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20話 本当の勇気

 ゆらゆらと揺れている船の中。

 窓から差し込む朝日に照らされて、私はぼーっと目を覚ます。


「おはようございます。リューリュさん」


 体を起こしてぼーっとしてると、隣からそんな声が聞こえる。

 私の大切な友達の声だ。


「おはよ、姫……」


 私はぼーっとしたままで、姫に挨拶する。


「朝ご飯食べに行きましょう」

「うん」


 そんなやりとりをした後。

 寝巻きから服を着替えて、一緒に船の食堂へと向かう。

 そして食堂に着いたら、一緒に朝食を食べる。


「姫ー」

「なんですか?」

「これ食べ終わったら、また一緒にオセロしない?」

「はい、いいですよ」

「ありがと。じゃあ食べ終わったらねー」


 朝食を食べ終わった後、また一緒に客室に戻る。

 そして、部屋に置いてあった鞄の中から、石で作ったオセロの板とコマを取り出す。

 これは姫と遊ぶ為に、私が前世の記憶を使って自作した物だ。

 私に前世の記憶がある事は秘密なので、スピカ様には、自分で暇つぶし用に考えたと説明してある。


 そして私達は、特に目的もなく、ただぱちぱちと自作オセロで遊んでいく。

 そして少しして、1ゲームが終わったら、結果を見る為にお互いの石を集計する。


「うう、また負けてる……」


 姫の頭いいからなのか、単に私の頭が悪いからなのか、私が姫にこのゲームで勝てる事はあまりない。


「姫、もう一回やろー」

「はい、リューリュさん」


 けれど姫と遊んでいたら、負けていても楽しい。

 なので私達は、その日も何時間も、のんびりオセロをして遊び続けたのだった。



「うう……、また負けた……」


 これで、もう何連敗だろうか……。

 姫は私と遊べているだけで楽しいと言ってくれているが、ここまで実力差があると流石に申し訳ない。


「はぁ……、姫は凄いなぁ……」


 改めて、そんな事を思う。


「たまたま得意なだけですよ」

「いや、オセロの事だけじゃないよ。

 療養所で働いてた時とかもさ、姫の方がずっと凄かったじゃん。凄いよ、姫は……」


 初めて会った頃の姫は、精神的にとても疲れていて、私と同じようにただおどおど生きてるだけの子だった。

 けれど姫は、私と旅をしている中で、たった2年ですっかり成長してしまった。

 なんか人間としての器みたいなものが、私と姫では違う気がする。


「でも、リューリュさんの方が立派ですよ。だってリューリュさんは、勇者をやってるんですから」

「いや、絶対そんな事ないよ……」


 私は、桁違いの魔力の才能とやらがあるせいで、無理やり勇者をやらされている。

 けれど、本当に心の底から嫌々やっているだけだし、勇者になる為の試練とかも上手く受ける事は出来なかった。

 私はただ魔力を持っているだけで、精神面では、勇者への適正なんて全くないのだ。

 もし姫に私の魔力さえあれば、私なんかより遥かに立派な勇者になれていると思う。


「はぁ……」


 それにしても、勇者か……。


 私はこれまで、勇者として、魔王と戦う事を目標に色んな事をさせられてきた。

 そしてもう、魔王の所まで着いてしまう日は近い。

 

 ラグラハから次の目的地であるイストまでは、そんなに遠くないので、15日くらいで着いてしまうらしい。

 今日は船に乗って5日目なので、あと10日くらいで着いてしまう事になる。

 そしてイストに着いたら、ノストという聖域を間に挟みながら、魔王の闇穴まで直接歩いていく事になる。

 そして、もし魔王の闇穴まで着いてしまったら、とうとう、その奥にいるらしい魔王と戦わなければいけなくなる 


 魔王と戦う事を考えたら、とても憂鬱な気分になる。

 私はただのんびりと生きていたいだけで、世界の平和とか正直どうでもいい。

 だから、私が魔王と命をかけた決戦をさせれるなんて、ただ訳が分からないとしか思わない。

 けれど、だからと言って逃げる訳にはいかない。

 私はもう既に、精霊神であるスピカ様に、勇者になるように命じられてしまっているからだ……。

 


 ため息を吐いて、少しぼーっとした後。


「スピカ様ー」


 私はどこに向けてでもなく、そんな声を発する。


(なんですか、リューリュ?)


