10話 魔王のいないお姫様
ストラハを旅立つ前に、3日間だけ貰えた休日。
私はその2日間を、特に何もせず、散歩したりぼーっとしたりしながら過ごした。
そして3日目。
私は昼くらいまで、相変わらず何もせずベットの中でゴロゴロ過ごした。
そしてお昼になった辺りに、散歩でもしようかと思い、庭園へと出かけた。
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この景色の中で散歩出来るのも今日までなんだなぁ。
そんな事を思いながら、庭園の中を散歩する。
そして少し歩いていたら、少し遠くに噴水が見える場所に差し掛かった。
そこには、あまり誰も使わないベンチがひっそりと置いてあって、私より少し小さいくらいの女の子が、一人で座りながらぼーっとしていた。
その子は確か、私と同じお城に住んでいる子だ。お城の中で何度かすれ違った事がある。
私はなんとなく、その子の事が気になった。
なので、スピカ様に質問してみる事にした。
「スピカ様ー」
(……なんでしょうか)
「あの椅子に座ってる子、誰だか分かりますか?」
「あの子は、司教王の娘のイルマですけれど」
「そうなんですか……」
この世界は、聖霊様の教えが絶対なので、宗教と政治が合体しているような状態になっている。
なので、公務に携わる人は全員神官という事になっている。
そして、政治の中核である王様の立ち位置は、神官の中で一番偉い人がそのままやる事になる。
だからこの世界では、司教王様という肩書きの人が、前世の世界での王様みたいな事をしている。
あの椅子に座っている女の子は、そんな司教王様の子供だから、あの特別な人だけが住めるお城に住んでいたらしい。
言われてみたら、確かになんか育ちが良さそうな感じがする。
(それがどうかしましたか?)
「いや、あの子はあそこで、何をしてるのかなと思いまして……」
(何もせず、一人でぼーっとしているように見えますけれど)
「それはそうなんですけど、でもあの子、何時も一人でぼーっとしてるじゃないですか」
あの子が一人でぼーっとしているのを見かけたのは、今日だけではない。
ストラハに来てから4年半以上の時間の中で、私は何度も、あの子がここに座って一人でぼーっとしてる所を見かけてきていた。
(あなたも何時も、一人でぼーっとしてるじゃないですか)
「私はそういう性格だからじゃないですか。でも普通の子は、もっと友達と一緒にはしゃいでたりするものだと思うんですけど……」
私は確かに、一人でぼーっとするのが好きだ。
でもそれは、私が特別に変な性格だからだと思う。
現に私は、私と同じような性格の人には、前世の時も含めてまだ一度も会った事がない。
だから私と同じような性格の子がいるのなら、相当珍しい気がする。
(言われてみれば、イルマはあなたと性格が似ている気がしますね……。
周りから少し浮いた感性を持っていて、穏やかで、あと他人が苦手な所も同じです)
あの子も、他人が苦手なのか……。
私は、そんな私とよく似いているらしい子を、遠目に見つめる。
すると、スピカ様がまた話しかけてくる。
(リューリュ。やっぱりあなたは、友達が欲しいのでしょう)
「そうなんでしょうか……?」
なんとなく、向こうにいる子の事が気になる。
この気持ちは、私の寂しさから生まれてくるものなのだろうか……。
(もしそうなら、イルマと友達になってみてはどうでしょう)
「えー、嫌ですよ……」
(どうしてですか?)
「だって、怖いですよ」
私は他人が苦手だから、知らない人といきなり友達になるなんて無理だ。
(……リューリュ。今日はあなたがストラハで過ごせる最後の1日ですけれど、何かやっておきたい事などはありますか?)
