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14話 知恵の試練2

 オルカちゃんと仲良くなった日の午後。

 今日も学校では、道徳の授業があった。


 先生が、道徳の教科書の内容を読み上げる。

 豊かな人が貧しい人にお金をあげる事は善行です。ですが、それはどのくらい強制すべきでしょうか? 

 そんな感じの話が、今回の内容だった。


 昨日までの私だったら、周りのあまり知らない子達と一緒に議論したりしないといけなかった。

 けれど今日の私には、もう友達がいる。

 なので私は早速、隣の席にいるオルカちゃんに話しかけてみる。


「ねえ、オルカちゃんはどう思う?」


 オルカちゃんはめんどくさそうにしながら、私へと話してくれる。


「あげたい人はあげて、あげたくない人はあげなかったらいいんじゃない? 人の勝手よそんなの」

「でもちゃんとルールとして作っておかないと、あげたくない人の方がきっと多いよ」

「それでいいじゃない、人が自由に選んだ結果よ」

「そうだけどさ。でもそうやって何でも人の自由にさせてたら、世の中が上手く回らないんじゃないかな……」


 オルカちゃんは私を見て、少し嫌味っぽく言う。


「なら勇者様は、みんなで手を繋いで生きる為に、そんな事まで法律で決めた方がいいと思うのかしら?」


 言葉は少しキツいけれど、オルカちゃんが言いたい事もなんとなく分かる。


「それが難しい所だよね。あれもしろこれもしろなんて、言われ過ぎても息苦しくなっちゃうし……。

 みんなで手を繋いで生きろなんて、私も嫌だよ」


 このメルザスの世界を見ていたら、そんな事を思う。

 この世界は、精霊様のおかげで物凄く平和に統率されているのだが、それが息苦しく感じる時もある。

 例えばこうやってほぼ毎日道徳の授業がされる事とか、大切な事だとは分かるんだけど、思想が矯正されてるみたいで怖くも感じる。


「ふーん……」


 オルカちゃんは、私が自分の言葉に同調してくるとは思っていなかったらしい。

 意外そうな感じで、私を眺めていた。


「社会からルールなんて押し付けられなくても、最初からみんなで優しく生きれたらいいのにね」

「そんなの出来る訳ないじゃない。私たちは人間なんだから」

「まあ、そうだよねぇ」


 私も、もし法律や倫理観が何もない世界に生きてたりしたら、どんな事をするか分からないのだろうしなぁ。



 その後オルカちゃんと、道徳の授業の話を沢山した。

 オルカちゃんの思想は、徹底的な情緒教育が施されているこの世界の住民には珍しく、結構アウトローな感じだった。

 私も元々の性格はそんなに良くないので、オルカちゃんと話しているのは楽しかった。


 そうして話していたら、オルカちゃんの私に対する警戒も、少しは薄れてくれた気がする。


「あなた、本当に暗い人だったのね」

「うん。私は暗い人間だよー」

「勇者なのに?」

「うん」


 道徳の授業が終わる頃には、そんなやりとりが出来るくらいになっていた。



----



 オルカちゃんは、何故か周りへと冷たい態度を取るし、周りとは少し違う思考を持っているけれど、話してみればそんなに悪い子ではなかった。

 だから私はその後も、オルカちゃんに学校での友達役を続けて貰った。

 困った時はオルカちゃんに構っていればいいようになって、学校で過ごす事の苦痛さは少し和らいだ。


 学校でヒテイ様と勉強したり、オルカちゃんと少しづつ仲良くなったり、そんな日々を過ごしていく。

 そうして、1ヶ月くらいが経った。



 学校の休み時間。私は暇だったので、オルカちゃんに話しかける。


「ねえオルカちゃん。今日、オルカちゃんの家に遊びに行っていい?」

「どうして?」

「考えてみたら私、生まれてから一度も他人の家に入ったことないなって思って。

 他の人の家がどんなのか、興味とかあるし」


 それに友達の家に遊びに行くって事も、ちょっとしてみたい。


「……いいわよ、別に」