 すると、空の向こうから私を見守ってくれているスピカ様が、テレパシーで返事をしてくれる。


「魔王って、どんな人なんですか……?」


 私はそんなスピカ様に、何時ものように知らない事を聞いてみる。

 スピカ様は私へと、丁寧に語りかけてくれる。


(前にも説明した通り、魔王の大穴には私の気配探知の力が及ばず、また今まで魔王と会って生きて帰った者はいません。

 なので魔王が実際にどんな姿をしているのかは、私にも分かりません。

 しかし、魔王も魔族の中の一人ですので、おそらく他の魔族と同じような姿をしていると推測されます。

 リューリュは一度、闇穴に入って魔族と戦った事があるでしょう。あの時の魔族と同じような感じだと思いますよ)


 今から2年と少し前。勇気の試練の最後の仕上げとして、私は魔族の人と戦った事がる。

 その容姿は何ていうか、目に体が付いてるみたいな不気味な姿で、精神病の人が書いた人間の絵みたいな感じだった。

 あれに、更に存在感を増したみたいな感じなのだろうか? なんかもう想像するだけで怖そうだ……。


「私、ほんとに生きて帰れるのかな……」


 魔王と会って生きて帰った人はいない。そんな言葉が、改めて重くのしかかる。

 スピカ様はそんな私へと、励ますように、優しく声をかけてくれる。


(……リューリュ。あなたは穏やかで、争いごとが嫌いで、のんびりしている事が好きな性格です。それは正直、戦う事には向いていない性格なのでしょう)


 スピカ様は出来る限りやんわり言ってくれているけれど、要するに私は、自堕落で臆病でおまけに薄情な奴って事だ。

 それは、私が一番よく分かっている。


(けれどあなたは、私がこれまで生きてきた中で出会ったどんな人よりも、膨大な魔力量を持っているのです。

 なのであなたには、他の人が誰も魔王に勝てなかった事なんて、何の参考にもなりません。

 だから、あなたなら大丈夫ですよ)


 スピカ様はそう言ってくれるけれど、それは本心かどうかは分からない。

 それは、スピカ様には立場というものがあるからだ。

 スピカ様は決して悪い人ではないが、私に世界を救って貰おうとしている張本人が、私を不安にさせるような事は言えないだろう。

 だから、私の不安は全然晴れない。


「はぁ……」


 もう一度ため息を吐いく。


(それに、リューリュは今まで頑張ってきたではないですか。

 ありきたりな物言いかもしれませんが、その努力は、きっと報われてくれますよ)


 スピカ様は私へと、そんな言葉をかけてくれる。

 本心で言ってるのかどうかは知らないけれど、気を使ってくれてるのは分かるから、少しだけ嬉しい。


 私は、部屋の隅に移動して、そこに置いてあった大きな盾を拾う。

 その盾は、しゃがむだけで自分の体がすっぽり入るくらいの大きさがある。

 どんくさい私がまともな戦闘をする為に、4年くらいずっと訓練した装備だ。


 その盾を手にとって眺めながら、ぼーっと、スピカ様との修行を思い出す。

 そんな事をしていたら、スピカ様がまた声をかけてきた。


(リューリュが魔王を倒したら、その盾も歴史的なものになりますね)

「そうなんですか?」

(だってそうでしょう。600年以上誰も倒せなかった魔王を倒した、伝説の装備品という事になるのですから)

「そっか……」


 そういえば、そういう事になるのか……。


(そうすれば、その盾にも何か名前が欲しい所ですね……)


 盾の名前か……。


「姫、この盾の名前とか考えてみる?」


 私は、隣にいる姫に話を降ってみる。


「リューリュさんが考えないんですか?」

「私は、かっこいい名前なんて思いつかないよ」


 私、そういうセンスとか全然ないからな……。


(別にかっこいい名前でなくてもいいと思いますよ。あまり変な名前でなければ)

「うーん……」


 少し悩んでから、一つの名前を思い付く。


「精霊神の盾、とかそんなのでどうですか?」


 この盾はスピカ様が用意してくれたんだから、そんな感じの名前が妥当な気がする。


(どうせ人の名前を付けるなら、この盾を実際に使う人の名前を付けた方がいいと思いますよ。勇者リューリュの盾、なんて名前はどうでしょうか?)

「えー、そんなの恥ずかしいですよ……」


 自分の名前が後世に残るとか絶対嫌だ。


「リューリュさんはそういうの、苦手そうですよね」

(ええ、そうですね)


