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15話 知恵の試練3

 次の日の朝になった。

 今日は学校は休みで、お昼から街の劇場を借りて劇をする事になっている。

 なので私は、劇が始まる時間まで宿でごろごろした後、姫と一緒に劇場に向った。

 そして、劇場に着いた。


「人、一杯ですね……」

「だねー」


 劇場には既に人が一杯いて、がやがやとしていた。

 今日この劇場に来ている人たちはみんな、観客としてではなく、子供達自身を見守りに来ている。

 だから和やかな雰囲気みたいなのが流れていて、みんな楽しそうに、周りの人と話したりしている。

 私も姫も、こういう空気の場所は少し苦手だ。


 劇場の中を進んでいると、ヒスイさんがいた。

 そしてヒスイさんは、私を見るなり駆け寄ってきた。


「ねえリューリュちゃん、オルカちゃん知らない?」

「知らないけど……」

「念の為に家まで迎えに行ったらいなかったの。ここにも未だに来てないし、あの子、やっぱりっ……」


 ヒスイさんは悔しそうに呟きながら、別の所に去っていった。

 オルカちゃんやっぱり来てないのか。

 私はそんな事に、なんとなく安心する。、あの子はあの子のままでいて欲しい。


「オルカさん、来てないんですか?」

「うん。やっぱり来てないみたい」

「そうですか……。一度会ってみたかったんですけどね」

「まあ、しょうがないよ」


 オルカちゃんは、私以外の人とは全然関わろうとはしない。だから私の友達である姫とも、まだ会った事はない。

 私はよく姫にオルカちゃんの話をするので、姫は前から一度、オルカちゃん会いたがっていた。

 姫とオルカちゃんなら結構話会う気がするし、一度会わせてあげたいな。


 そんな事を思いながら歩いていると、舞台裏へと向かう道の前に付いた。

 姫は観客席に向かうので、2人で一緒にいられるのはここまでだ。


「じゃあ行ってくるね」

「はい、頑張ってくださいね」


 私は姫に手を振って、舞台裏へと向かった。

 舞台裏に着いたら、衣装を着たり、みんなで最後に台本を確認したりする。

 そして少し時間が経ったら、いよいよ公演の時間が迫ってきた。


(リューリュ、頑張ってね)

「はい、ヒテイ様」


 劇が始まる前に、ヒテイ様とそんな会話をする。

 すると、頭の中に別の声が響く。


(私も、ちゃんと見てますからね)

 

 スピカ様の声だ。

 私の導き役がヒテイ様になってから、スピカ様の声は全然聞いていなかったので、少し懐かしい。


「はい、スピカ様」


 そんなやりとりをしていると、やがて幕が上がって、劇が始まった。



 劇の舞台は、闇に覆われたメルザスの世界。主人公はそんな世界で兵士を目指す男の子。

 主人公の男の子は、色んな人と触れ合い、時に笑って、時に泣きながら、一人前の兵士として成長していく。

 そんな劇の中で、学校のみんなはそれぞれに与えられた役を演じ、私も勇者としての役を演じる。

 臆病で自堕落で、心の中では劇なんてめんどくさいなぁとしか思っていない私も、この場所では世界を救う為に戦う憧れの勇者様を演じる。


 みんながみんな、それぞれに与えられた役割をこなしていく。

 しかしそこには、オルカちゃんの姿だけはない。

 主人公がかっこよく活躍した時、周りで喜んでいる村人の中の一人の役。

 そんなオルカちゃんが演じるはずだった役割は、別の子が代わりに演じていた。


 最初は頼りなかった主人公は、最後は立派な兵士になれた。

 そうしてその劇は、特にアクシデントなどが起こる事もなく、みんなハッピーエンドで幕を下ろした。

 幕が下りた後、会場は和やかな拍手に包まれていた。



 舞台裏では、みんなでお疲れ様を言い合う流れになる。


(お疲れ様、リューリュ)

「どうも……」


 私は勇者の衣装を脱いで、何時もの私に戻る。

 そして、めんどくさい事がやっと終わった事に安堵していたのだった。



----

 


 劇場から、姫と2人で宿に帰る。


「姫、私ちゃんと出来てた?」

「はい、よかったですよ」

「そっか。それならよかったよー」


 そんな話をしながら歩いていると、ヒテイ様の声が頭の中に響いた。


(リューリュ)

「なんですか?」

(その……)

「……?」


 ヒテイ様が言葉に詰まるなんて珍しい。何かあったんだろうか……?