「やった。ありがと」


 少し前までだったら、普通に断られていたかもしれない。

 けれど、しばらく一緒に過ごす事で、最近オルカちゃんの私に対する人当たりは大分柔らかくなってくれた。

 なのでこのくらいは、私でも許可して貰えるようになっていた。



 そうして午後。学校の授業が終わって、下校時間になる。

 何時もなら一人で帰るのだけれど、今日はオルカちゃんの家に遊びに行く約束をしている。

 なので私は、家に案内して貰う為に、オルカちゃんと一緒に帰った。


 そしてしばらく2人で歩いたら、普通の民家の前に付いた。

 オルカちゃんはその中へと入っていく。どうやらここが、オルカちゃんの家ならしい。


「おじゃまします」


 オルカちゃんの後に続いて、私も家に上がらせて貰う。


「見て回ってもいい?」

「いいけれど、別に面白いものもないわよ」


 許可を貰えたので、家の中を見て回ってみる。

 家の間取りとか自体は、私がオネストに住んでいた頃の家と同じような作りで、特に変わったような所もない。

 ただ、寝室に本が一杯置いてあって、私はそれが気になった。 


「オルカちゃん、本好きなの?」

「ええ、まあ……」


 姫と同じだ。姫も本が好きだって言っていた。


「見せて貰っていい?」

「別にいいけれど、汚さないでよね」

「うん」


 この世界の紙は、前世の世界と比べるとそこそ高価だ。

 なのでこの世界は、まず紙を用意する事自体にお金がかかる。

 その上で、この世界には印刷の技術がないので、本の内容は一冊一冊手書きになる。

 だからこの世界の本とは、非常に高価なものだ。

 私が学校で使っている教科書とかも、個人で持っているものじゃなくて学校から借りているものなので、無くしてしまったりしたらそれなりに高い弁償金を払わないといけなかったりする。

 そんな本を一杯持ってるなんて、案外オルカちゃんってお金持ちなのだろうか……?


 そんなことを思いながら、私は本棚に置いてある本を見ていく。

 棚に置いてある本は、歴史の本とか勉強の本とかは全然なくて、全部空想小説だった。

 オルカちゃんはたぶん、空想小説が好きなのだろう。


 その中の一冊を手に取る。

 そして私は、それをパラパラとめくってみる。すると、ある事に気がついた。

 その本は、手製で紙が束ねられていて、内容も全てオルカちゃの字で書かれていたのだ。

 私は試しに、他の本の内容も見てみる。

 すると同じように、手製で紙が束ねられていて、内容は全てオルカちゃんの字で書かれていた。


 どうやらオルカちゃんがお金持ちだった訳でなく、この本棚に一杯に並んである本は、全てそうやって手作りで作られていたらしい。

 確かにこうしたら、そこまでお金をかけずに本を揃える事が出来る。

 しかし、一冊一冊こんな事をしたのなら、相当な手間がかっただろう。

 もしかしたらオルカちゃんは、凄く本が好きな子なのかもしれない。


 私は、その中から一冊を選んで読んでいく。

 その本の内容は、精霊様のいない自由な世界を主人公が気ままに旅するという、そんな話だった。



 その本は結構面白くて、私はすっかり夢中になってしまった。

 そして気がついたら、窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。

 そろそろ、オルカちゃんの両親の人が帰ってくる頃だろうか。


「オルカちゃん、そろそろお父さんとお母さん帰ってくる?」


 私は本を読みながら、そんな事を聞いてみる。

 するとオルカちゃんは、少し驚きながら、私へと質問してくる。


「リューリュ。私の親の事、知らないの?」

「知らないけど?」


 私はまだ、そこまでオルカちゃんと親しくないので、両親の話とかもして貰った事はない。

 だから、オルカちゃんの両親がどんな人かなんて事も、まだ聞いたことはない。


「……そっか、あなたは他の聖域から来たのだし、あまり私以外の人とも話さないものね」

「何かあるの……?」

 