 姫とスピカ様は、そんな事を言って少しだけ笑う。


「もう、笑い事じゃないってばさー」


 私はそんな2人に、少しだけ不満を表す。

 けれど、その場の和やかな空気に釣られて、自分も少し笑ってしまっていた。


 その後、3人で特に何の意味もない話をグダグタとした後、その盾の名前は精霊神の盾という事に決まっていた。



「はぁ……」


 夜になって姫が寝た後。私はベットの中でため息をつく。

 そして眠れなくて、色んな事をもやもやと考えてしまう。


 ほんとになんで、こんな事になってるのかな……。

 世界を救うために戦うなんて、意味分かんないし、怖いよ……。

 一度そんな事を考え出してしまうと止まらず、結局その日は、夜遅くになるまで眠れなかった。



----



 それから10日程が経って、船はイストという聖域に付いた。

 イストの街の作りは、ルルストと殆ど同じような感じで、変わった事と言えば少し寒いくらいだった。

 イストで1日だけ休んだ後。私達は次の聖域へと向けて、また森の中を歩いて行くのだった。



----



 そうして歩き続けて、2ヶ月程が経った。

 ノストは周囲から少し孤立した所にある聖域らしいので、これだけ歩いてもまだしばらくは着かないらしい。

 このメルザスの世界は、聖域の外にはずっと森だけが広がっている。

 なので私達は、まるで私の気分を表しているような薄暗い道を、ただひたすら歩き続けていく。



 朝起きて、私達は何時も通りに、森の中を歩いていく。

 そして昼になった頃。姫の足取りが、少しふらふらし始めた。


「姫、大丈夫……?」


 私は気を遣って、一旦立ち止まる。


「大丈夫です……」


 姫は私へと、ただそうとだけ言う。

 けれどよく見てみたら、やっぱり少し体調が悪そうだ。

 私は試しに、姫のおでこに手を当ててみる。すると手に熱い感触が残った。

 どうやら姫は、風邪を引いてしまっていたらしい。


「姫、今日はもう休も」


 私は姫へと、そう提案する。


「いえ、大丈夫です。このくらい……」


 けれど姫は、何故かそのまま無理をして、先に進もうとする。


「熱出てるのに、無理しない方がいいよ」

「でも、リューリュさんの精霊の加護は、年が経つ程弱くなってしまいます。

 ただでさえ私のせいで歩くのが遅くなってるのに、こんな事で立ち止まってたら、よくないです……」


 そんな事考えて無理してくれてるのか……。

 私は確かに、姫のペースに合わせて歩いているから、移動速度がだいぶ遅くなってしまっている。

 もしかしたら姫は、その事を少し負い目に感じているのかもしれない。

 けれど別に、そんな気持ちは別に感じて貰わなくてもいい。

 だって私は、そんな事なんてどうでもいいくらい、姫に支えて貰っているのだから。


「スピカ様ー」

(……何でしょうか)

「私、姫の体がよくなるまでここで休みます。少しくらい遅くなっても別にいいですよね?」

(ええ、構いませんよ。確かに魔王と戦うのは早い方がいいですが、少し休むくらいなら殆ど変わりませし)

「だってさ、姫」

「リューリュさん……」


 そうして姫を説き伏せて、私達はその場所で休む事にした。


 姫は疲れていたらしく、一度横になると直ぐ眠ってしまった。

 私は、姫がすーすーと眠っているのを見ながら、魔物避けの為に焚き火を起こす、

 そして、特にする事もないので、ただそれをぼーっと眺める。



 そして、ぱちぱちと燃える焚き火をずっと眺めていた時。

 私は何となく、姫が急ごうとした理由だった、精霊の加護の期限の事とかを考える。


 確かそれは、人の魂の余白は年を取る事に無くなっていくもので、そして精霊の加護とはその余白に無理やり魔力を詰め込む事なので、年を取る程精霊の加護の効力は薄くなる。みたいな話だった。

 私はそれがあるから、出来るだけ急いで魔王を倒さないといけないし、修行や試練も何年も受けていられなかった。

 ならもしそれがなかったら、私は大人になるまで十分に修行とかをさせられて、その後で魔王と戦う事になってたんだろうか……?

 そんな事を、とりとめもなくぼーっと考える。


「あれ……?」


 そんな思考の中で、私はふと、ある事に思い至った。


「スピカ様ー」

(……何でしょうか?)

「精霊の加護って、魂が若い程、多くの魔力を入れて貰えるんですよね」

(そうですけれど)

「その魂の若さとかって、精霊様には分かるものなんですか?」

(いいえ。精霊は人の魂に触れる事は出来ますが、どのような形をしているのかまでは認識する事は出来ません。

 精霊が加護を授ける時は、あくまで漠然とした感覚だけを頼りに行っているのです。

 なので、魂の若さや大きさなど、そういったものは精霊自身にもよく分からないのですよ)

「そうなんですか……」


 この世界の私は、現在15歳だ。

 しかし前世の世界から魂を引き継いでいると考えると、13年が足されて、私の魂の年齢は既に28歳という事になる。

 もしかしたら私の魂って、既に全然若い状態ではないんじゃないだろうか……?


「スピカ様、その年齢による加護の低下って、どのくらいの影響あるんですか?」

(全盛期の肉体年齢を過ぎた人は、1日毎に少しづつ運動能力が落ちていきますよね。それを更に大きくしたものをイメージして貰えばいいです。

 1日くらいならそこまで差は出ませんが、1年程あれば目に見える程の差が出くる、といった感じです)


 私に前世の記憶がある事は、絶対にめんどくさい事にしかならないので、スピカ様には秘密だ。

 だから私は、不信感を与えないようただの世間話の体を取りながら、スピカ様から情報を引き出す。


「じゃあ、もし私の年齢が30歳くらいだったら、私は勇者失格って事になったりするんですか?」

(いえ、そうはなりませんよ。

 魔王と戦う上で精霊の加護はとても重要な要素ですが、その力を引き出すのは当人なので、加護を受けた人自身の力も非常に重要になります。

 そしてあなたは、私が今まで見たこともないくらい、誰よりも大きな魔力を有しています。

 なので、例えばあなたがもっと年を取っていたとしても、あなた程勇者に適した人間は他にいませんよ)

