16話 花の大聖域ラグラハ
ポポラハを離れた後、10日程が経った。
船の上ではやる事がないので、またのんびりとした時間が流れる。
次の目的地であるラグラハに着くには、まだ1ヶ月以上の時間がかかるらしい。
船揺られながら、ぼーっと目を覚ます。
そしてとりあえず船室を見渡して、姫の姿を探す。
船で過ごしている時は、朝起きたらまずは姫と朝食を食べに行くのが日課だ。
しかし、部屋のどこにも姫は見つからなかった。
「スピカ様、姫はー?」
私はまだ少し寝ぼけながら、スピカ様を呼び出す。
(……あなたが起きるのが遅かったので、イルマは先に朝食を食べて、甲板の方に行きましたよ)
「そですか」
どうやら私は、結構遅くまで眠ってしまっていたらしい。
私はしょうがないので、船の食堂に1人で向かって、少し遅めの朝食を取った。
そして、朝食を食べ終わった後。
特に用事もないけれど、何となく姫に会いたかったので、甲板へと向かった。
そして甲板に出たら、1人でぼーっとしている姫がいた。
「姫ー、おはよ」
「あ、リューリュさん」
「何してたの?」
「海、眺めてました」
「ふーん。私も眺めてていい?」
「いいですよ」
許可を貰ったので、姫の隣に座って、私もぼーっと海を眺める事にする。
そして2人で、しばらくそんな何もない時間を過ごした。
「姫はさ、ラグラハに着いたら何したい?」
ぼーっとするついでに、そんな事を聞いてみる。
姫は、海を眺めたまま答える。
「ストラハにいた頃、私は気持ちが疲れていて、自分からは何もする気が起きませんでした。
けれど1年前と比べると、今は少しだけ、色んな事が考えられるようになったと思うんです。
だからラグラハに付いたら、何をしたいかはまだ分かりませんけれど、今度は何かを頑張ってみたいと思います。
「そっか……」
姫はポポラハでの1年間、本当に殆ど何もせず過ごした。
それは、傍から見ていれば何の意味のない時間に見えるのかもしれない。
けれど私は、姫はその1年間の中で、自分に溜まった疲れみたいなのを取っていたのだと思う。
そして疲れが取れた姫は、その結果、今度は何かを頑張りたいと思うようになったらしい。
姫は偉いなあ、そんな事を思う。
「私はさ。1年間じーっと休んでも、ただ余計怠けたくなるだけで、姫みたいに何かを頑張ったりしたい気持ちにはならない気がするよ……。
だから、姫は偉いなーって思う」
私は、自堕落で臆病な人間だ。
けれど姫は、私とは違って優しいし礼儀正しい。
私と姫は性格が似ている所があるけれど、違う部分もある。そして姫の方が私より偉い気がする。
「そんな事ないと思いますけど……」
「そんな事あるよー」
特に意味もないけれど、何となく姫をよいしょしておく。
姫がちょっと照れてる。楽しい。
「ただ私は、ポポラハで落ち着いて過ごしてみて、気づいたんです。
自分がどんな人間で、何をしたいのか、私はそんな事がよく分かってないって……。
だから私は、これから先は、自分が大切だと思えるものを見つけてみたいんです。」
姫はラグラハに着いたら、自分探しみたいな事がしたいんだろうか?
よく分からないけど、姫がやりたいと思うなら、それは姫にとって大切な事なのだろう。
「そっか……。その大切なもの、見つかるといいね」
「はい……」
そんな話をした後、また2人でぼーっと海を眺める。
そんなのんびりした時間を、私達はしばらく過ごしたのだった。
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それから、1ヶ月以上が経った。
船で過ごしている時間は、相変わらず、ずっとこうしていたいような幸せな時間だった。
私は何時も通り、客室で本を読みながらごろごろと過ごしていた。
(リューリュ)
すると、スピカ様の声が頭の中に響く。
「……なんですか、スピカ様?」
(甲板に出てみてください)
言われたとおり、甲板に出てみる。
すると、海の向こうに大陸が見えていた。
(向こうに川が見えますよね。これから船は、その川を進んでいきます。
そうして少し進んだ先が、ラグラハとなります)
そっか……、もう着いちゃうのか……。
私は船の図書室へと行って、読みかけの本を本棚に戻す。
そして残りの時間は、甲板でぼーっと景色を眺めながら過ごした。
そうして船は、川を進んで行った後、花の大聖域ラグラハへと付いた。
船から、ラグラハの景色が見える。
そこには沢山の桜の木が咲いていて、港は石畳で出来ていて、畑の間に見える家々は木だけで作られていた。
どう見ても日本だ。しかも江戸時代だ……。
そんな事を思っていたら、船が港に着いて、錨を下ろした。
そして、船から降りなければならない時間が来てしまった。
姫が先に船から降りる。けれど私は、それに続く気が起きない。
「どうしたんですか、リューリュさん?」
「降りたくない……」
船での何もない時間は、とてものんびりしていて、心地よかった。
けれどラグラハに着いてしまったら、また、勇者になる為に頑張ったりしないといけなくなる。
優しさの試練の内容は、療養所で1年働く事だ。そんなの絶対にしんどい。このままずっと船にいたい……。
(ほらリューリュ、行きますよ)
頭の中にスピカ様の声が響く。
「うー……」
けれど私は、それでも船から離れる気になれない。
(……リューリュ、行って下さい)
スピカ様は、私へと命令口調でそう告げた。
私達に逆らわないでね。ヒテイ様に言われた、そんな言葉を思い出してしまう。
「……はい」
私はしょうがなく、船から離れる。
そして、束の間の安息の時間は終わってしまった。
私はまた、勇者になる為の試練の続きへと、向かわないといけないのだった。
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スピカ様に案内されながら、のどかな田園の道を進んでいく。
そしてしばらく進むと、聖域の中央街の部分に着いた。
ラグラハの中央街は、道には桜の木が咲いていて、家は和式の平屋という感じで、時代劇で見た日本の江戸時代そのものみたいな感じの景色だった。
「スピカ様ー」
(……何ですか?)