 オルカちゃんは、感情を込めずに、私へと説明してくれる。


「昔ね、私のお母さんが、お父さんに内緒で浮気したの。それでお父さんは怒って、勢いでお母さんを殺してしまった。

 精霊教の教えだと、人を殺した人は問答無用で死刑でしょ。だからお父さんもそれで処刑されちゃって。

 だから私には、両親はいないのよ」

「そうだったんだ……」

「この世界に殺人罪なんて犯すような人はまずいないから、この聖域にいてその事を知らない人はいないわ。

 だからあなたも、つい知ってるものなんだと思ってた」


 オルカちゃん、そんな事があったのか……。

 なんか、微妙な空気になってしまった。

 私は、その空気を払拭する為に、自分の事でも話そうかなと思った。


「じゃあ、私と一緒だね。私も親はいないようなものだから」

「え、そうなの……?」

「私、生まれてから直ぐにお父さんが死んだの。

 それで9歳になるまでお母さんとずっと二人で生きてたんだけど、お母さんに家追い出されちゃって」

「追い出されたって、何したのよ?」

「私ね、本当は勇者なんか全然なりたくなかったの。ただのんびり生きてれたらそれでよかった

 だから自分の才能の事を、お母さん以外には誰にも言わずに生きてた。

 けれどお母さんに、こんな才能持ってるなら世界の為に戦ってきなさいって言われて、精霊様に隠してた自分の力のこと話されちゃったの。

 それで、私は勇者なんてやらないといけなくなってしまった。

 だから、私はお母さんの事許せないし、家を追い出されたと思ってる。

 しかもお母さんったら、私が勇者の修行とかさせられてる間に、なんか私が全然知らない人と再婚したらしくて、もう新しい子供とかもいるらしいの」

「だからもう、いないようなものだと思ってる訳?」

「うん。私の全然知らない家庭を持ってる上に心の繋がりもない人なんて、もう家族って程でもないでしょ」

「そう……」


 私のお母さんはまだ生きてるんだから、オルカちゃんとは少し違うかもしれない。

 けれど私は、オルカちゃんに両親がいないと聞いた時、少し親近感のようなものを覚えた。

 オルカちゃんも私へと、少しでもそんな気持ちを抱いてくれたら嬉しい気がする。


「……リューリュ、あなたって勇者の癖に他人が苦手よね。

 それはもしかして、お母さんに裏切られた事とかが原因だったするのかしら?」


 オルカちゃんは、あんまり気を使わずにそんな事を聞いてくる。

 人によっては嫌な気持ちになるかもしれないけれど、私は、こんな事でも平然と話してくれるのがこの子の魅力だと思う。


「うーん、それはたぶん違うと思う。私は勇者になる前から、学校とかサボってたし……」

「え……? あなた学校サボってたの?」

「うん。学校って騒がしいし、どうしても他人と関わらないといけないから、大変でしょ。

 私も最初はそれなりに通ってたんだけど、全然楽しくなかったから、段々行かなくなっちゃって……。

 9歳になった頃には、もう1年に1回も行ってなかったよ」

「それでよく、精霊様に何も言われなかったわね……。

 私も昔は学校なんてサボってたけれど、精霊様に義務だから行けって言われて、それで逆らえなかったわ」


 オルカちゃんも、昔は学校サボってたのか。

 あんな場所、出来れば行きたくないよねほんと……。


「私、聖域の外で散歩するのが趣味だったの。

 だからそれを建前に使って、聖域の外で木の実とかを取ってきてお母さんの家計を助けてるから、学校には行けませんー、みたいな事を精霊様には言ってたりしたんだけど」

「そうやってサボってた訳」

「うん」

「なるほど、上手いわねそれ……」