スピカ様は唐突に、そんな話を振ってくる。
「いや、別にそういうのはないですけど……」
休みの日はただぼけーっと過ごしてるだけだから、やっておきたい事なんて特にない。
しいていうなら、昼過ぎから始まる劇を見ておきたいくらいだ。
(リューリュ。私は今までずっと、あなたの交友関係の事には口を出さないようにしてきました。
けれど、やっぱりあなたは、友達を作るべきだと思います。
最後の1日くらい、このストラハの地に思い出を作っておきましょう)
スピカ様は、そんな謎の使命感に駆られる。
(こんにちは、イルマ。私は聖霊神のスピカです)
そして私が止める前に、頭の中にそんな声が響いた。
それと同時に、椅子に座っていたイルマさんが、急にそわそわとしだす。
どうやらこのテレパシーは、イルマさんにも同時に届けているらしい……。
(突然の話で申し訳ないのですが、今日はあなたに、一つやって貰いたい事があるのです)
そしてスピカ様は、私へと話を振ってくる。
(リューリュ、イルマの前に行ってください)
「えー……」
嫌なんだけど……。
(行ってください)
「はい……」
スピカ様に命令されて、しょうがなく、イルマさんの前へと行く。
「こんにちは……」
「こ、こんにちは……」
私はぎこちない挨拶をして、イルマさんは更にぎこちない挨拶を返してくれる。
イルマさんは、なんか明らかにおどおどしている。
どうやら、他人が苦手というのは本当ならしい。
(イルマ、あなたも城の中で何度かすれ違った事があるでしょう。この子は今勇者をやっている、リューリュという者です。
リューリュは、寂しがり屋な性格な癖に人見知りなせいで、友達がいないで困っているのです。
なので今日1日だけで構いません。この子と一緒に遊んであげてください)
スピカ様は、何かとんでもない事を私達へと言い出す。
うわぁ、どうしよ……。
「その、スピカ様、私は何をすればいいいんでしょうか……」
イルマさんも困惑した様子で、スピカ様に質問する。
(それは、2人で考えて下さいね。それでは)
スピカ様はそれだけを告げて、会話を終わらせてしまった。
「えっと、どうしよ……」
「その、どうしましょう……」
そしてその場には、私とイルマさんの2人だけが残されたのだった。
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2人の間に、少しの沈黙が訪れる。
話題がないので、私はとりあえず、自己紹介からしてみる事にする。
「初めましてイルマさん。私、リューリュって言うの」
「……初めまして」
スピカ様以外の相手とまともに話すのなんて、もう何年ぶりだろうか……。
うーん、何話せばいいんだろう……。
「イルマさんって、歳は幾つなの?」
「……11歳です」
おどおどしながらも、イルマさんはそれなりに受け答えしてくれる。
「そうなんだ。じゃあ私の方が2歳年上なんだね。私13歳だから」
「そうなんですか……」
そしてまた、会話が詰まってしまった。
私は他に話す事もないので、素直に、聞きたかった事を聞いてみる事にする。
「イルマさん、よく一人でここにいるけど、ぼーっとしてるの好きなの?」
「そうですけど……」
「じゃあ、私と同じと同じだ。私もぼーっとしてるの好きなの。
今日みたいな寒い日とか、のんびり日向ぼっこしてると気持ちいいよねー」
イルマさんは、遠慮気味ではあるが、私へと会話を続けてくれる。
「それもあるんですけれど……、私、その、友達がいないから他にやる事が無いんです……」
そうなのか……。
「イルマさん、なんか礼儀正しそうだし、あんまりそんな風には見えないけど……」
私は他人といるのが疲れるから、友達を作りたい気持ちにならない。
けれどイルマさんは、なんか私と同じような感じには見えない。
いやまあ、まだほぼ初対面なんだけど……。
「その、私、司教王の娘なんです」
「へー、そうなんだ……」
既にスピカ様から聞いていた情報だが、何か話したい事があるらしいので、話の腰を折らないようにしておく。
「私の周りにいる人は、みんなその事を知っています。
だから、お父様もお母様も、学校の先生もクラスメイトも、周りの人はみんな、私がどれだけ立派な人間か期待するんです……」
それは大変そうだなぁ。
っていうかイルマさん、お父さんの事お父様とか言ってるのか。普段どんな教育をされてるんだろうか……。
「でも私は、そんなに頭も良くないですし、運動も出来ないです……。
だから私は、周りが期待する程、立派な人間ではないんです……。
そのせいで誰かと一緒にいると、それだけで申し訳ない気持ちになってしまって……」
そのせいで友達がいない。そんな事を言いたいのだろう。