「あの木って綺麗ですけど、何時まで咲いてるんですか?」
私は、道に咲いているどう見ても桜の木なものを指して、スピカ様に尋ねてみる。
(あの木なら、春が終わる頃まで咲いていますよ)
「そうなんですか……」
前世の世界では、桜は4月くらいになったら咲いて、そして1週間くらいで直ぐに枯れてしまうものだった。
けれどラグラハでは、もう春になってから結構立つ筈なのに、未だに満開に近い桜が咲いている。
やっぱりこの世界は、前世の世界と凄く似ているが、そのまま同じという訳ではないらしい。
「学校で習った事はありましたけど、変わった聖域ですね……」
「そだねー」
私の前世の世界にそっくりだと、姫に話したい。
しかし、今はスピカ様が見ているので、私の前世の話は出来ない。
だから私は、変な行動を取らないように気を付けながら、江戸時代みたいな街の中を進んでいった。
そしてしばらく歩いて、庭園に付いた。
ラグラハの庭園も、桜の花が一杯咲いていて、江戸時代辺りのお城の庭みたいな感じだった。
庭園の中を少し歩いて、天界へと登る台座の前に着く。
この台座はどこでも変わらないらしい。
(では2人とも、これに乗ってください)
「はい」
「はーい」
私達はその台座に乗って、小さくなっていく町並みを眺めながら、空へと登っていった。
そうして、ラグラハの天界に着いた。
ラグラハの地上は大分変わった所だったけれど、天界は今までと全く同じような場所だった。
やはり、精霊様達の文化はどこでもあまり変わらないものなのだろう。
少し進むと、石で出来た神殿があった。
私達はその中に入っていく。
そして、入口部分の謁見室になっている部屋に、少しおどおどした感じの精霊様がいた。
(それではテテル、頑張って下さいね)
「うん、スピカ……」
少しだけ自信がなさそうに、その精霊の方はそんな事を呟く。
どうやら、この方がテテル様ならしい。
テテル様は深呼吸をして、少しだけ表情を引き締めた後、私達へと向き直った。
「初めまして、リューリュさん、イルマさん。私がラグラハの大聖霊の、テテルです」
「初めまして」
「あ、初めまして」
テテル様は、私達へと頭を下げる。
姫も礼儀正しく頭を下げて、そして私もワンテンポだけ遅れて頭を下げる。
「よろしくお願いしますね」
テテル様は、少しだけ微笑みながらそう言った。
何ていうか、見てるだけで穏やかそうな人だと分かる。
「えっと、私はこれからリューリュさんに、優しさの試練をする訳ですけど……。
その前に、優しさとは何かについて、確認しておきたいと思います。
リューリュさんは、優しさとはどんなものだと思いますか?」
「優しさですか……」
ヒテイ様の時も、同じような事を聞かれた。
もしかしたら、試練の前はこうやって問答のような事をするのが形式なのかもしれない。
「えーっと、誰かを大切に思える気持ち……、とかですか?」
「はい。その認識で十分です」
テテル様は、私へと語るように話す。
「愛、思いやり、良識、良心。優しさには色んな形があります。
そしてその根底は、誰かが嬉しい気持ちでいれば、自分も嬉しい気持ちになれる。そんな気持ちの事なのだと思います」
私は、自分がぐうたら過ごせたらそれが一番みたいな人間だ。
だから私は、そういうのあんまりなさそうだなぁ……。
「そんな優しさの心を育む為には、実際に誰かに尽くしてみて貰うのが一番なのだと思います。
だから私は、これからリューリュさんに、優しさの試練として1年間、療養所で働いて貰おうと思います」
「そうですか……」
療養所か……。
どんな事させられるのか、未だに想像が付かなくて不安だ。
あんまり大変じゃなかったらいいんだけれど……。
そんな事を思う私に、テテル様は優しく話かける。
「当たり前の事ですけれど、人の性格を簡単に変える事は出来ません。
だから私は、リューリュさんに優しい人になって欲しいとか、そんなことまでは言わないです。
けれどもし出来れば、療養所で人に尽くすことを通じて、誰かに感謝されて嬉しいって思ったりとか、誰かの病気が治って一緒に喜んだりとか、そんな事を体験をして貰えたらいいなと思います。