「あはは……」


 今考えると、結構凄い事をしてたと自分でも思う。

 私が小さく笑うと、可笑しかったのか、オルカちゃんも笑ってくれた。


 その後。オルカちゃんとの会話は結構弾んだ。

 私はオルカちゃんに、嫌々勇者をやらされてる事とか、こんな事出来れば1秒でも早くやめたい事とか、そんな事を愚痴ったりしていた。

 今までずっと距離があったので、オルカちゃんと打ち解けた話が出来る事は楽しかった。



「あなた、思ってたより面白い奴だったのね」

「そうかな……」


 褒められてるのかどうかは微妙だが、素直に嬉しい。


「というか、今までどんな人だと思ってたの?」

「勇者なんてやってるんだから、世界を救うために頑張ってるような、すっごく嫌な奴かと思ってた」

「それで嫌な奴って感想になるのがオルカちゃんだよね」

「何よ、文句あるの?」

「ううん。全然ー」


 むしろ私は、そんな子だから友達になろうと思ったのだと思う。

 その後も会話は弾んで、オルカちゃんとは楽しくお話が出来た。



 そして、しばらく経った後。

 もう夜も遅い時間になったので、私は宿に帰る事になった。


「じゃあまた明日ね」

「ええ、また明日」


 今日1日で、私はオルカちゃんとかなり打ち解けられたと思う。

 オルカちゃんは私へと、快く別れの挨拶をしてくれていた。


 私は光の魔法を灯しながら、宿までの夜道を歩いていく。


 誰もいない家に、置いてある沢山の空想小説。

 そして、そんな自分の世界に住み周りを遠ざける女の子

 その日、私はなぜその子と友達になりたいと思ったのか、なんとなく分かった気がしていた。



----


 それからも、毎日は続いていく。

 私は、ヒテイ様と勉強したり、オルカちゃんと学校で話したり、宿に帰って姫と遊んだり、そんな時間を過していった。

 そして、春が過ぎて、夏が過ぎて、季節はもう秋になった。



 学校のお昼休みの時間。

 姫は私にお弁当を作ってくれる事が日課になっているので、今日も私は姫のお弁当を食べる。

 そしてお弁当を食べながら、今日も私は、教室でオルカちゃんと他愛ない話をする。


「もう秋なのに、ポポラハって全然寒くならないよね。なんか季節感とかなくなっちゃいそう」

「私はむしろ、冬になったら寒いという感覚が想像出来ないわよ」

「ここって、1年中温かいもんね……」


 オルカちゃんはポポラハ以外の聖域に行った事がないらしい。

 というよりこの世界では、他の聖域に行った事がある人という方が珍しい。

 この世界で聖域から別の聖域に行くというのは、かなり難しい事なのだ。


「寒いって、どんな感じなの?」

「うーん。こう体が震えるような感じになって、気持ちもなんか萎縮しちゃって、温かいベットの中から出たくなくなる、みたいな感じかな……」

「そう……」


 オルカちゃんは想像しようとするが、たぶんあの感覚は、実際に味わったことがない人にはちょっと分からないと思う。


「勇者のあなたが、少しだけ羨ましいわね。世界中を旅出来るなんて」

「じゃあオルカちゃん、私と変わってよー」

「そんなめんどくさそうなの、死んでもごめんよ」

「あはは……」


 姫は昔、自分は一生お城で過ごしていくものなんだと思っていたと言っていた。

 感覚としては、オルカちゃんもそれと同じようなものを抱いているのかもしれない。

 オルカちゃんはたぶん、このポポラハの事が好きじゃない。

 けれどそれでもオルカちゃんは、他の場所に行くことは出来ないから、この場所で一生を過ごさなければならない。

