、ちょっと怒った。
「ばーかばーか……」
私はスピカ様と、そんな話をしていた。
魔王の闇穴に着いたら、私は無抵抗で魔王に殺されてくるつもりだった。
けれどよく考えたら、別に魔王を倒してしまってから、相打ちで死んだみたいに偽装してもいいのかもしれない。
私が魔王に勝てるかは知らないけれど、出来る所までやってみようかな。
ぱちぱちと燃える焚き火を眺めながら、なんとなく、そんな事を思う。
私はその時初めて、自分が魔王と戦うという事を、決意していたのだった。
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魔王の大穴に向かっている途中、私は、ノストの聖域にも寄らなかった。
ノストの聖域の近くを通るより、一直線に魔王の闇穴まで向かった方が距離が近いから。というのがスピカ様に話した理由。
そして本当の理由は、真冬のノストの光景は、3度目の人生の楽しみにしておきたいからだった。
長い距離を歩き終えて、私はまた、魔王の闇穴の前に到着した。
(リューリュ。必ず、生きて帰ってくださいね……)
スピカ様は私へと、そんな言葉をかけてくれる。
私はここから帰ってくる気はないので、申し訳ない気持ちになる。
「……大丈夫ですよ。私だって、死にたくはないですから」
けれど、私が転生しようとしてる事は絶対に悟られてはいけないのでそんな嘘を付いておく。
スピカ様は世界を守りたい神様で、そして私は世界の為に戦いたくない勇者。
だから私とスピカ様では、こんな寂しい関係になってしまうのは、しょうがない事だった。
「それじゃ、行ってきます」
(ええ、気をつけて)
スピカ様、今までありがとうございました。
心の中で、そんな風に別れを告げる。
そして私は、魔王の闇穴の中へと入っていくのだった。
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真っ暗な洞窟の中、私は魔法で光を灯す。
そしてその光を頼りにして、道を淡々と進んで行く。
前にここを通っていた時は、恐怖で押しつぶされてしまいそうだった。
けれど今は、危なくなったら諦めて幽体離脱すればいいだけなので、全く怖い気持ちがない。
出来ればスピカ様の為に勝ってあげたいが、別に負けるのならばそれでもいい。
そう考えると、魔王と戦いに行くというこのシュチュエーションが、まるでゲームみたいで楽しい気すらしてきた。
一回の野宿を挟んで、丸1日くらいの時間歩いた。
すると、魔纏の力の気配探知に、物凄く強い気配がひっかかった。これが魔王の気配なのだろう。
背負っていた盾を構え直してから、私はその気配の元へと向けて、もう少しだけ洞窟の中を歩いていった。
そして私は、魔王と会った。
魔王の容姿は、空に真っ黒な目玉が浮かんでるみたいな感じだった。
ただ黒いもやもやとした目みたいなものがそこにあるだけなのに、なんとなく、まるで泣いているような印象を受ける。
魔王は私を見るや否や、魔法で砲丸のようなものを精製して飛ばしてきた。
私はそれに対抗する為に、自分の魂の中にある、精霊様から貰った力を開放する。
すると沢山の魔力が、私の内側から絶えず溢れ出てきた。
そして魔王が飛ばしてきた砲丸は、私の盾に簡単に弾かれた。
「よし……」
私は、スピカ様とずっと練習してきた事を実行する。
相手に向かって盾を構えて、その盾の後ろにしゃがんで、盾に魔纏の力を纏わせて、相手の攻撃をすべて遮断する。そしてその状態で、自分の魔力が尽きるまでひたすら魔法を打ち続ける。
一切の駆け引きを排除した、鈍臭い私の為にスピカ様が考えてくれた戦い方だ。
魔王は、私の背後を取ろうとしたりして動き回くる。
しかし私は、常に魔王が正面に来るように振り向き続ける。
私がやらないといけない動きはただ向きを変える事だけなので、集中していれば失敗するような事はない。
魔王は最初の内こそ動き回っていたが、少し経ったら意味がないと悟ったようで、その場でじっとするようになった。
そしてその代わり、私の盾を壊すために、ひたすら火とか岩とか色んなものを飛ばしてくるようになった。
私はそれを全て盾で防ぎながら、相手に向かって同じように、ひたすら火とか岩とかをぶつけ続けた。
そんな戦いが、何十分も続いた。
長い戦いのせいで、私は大分くたくたになっていた。スピカ様達に借りた力がなかったら、もうとっくに魔力は尽きているだろう。
けれどまだもう少し余力が起こっているので、頑張って戦い続けておく。
それは、私のスピカ様への、せめてもの罪滅ぼしみたいなものだからだ。
そして、もう少し魔法のぶつけ合いをした後。
魔王は、魔力が尽きてきたらしく、明らかに攻撃の手が緩まってきた。
私はその状態で、魔王に引き続き魔法をぶつけまくった。
すると魔王は、完全に元気がなくなった後、空気中に溶けるように消滅していった。
「おお……勝っちゃった……」
魔王の気配が完全になくなったのを確認して、私はその場に座り込む。
これで少しでも、スピカ様が友達に会える日が近くなっただろうか……。
だったらいいなと、そんな事を思う。
魔王を倒しても、洞窟の中に漂う威圧感みたいなのは直ぐには晴れない。
スピカ様は、半日くらいなら天界から離れても大丈夫だと言っていた。
それと同じようなもので、この魔王の闇穴も、魔王が死んだから直ぐに闇脈がなくなるという訳ではないのだろう。
だから少しの間くらいなら、まだスピカ様の監視が届く事はない筈だ。
私は、体とか気持ちが回復するまで、その場所で少しんだ。
そして、最後の覚悟も決め終えた。
「さて、やるか……」
私は、まずは幽体離脱をして、体から離れる。
そして魂のまま、魔纏の力で自分の体がそこにある事を確認する。
魔王と激しい戦いを繰り広げた私は、魔王の一撃で殺された。しかし殺される瞬間、勇者である私は最後に最大の威力の魔法を放ち、魔王も同時に討滅された。
設定としてはそんな所だろう。
