23話 社会の歯車
私は、勇者をやめる方法を思いついた。
それは、幽体離脱してから妊娠している人のお腹の中に入って、それでもう一度生まれ変わるという、たぶんこの世界で私にしか出来ないファンタジーな荒技だ。
しかし、おそらくもう一度生まれ変わっても、私が今持っている魔力の才能は据え置きになると思う。
私に魔力の才能があるのは、おそらく私の魂が前世の世界のものである事が原因で、そして生まれ変わっても私の魂は変わらないからだ。
なのでもう一度生まれ変わっても、スピカ様にバレてしまえば、また勇者にされてしまうだろう。
だから私の転生は、スピカ様にバレないように行う必要がある。
幽体離脱をした後の体は、寝たきりみたいな状態になる。
なので普通に幽体離脱しただけでは、不自然な状態の体がずっと残ってしまうので、それが証拠になってスピカ様に幽体離脱した事がバレてしまうだろう。
しかし、幽体離脱した直後に体の生命活動を停止させてしまえば、体が不自然なままで残らないので、幽体離脱した証拠も残らない。
だから私は、幽体離脱した直後に、体だけ自殺させるような事をしなければならないだろう。
私は少しの間、幽体離脱した後どうやって自殺しようかなと考えた。
そしてその思考の途中、ある別の問題に思い当たった。
そもそもよく考えたら、私は自殺しても、スピカ様に逆らった事になって罰せられるのではないだろうか?
それが合っているかどうか、私は直接、スピカ様に聞いてみる事にした。
「スピカ様ー」
(……何ですか?)
こんな時でも、スピカ様は変わらず私を監視しているので、話しかけたら答えてくれる。
「ただの仮定の話なんですけど、もし私が自殺したら、姫はどうなりますか?」
(……その場合も、私への反逆罪で、イルマは処刑させて貰います)
「マジですか……」
(ええ、マジです)
やっぱりか……。
罰っていうのは見せしめの意味もあるから、私への罰が執行される事に、私が死んでるかどうかとかは関係ないのだろう。
なら、普通に自殺するのは無理だ。
自殺したとバレないように、自殺する必要がある。
つまりは、事故を装って死なないといけないのだろう。
スピカ様に不自然だと思われないような事故死。どんなものがあるだろうか……?
スピカ様は1日中私を監視してる訳だから、ちょっとやそっとの事をやってもバレてしまうだろう。
なら、一体どうやって死ねばいいのか……。
私はまた、そんな事を考える。
そしてしばらく悩んだ後、ある一つの事に思い至った。
私はスピカ様に1日中監視されているから、事故を装って自殺するは難しい。
だったら、スピカ様に監視されない場所に行けばいいのだ。
私が行ってもおかしくない場所で、スピカ様の監視が外れて、そして尚且つ、そこで事故死してもおかしくないと思われるような場所。
私は今ちょうど、そんな物凄く都合のいい場所に、一つだけ心当たりがある。
それは、魔王の闇穴の中だ。
私はこれから、魔王の闇穴にいって、そしてわざと魔王に殺されればいいのだ。
そしたら、スピカ様は私がわざと死んだかどうか分からない。
それに、もし別の人が魔王の闇穴の中にやってきても、魔王に殺されたという死因の死体であれば、まさか私が自分から死んだなんて誰も思わないだろう。
どんどん希望が見えてくる。
私は引き続き、表面的にはベットに寝転がってぼーっとしている風に見えるようにしながら、頭の中では計画を練り続ける。
それから少しして、計画の予定も大分纏める事が出来た。
まず私は、これから演技をして、しょうがなくスピカ様に従うふりをすればいい。
そうしたら私は勇者に戻るので、また直ぐに魔王の闇穴に行く事になる。
そして魔王の闇穴に着いたら、その中を歩いて行って、そして魔王に会う。
そして魔王に会ったら、直ぐに幽体離脱をする。
そうしたら魔王は勝手に、残った私の体を死体にしておいてくれる。
そして後は、そのままどこかの聖域へと移動して、妊娠している人を見つけて胎児の中に入ればいい。
それで私は、晴れて3度目の自由な人生を過ごせる訳だ。
それをする為には、魂だけの状態のまま妊娠している人を見分ける練習と、魂の状態のまま長距離を移動する練習が必要だろう。
私はもう一度幽体離脱して、ただ目を閉じて眠っている風に装いながら、魂だけで部屋の外に出ていく。
そして、しばらくそんな練習をし続けたのだった。
とりあえず、妊娠してる人を見分けるのは楽勝だった。
しかしよく考えたら、魂のまま長距離を移動する練習は出来ない事に気がついた。
私は眠った事を装っているから、スピカ様にバレないように体を放置していられる。
しかし、人は1日に何時間も眠るものではない。
だから、あんまり遠い所まで行ったりしたら、スピカ様に不信に思われてしまうのだ。
それに、更によく考えれば、今の状況で体を開けている事自体が既に危険だ。
私は今体の中にいないので、体に対して何かをされても、何も反応を返す事が出来ない。
だから、もしスピカ様が急に話しかけてきたりしたら、その時点で私が不審な事をしているのが一発でバレてしまう。
なので、魂のままずっと彷徨う練習は断念するしかなかった。
もし出来る事なら、本当に胎児に乗り移れるのかどうかも、確認しておきたかった。
