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19話 優しさの試練3

 次の日。イリユさんは両親と仲直りした。

 イリユさんは、殆ど弱りきった体で、嬉しそうに笑っていた。

 それから姫とイリユさんは、前までが嘘のようにとても仲良くなって、仲良く2人で色んな話をしていた。


 そして、それからたった3日後。

 イリユさんは再び熱を出して、寝込んだままになった。

 そしてそのまま、イリユさんが再び目覚める事はなかった。



 それから少しして、イリユさんのお葬式が行われた。

 私は姫と一緒に、そのお葬式に参加した。


 イリユさんの遺体が、火葬されて、お墓の下に埋められる。

 私はイリユさんが死んだ事に、そこまでの感想はない。

 ただ、まだ若かったのに死んで可哀想だなとか、そんな当たり前の感慨があるくらいだ。


「イリユさん……」


 けれど、姫はそうではないらしい。

 イリユさんがお墓に埋められた後も、姫はただじっと、お墓を見つめたままでいた。


 姫、今何を考えてるのかな……。

 私はお葬式が終わった後、ただぼーっと、そんな事を考えていた。



---



 それからも、優しさの試練は続いていく。


 私は、療養所で働く事に対してあまりやる気がない。

 私は元々、他人と会話したりする事が苦手な性格だし、おまけにこの試練自体、好きでやっている訳ではないからだ。

 それでも、他人に対して明らかに嫌々接していたら失礼だろうとは思うし、テテル様達から頑張って欲しいと思われている事も分かる。

 だから一応、それなりには真面目に働く。

 けれどそれは、あくまでそれなりだ。夜になったら普通に家に帰るし、患者さんへも一線を超えたような気の使い方はしない。


 けれど、姫は違う。

 イリユさんが死んだ後も、姫は今まで通り健気で熱心に、色んな人の看護を頑張り続けた。

 患者さんは接しやすい人ばかりではなく、時には冷たい人や、姫の苦手そうな明るい性格をした人もいる。 

 けれど姫は、どんな人にでも分け隔てなく、一生懸命に看護をし続けた。



 そんな中でのある日。

 私は働いている途中、姫があるお婆さんの看護をしている場面に出くわした。

 そのお婆さんは姫へと、何時もみんなに優しくしてくれてありがとうと、そんな風な感謝の言葉を口にしていた。

 そして、その言葉を貰った姫は、心から嬉しそうにしていた。


 私はそんな光景を見て、こういう所が、自分と姫との違いなのだろうなと思う。


 嫌々やっている事とは言え、私だって一応、それなりには真面目に頑張っている。

 だから時には、私も患者さんに感謝される事はある。

 そして感謝されると、私はそこそこ嬉しいとも感じる。

 でもそれは私にとって、あくまでそこそこ嬉しい事でしかない。

 私にとって他人に感謝される事とは、その為に明日はもっと頑張ろうと思えるような、そんな大層な事ではない。


 けれど、姫は違うのだ。

 姫は人に褒められる度に、とても嬉しそうにする。

 そしてたぶん姫は、自分が誰かに必要とされている事を、心の底から嬉しいと思っている。

 だから姫は、私よりも遥かに頑張れるし、そして人に優しく出来るのだろう。


 私じゃなく姫みたいな人が勇者になっていたら、きっと苦しい事なんて何もないのではないだろうか……?

 療養所で楽しそうに頑張る姫を見ながら、そんな事を思わずにはいられなかった。



----


 

 療養所の中で、作業のような毎日を過ごしていく。

 そうしていると、特に何も起こらないまま、ただ漠然と時間だけが流れていく。


 秋が過ぎて、冬が過ぎて、また桜が咲く季節になる。

 そうして、ラグラハに来てから1年間の時間が過ぎて、優しさの試練が終わる日になった。

 


 療養所で働く最後の1日。

 私達は何時も通り、朝起きて、宿から療養所まで向かう。

 そして神官服に着替えた後。患者の人の最後のお世話をしてあげたり、患者の人から改めてお礼を言われたりした。

 そしてお昼になって、私はテテル様からやれと言われていた事を、全てやり終えた。

 そうして私達は、療養所での仕事を終えた。


 神官服から普段着に着替えて、療養所の外へと出る。


(お疲れ様でした、リューリュさん。それにイルマさんも……)


 私達へと改めて、テテル様がそんな言葉をかけてくれる。


「テテル様、ありがとうございました」


 姫はただ一言、深々と、テテル様にお礼を言っていた。


(それではリューリュさん。加護の受け渡しをするので、天界まで来てください)