「そうなんですか……」


 私は、焚き火がぱちぱちしているのをぼーっと眺める。

 そして、外面では平静を装いながら、内面では不安で一杯になる。


 さっきの説明だと、今更スピカ様に前世の記憶のことを話しても、勇者をやめされて貰えるとは思えない。

 けれど私は、もしかしたらスピカ様が思ってるよりずっと、魔王への勝率は低いのかもしれない……。

 今までもずっと怖かったのだけれど、その話を聞いてしまったせいで、今までよりも更に怖くなってしまった。

 私、本当に生きて帰れるんだろうか……。



 そして、やがて夜になった。

 夜の森は静かで、焚き火の周り以外は真っ暗だし、物音なども殆どしない。


 もう寝る時間だが、私は不安から、どうしても眠る事が出来ない。

 なので座りながら、何もせずぼーっと焚き火を眺め続ける。

 時間が経てば経つ程、心の中に不安な気持ちが広がってくる。


「スピカ様……」

(……何ですか、リューリュ)


 精霊様達は、眠る事がない。

 だから例え真夜中でも、話かけたら返事をしてくれる。

 そうやって、私のことを1日中見守ってくれていて、そして逃げ出したりしないように1日中見張っている。


「私、死にたくないです……」

(死ぬなんて、そんな事ありませんよ)


 スピカ様の声色は、ただ優しい。

 私を気遣ってくれている気持ちはたぶん本物なのだろう。

 でも、死ぬわけがないというそんな言葉は嘘だと思う。

 だって、スピカ様の立場からは、頑張れ以外の言葉をかける訳にはいかない。

 

 出来る事なら今すぐにでもやめたい。

 魔王と戦うなんて、あんまりにも嫌過ぎる。

 けれど私は、スピカ様に逆らうことは出来ない。スピカ様はこの世界のルールだし、それに悪い人ではないからだ。

 でも、私は死ぬのも嫌だ。

 だから、もうどうやっても嫌な事しかない。

 近づいてくる決戦の日が、ただ怖い……。

 怖い……、怖い……、怖い……、怖い……。


「リューリュさん……」

「姫……?」


 気がついたら、私の隣に姫がいた。

 おそらく、私とスピカ様が話している声で目を覚ましたのだろう。 


「泣かないで、下さい……」


 そう言われて気が付く。私は、泣いていたらしい。

 姫は私が落ち着くまで、私をただ抱きしめてくれた。


「……ありがと、姫」


 体の震えが少し収まった私は、涙を手で拭って、姫にお礼を言う。


「私はリューリュさんに、こんな事しかしてあげられませんから……」


 姫はこんなにも私を助けてくれているのに、そんな事を言う。


「姫ー」

「わわ……」


 私はそんな姫が愛しくて、姫をぎゅーっとする。


「姫がずっと風邪ひいたままでいてくれたら、私、先に進まなくていいのになぁ……」

「リューリュさん……」


 姫……。

 私、戦いなんてしたくないよ……。



---



 それから、またしばらく歩いた。

 そして私達は、とうとう、最後の聖域であるノストに着いてしまった。



 城壁の門を潜って、聖域の中に入る。

 そして、一面に広がる畑を眺めながら、スピカ様に案内されるまま宿の方角へと進んでいく。

 そうしてしばらく歩いて、聖域の中央街に着いた。

 私はノストの中央街を見て、始めて来た場所なのに、既視感を覚えた。


「スピカ様ー」

(……何でしょうか?)

「なんかオネストに似てませんか? この聖域」


 ここら辺は1年中寒い場所ならしいので、もう夏なのに、道行く人達は暖かそうな服を着ている。

 けれどそれ以外は、家の作りとか、街の雰囲気とか、色んなものがどことなくオネストに近かった。


(ここはオネストに近いですし、人口も同じくらいです。なので文化が似ているのですよ)

「そうなんですか……」


 そういえばここは、オネストの隣にある聖域なんだった。

 私は少しだけ懐かしい気持ちになりながら、引き続き宿まで歩いていった。



 そして、宿に着いた。

 私達は、持っていた荷物などを下ろしてリラックスする。


(ではリューリュ、今日から3日間は休日とします。決戦前に、しっかりと気持ちを休めておいて下さいね)