しかし、それは恐らくやらない方がいい事なのでやめておいた。
私は今世に生まれ変わった時、6歳くらいになるまで、前世の記憶がはっきりしていなかった。
その理由はたぶん、別の体に魂が定着するのには時間が掛かったからではないかと思う。
一度胎児に乗り移ってしまえば、自分が自分である事を認識するのに、何年もの時間がかかってしまうのだろう。
だからそれはもう、ぶっつけ本番で成功する事を祈るしかない。
あと、体からしばらく離れていて、もう一つ分かった事があった。
それは、魂のままずっといると、なんだか眠いような感覚に襲われ始めるという事だ。
これは完全な想像たが、たぶん魂のままでずっといると、何か負担のようなものがかかっていくのだと思う。
その負担の結果、眠気のような感覚に襲われるようになるのだ。
そしておそらく、魂の状態だと疲れる一方だから、そのまま眠ってしまっても眠気が回復する事はない。
だからたぶん、魂の状態のまま眠ってしまうと、私はもう二度と起きる事が出来なくなる。
魔王の闇穴から他の聖域までは、一番近いノストですら結構な距離がある。
そこに移動するまでの間、私があの眠気に耐えられるかどうかは、実際にやってみないと分からないと思う。
しかし、それももう、ぶっつけ本番で成功する事を祈るしかないのだろう。
練習もし終えて、そんな考えも整理し終わった頃。
辺りはもう、すっかり日が落ちてしまっていた。
魂のまま長時間彷徨う事は、おそらく出来ない。
だから次に生まれ変わる先は、魔王の闇穴から一番近い聖域の、ノストという事になるのだろう。
ノストかぁ……。
個人的には、出来ればポポラハ辺りがよかったなぁと思う。
けれど、それはしょうがない事なのだろう。
私は一度、雪の積もっている街というのものを見てみたいと思っていた。
ノストに着いた時は、夏だったのでその願いは叶わなかった。
しかしノストに生まれ変われたら、その願いも好きなだけ叶える事が出来る。
だからそれだけで、十分だと思っておこう……。
次の人生は、今度こそのんびり生きたいなぁ。
そんな事を思いながら、私はその日も、眠りに付いたのだった。
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翌日。朝日が差し込んで、目を覚ます。
いきなり心変わりするのは変だろうから、とりあえず今日一日はのんびり休んで、そして魔王の闇穴に行くための演技は明日する事にしよう。
そんな事を思って、目を覚ました後もしばらく、特に何もせずベットでごろごろと過ごす。
そうしていると、お昼になった。
私は特にやる事もないので、外で散歩でもする事にした。
庭園の中を、特にあてもなくぶらぶらと歩く。
すると、少し遠くに噴水が見える位置にひっそりと置いてある、ベンチの前に着いた。
私はその場所を見て、懐かしい気持ちになる。ここは、姫に初めて話しかけた思い出の場所だ。
そしてそのベンチには、初めて会った頃より一回り大きくなった姫が、一人で座りながらぼーっとしていた。
「姫ー」
私は、姫へと話しかける。
「あ、リューリュさん」
姫は私の存在に気づく。
そして、私へと笑顔を見せる。
「リューリュさん。私、お父様と仲直り出来ました」
その一言の中に、一体どのくらい色んな事があったのかは分からない。
私は実は、姫の家族の事とかはよく知らないからだ。
「そっか、よかったね」
だから、それはよかったなと、ただそんな事だけを思う。
「はいっ」
どんな事を考えているのかは分からないが、姫は、とても嬉しそうにしていた。
私は家族とあんまり上手くいかなかったので、羨ましいなと思う。
そしてその感情は、何か物凄く寂しいものな気がするので、深く考えるのはやめておいた。
「姫はこれから、どうするの?」
隣に座って、そんな事を聞いてみる。
「私、まずは学校に行こうと思います」
「姫、学校行くの?」
「はい。卒業まであと少ししかありませんが、それまでは通っておこうと思うんです」
そういえば、姫はまだ14歳か……。
この世界の学校は、14歳が終わる年に卒業する事になる。
だからよく考えたら、姫はまだ学校を卒業していないのか。
「それで学校を卒業したら、私、看護師になろうと思うんです」
「そっか」
看護師か……。
姫、ラグラハで働いてた時、楽しそうだったもんね。
「……リューリュさんは、これからどうするんですか?」
姫は私へと、そんな事を聞いてくる。
「私はただ、のんびり生きたいなぁ……」
私は何も考えず、ただそんな事を呟く。
「リューリュさん」
「何ー?」
「私、リューリュさんが昨日言っていた事について、考えました」
昨日言ってた事……。私がスピカ様にした、社会の歯車の話の事だろう。
姫は私へと向き直って、そして真剣な様子で、話をする。
「この世界は一つの歯車。だからこの世界に生きている人たちはみんな、お互いを縛りあって、支えあって、そうして生きている……。
リューリュさんは、それは自分の意思じゃないから嫌だと言っていました。けれど私は、少し違う事を思うんです」
「そんな社会の歯車は、楽しいとか辛いとかそういうものではなく、受け入れるしかないものなんじゃないでしょうか?