「はーい」


 そして私は、姫と一旦別れて、一人で天界へと向かうのだった。



 庭園から台座に乗って、天界の中を歩いて行く。

 そして、テテル様のいる神殿の場所まで着いた。


「改めて、お疲れ様でした、リューリュさん」

「テテル様。私、あんなんでよかったんでしょうか……」


 姫にとってこの1年は、きっととても充実したものだったのだろう。

 けれど私はこの1年、ただ漠然とした毎日を過ごしただけだ。

 自分の性格が変わった気なんて全然しないし、そもそも私にとってはたいした出来事もなかった。

 私は、勇気の試練も知恵の試練も、あまり上手くこなせたとは思っていない。

 そしてそれと同じように、この優しさの試練も、あまり上手くこなす事は出来なかった。


 そんな私へと、テテル様は優しく告げる。


「最初に会った日に言った通り、人の性格を変えるというのは簡単に出来る事ではありません。

 実際にあなたの性格は、1年前とあまり変わってはいないのでしょう。

 けれどリューリュさんはこの1年間、療養所という場所で毎日患者さんの為に過ごすという、そんな時間を過ごしてくれました。

 リューリュさんはこの1年間で、経験というものを積んでくれたんです。

 だから私は、それだけで十分なんだと思います」

「そうなんですか……?」

「ええ」


 そんなものなのだろうか……?

 まあ、テテル様が良いって言ってくれるなら、それ以上蒸し返すような事でもないのだろう。

 単に諦められてるだけなのかもしれないし。


「それではリューリュさん。今からあなたに、優しさの加護を与えます。

 これまでと同じように、出来る限り、私に心を預けて下さい……」

「はーい……」


 スピカ様もヒテイ様もそうだったけど、テテル様も悪い人ではなかった。

 だから私は、そんな気持ちを心の中に満たす事で、テテル様に心を預けるようにする。


 テテル様は、そっと私の体に触れる。

 そして私の奥底へと、自分の力のようなものを流し込んでくる。

 自分の一番大切なものが、自分ではない人に塗りつぶされてしまうような感覚。この感覚は何度やってもなれない。

 けれど我慢するしかないので、私は加護の受け渡しが終わるまで、その気持ち悪さをじっと耐えるのだった。



「えっと、これでいいかな……」


 しばらく経った後。テテル様は、私から体を離した。


「リューリュさん、終わりましたよ」

「そですか……」


 自分の中に変なもの入っている感覚。相変わらず、そんな感覚が残ったままでいる。

 私の中にはもう3つも、そんなものが入り続けている。


 まだ少しぼーっとしている私へと、テテル様が話を続けてくれる。


「これで、優しさの試練も全て終了です。本当にお疲れ様でした」


 これでやっと、私は全ての試練を終えれた訳だ。

 別に勇者をやめれる訳ではないが、少しだけ開放感が湧いてくる。


「では、リューリュさんに次にラグラハを旅立って貰うのは4日後になります。

 明日から3日間は休日ですので、自由に休んでいおいて下さいね」

「はいっ」


 勇気の試練や知恵の試練を終えた時と同じで、試練を終えたご褒美として、私は3日間の休日を貰っている。

 この3日間は、姫と一緒に何も考えず遊んで過ごしたい。


「それじゃ、テテル様、ありがとうございました」


 私はテテル様に感謝を告げて、その場所を去ろうとする。


「えっと、あの……」


 そうしたら、テテル様に呼び止められる。


「何ですか……?」


 テテル様は、何時もよりも更に控えめに、私へと話しかける。

 たぶん試練が終わったから、テンションが素に戻っているのだろう。


「その、スピカとヒテイ、ちゃんと元気でやってましたか……?」


 その言葉は、ラグラハの大精霊様としての質問ではなくて、テテル様の個人としての質問だった。


「はい、2人とも元気でしたよ」

「そ、そうですか……」


 テテル様は少し俯きながらも、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「テレパシーで会話だけは出来るんですけど、もう何百年も姿を見れていないから、時々心配になるんです……。

 2人とも、頑張り過ぎる所があるから……」


 私は、そう言えばスピカ様もヒテイ様も、また3人で直接会いたいと事を言っていた事を思い出す。

 この3人はたぶん、本当に仲がいいのだろうな……。

 


 そうして私は、テテル様のいる神殿を後にした。


(頑張りすぎるのは、むしろあの子の方なのですけれどね……)