 ぼーっとそんな事を思っていると、ヒテイ様は話を続けてくれる。


(ついさっき、兵士の人から通報があったの。

 聖域の外で、魔物に殺された女の子が見つかったって)

「はぁ……」


 そんな事があったのか。

 可哀想だとは思う。けれど、私に何か関係があるのだろうか?


(その子、オルカだったの)

「……?」


 どういう事だろうか。


(だからオルカ、死んだって)

「え……」


 あまりにも唐突で、頭が付いていかない。

 けれど少し遅れて、私はある事に思い至った。

 それは、昨日オルカちゃんが言っていた、やらないといけない事があるという話だ。

 その時私は、最悪な事を想像してしまった。

 そしておそらくもう既に、オルカちゃんはそれを実行してしまっていた。


「ヒテイ様、オルカちゃん、どこにいるか分かりますか?」

(だから、その、もうオルカは……)

「死体の事です。どこにあるんですか?」

(……行っても、きっと後悔するだけだよ)

「場所は分かるんですよね?」

(そうだけど……)

「じゃあ、行きたいです」


 私は、今の考えが合っているかどうか、行って確認したかった。

 確認しないと、気が済まなかった。


(……分かった、じゃあ案内する)


 ヒテイ様は、私の言うことを聞いてくれる。


「姫、ごめん。先に宿に帰ってて」

「は、はい……」


 私は、姫には宿に帰って貰った。

 そしてヒテイ様の案内に従って、聖域の外へと歩いていった。



 そうして、聖域を出て、森の中をしばらく歩いた後。


「う……」


 そこには、野ざらしのまま魔物に食い散らかされた、女の子だったものがあった。

 来ている服や髪の色などから分かる。それは、オルカちゃんの死体だった。


「オルカちゃん……。やらないといけない事って、こういうことだったんだね……」


 オルカちゃんの事を知らない人が見れば、森に散歩にでも来て、そして事故で魔物に殺さてしまったとでも思うのかもしれない。

 けれど、私には分かる。

 オルカちゃんは、わざと死んだんだ。


 その理由は、劇をサボった理由と同じだ。

 オルカちゃんは、この世界で生きていたくなかった。だから死ぬ事を選んだ。

 それがこの子の、何時かやらないといけない事だった。

 オルカちゃんはこの世界の事が大嫌いだったから、自分の世界を守る為に、そうしないといけなかったのだ。


「でも……だからってさ……、死んじゃう事ないじゃんか……」


 オルカちゃんの死体は、ぐちゃぐちゃになっていて、もう何も答えてくれない。

 私は目の前の光景が悲しくて、そして何故か、それ以上に怖くて、堪らなかった。



----



 次の日、私は学校に行った。

 最初の授業が始まった後。先生がみんなに、オルカちゃんが死んでしまったと説明した。

 森を散歩していたら事故で死んでしまった。そんな説明だった。

 みんなはショックを受けたり、悲しい気持ちを共有し合ったりしていた。


 私はこれまで、他人の事を怖いと思うような事はあっても、不快だと思うような事はあまりなかった気がする。

 けれどその時、私はその人達に対して、物凄く嫌な気分になっていた。

 

 オルカちゃんは、この人たちに負けたのだと思う。

 だってこの人たちは、きっとこれから、オルカちゃんの事をいい思い出にする。

 そしてオルカちゃんには、もうそれを止める事は出来ない。

 それともオルカちゃんは、もうそんな事すら、どうでもよかったんだろうか……。



 そのまま、授業が始まる

 私はオルカちゃんのいない学校で、一人で勉強をする。


 学校にいる時間は、凄く苦痛だった。

 私は他人が苦手だし、騒がしい場所も苦手だ。だから学校に来るのは普段から苦痛だ。

 けれどその日は、何故かは分からないけれど、そんな理屈では説明出来ないくらい、その空間にいるのが苦痛だった。



 休み時間、教室の隅っこで何もせずにぼーっとする。

 自分が何故ここまで苦痛なのか分からない。

 ただ、その場所にいるのが酷くしんどい。

 一人で頭をぐるぐるさせて、吐きそうな気分になっていたら、ヒテイ様に話しかけられた。


(リューリュ)

「……何ですか、ヒテイ様」

(みんなの事、恨んでる?)