 この世界に生まれて他の聖域に移り住むというのは、本当に、そのくらい難しい事なのだ。

 だからオルカちゃんは空想小説が好きなのかなと、私はそんな事を思っていた。



 その後。私は何時も通り、ヒテイ様に勉強を教わったり、オルカちゃんに助けて貰ったりしながら、授業を受けた。

 そして、下校時間になった。


 私はもうすっかり、オルカちゃんと一緒に下校するのが日課になっている。

 だからその日も何時も通り、オルカちゃんと一緒に学校から帰った。

 そして少し歩いた後、帰り道が分かれている所まで着いた。 


「じゃあ、また明日ねー」

「ええ、また明日」


 そんなやりとりをして、オルカちゃんと別れる。

 そして私は何時も通り、宿までの残り道を、一人で歩いていくのだった。



 こうやってずっと接してみて分かるが、オルカちゃんはそんなに悪い子じゃない。

 ぱっと見の印象は冷たいけれど、実はそんなにきつい性格はしていないし、常識とか人を思いやれる心とかもちゃんと持っている。

 それなのに、オルカちゃんは必要以上に他人を拒絶しているような所がある。

 私には少し心を開いてくれるようになったが、他の人の事は相変わらず遠ざけたままだ。

 そして話を聞く限り、それはもうずっと前からそうしているらしい。


 その理由を聞いたら、オルカちゃんは、他人が嫌いだからと教えてくれた。

 けれど、どうして他人がそこまで嫌いなのかは、教えてくれなかった。


 こうやってオルカちゃんと仲良くなれたら、改めて、オルカちゃんがそんなに冷たい人間には見えなくなる。 

 だから私は、オルカちゃんがどうして他人を遠ざけるのか、その理由がどうしても気になってくる。

 そしてどうしても気になるので、オルカちゃんには失礼かもしれないが、私は思い切って別の人にその理由を聞いてみる事にした。


「ヒテイ様ー」


 宿への帰り道を歩きながら、ヒテイ様を呼び出してみる。


(……どうしたの、リューリュ)


 私の呼びかけに、ヒテイ様はちゃんと答えてくれる。

 私はもう半年以上、ヒテイ様に毎日勉強を教えてもらったりしている。 

 なのでヒテイ様と接するのも、もう大分慣れてきた。 


「オルカちゃんってどうして友達作ろうとしないのか、分かります?」


 ヒテイ様はポポラハの大精霊様なので、ポポラハにいる住民達全員の事をそれなりに把握している。

 それにオルカちゃんの両親は、殺人事件を起こした事で、かなり有名人だ。

 なのでヒテイ様は、たぶんオルカちゃんの事を知っているだろう。

 そんな事を思って、質問してみる。


(私はあの子じゃないから、あの子が実際に何を考えているのかは分からない。

 だからあの子の気持ちの事は、あくまで推測でしか考えられない。それでよかったら話すけど)

「それでいいので、お願いします」

(じゃ、話半分で聞いて)


 そしてヒテイ様は、オルカちゃんの話をしてくれる。


(オルカの父親が処刑された事は、リューリュも知ってると思う。

 その時オルカはまだ7歳だったんだけど、凄く取り乱して、どうしてお父さんが殺さなきゃいけないのか分からないって言ってた。

 周りの人たちはみんな、それがこの世界のルールだからって教えたんだけれど、オルカは全然納得出来なくて、周りの人たちを許さないって言っていた。

 たぶんオルカは、浮気をしたのはお母さんの勝手だし、それを殺したのもお父さんの勝手だと思ってたんだと思う。

 そして父親が処刑されてしまった日から、オルカは周りの誰にも心を開かなくなってしまった。

 たぶんオルカは今でも、お父さんを殺した周りのみんなを、許せないと思っているんだと思う)