「はーい」


 私は事前に、ノストに着いたら3日間だけ休ませて貰う約束をしていた。

 なので、今日から3日だけは自由だ。


「姫、歩き疲れてない?」

「大丈夫ですけど」

「じゃあ、今から早速観光して回らない?」

「はい、リューリュさん」


 そうして、私は姫と一緒に遊んで回った。

 店で変な楽器を買って姫と盛り上がったり、この聖域にしか置いてない本などを読んだり、そんな事をして楽しんだのだった。



 姫とのんびり過ごしていると、時間が過ぎるのはあっという間で、直ぐに最後の日の夕方になってしまった。


 辺りが夕焼けで照らされる中。

 私はノストの城壁の上から、ただぼーっと遠くを眺めていた。

 ここにいれば、遠くの景色まで見渡せる。といっても、この聖域の外にあるのは相変わらず森だけだが……。


「姫ー」


 私はぼーっと景色を眺めたまま、隣にいてくれる姫に話しかける。


「何ですか……?」


 姫もぼーっと景色を眺めたままで、私へと返事を返す。


「私がもし死んだらさ、姫は、ストラハに帰れないよね」

「……そうですね」


 姫は両親と仲直りしたいから、ストラハに帰りたいと思っている。

 けれど、この世界で聖域から別の聖域に渡ることは、容易なことではない。

 海路だと船に乗ればいいだけだからまだマシだが、陸路だと魔物を退けながら進まなければならないからだ。


 姫には戦闘能力がないので、一人で魔物を退ける事は出来ない。

 だから姫は、一人では他の聖域へと渡る事は出来ない。

 そして、私だからこそそんな姫を守れているが、本来魔物とは簡単に倒せるような相手ではないので、私以外の人間が戦闘能力のない人を庇いながら旅をする事もまた不可能に近い。

 なので姫は、私の力を借りずにここからストラハに帰ろうとするなら、一人で魔物と渡り合えるだけの力を手に入れないといけない。

 そして姫は、私と同じで争いとはかけ離れたような性格をしているし、運動神経などもあんまり良くない。

 なので姫は、たぶんどれだけ頑張っても、物と渡り合えるだけの力なんて手に入れられないだろう。


 そして私は、姫をこの聖域に置いて魔王と戦いに行く。

 だからつまり、もし私が魔王に殺されてしまえば、姫はこのままこの縁も紫もない小さな聖域で一生を過ごさないといけない事になるのだ。


 たぶんその事は、姫もよく分かっている。

 けれど姫は、今まで一度も、私へとその話題をしてきた事はなかった。


「……その話しなかったのは、やっぱり、私を不安な気持ちにさせたくなかったからなの?」


 姫は、私の方に視線を移してから話す。


「私は、リューリュさんが必ず生きて帰ってきてくれるって信じてます。だから、そんな事心配する必要なんてないんです」

「そっか……」


 そうなのか……。


「大丈夫ですよ、リューリュさん」


 姫は、自分も不安な気持ちで一杯だろうに、そんな事は露ほども見せずに、ただ私を気遣ってくれる。


「姫、変わったよね……」


 初めて会った頃、、姫はたぶん、こんなに強い人間じゃなかった。

 この旅で姫が成長した事を、改めて感じる。


「リューリュさんのおかげですよ」


 姫はそう言うけど、たぶんそんな事はないと思う。

 だって私は、姫と同じような時間を過ごしてる筈なのに、何の成長もしていなのだから……。

 私はなんとなく、そんな立派な姫に目を合わせていられなくなって、視線を森の景色へと戻してしまう。


 そうして会話が終わって、私は景色を眺めながら、ぼーっと考える。

 私のこの駄目な性格は、前世の時からずっとこうだったものだし、たぶんこれからも変わる事なんてないような気がする。

 もしかしたら、姫が変わったというよりも、単に私が変わら無さ過ぎるんだろうか……?

 私はそんな思考をしながら、一人で勝手に落ち込んでいたのだった。



 そしてその日も終わり、翌朝になった。

 私はとうとう、出発する時間になってしまった。


「頑張ってきてください、リューリュさん」

「うん」


 私は、最後に姫に励ましの言葉を貰って、宿を出発する。


(では、行きましょうか)

「はい、スピカ様……」


 そしてスピカ様と2人で、また先へと進むのだった。



----



 それから、また半月くらい歩いた。

 ノストから更に北に進んだせいか、まだ夏な筈なのに、少し寒い。


(リューリュ、着きましたよ)


 スピカ様のそんな声が、頭の中に響く。

 私の目の前には、ゆるやかな傾斜で地下へと続いている洞窟があった。


(ここが、魔王の闇穴です)


 溢れ出る闇脈のせいなのか、その洞窟は禍々しい威圧感のようなものを放っている気がする。


(説明していた通り、私の力はこの中には届きません。なのでリューリュ、ここからは一人で行って貰う事になります)

「はい……」


 私は、姫の存在と同じくらい、スピカ様の優しい気遣いにもこれまで助けられてきた。

 だから、スピカ様がいてくれないとなると、不安で仕方ない気持ちになる。

 けれどここからはもう、私が一人で頑張らないといけないのだろう。

 今まで私を導いてくれたスピカ様の為にも、私はもう、頑張らないといけない。


「じゃ、行ってきますね」

(リューリュ。どうか、生きて帰って下さい)