だからどうか、頑張って下さいね……」
「はーい……」
やるしかないっていうのは分かる。
でもやっぱり、嫌だなぁ……。
私は未だに、本当は勇者なんてやってたい気持ちは微塵もない。
だから正直、これからの1年間の事を思っても、憂鬱な気分にしかならない。
私がそんな事を思っていると、隣で黙って話を聞いていた姫が口を開いた。
「あの、テテル様……」
「えっと、なんでしょうか……?」
「リューリュさんが1年間療養所で働くの、私も一緒にやりたいんです。駄目でしょうか……?」
姫の発言に、私は少しびっくりする。
そんな話、今まで一度も聞いたことはなかった。
「姫、療養所で働いてみたいの?」
「はい。やってみたいんです」
そうなのか……。
船の中で、姫は自分の大切なものを探したいと言っていた。
姫はその為の手段として、私と一緒に療養所で働いてみる事を思いついたのかもしれない。
姫がやりたい事なら、私からも頼んでみよう。
「テテル様、出来れば姫の言うとおりの事、やらせて上げて欲しいんですけど……」
「えっと……、そうですね、大丈夫です。構いませんよ」
テテル様は少しだけ悩んだけれど、特に問題はないと判断したらしい。
姫へとあっさりと、許可を出してくれた。
「ありがとうございます」
「よかったね、姫」
これで次の1年間は、姫と一緒に試練を受けれるのか。
なんかちょっとだけ、気持ちがマシになれた気がする。
「それでは、療養所の場所は明日案内するので、今日は宿でゆっくり休んで下さい。
そして明日からは、頑張ってくださいね。私も、出来る限りのお手伝いはさせて貰いますので……」
「はい、テテル様」
そうして私達は、テテル様との話を終えて、天界を後にした。
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ここから1年間、優しさの試練をする事になるので、私の導き役はまたスピカ様からテテル様へと変更となる。
なのでここからは、テテル様が私の道案内をしてくれる。
(では、まずは右に向かって下さい……)
「はい」
「はーい」
私達はテテル様の言葉に従って、宿へと向かったのだった。
そして中央街の中を少し歩いたら、宿に付いた。
宿は、江戸時代風の大きな家みたいな感じの建物だった。
私は宿の中に入って、普通に玄関を上がろうとする。
(あのっ、リューリュさん)
「なんですか?」
すると、何やらテテル様に呼び止められた。
(ラグラハでは、靴を脱いで家に上がるのがマナーなんです……)
「ああ、そうなんですか……」
私は靴を脱いで、そしてよく見れば隣にあった下駄箱のところに靴を置いておいた。
前世の記憶の事は秘密なので、スピカ様やテテル様にずっと見られているこの状況で、前世の記憶ありきの反応は出来ない。
けれど私は、前世の世界と同じだと思い、内心ではかなり感動していた。
宿の部屋に上がらせて貰って、姫と一緒にくつろぎながら、雑談をする。
「姫が療養所で働くって言ったとき、びっくりしたよ」
「私も、ついさっきやっと決めたんです」
なるほど。だから私も直前まで知らなかったのか。
「私、優しさの試練も一人で頑張らないといけないと思ってたから、結構不安だったんだ。
だから姫、一緒にいてくれて嬉しいよー」
私は、姫へと抱きつく。
「わわ……」
姫はちょっと困惑しながらも、そんな私を拒絶しないでいてくれる。
だから私は相変わらず、姫へと懐いていたのだった。
宿には露天風呂が付いていたので、姫と一緒に入ってまったりとした
そしてお風呂から出てきたら、夕食と布団が用意されていた。
どうやらラグラハでは、ベットじゃなくて布団で眠る事になるらしい。
そして楽しみにしていた夕食は、米とか魚とか、これまた日本食そのものなものだったりしていた。
夕食を食べ終わってのんびりとした後。やがて就寝時間になった。
私は布団に入って、そして姫と一緒に、明日に備えてその日はもう休んでおく。
「姫。大切なもの、見つかるといいね……」
「はい……。明日からは、一緒に頑張りましょうね……」
最後にそんな話をした後、私はその日も、眠りに付いたのだった。