前世の世界で例えると、総理大臣の子供で、生まれた時から周りの人間から期待され続けているせいで、人付き合いが苦手になってしまってるって感じか。
うわぁ、想像するだけで嫌だなぁ……、そんな人生……。
俯きながらそんな事を話すイルマさんを見て、思う。
私はぶっちゃけ、臆病で無気力過ぎるせいで、社会不適合者な所がある。
そしてイルマさんも、原因は私とは少し違うだろうが、社会に上手く適合出来ていないのだ。
失礼かもしれないが、私はそんなイルマさんに、勝手に親近感が湧いてきていた。
「じゃあ、私と同じだー。私も友達全然いないの。
今まで勇者になる為の試練ばっかさせられてたし、それに人見知りなせいで、あんまり他人と関わろうとしてこなかったからさ」
「そうなんですか……」
「うん、そうなのー」
私は、他人が苦手だ。
他人とは騒がしくて、怖くて、そして一緒にいたら疲れるものだから。
けれどこの子相手だったら、一緒にいてもあんまり怖くないし、疲れない気がする。
「ねえイルマさん。私、学校に行ってないから学校がどんな場所か全然知らないの。
イルマさんは学校に行ってるんでしょ? 普段どんな事してたりするの?」
「学校ですか……、えっと……」
イルマさん相手だと何となく話しやすかったから、会話をしてみると案外楽しかった。
そして、話しやすかったのはイルマさんも同じだったらしく、一度話し始めると、私へと結構色んな事を話してくれた。
そうして私達はしばらく、特に何の中身もない雑談に耽ったのだった。
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その後私は、イルマさんと料理店に行ったり、図書館に行ったりした。
イルマさんは、大人しいし、礼儀正しくていい子だった。
それに、のんびりする事が好きだったり、騒がしい場所が苦手だったり、私と同じような感性を持っていた。
私にとってそんなイルマさんと一緒にいる事は、びっくりするくらい苦にならなかった。
図書館の中で、時計を確認する。
時計の針は、そろそろ劇場が始まる時間を指していた。
私は、本を読むイルマさんに声をかける。
「イルマさん、劇って好き?」
「劇ですか? 別に嫌いではないですけど……」
この世界には劇場があって、そこでは定期的に、劇団による公演が行われている。
前世の世界と違って娯楽の多くないこの世界にとっては、劇は結構大きな娯楽だ。
そして、私は明日にはストラハを出発しなければならない。
だから私は、旅立つ前の最後の思い出として、その劇を見に行きたいと思っていた。
「一緒に見に行かない?」
「そうですね」
「じゃあ、行こー」
そうして、私達は2人で劇を見に行く事にした。
図書館を後にして、ストラハの街の中を歩いていく。
図書館や劇場などの娯楽施設は、だいたい聖域の中央に密集している。
だからそんなに歩かずに、私達は劇場の前に付いた。
「お金は私の奢りでいいから」
「いいんですか……?」
「うん。イルマさんは私に付き合ってくれてるんだし」
まあそのお金は、正確には私のお金ではなく、スピカ様から貰っているお小遣いなのだが……。
私はイルマさんと2人で劇場に入る。
そして、座席に座って少し待つ。
そしてしばらく待っていると、やがて幕が上がって、劇が始まった。
ある日ある所に、とても偉い王様がいました。
偉い王様は、とても立派な人で、誰からも慕われていました。
しかし王様以外の人間はそんなに立派な人間ではないので、色んな騒動を起こしてしまいます。
そしてそんな完璧ではない人たちを、王様はそれでも優しく見守っていました。
劇の内容は、そんな感じだった。
幕が下りて、会場が拍手で包まれる。
なんか会場からは好評らしいが、私は盛り上がりどころとかもよくわからないし、どの辺に共感すればいいのかもよく分かんなかった。
「なんかよく分かんない話だったな……」
劇場から出ていきながら、私はそんな事を呟く。
「私も、正直よく分かりませんでした……」
イルマさんもそんな事を呟く。
ああ、よく分かんなかったのは私だけじゃなかったのか。
「どの辺で盛り上がればいいのかよく分かんなかったし、私は何ていうかこうもっと、分かりやすいのがよかったなぁ」
「私、あの王様がどうしてあんなに慕われているのか、よく分かりませんでした……」
「分かんなかったよねー」
「そうですね……」
私たちは、そんな話をしながら劇場を後にした。
劇はあんまり面白くなかったけど、イルマさんとの仲は少し深まった気がした。
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劇が終わった後。私はイルマさんを、ある場所へと案内してあげた。
さらさらと川が流れていて、周りには人通りが少ない。そんな静かで綺麗な場所。