「はい、スピカ様」


 頭の中に響くその優しい声に、別れを告げた後。

 それが永遠の別れにならない事を願いながら、私はその洞窟の中へと、足を踏み入れるのだった。



----



 魔王の闇穴の中は、1日歩かないといけないくらいの長さがあるらしい。

 私は光の魔法を灯して、それを頼りに、真っ暗な洞窟の中をただ進む。

 入口の部分では風の音などがしていたが、しばらく歩くとそれもなくなって、自分の足音しか響かなくなった。



 洞窟に入ってから、どのくらい歩いただろうか。

 ずっと景色が変わらないから、そんな事もよく分からない……。


 洞窟の中は、暗くて、怖い。

 けれど私はそれでも、頑張らないといけない。

 頑張りたいではなくて、頑張らないといけない、なのだ。


 この洞窟の中を歩いていくのは、私の意思ではない。

 私は出来る事なら、本当に、心の底から、今すぐにでも引き返したい気持ちで一杯になっている。

 けれどそれでも、私はこの洞窟の中を、自分の足で歩いて行っている。

 私は、どれだけ嫌でも、自分のこの歩みを止める事は出来ない。だからどれだけ嫌でも、この洞窟の先に進んでいかなければいけない。



 こうして歩いていると、、改めて、自分に見えない力のようなものがかかっている事を感じる。

 それは物理的な力ではないが、でも確実に存在する圧力だ。

 そしてその力は、私なんかでは逆らえない程大きい。

 だから私は、それに逆らう事が出来ない。


 恐怖感によって、精神に激しい負荷が掛かっている。

 だからなのだろう。真っ暗な洞窟の中を一人で進んでいると、色んな思考がとりとめもなく浮かんでしまう。

 洞窟を進みながら、私の頭の中では、思考がぐるぐると渦巻く。 

 そしてまとまりのない事を考えながらも、私はただ、ぐるぐるとした思考の中、洞窟の中を歩いていく……。



 思えば私は、前世の世界で生きていた頃から、やりたくもない事ばかりやっていた気がする。

 毎日行きたくもない学校に行って、なりたくもない大人になる為に毎日勉強させられていた。

 私は、それをやりたいなんて事は一度もなかった。

 けれど不思議な事に、私は毎日、そんな事を繰り返していた。

 それは前世の世界にも、私に今働いているものと、同じような力があったからだろう。


 その力は、例えるならレールみたいなものな気がする。

 こう進まなければならない、こうしないといけない、そんな、誰かに敷かれたレールみたいなものが、力として私にのし掛っているのだ。

 どれだけ嫌でも、私はそのレールに逆らう事は出来ない。

 だから私は、今もこうやって、この洞窟の中を、真っ直ぐに進み続けていなければならない。



 ぐるぐるとした思考の中、洞窟の中を歩いていく……。


 ……けれど、私の知っている中で一人だけ、その見えないレールに逆らっていた子がいた。

 それはあの水の綺麗な聖域で会った、私の友達だった子。オルカちゃんだ。

 あの子は、周囲に馴染まず、誰とも馴れ合わず、そんな見えないレールに対して真っ向から逆らっていた。

 だから、世界から形のない絶望みたいなものを押し付けられて、死んでしまった。

 いや、死んでしまったというか、正確には自分から死を選んだのだ。

 それはたぶん、命を捨ててまで、オルカちゃんはこのレールに逆らっていたかったからなのだろう。

 そうする事によって、オルカちゃんはとうとう最後まで、このレールに逆らい切ったのだ。

 私は、このレールに全然逆らえる気がしない。

 だからそんな事が出来たオルカちゃんに、少しだけ憧れのような気持ちを抱く。



 ぐるぐるとした思考の中、洞窟の中を歩いていく……。


 そもそもオルカちゃんは、どうして、そんな事が出来たのだろうか……?

 どうして、このレールに逆うなんて事が出来たんだろうか……?


 ……それはたぶん、オルカちゃんが強い人間だったからな気がする。

 あの子は、私なんかより遥かに強かったから、このレールに逆らう事が出来たのだ。


 でも、その力ってなんだろうか……?

 このレールには、暴力でも魔法でも逆らえない力が働いている。

 だから私は、どれだけ大きな魔力を持っていても、このレールに逆らう事なんて出来ない。

 それなのに、これに逆らえる力って何なのだろうか……?



 ぐるぐるとした思考の中、洞窟の中を歩いていく……。


 それは、たぶん気持ちの力。恐怖に打ち勝つ意思の力のようなものなのだと思う。

 なら私にはどうして、それがないのだろうか……?