「何で、ですか……?」


 どうして私が、みんなの事を恨まないといけないんだろうか……?


(分かんないならそれでもいい。

 ただ、リューリュはここにいて、大丈夫?)


 ヒテイ様は、そんなよく分かんない事を聞いてくる。


「分かんないです……。

 ただ、さっきから何か、凄く辛いんです……。

 自分がここにいる事が、苦しくてしょうがなくて……」


 自分でも自分が何を考えているのかよく分からない。

 ただ、気が変になってしまいそうなくらい苦しかった。


(リューリュ、明日からもう、学校行かなくていいよ)

「え……?」


 唐突にそんな事を言われて、びっくりする。


(この半年間、あなたの事を見てて分かった。

 あなたは、オルカと同じような子なの。

 こういう場所にいる事が、根本的に全く向いていない子。

 今まではオルカがいてくれたからよかったけれど、これから一人で学校に通うんだったら、あなたはきっととても辛い思いをする。

 だからそこまで嫌なら、学校なんて行かなくていい)

「でも、いいんですか……?」

(知恵の試練は別に学校じゃなくても出来るの。ただ、学校に行って貰うのが一番効率がよかったから行って貰ってただけ。

 だから、知恵の試練自体は続けて貰わないと駄目だけれど、学校をやめるくらいだったら別にいいから……)

「ヒテイ様……」


 自分でもよく分からないが、私は今、この場所にいるのが凄く苦しい。

 こんなにも苦しいんだったら、きっと、このまま学校に通う事は長く続かない。

 いつかヒテイ様と、学校に行きたくないと喧嘩してしまう時が来てしまう。

 ヒテイ様はたぶん、私以上に、そんな私の気持ちみたいなのを理解してくれていたのだと思う。

 だからヒテイ様は、先に私に対して、先に妥協してきてくれたのだ。


 私はそんなヒテイ様へと、感謝の気持ちみたいなのが湧き上がってくる。

 そしてその代わり、さっきまで自分の中にあった、どす黒い気持ちみたいなのものが薄くなっていくのを感じていた。


(学校に行かないで勉強するなら、図書館か天界かのどっちかがいいと思う。リューリュはどっちがいい?)

「えっと、じゃあ天界で……」

(分かった。じゃあこれからは、学校の代わりに天界で勉強する事にするね。

 それとリューリュ、あなたはまだオルカが死んだショックを引きずってて、まともに勉強出来るような精神状態じゃないと思う。

 だから、今日は宿でゆっくり休んでていいから)

 

 ヒテイ様は、淡々と話を進める。


「じゃあもう、今日は帰っていいんですか?」

(うん。もう学校にも来なくていいから、お別れとか言いたい人がいるなら言っといて)

「あ、それは大丈夫です」


 この学校で、私の友達はオルカちゃんだけだった。

 だからオルカちゃんがいなくなったら、別れの挨拶をしておきたい人なんて、1人もいなかった。



 その後。私は宿に帰りながら、ヒテイ様から天界でどんな事をするかなどを説明して貰った。


「ごめんなさい、ヒテイ様……」


 冷静になってきたら、そんな事を思ってしまう。

 期待してくれているのに、我が儘な自分で申し訳ない。


(いいよ、別に)