「そうなんですか……」


 オルカちゃんは、周りの人や社会のルールを恨んでいるから、誰にも心を開かない……。

 いやでも、それはなんかちょっと違う気がする。


 本当に周りに対して怒っているのなら、何かもっと、周囲に対して感情のようなものを込めた対応を取ると思う。

 けれどオルカちゃんは、周りに対してただ関わりたくないと思ってるだけで、それ以上の感想を持っていない感じがする。

 オルカちゃんは何ていうか、周りとは違う世界に住んでいるような所があるのだ。


 たぶんオルカちゃんは、許せないという段階を通り越して、もう諦めてしまってるんじゃないだろうか。

 この世界に対して不満はあるが、それは解消される事だと思っていない。なのでもう最初から期待をしていない。

 だから他人を拒絶しているし、こことは違う世界を書いた本が好きなんじゃないだろうか……。



 こんな事を想像してみても、オルカちゃんが何を考えているかなんて、実際にはよく分からない。

 ただやっぱりあの子は、私にとって、一緒にいてとても過ごしやすいタイプの人だと思う。

 学校にオルカちゃんみたいな人がいてくれてよかったな。

 私は改めて、そんな事を思っていたのだった。



----



 それから、また少し経った。 


 この学校には、一番上の学年の生徒が、全員が役者として参加する劇をやるという伝統があるらしい。

 何でも、学校を卒業する前にみんなで一つの事をして、それで思い出を作っておくんだとか。


 その話を聞いたときは、私はふーんくらいに思いながら過ごしていた。

 しかし、実際に劇の練習を始めるようになった後、私は凄く憂鬱になった。

 何故ならその劇には、勇者のキャラが結構重要な役として登場していて、そしてその勇者役を私がやる事になってしまったからだ。



 何時もの学校での昼休み。

 教室の前の方では、クラスメイトの人たちが楽しそうに、先生と劇の打ち合わせをしている。


「はぁ……、めんどくさいなぁ、劇なんてするの」


 私はそれを眺めながら、ため息をつく。

 セリフが一言しかない村人役に決まったオルカちゃんが羨ましい……。


「めんどくさいなら、サボればいいじゃない」


 オルカちゃんは当たり前のように、そんな事を言う。


「ひょっとしてオルカちゃん、サボる気なの?」

「ええ。私こういうの嫌いだもの」


 なんか、分かる気がする。

 私も前世の世界で、運動会とかに参加するのがなんか無性に嫌だった記憶がある。


「というか、形式として一応役は与えられているけれど、学校の人は全員、私はサボるものだと思っている筈よ。

 だって私、学校のこういうめんどくさい行事は、これまで全部サボってきたもの」


 しれっとそんな事を言うのが、何ともオルカちゃんらしい。


「私も、出来ればそうしたいけどさぁ……。

 でもヒテイ様に、こういう事をするのも知恵の試練になるから、しっかり参加してきてって言われてるんだよね……」

「本当に嫌なら、それも無視すればいいじゃない」

「そんな事、流石に出来ないよ……。」


 そんな我が儘を言っていたら、ヒテイ様に怒られてしまうだろうし、スピカ様にもがっかりされてしまうだろう。

 愚痴をこぼすくらいならいいけど、流石にそんな一線を超えた事は出来ない。


「あなたってなんだかんだで、根は真面目なのよね」

「真面目っていうか、流石に私の状況で、この劇をサボれるような人はいないと思うよ……」


 オルカちゃんはそこまで重要な立場にいないから、嫌な事をやらないでおいたり出来るのだと思う。

 けれど私には、なんか世界の命運とかそんなものがかかってる。そしてスピカ様に期待とかもされている。

 だから、嫌な事だからってやらない訳にはいかない。


「私は別に、あなたと同じ立場でも、自分の意思の方を優先すると思うけれどね」


 けれどオルカちゃんは、簡単に、そんな私の言葉を否定する。


「そうなのかなぁ……」


 そんなものなのだろうか……?