 ……それはたぶん、私には意思が無いからなのだろう。


 世界を救うために、ずっと頑張っているスピカ様。

 駄目な自分を変えようと、頑張り始めた姫。

 そして、このレールから外れたままの自分でいる為に、自分の命すら絶ってみせたオルカちゃん。

 みんな、凄く大きな自分の意思みたいなものがあったのだと思う。

 それに比べたら、私は何の意思もない。ただなんとなく流されながら生きているだけだ。

 もう分かっている事だが、私はやっぱり、駄目な奴だ。

 何だか、自分が自分でいでいるという事が恥ずかしい……。



 ぐるぐるとした思考の中、洞窟の中を歩いていく……。


 私は、自堕落で臆病でおまけに薄情な人間だ。

 そして私は、そんな自分が嫌いだ。嫌になるくらい嫌いだ。


 私は、今この洞窟の奥に進むのを、心の底から怖いと感じている。

 それは私が、臆病な人間だからなのだと思う。

 臆病な私は、駄目な人間だ。だから私は頑張らないといけない。

 それはたぶん、自責の念みたいなものなのだろう。

 思えば私は、昔からそんな事を心の中で思っていた気がする。

 私は駄目な人間だから、頑張って、勇気を振り絞らないといけない……。



 ぐるぐるとした思考の中、洞窟の中を歩いていく……。


 そもそも私は、どうして魔王と戦うのが怖いのだろうか。

 それは何となくだけれど、魔王に殺されるかもしれないからという、そんな単純な理由だけじゃないような気がする。


 私は、この洞窟の先に進みたくないと思っている。心の底からそう思っている。

 だから私がこの洞窟の先に進んでいる理由は、自分の意思ではない。

 私はただのんびり過ごしたいだけからだら、魔王を倒して自分が得られるものなんて別に何もない。

 だから、私が魔王と戦う事は、あまりにも意味がない。

 そして、何の意味もない事で死ぬなんて、そんなのあまりにも空虚だ。

 だから私は、そんな事が怖いのだと思う。


 だから、私が今感じているこの恐怖感は自分の意思からきている心の悲鳴ようなものなのだと思う。

 たぶんそれは、単純な気持ちじゃない。

 たぶんそれは、無視したらいけない類の感情なのだと思う。

 けれど私は、その気持ちに従ってあげる事が出来ない。

 だって私は、このレールに逆らえるだけの、意思の強さがないのだから……。



 ぐるぐるとした思考の中、洞窟の中を歩いていく……。


 私は何となく、ただ漠然と、勇気を出してこの洞窟の中を進まなければいけないと思っている。

 それはずっと前から感じていた、自責の念からくる使命感のような思いだ。

 けれどよく考えたら、その思考はおかしくないだろうか……?

 だって私は、自分の意思がないから、しょうがなくこの洞窟を進もうとしているのだ。

 そんな気持ちの事を、本当に勇気なんて言うのだろうか……?


 何だか、この洞窟を進んでいる事自体が、凄く情けない事みたいに思えてくる。

 だって私は、心の底から、この洞窟を進むのが嫌だと思っている。

 その癖この洞窟を進み続けるのは、私には自分の意思がないと、自分で体現している事そのものなのだから。


 私はこのまま、このまま洞窟を進んで、そして魔王と戦ったりするのだろうか……?

 そこに自分の気持ちなんて何もないのに、ただこの見ないレールのようなものに嫌々従わされて……。

 それは、何ていうか、あまりにも勇気が無さ過ぎる気がする……。



  ぐるぐるとした思考の中、私は何となく、立ち止まった。


 勇気。スピカ様と4年間訓練した、勇者の心の大切なものの一つ。

 けれど私は、そんなものが何だったのか、結局最後までよくわからなかった気がする。

 そもそも、勇気って一体何だ。

 ヒテイ様は知恵の事を、テテル様は優しさの事を、それぞれ教えてくれた

 けれどそういえば、スピカ様だけ、私に勇気とは何かを教えてくれていない。


 勇気とは何か……?

 勇敢な気持ち、何かに立ち向かえる気持ち。

 それはたぶん、自分の思いの為に尽くせる気持ちみたいなものなのだと思う。


 私はずっと前から、勇気を振り絞って、この洞窟の奥に行こうとしている

 でもそれはおかしな事だ。

 だって、根本から矛盾している。

 本当の勇気っていうのものが、自分の一番大切な気持ちに従う事なら、私が本当に勇気を出した結果やるべき事は、魔王と戦うのが嫌だという、そんな気持ちに従う事な筈なのだから。


 みんなは立派だ。自分の意思を持っている。

 それと比べて私は駄目だ、自分の意思を持っていない。

 けれど私だって、やりたい事くらいある。

 私はのんびり生きたいし、こんな事なんてやっていたくない。

 私だって、もっと自分の心に従って、気持ちよく生きたい。

 なら、そうするべきじゃないのか……?


 私には、見えないレールの上を歩いている。

 この見えないレール逆らう事は、凄く、怖い。

 ここで魔王と戦わずに逃げ出すことは、絶対にしてはいけない事だと分かる。

 けれど私だって、私の為に生きたい。

 私だって、自分の意思くらい欲しい。


「帰ろ」


 洞窟の中に、そんな声が響く。

 そう口にした瞬間。それが私の、初めてのちゃんとした意思なのだと気がついた。

 そんな自分の本当の心を認識してあげる事は、びっくりするくらい、すかっとする事だった。



 ぐるぐるとした思考に答えが出て、私は洞窟の中を、逆に歩く。

 たぶん生まれて初めて、私は本当の勇気を出す。そしてこのレールに対して逆らう。

 私は、自分の為に生きたいと思った。



----



 引き返し始めてから洞窟の外に出るまでは、半日程かかった。

 どうやら私は、相当奥にまで進んでいたらしい。

 しばらくの時間歩いたあと、私はやっと、暗い洞窟の中から、光の射す地上へと出る事が出来た。


(リューリュ、どうしたのですか?)