 スピカ様の困ったような声が、頭の中に響く。


「あはは……」


 なんか分かる気がするなと、そんな事を思っていた。



-----



 次の日。私は姫と2人で遊んだ。

 桜の木でお花見をしたり、歌舞伎っぽい劇を見に行ったり、市場で売ってるのを見て回ったり、姫の希望でイリユさんのお墓参りにいったり、そんな風にして楽しく過ごした。

 姫と遊ぶのはやっぱり楽しくて、時間が過ぎるのもあっと言う間だった。



 そして夜になった。

 私達は宿に帰った後、宿の縁側に出て、お団子を食べながらぼーっと月を眺める事にした。

 ちょうど満月だったので、月が綺麗だ。


 そうしてのんびりとしていたら、姫が私へと話しかけてきた。


「リューリュさん」

「何ー?」

「私、あのままずっとストラハのお城で暮らしてたら、きっと何も変わらない毎日を過ごしてました。

 私を連れ出してくれて、本当に、ありがとうございました……」

「そんなのいいよ別に。私も、姫がいてくれて助かってるんだからさ」

「……それでも私、リューリュさんには感謝してもしきれません。

 私はリューリュさんに連れ出して貰えたおかげで、自分と向き合えて、そして少しでも前を向いて生きたいと思えるようになったんです」

「そっか……」


 1年前と比べると、姫はだいぶ変わったと思う。

 何ていうか、明るくなった。

 そしてその理由は、姫が今言ったように、前を向いて生きたいと思うようになったからなのだろう。


「姫、療養所で働いてるの楽しかった?」

「はい。辛い事も沢山ありましたけれど、とても大切な1年でした……」


 姫はお月様を眺めながら、しみじみとそんな事を答える。

 私は何の思い出も出来なかったから、少しだけ羨ましい。 


「姫はさ、このままラグラハに残ったりしないの?」


 私は旅に出た頃、姫は自分が気に入った聖域に住めばいいと思っていた。

 そして今の姫なら、このままラグラハに住み着いて、療養所で働いたりしながら生きる事も十分出来るだろう。

 だから、姫がこのままラグラハに残りたいと言えば、私はそれでいいと思う。

 姫は、そんな私へと話す。


「私は、リューリュさんのおかげで救われました。けれど、リューリュさんの旅はまだ終わっていません。

 だから私は、リューリュさんの旅が終わるまでは、一緒に付いて行きたいと思います」

「そんなの別に、気にしなくてもいいけど……」

「いえ、それは私がしたい事なんです」

「そっか……」


 私は内心では、姫に付いて来て欲しいとも思っていた。

 姫がいない旅なんて、想像するだけで心細いからだ。

 だから、付いて来てくれると言ってくれて、本当は凄く嬉しかった。


「それに、私はストラハに帰りたいんです。

 リューリュさんは魔王を倒した後、スピカ様に会いに一旦ストラハに帰る事になってますよね。

 だから私は、それに付いて行かせて貰う形で、最後までリューリュさんの旅に付き添わせて貰おうと思います」


 姫のそんな発言に、私は驚いてしまう。


「姫はいいの? ストラハに帰っちゃって……」


 あそこには、辛い思い出と、そして姫の両親がいるのに。


「私、イリユさんと約束したんです。もう一度家に帰って、そして自分の両親とちゃんと話をしてみるって」

「そうなんだ……」


 姫、そんな事してたのか……。


「だから後少しですけれど、これからも、よろしくお願いしますね」


 姫は私へと、改めてそんな事を告げる。


「うん。姫ー」


 何にせよ、最後まで付いて来てくれるのなら、凄く嬉しいと思う。

 そして私達は、お団子を食べてまん丸なお月様を眺めながら、引き続きまったりとした時間を過ごしたのだった。



----



 そして、3日間の休日が終わって、出発する日の朝になった。

 次の目的地へはまた船で向かうので、私は姫と一緒に、船に乗り込む。


(リューリュさん。どうか、頑張ってくださいね……)


 船に乗り込んだ後。テテル様のそんな言葉が、頭の中に響く。


「はい……」


 私はテテル様へと、ただそんな返事だけを返しておいた。


 

 そうしてしばらく待っていると、やがて、出港の時間がきてしまった。

 船は帆を広げて、錨をあげて、川の中を進み始める。


 陸の方では、療養所で私と姫に看護されていた人たちが、何人か港まで見送りにきてくれていた。

 私はその人達に、そんなに感慨もないけれど、社交辞令として手を振って答えておく。

 そして姫は、私とは違い心から嬉しそうに、その人たちへと手を振っていた。



 そうして船は、桜の咲き誇るその聖域から離れていった。


(これでいよいよ、魔王との決戦ですね……)


 私の頭の中で、スピカ様のそんな声が響いていた。

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