 私達はそんな風に、何時もの昼休みの時間を過ごした。



 そして、午後の授業が始まる。授業の内容は、劇の練習だった。

 私は重要な役なので、打ち合わせの為に、他の人の所へと呼ばれる。


「行ってらっしゃい、勇者様」

「はーい……」


 私はオルカちゃんに送り出された後、しょうがなく、劇の練習を頑張るのだった。



----



 それから、1ヶ月くらいの月日が流れた。

 劇の本番の日は、いよいよ明日に迫っている。

 なので、その日の授業は全部、明日に全員合同でやる劇の練習だった。



 午後になって、劇の練習もいよいよ仕上げの段階に入る。

 しばらく最終確認をした後、最後に全員で、最初から最後まで通したリハールが行われる。

 時間的にも、このリハーサルが最後の練習になるのだろう。


 私は、頑張って覚えた台本の通りに、勇者の役を演じる。

 そして一旦出番が終わったので、次の出番がくるまで待機しながら休憩する。


  そして、休憩しながらぼーっとしていたら、少し遠くでのんびりしているオルカちゃんを見かけた。

 少し暇だし、話しかけにいこうかな……。

 そんな事を思っていたら、オルカちゃんの元に、別の誰かが話しかけに向かった。

 オルカちゃんに話しかけに行くなんて誰だろう。

 そんなことを思いながら、話かけに行った人の姿を確認してみる。

 するとその子は、クラスの誰とでも仲がいい子、ヒスイさんだった。


「オルカちゃん、明日の劇、サボる気でしょ」

「まあ、そうだけれど」

「オルカちゃん、こういうの何時も来てくれないもんね……」


 オルカちゃんが明日劇をサボる事は、もうみんな分かっている事だ。

 それなのに、何をしに行ったんだろうか?


「オルカちゃん、この劇は元の脚本を変えてまで、ちゃんと全員に役が与えられるようになっているの。それは何でか、分かる?」

「さあ、どうしてなのかしら……?」


 オルカちゃんはあんまり考えないで、適当に答える。

 前にオルカちゃんは、ヒスイさんみたいなタイプが嫌いだって言っていた。

 だからなのだろう。普段より更に、相手に対する態度が冷たい気がする。

 私も嫌いっていう程ではないけれど、なんかあの子は苦手だ。別に悪い人だとかは思わないのだけれど……。

 

 ヒスイさんは、ほんの少しだけ声を荒らげながら話す。


「この劇はね、ただ劇をする事に意味があるんじゃないの。

 もちろんいい出来になればいいと思うし、みんなその為に頑張ってるよ。でもそれはあくまで過程でしかないの。

 私たちはもう直ぐ学校を卒業してしまうから、最後にみんなで一つの事やって、綺麗な思い出を作る。その為にこの劇をやるの。

 学校を卒業した後に、そういえばあんな事があったなーってみんなで楽しく思い返せる。そんな事が何より意味があるの」

「それで……?」

「だからこの劇には、参加しないような人がいたら駄目なの。

 この劇に参加してくれなかった人がいたら、思い出が綺麗なまま残らないの。

 だからお願い、明日ちゃんと学校に来て、そしてあなたもこの学校の一員になって。

 あなたの出番なんてたった一瞬だから、大変な事なんて何もないでしょ?