昔ストラハを散歩していた時に見つけた、私のお気に入りのスポットだった。
「なんだか、落ち着いた場所ですね……」
「そうだねー……」
川を眺めながら、2人でまったりする。
私もイルマさんもまったりする事が好きなので、ただぼーっと川を眺めているだけだが、そんな時間は全く苦にならない。
私たちはしばらく、川をぼーっと眺めながら、ただ静かに和んでいた。
「こうしていると、リューリュさんはなんだか、勇者だとは思えないです……」
「そうだろうねー」
私は本来、のんびりした人間だからなぁ。
桁外れの魔力の才能なんてものが無ければ、今頃まだ、オネストの聖域でのんびり毎日を過ごしていた事だろう。
「……リューリュさん、明日には、ストラハを旅立たないといけないんですよね」
「うん、そうだね……」
こんな風に過ごしているけれど、私はもう、明日には旅に出ないといけない。
イルマさんはそんな私へと、のんびり流れる川を眺めながら話す。
「勇者をやっているのって、やっぱり、大変なんですか……」
「うん、大変だよほんとに……」
出来る事なら、今でも直ぐにやめたいくらいだ。
「そうですか……」
イルマさんはこんな私を見て、可愛そうだなぁとか思ってるのだろうか。
世界を救う為に戦わないといけないだなんて可哀想。私も確か、そんな事を思っていた気がする。
「でもさ、私は頑張らないといけなんだよ」
私はイルマさんへと、自分の思っている事を話してみる。
「元気がなかったり、暗いだけの人なんて、誰も好きになってくれないの。
周りのみんなは、元気だったり、明かったり、誰かの為に頑張ってたり、そんな人間だからその人の事を愛してくれるの。
だから私は、正直勇者なんてやってたくないなーって思うけど、それでも頑張ってなきゃ駄目なの」
私はのんびり生き過ぎていたから、お母さんに捨てられた。
そして今は、毎日頑張っているから、スピカ様が優しくしてくれるのだと思う。
だから私は、こんな駄目な自分は、頑張って少しでも否定していないといけないのだ。
「でも、そんな事ないと思いますけど……」
しかしイルマさんは、そんな私の言葉を否定する。。
「なんでそう思うの?」
立派な人間にならないといけないというのは、大切な事。
それは、私がこれまで自分の人生の中で学んできた事だ。
だから、イルマさんが変な事を考えていたら、私が人生の先輩として教訓みたいなものを教えてあげよう。
そんな事を思いつつ、私はイルマさんの言い分を聞いてみる事にする。
「私は、本来は人見知りな性格で、他の人といると凄く緊張してしまいます。
けれど、今こうしてリューリュさんと一緒にいる時だけは、他人と一緒にいるのに全然疲れないんです。
そして、それはきっと、リューリュさんは私の周りにいるような人たちとは違って、その暗い人だからなんだと思うんです。
暗い人より明るい人の方が、好きになってくれる人は多いのかもしれません。
けれど私は、リューリュさんがそんな人だから、一緒にいて落ち着けるんです。
だから身勝手な願いかもしれませんが、リューリュさんには、今のリューリュさんのままで居て欲しいです……」
イルマさんの口から出たのは、論理的な事でもなんでもない、ただの、個人的な感想のようなものだった。
「そうなのかな……?」
「私は、そう思いますけれど……」
「えー、ほんとにー?」
「な、なんで疑うんですか……?」
私は少しだけ遅れて、イルマさんが本当の事を言っているのだと分かった。
私はずっと、自分のこの自堕落で無気力な性格に、苦しんできた。
これのせいで、お母さんに捨てられてしまったし、まともに友達も出来ないし、スピカ様の期待にいまいち答える事も出来ないし、勇者になる為に過ごす毎日もとても辛い。
だから私は、そんな自分の性格の事を、たぶん恨んですらいたと思う。
けれど目の前にいるこの子は、こんな私に対して、私でよかったと言ってくれた。
そんな相手に会うのは、生まれて初めてだった。
だからなのだろう。私は、涙がぽろぽろと溢れて、止まらなくなった。
「え……、リューリュさん、ど、どうしたんですか……?」
「うー……だってぇ……」
急に泣き出すなんて、自分でも変だとは思う。
でも、こんなの反則だ……。
こんなに嬉しい気持ちにさせられて、涙を止める事なんて出来ない……。
「えっと……えっと……」
イルマさんは、突然の事にどうしていいのかわからず、ただあたふたとする。
私は、そんなイルマさんを見ながら思う。
目の前のこの子は、こんな私の事を、当たり前のように受け入れてくれていた。
だから私は、この子と一緒にいても全く疲れなかったし、怖い気持ちも全く湧いてこなかったのだろうと。