だって、この世界にいる人がお互いに関わり合って生きているのは、そうしないと生きていかないからです。
人は生まれてきた以上、社会の歯車じゃないと、生きていけないものなんです。
だから、そんなしがらみは、そもそも拒否したりするものじゃないんじゃないかって、そんな事を思うんです」
そうかなぁ……?
私は、そこまでだとは思わないんだけど……。
「リューリュさんは勇者をやっているのが、本当に、凄く辛いんですよね……。その気持ちは、私にも分かると思います。
けれど、それはリューリュさんがこの世界から与えられた使命だから、受け入れるしかないものなんだと思うんです」
その先の言葉は、聞きたくなかった。
けれど、姫が今話している言葉は、姫の意思から出ているものだ。
だから、耳を塞いだりなんかしても、今更もうどうしようもない。
姫はそのまま私へと、自分の意思を、告げる。
「だからリューリュさん、頑張って勇者をして、魔王を倒してきて下さい。
どんなに悲しくても、どんなに苦しくても、それがきっと、あなたのすべき事なんです」
姫はたぶん、立派になったのだと思う。
私みたいな人間では、もう、側にいれなくなる程に。
「姫ー」
「な、なんですか……」
姫は、緊張して私の言葉を待つ。
「お腹空いたし、何か食べに行こー」
私は何も考えず、適当にそんな事を言う。
そして立ち上がって、その話を無理やり終わらせた。
「そう……ですか……」
全てを聞かなかった事にして、私は姫と一緒に、お昼ご飯でも食べに行く事にした。
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私は、姫と一緒に昼食を食べたり、お店で買い物をしたりして遊んだ。
そして劇場の前を通りかかると、ちょうど、これから公演が始まる所らしかった。
「姫ー、これ見ていこ」
「はい、リューリュさん」
座れる場所は既に満席だったので、私達は立ち見席で劇を見る事になった。
少し待っていたら、幕が上がって、劇が始まった。
ある日ある所に、とても偉い王様がいました。
偉い王様は、とても立派な人で、誰からも慕われていました。
しかし王様以外の人間はそんなに立派な人間ではないので、色んな騒動を起こしてしまいます。
そしてそんな完璧ではない人たちを、王様はそれでも優しく見守っています。
劇の内容は、そんな感じだった。
どうやらこの劇は、私が姫と初めて話した日に見た劇と、全く同じ内容ならしかった。
ただ偉い人がいて、そしてみんながその人を慕っているだけの劇。
相変わらず、盛り上がり所も、共感する所も、よく分からない。
けれど姫は、そんな劇に見入っていた。
「姫、面白いの……?」
「はい……」
姫は劇から目を離さず、ただそんな言葉を返す。
「そうなんだ……」
私も姫を見習って、真面目にその劇を見てみる。
けれど相変わらず、どこで盛り上がればいいのかよく分からない。
これはたぶん、分かる人にだけ分かる話なのだろう。
私は分からないし、昔の姫も分かっていなかった。
けれど今の姫は、もう、この劇の面白さが分かる。
ただ、そういう事なのだ。
姫は、劇に夢中になっていた。
だから、私が隣で何をしていても、気づかなさそうだった。
姫……。
初めて話した日、あなたは私に、言ってくれたよね。
私は、私のままでいいんだって。
姫は立派になってしまったから、その時の気持ちなんて、もう忘れてしまったかもしれない。
けれど私はさ、その時の事を、今でも鮮明に覚えてるんだ。
だから、姫……。
今までありがとう。
だから、さよなら……。
劇を見続ける姫に見つからないように、ひっそりと、私はその劇場から出て行った。
「スピカ様ー」
私は、スピカ様へと話しかける。
(……どうしたんです、リューリュ)
「私、このまま魔王と戦いに行きます」
という体裁で、もう、全部捨ててしまいます。
(……どういう事ですか?)
「だから、私が今いる場所を姫に教えたりとか、絶対、しないで下さいね……」
私はそのまま、お城に戻った。
そして素早く旅の準備を済ませて、お城を出た。
そしてそのまま、姫に見つからない内に、ストラハから出て、森の中を進んだ。
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ここまで来れば、もう姫と会う事もないだろう。
そんな所まで歩いた後、私はやっと安心して、その場に立ち止まる。
すると、必死にせき止めていた気持ちが、一気に溢れ出てきてしまう。
私は、自分の為に生きたいと思った。
だから、こうしないといけなかった。
この世界は、一つの大きな歯車。人と人とが、お互いを縛りあって、助け合って、そうして生きている。
そして私は今、そんな社会の歯車を、全て放り捨て来た。
これでもう、気を使わないといけない相手も、傍にいて慰めてくれる人もいない。
「ぅ……ぅぅ……」
だから私は、その場で一人で、気が済むまで泣き続けたのだった。