私は、盾がはじかれていたらこんな感じの場所に飛んだだろうなという辺りに、盾を魔法で移動させておく。
そしてその後、氷の刃を生み出す。
そしてそれを、魂の抜けている私の体へと、ひと思いに突き刺す。
魔纏の力を纏っていなかった私の体には、その巨大な刃が、深々と突き刺さった。
私の体だったものから、血がどくどく流れていくのが分かる。
これで、例え誰がこの体を見ても、私は魔王に殺されたのだと思うだろう。
しかし、こういうものに耐性のない私には結構ショッキングな光景だ。あんまり見ないようにしとこう……。
そして私は、二度目の人生に別れを告げて、その場所からふわふわと離れるのだった。
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魂のままだったら、物理的な干渉を受けない。
だから私は、洞窟の壁を無視して、直接地上へと上がる。
目は見えないけれど、気配探知の力で、日の光が差し込む場所に出た事が分かる。
そして気配探知の力で、人の集落がある方向もなんとなく分かる。
だから私は、その方角へと向かって、ふわふわと進み続ける。
スピカ様は今頃、魔王の闇穴から闇脈が無くなっていっている事を確認して、喜んでくれているだろうか。
そして、魔王を倒した私にどんな言葉をかけようか考えながら、もう帰らない私の帰りを待ってくれているのだろうか……。
そう考えると、やっぱり寂しい気持ちになる。
しかしもう、後戻りは出来ないし、したいとも思えない。だから私はただ進むしかない。
ノストへと向かってふわふわと進み続けながら、私はぼんやりと、姫の事も考える。
私が死んだ事は、姫にもその内伝わるだろう。そうしたら姫は、凄く悲しむのかもしれない。
けれど姫には、これからは学校を卒業して、看護師になって、自分の思う通りに生きていくという、そんな明るい未来が待っている。
だから私の存在とかも、姫の中ではきっと、いい思い出みたいな感じになってくれると思う。
姫はこれからどうなるのか。そんな事を私が知れる機会は、きっともう、一生訪れないだろう。
けれど、私は姫の事が大好きだったから、どうか姫には幸せになって欲しい。
そして私も、姫みたいに、自分の為に生きたいと思う。
姫が看護師になるのが夢なみたいに、私も、のんびりと生きる事が夢だから……。
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魂だけになって、数日が過ぎた。
魂の状態だと、普通に歩くよりも移動速度が早いので、もうかなりの距離を進んだ。
けれど、ノストへはまだもう少し距離がある。
自分を襲う眠気みたいなものは、時間が経つ程に、どんどん強くなっている。
やっぱり、魂だけの状態で体からずっと離れていたら、段々不調をきたしてくるものならしい。
時間が経つ程、この睡魔に身を委ねたくなってくる。
けれどここで寝てしまえば、たぶんもう二度と起きる事は出来ない。
だから私は、必死で眠気に抗いならが、ノストへと向けて進み続ける。
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ノストへの道は長く、進んでいる間はしている事などもない。
だから私は、進みながらも、色んな思考がぼんやりと浮かんでくる。
そんなとりとめのない思考の渦の中。
私は、前世の世界で、勇者と魔王の出てくるテレビゲームをやっていた時の事を思い出していた。
私はそのゲームをやっていた時。勇者のドット絵を眺めながら、世界を救うために戦わないといけないだなんて可哀想と、そんな事を思っていた。
けれどよく考えたら、あの勇者は、今の私みたいな必死な気持ちで頑張っていたんじゃないだろうか。
もしかしたらあの勇者にとっては、魔王を倒す事が自分のやりたい事で、そして誰にも譲れない思いであったのではないだろうか。
人はみんな、生きている以上、やりたい事の為に頑張らないといけない。
だからきっと、人は誰でも、何かの為に戦わなければならない。
それを可哀想だと思うのなら、別に可哀想なのは、私も同じだったのかもしれない……。
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何もかもを投げ出したくなるくらい、強い眠気が襲ってくる。
けれど私は、懸命にそれに抗う。
私は、魔王を倒すためには頑張れない。
けれど私は、のんびり生きる為なら、必死になって頑張れるし、そして頑張れないといけない。
だから今この時だけは、どんなに辛くても、私は必死で頑張り続けた。
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眠気で頭が変になりそうな中。私はそれでも、なんとか頑張り続けた。
そして私は、とうとうノストへとたどり着いた。
そのまま最後の気力を振り絞って、妊娠している人を探す。
そして一人、妊娠している人を見つけた。
本来なら、何人か妊娠してる人を見てその中で一番良さそうな家庭でも選びたい所だが、もうそんな事を言っていられる気力は残っていない。
だから私は、その人の体の中に感じるほんの僅かな気配の中へと、もうそのまま入る事にする。
これでたぶん、私の魂はその胎児の体と融合する。
なので私は、前世の記憶があることを認識するのに何年もかかるだろうし、その間に性格なども少し変わってしまうだろう。
私は最後に心の中で、そんな3度目の私へと向かって、2度目の私として語りかけておく。
3度目の私、たぶんあなたにも、今の私と同じように魔力の才能が宿る。
でも絶対、その力を見せびらかすような事だけはするんじゃないぞ。
だって私は、自堕落で臆病でおまけに薄情で、ただのんびりと生きていたいだけの奴なんだからな……。
後の事は全部託して、その胎児の中へと入る。
そして私は、やっと、意識を手放すのだった……。