まだ会って1日しか経っていないが、私は目の前のこの子の事を、私にとって、とても、とても貴重な相手であると認識していた。
一言で言えば、私はイルマさんの事を、大好きになっていた。
少し経って、涙が止まってきた後。
私は目の前のこの子がいてくれる事が、嬉しくて堪らなくなっていた。
「ねえイルマさん。イルマって呼んでもいい?」
「えっと、いいですけど……」
「ありがと。イルマも別に、敬語なんか使わなくていいよ」
私はもっと、この子と仲良くなりたいと思う。
「その、これは癖なので、使わない方が変な感じがするんです……」
「そうなんだ……、だったらいいけど」
私は少ししょんぼりとする。
「すいません……」
イルマさんも、そんな私を見て、少し申し訳なさそうにする。
なんか、微妙な空気になってしまった。
「じゃあその代わり、イルマの事、姫って呼んでいい?」
「え? な、なんでですか……?」
「だって、お城に住んでるし、司教王様の娘だし、お姫様って感じがするもん」
思えばお城ですれ違ったりしていた時から、なんとなく高貴なイメージを受けていた気がする。
今思えば、私はその時から既に、この子の偉大さを感じ取っていたのかもしれない。
「別に、いいですけど…」
「じゃあ、これからは姫って呼ぶね。よろしくね、姫ー」
「なんか、変な感じです……」
私はさっきのやりとりだけで、完全に姫へと心を開いていた。
だから私は、その後思いっきり、姫と仲良くした。
姫は、私の態度が急に馴れ馴れしくなっても、そんなに気にせず、引き続き私へと仲良く接してくれたのだった。
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私は姫と、夕方まで談笑をした。
そして夕方になったら、2人で庭園の食堂に行って、そこで食事をした。
この食堂で友達と食事をするのが、私のひそかな憧れだったので、2人で食事が出来たのはとても楽しかった。
そして、夜になった。
明日の朝になったら、私はストラハを旅立たないといけない。
だから私は、姫とは今日会ったばかりなのに、もうお別れの時間が近づいてきてしまっていた。
私も姫もお城の中に住んでいるので、一緒にお城の中に入る。
そしてお城の玄関に入った所で、姫が立ち止まった。
「本当にもう、明日からは会えないんですよね……」
「うん。最低でも、2年以上は会えないね……」
知恵の試練と優しさの試練を受けるのに2年がかかる。旅をしている時間も合わせたら、もう一度ストラハに戻ってくるのは3年後くらいになってしまうのかもしれない。
それに、もし魔王と戦った時に殺されてしまうのならば、もう二度とここに帰ってくる事も出来ない。
姫は私と別れるのが寂しいのか、立ち止まったまま、その先に歩いて行こうとしない。
「姫なら本当に、私以外の友達も出来そうだと思うんだけどな……」
礼儀正しいし、優しいし、こんなにいい子そうそういない。
こんな子に友達がいない方がむしろ変だ。
「私、リューリュさんだからこんなに仲良く出来たんです……。他の人相手だったら、こんな風になれません……」
それは、私も同じ気持ちだ。
私も姫相手だったら楽しく過ごせたが、他の人相手だったら、こんな風に楽しくなんて過ごせない。
「このまま家に帰ったら、リューリュさんはいなくなって、また何時もの毎日が戻ってきてしまいます。
周りの人はみんな私に期待するし、一緒にいても楽しい人なんていません……」
その気持ちも、分かる気がする。
私も今日が終わったら、また、あの辛い事ばかりの日々に戻らないといけない。
「それに、リューリュさんがいなくなったら……、私の気持ちを分かってくれる人が、いなくなってしまいます……」
そんな事を呟きながら、姫は、泣いていた。
それは、悲しみの涙だった。
私は、姫とはまだ殆ど初対面だ。
だから、姫が普段どんな風に過ごしているのか、そんな事はよく知らない。
けれどその涙は、姫を取り巻いている環境がどんなに辛いものなのかを、何よりも雄弁に語っているように思えた。
「姫……」
姫は別に、テレビゲームのように、悪い魔王に囚われたりしている訳ではない。
けれど私は、姫は囚われているのだと思った。
周りの期待に、理解者のいない環境に、そんな境遇から抜け出せない色んなものに、姫は囚われているのだ。
私にとって姫は、既に、とても大切な存在だ。
だから私は、姫を泣かせているものが許せないと思った。
そして、そんなものからなんとかして、姫を助けて出してあげたいと思った。
「……姫、少ししたら戻ってくるから、そこでちょっと待っててね」
私はそう言い残して、その場所を離れる。
「スピカ様ー」
そして、自分の部屋へと向かいながら、スピカ様を呼び出す。
(……なんでしょうか?)