 ヒテイ様は私へと、ただそんな言葉をかけてくれた。

 そうして私の学校生活は、あっけなく終わりを告げたのだった。



----



 ヒテイ様に言われた通り宿に帰って、その日は1日何もせずにぼーっと過ごした。

 そして、次の日になった。


 私は朝起きて、天界に向かう。

 そしてヒテイ様に案内されて、神殿の奥の方の部屋へと向かった。


「おはよ、リューリュ」

「おはようございます」


 そこにはヒテイ様がいて、そして人間用のサイズの机と椅子が用意されていた。


「じゃあさっそく勉強して貰うから、教科書開いて」

「はーい」


 そして私は、ヒテイ様に勉強を教えて貰いながら、昼まで頭を使った。



 お昼になったら、お金貰って地上に降りて、料理店で食事をしてきた。

 そして、ヒテイ様に貰っているお昼休憩の時間がまだ残っているので、庭園のベンチに座ってぼーっとする。


 オルカちゃんが死んでから2日。

 やっと、落ち着いてオルカちゃんの事を考えられるようになってきた。

 自分でも気がついていなかったが、昨日の私はまだ、相当なショックを受けていて頭がよく回っていなかったらしい。

 

 私はぼーっとしながら、昨日ヒテイ様に言われた事を考える。

 ヒテイ様は私へと、みんなの事を恨んでいるかどうかを聞いてきた。

 あの時はよく意味が分からなかったが、こうやって落ち着いて考えてみると、なんとなく分かる。

 ヒテイ様はたぶん、オルカちゃんが自殺をしたという事が、私以上に分かっていたのだと思う。


 オルカちゃんは、自殺した。

 そしてオルカちゃんは、別に自殺したくてしたんじゃない。

 死んだ方がマシだったから死んでしまったのだ。

 それは、殺されたとすら言ってもいいだろう。

 なら、オルカちゃんは一体誰に殺されたのか。

 それこそが、ヒテイ様があの時言った、みんなという人達なのだろう。

 