 別に、立派な演技なんてしなくてもいいの。だた、みんなの空気を悪くするような事はしないで……」


 オルカちゃんは、ただめんどくさそうに話す。


「ねえヒスイさん。みんなでいい思い出を作る為のものに、どうして私が嫌々参加しないといけないのかしら?」

「だから、みんなでやることに意味があるんだって。さっきそう言ったでしょ」

「あのねヒスイさん。申し訳ないけれど、私はっきり言って、この学校に楽しい思い出なんて全然ないの。

 だからみんなの綺麗な思い出とか言われても、私は知らないし、あなた達に気を遣う気なんか起きないの。

 それに私ね。凄く個人的な事を言わせて貰うと、そういうみんなで笑顔みたいなの、ものすっごく下らないなーって思うのだけれど」


 オルカちゃんの言葉は、普段よりもより一段と冷たい。

 一応態度に出し過ぎないようにしはしているけれど、たぶん純粋に不快なのだろう。今してる会話みたいなものが。

 けれど、それで不快なのは向こうも同じならしい。

 ヒスイさんは、 更に声を荒らげながら話を続ける。


「……下らない下らないって、あなたはすっと、ずーっとそうだったよね。

 あなたのお父さんが死んだ時、私はあなたに同情したし、あなたに優しくした。けれどそんなの意味なかった。

 あなたはこの学校を卒業した後も、ずっとそうやって、自分一人の世界に閉じこもって生きていくつもりなの……。

 そんなの、おかしいよっ……」

「……あなたには、関係のない事でしょ」

「関係あるよ、だって私は、あなたのクラスメイトなんだよ!?」

「だからそういうのが、下らないって思うのだけれど……」

「でも、だってっ、あなたはこのままだと、あなたのお父さんみたいに……」

「やめてっ……!!」


 その瞬間、オルカちゃんは一瞬で豹変して、怒鳴って無理やり言葉を遮った。

 周りの人達が、びっくりして2人の方を見る。

 私も、オルカちゃんがあんな風に感情を表すの、初めてみた気がする……。


「なんで……?」


 ヒスイさんは、たぶん純粋に、自分が何故怒られたのか分かっていなかった。

 それを見てオルカちゃんは、一瞬だけど、凄く悲しそうな顔をした。

 けれど、直ぐに何時もの調子に戻って、ため息を吐いた。


「はぁ……。分かったわ、行くわよ」


 そして、ただそんな事を呟いた。


「……絶対だよ」


 ヒスイさんは、よく分かっていなさそうだが、とりあえずその言葉を貰えて納得は出来たらしい。

 言いたい事を言えて満足して、オルカちゃんの元から去っていった。


 あの2人、あんな会話するんだな……。

 私はその光景を見ながら、そんな事を思っていた。



----



 劇の練習が終わって、下校の時間になった。


「帰ろ、オルカちゃん」

「ええ」


 私は何時も通り、道が別れる場所まで、オルカちゃんと一緒に帰り道を歩く。


「オルカちゃん、明日に劇来るの?」

「行くわけないじゃない」

「でも、さっき約束してたけど」

「あんなの、その場をやり過ごす為の嘘よ」


 オルカちゃんは、ただ平然とそんな事を言う。

 ヒスイさんの言っていた通り、オルカちゃんが劇で演じるセリフなんて一言だけなんだから、肉体的な労力にはならないだろう。

 けれどたぶん、そういう話じゃないのだ。

 オルカちゃんには譲れないものがあって、その為に、明日の劇みたいなものには参加しないのだと思う。

 そんな事が、私にはなんとなく分かる気がする。


「いいなぁオルカちゃんは……」


 そんな風に過ごせるオルカちゃんが、少しだけ羨ましくなる。


「あなたもサボればいいのに」

「私はサボれないよ、勇者だもん」

「私は別に、そんなの関係ないと思うのだけれど……」

「関係あるよ……。だって私、なんだかんだでスピカ様の事嫌いじゃないもん。

 だから、あの人にがっかりされるような事、されたくないし……」


 でも、やっぱりやりたくはないなぁ……。

 そんな事を思いながら、一人で憂鬱な気分になる。


「あなたってやっぱり、何だかんだで、根は真面目なのよね……」


 オルカちゃんはそんな私へと、ただそんな事を呟いていた。



 そして、道が分かれている場所へと差し掛かった。


「じゃあ、また明後日ねー」


 ここから先は、オルカちゃんに付いて行く事はない。

 だから私は、オルカちゃんと別れようとする。

 しかしオルカちゃんは、その場に立ち止まって、そして何故か動かなかった。

 どうしたんだろ? そんな事を思っていたら、オルカちゃんが話しかけてくる。


「リューリュ」

「何ー?」


 オルカちゃんは、なんか何時も以上に、真面目そうな表情をしていた。


「私ね、ずっと前から、やらないといけない事があったの。

 けれど、ずっと決心が持てなくて、今までそれをやる事は出来なかった。

 でも流石にそろそろやらないと駄目だと思うから、明日それをやっておこうと思うの」

「ふーん」


 何やるんだろ?

 私は、オルカちゃんと過ごした時間はそんなに長くはない。

 だから、そんな風にぼかすような話し方をされたら、相手が何を言いたいのかとかは、よく分らない。


「私、それをする前にあなたと会えて、ほんのちょっとだけど、良かったと思うわ」

「そうなんだ」


 よく分かんないないけど、オルカちゃんがよかったなら、よかったのだろう。


「だから、じゃあね、リューリュ。ありがとう」

「うん、またー」

 

 結局、オルカちゃんが何を言いたいのかは、よく分からなかった。

 でも、考えてもどうせ分からないと思う。私はオルカちゃんじゃないのだから。

 だから私は、何時も通りオルカちゃんと別れて、そして宿へと帰ったのだった。

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