「私は明日から、他の聖域に行くんですよね」
(ええ。それはもう決まった事です)
スピカ様は、私がやっぱり行きたくないと言い出す事を懸念しているのかもしれない。
けれど私が言いたいのは、そういう事ではない。
「その旅に、姫も一緒に連れて行っていいですか?」
(イルマも一緒に、ですか……)
スピカ様は少しだけ考えた後、直ぐに答えを返してくれる。
(ええ。構いませんよ)
「ありがとうございます、スピカ様」
スピカ様の返答は、許可だった。
「それで、今からさっそく旅立ちの準備をしたいんです。
私一人じゃなくて姫の分も、何を持っていったらいいか、教えて下さい」
(今からなのですか?)
「はい、今からがいいんです」
(……ええ、分かりました)
スピカ様は、私のやりたい事を察してくれたらしい。
私が自分の部屋へと戻た後、スピカ様は、2人分の旅に必要なものをあれこれと指示してくれた。
そうして私は、旅に必要なものを全て準備し終えた。
最後に大盾も持って、そして4年半以上を過ごした部屋に別れを告げる。
そして、待たせていた姫の所へと戻った。
「どうしたんですか、その荷物?」
「今ね、旅立つ為の準備してきたの。これは姫の為の鞄で、これは姫の為の服ね」
鞄は私の予備のもので、服は私が昔着ていたものだ。
姫に貸してあげられるくらい、色々と持っていてよかった。
「どうして、私の分があるんですか……?」
まだよく分かっていない姫に、私は笑顔で話す。
「姫。家や周りの事なんか全部忘れてさ、2人で旅に出ようよ」
私が姫にしてあげたい事とは、要するに、家出の誘いだ。
姫はまだ頭が追いつかないといったようで、困惑しながら話す。
「どうして、私も旅に出るんですか……?」
「私、姫を助けてあげたいの。余計なお世話かな……」
姫はそう言われて、私がしたい事を理解してくれたらしい。
けれど、まだ戸惑いながら、私へと話す。
「……でも私、学校があります。明日からまた学校に行かないといけません」
「でも、嫌なんでしょ。学校なんて行くの」
「それは、そうですけど……」
「じゃあ、行かなくていいじゃん」
それは、姫を苦しめているものでしかないのだ。
だったら私は、そんなもの行かなくていいと思う。
「でも私には、周りの人がみんな期待しています……」
「そんなのきっと、答える必要なんてないよ」
そんなものが、姫に何かを与えてくれるとは思わない。
だって姫は、こんなにも苦しんでいた。
「本当に、付いて行ってもいいんでしょうか……?」
「私、こんなに仲のいい友達が出来たのに、今日でお別れなんて寂しいからさ。
姫が付いて来てくれるなら、すっごく嬉しいなーって思う。
だから、後は姫の気持ちだけで決めていいよ」
姫はしばらく考え込む。
私は、姫が答えをくれるのをただ黙って待つ。
「私、この狭いお城の中だけで、ずっと生きていくんだと思っていました。
どれだけ嫌でも、それが私の人生なんだと思ってました。
でも……、そうじゃなくても……いいんでしょうか……?」
「うん」
「私……、このストラハの外に行って……いいんでしょうか……?」
「うん」
そうして姫は、答えを出してくれる。
「私、もうこの場所いるのは嫌です……。
だからリューリュさん、お願いです……。私を……連れて行ってください……」
「うん!」
姫は家出がしたい。そして私は、まだ姫と一緒にいたい。
だから私は、姫の手を取って、お城の外へと走りだした。
お城の外では、綺麗な月明かりの光が、旅立つ私たちを照らしていた。