 だから私は、あの時学校にいる事が、苦痛でしょうがなかったのだと思う。



 そんな事を考えていたら、休憩時間が終わった。

 私はその思考の中で、どうしても、ヒテイ様に聞きたくてしょうがない事が生まれてしまった。

 だから、天界に戻った後。私は思い切って、ヒテイ様にその事を質問してみる事にした。


「ヒテイ様、その」

「何……?」

「ヒテイ様って、オルカちゃんの事、どう思います……?」


 ヒテイ様は少し悩んだ後、逆に私へと質問してくる。


「リューリュは、私達精霊の事を酷いと思う?」

「何でですか?」

「だってそうでしょ。

 オルカの父親を処刑したのは私達。周りがそれを当たり前の事だと受け入れている常識を作ったのも私達。

 そして、オルカはそんなルールの世界で生きるのが嫌で自殺した。

 だから、オルカを殺したのは私達みたいなもの。リューリュも正直そう思うから、私にそんな事聞いたんでしょ?」

「まあ、そうですけど……」


 オルカちゃんは、この世界を恨んでいた。

 そしてそんなものを作ったのは、精霊様達だ。

 けれど、自分で言っちゃっていいのかそれ……。


 そんな事を思う私に、ヒテイ様はただ淡々と話す。


「人の心には善と悪がある。けれど、私たちは人の心の悪を認めていない。

 だから、人を殺した人は処刑するし、オルカみたいにそれをおかしいと思う人の事も、私達は認めていない。

 それは決して、手放しで褒められるような事じゃない。

 けれどそんな事、私達だって分かってる上でやってるの。

 リューリュ。それはどうしてだか分かる?」

「……何でですか」


 精霊様は、いい人な筈だ。

 それなのにどうして、そんな事をするのだろうか……。


「私達は、この世界に平穏であって欲しいと願ってる。

 そしてそれは、私たちにとって、決して譲れない願いなの。

 だから、その譲れない願いの為に誰かが死んでも、少なくとも私は後悔はなんてしない。

 私がオルカを殺した訳が知りたいなら、それが理由だと思ってくれていい」

「そう、ですか……」


 ヒテイ様は今、自分がオルカちゃんを殺したと断言した。

 そしてその上で、それを後悔していないとも言い放ったのだ。

 私は今初めて、精霊様の事を、怖いと感じた。


「リューリュ。私達の事について、これだけは覚えておいて。

 私達はあなたに優しくしてあげるし、学校に行きたくないくらいの願いなら聞いてあげられる。

 けれど、例えばあなたが勇者をやめたいなんて言っても、そんな願いは聞いてあげられない。

 それは、私達には譲歩なんかしてあげられない一線があるから。

 その一線を超えられたら、私達はするべき事をするしかない。

 だからリューリュ。あなたは、私達に逆らわないでね」


 私はたぶん、今脅されているのだと思う。

 相手の譲れない一線に対して逆らうなら、その相手と喧嘩をするしかない。そんな理屈は私にも分かる。

 そして精霊様は、この世界のルールそのものだ。

 だから精霊様に逆らうなら、この世界そのものと喧嘩をするという事と同義になる。


 オルカちゃんの死体を見たときに、私は何故か、どうしようもない程怖いと感じた。

 それは今思うと、オルカちゃんを殺してしまった、この世界に対する恐怖だったのかもしれない……。


「だったらリューリュ、勉強頑張って。あなたは嫌かもしれないけれど、それは私達の譲れない一線だから」

「えっと、はい……」


 オルカちゃんを殺したと断言するヒテイ様に、思う所がない訳ではない。

 けれど、私は自堕落で臆病な人間だからか、精霊様達に逆らうなんて気にはならない。

 そしてオルカちゃんみたいに、嫌だから死ぬなんて、そんな気にもならない。

 私がそんな人間である事は、考えてみれば、ずっと前から分かっていた事だ。


 私は、その事に付いて考えるのはもうやめる事にした。

 そして私は、その日もただヒテイ様に従い、勉強を教えて貰うのだった。



----



 天界で勉強するだけの毎日は、特に何も起こる事はなかった。

 だから、時間が経過するのも直ぐだった。


 秋が過ぎて、冬が過ぎて、そしてまた春になる。

 そうして、ポポラハに来てから1年が経過して、知恵の試練も終わりになる日がやってきた。



 知恵の試練の最後の1日。

 私は最後の勉強も全て終えて、ヒテイ様から知恵の加護を受け取る段階になっていた。


「じゃ、今から力の受け渡しをするから、出来る限り私に心を預けて」

「はい」


 天界の神殿の中。

 スピカ様から勇気の加護を貰った時と同じように、私はヒテイ様に、心を預けるようにする。


 ヒテイ様は、私の体へと触れる。

 すると私は、スピカ様の時と同じで、凄く嫌な感覚に襲われる。

 自分の大切な部分を、他人に侵食されている様な気持ち。

 でも耐えるしかないで、私はただそれににじっと耐え続けた。



「……終わった」


 ヒテイ様はそう言って、そして私の体から離れる。

 私の体の中に、変な感覚がずっと残ったままでいる。

 この力もまた、魔王と戦う時に開放すればいいのだろう。


「これで知恵の試練は全部終わり。1年間お疲れ様、リューリュ。」

「ヒテイ様も、ありがとうございました」


 ヒテイ様は私を労ってくれて、私もヒテイ様に、1年間面倒を見てくれたお礼を言っておいた。

 ヒテイ様は、怖い所もある。

 オルカちゃんを殺したと断言した事に、未だに思う所がない訳ではない。

 けれどそれでも、ヒテイ様はスピカ様と同じように、優しい人ではあったと思う。


「じゃあ出発は、4日後の朝だから」

「はいっ」


 知恵の試練を終わらせた私は、ご褒美として、3日間だけ休日を貰える事になっていた。

 だからこれから3日間は、完全な自由時間だ。

 姫と何して遊ぼうかな……。


「それじゃ、お疲れ様でした」


 そうして私は、天界を後にしようとする。


「リューリュ」


 すると、後ろから呼び止められる。

 まだ、何か用があるのだろうか……?