 頭の中に、スピカ様の声が響く。

 洞窟の中から流れてくる闇脈が何も変わっていないから、私が魔王を倒していない事は一目瞭然なのだろう。


 私はスピカ様へと、質問をする。

 それは何時もの質問とは違う。本当の私の気持ちから出た疑問だ。


「スピカ様、勇気って何ですか?」

(……どうして、そんな話を?)

「ヒテイ様には知恵のことを、テテル様には優しさの事を、私は教えて貰いました。

 けれどスピカ様から、勇気の事だけは教えて貰えてません」


 スピカ様は、黙ったまま何も答えてくれなかった。

 だから私は、自分の考えを告げる。


「私は、勇気とは自分の一番大切な事に素直でいられる気持ちだと思います。

 どんなに怖い事があっても、自分に従える、そんな気持ちです」


 そう告げて、スピカ様の言葉をじっと待つ。

 少し経ったら、スピカ様は諦めたのか、私の疑問に答えてくれる。


(……恐怖、不安、恥ずかしさ。人の行動は、様々なものに縛られています。

 そして人は、自分の気持ちだけではなく、そんな自分を縛るもの達にも従って生きています。

 けれど人の中には、誰にでも大切なものがあります。それは、誰に何を言われても譲れないようなものです。

 そして人は、そんな譲れないものの為に生きたいと願う事ができます。

 そんな勇ましい気持ちの事を、私は勇気というものだと思っています)


 スピカ様の答えは、私と同じようなものだった。

 だから私は、私が本当に大切だった気持ちを告げる。


「スピカ様。知ってるでしょうけれど、私はのんびりと生きたいです。私はそういう性格です。

 だから私にとっては、その願いこそが、誰にも譲りたくないものだったんです。

 私は世界の平和なんかより、その気持ちの方が大切です。

 だから私は、もう勇者はしません」


 スピカ様は、少しの間言葉を失う。

 私はただ、スピカ様が返事をしてくれるまで待つ。


(リューリュ、考え直してくれる気は、ないのですか……?)

「あったら、こんな事言ってません」


 私は、あの洞窟の中でずっと考えた事の答えを、スピカ様へと話す。


「スピカ様、あなたはとてもいい人です。優しくて、この世界の事を本当に、心の底から愛してくれています。

 けれどそれでも、私が本当に戦うべきだったのは、魔王なんかじゃなくて、あなただったんです」

(そう、ですか……)


 とりあえずこれで、言いたい事は全部言ってしまった。

 私にとってこれは、本当はずっと昔から、言わないといけない事だったのだと思う。

 けれど、私はこれからどうなるんだろうか……?

 私は、スピカ様に本気で逆らってみた事は一度もない。

 だから、これからどうなるのかが自分でも全く想像がつかない。


(リューリュ。あなたはずっと、私に嫌々従っているだけでした。

 ですから私は、何時かあなたが本気で私に逆らう日がきてしまうかもしれないと、本当は常々思っていました)


 衝撃的な発言だけれど、驚きはしない。

 だって、今思えばそうだろう。

 スピカ様が私へと勇気の問答をしなかったのは、たぶん意図的だ。

 私は最初から勇者をやりたい気持ちなんて微塵もなかったのだから、そんな私が自分の意思の大切さなんて教えられたら、スピカ様に逆らうしか道がない。

 だからスピカ様は、勇気とはどういうものか具体的に教える事をあえて避けて、勇気の試練の中ではただ漠然と恐怖に向き合う経験だけを積ませようとしていたのだ。


 それに今思うと、私の事をスピカ様が毎日直々に監視していたのも、私の思考を誘導している目的もあったのではないだろうかと思う。

 現に私は、スピカ様からこうやってたった1日程離れただけで、自分でも驚くくらい違う事を考えている。

 これじゃまるで、洗脳が解けてしまったみたいだ。


(一度、ストラハに戻ってきてください。そしてイルマをストラハに送り届けた後、もう一度、改めて話し合いをしましょう)

「……分かりました」


 スピカ様は精霊神様で、この世界の人の世のルールそのものだ。

 その気になれば、私の人生を滅茶苦茶にするくらい簡単に出来てしまう。

 だから、そんな人に逆らって何をされるのか、内心ビクビクしていたのだが、どうやら今すぐどうこうされる訳ではないらしい。


「じゃあ私、とりあえずノストに帰りますから」

(ええ)


 そうしてとりあえず、スピカ様との会話は終わった。

 私は魔王と戦わないまま、自分の意思で、その場を後にしていた。



 それから、またしばらく歩いた後。私はノストへと帰ってきた。

 聖域の中央街まで進んで、姫のいる宿へと辿り着く。


「リューリュさん……」


 宿の前で、姫が不安そうに出迎えてくれた。

 たぶん私の事は、もうスピカ様から聞いているのだろう。


「えへへ、逃げてきちゃったー」


 私は清々しい気持ちで、姫へと笑いかけた。


 そうして、魔王を倒すための旅は終わった。

 私は、勇者になんてなりたくなかった。

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