「これは大精霊としての話じゃなくて、私の個人的な話。

 だから、これは命令じゃなくてただのお願い。その上で聞いて」

「……なんでしょうか?」


 ヒテイ様はこの1年間、私へとずっと大精霊として接してきた。

 だから、こんな事を言うなんて珍しい。

 私はヒテイ様の話を、ちゃんと聞いておく事にする。


「私はまた、スピカとテテルと、3人で一緒に遊びたい。だからリューリュ、どうかこの世界を救って……」


 それは本当に、個人的な願いだった。

 そして、きっと心の底からの願いでもあるのだろうとも思った。


 ヒテイ様は、決して悪い人じゃない。

 だから、そんな願いを出来たら叶えてあげたいなと思う。

 しかし、そんな使命感のようなものが自分の中に湧き上がると同時に、自分の心の別の部分が、悲鳴のをあげるのを感じる。

 それは、私が自堕落で臆病な性格だからなのだろう……。


 どうして私が勇者なんだろう。

 学校でやった劇みたいな理想の勇者様が、私みたいな事をやっていれば、それで全て上手く収まっているのに……。

 頑張りたくない気持ちと、それを申し訳ないと思う気持ちの中。

 私はただ、そんな事をつくづく思う。


「はい、ヒテイ様……」


 複雑な板挟みの中、私はただ、そんな返事をしておいた。


「謝られてもしょうがないだろうけれど、でも、ごめんね、リューリュ……」


 ヒテイ様は、そんな私へと何故か謝罪をしてくる。

 どうしてここで、謝るのだろうか……?

 ヒテイ様の考えてる事は、たまに分かんないな。

 私はそんな事を思いながら、ポポラハの天界を後にしたのだった。



(お疲れ様でした、リューリュ)


 私の導き役がスピカ様に戻り、久しぶりに、そんな声が頭の中に響く。


「スピカ様ー」

(なんですか?)

「私、スピカ様の事、嫌いじゃないですからね」

(ええ、ありがとうございます)


 スピカ様と話せたら、何となく、一番にそんな事が伝えたかった。

 私は自分がそんな事を思えている事に、改めて、安堵していたのだった。



 辺がもうすっかり夜になった頃。

 私はやっと、宿屋に帰ってきた。


「リューリュさん、お帰りなさい」

「姫ー」


 私は、姫にぎゅーっと抱きつく。

 姫だけは、完全な私の癒しだ。


「私は姫の事、大好きだからねー」

「そ、そうですか……」


 私の突然の行動に、姫は少し戸惑う。

 けれど姫は、戸惑いながらも、そんな私を受け入れてくれるのだった。



----



 3日間の休日の間は、ずっと姫と遊んで過ごした。

 一緒に海でビーチバレーをしたり、砂浜で山を作ったり、そんな事をして遊んで楽しかった。


 姫はこの1年間、特に何もせず、ぼーっと遊んで過ごしたらしい。

 そして気分がだいぶ晴れたらしく、1年前と比べたら、姫は少し元気な感じになっていた。



 そんな風に過ごしていると、与えられた休息の時間も、あっという間に終わってしまった。

 そしてまた、次の聖域へと出発する時間がやってきた。


 姫と一緒に船に乗り込んで、ぼーっと出港の時間を待つ。

 そうしていると、頭の中にヒテイ様の声が響いた。


(こんにちは、リューリュ)

「どうしたんですか? ヒテイ様」

(リューリュは、次はラグラハに行って、テテルから試練を受ける事になる。

 だから、あなたなら大丈夫だと思うけれど、一応一言言っておく)


 テテル様と接する上で、何か忠告でもあるのだろうか……?


(テテルは気が弱い所があるけれど、あんまりいじめないであげてね。

 あの子は私の大切な友達だから、泣かせるような事したら個人的に恨むから)

「はぁ……」

 

 私が大精霊様をいじめるとか、そんな事あるのか……?

 というかそんな心配をされるって、テテル様ってどんな人なのだろうか……。


(それとリューリュ。どうか、頑張って)

 

 ヒテイ様は、今度は真面目に、私へとエールを送った。


「はい、ヒテイ様……」


 私はただ、そんな言葉を返しておいた。



 そうして、船が出港する時間になった。


 港では、学校の人たちが何人か見送りに来てくれて、出港する船へと手を振ってくれていた。

 特に嬉しくもなかったけれど、社交辞令で、手を振って嬉しいふりをしておく。

 オルカちゃんがこんな私を見ていたら、手なんて降る必要ないって言ってくれたのかな……。

 心の中では、何となくそんな事を思っていた。


 やがて船は、白い砂浜から離れていく。

 そうして私達は、水の大聖域ポポラハを後にしたのだった。

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