9話 勇気の試練4
魔法の修行をしたり、魔力量を増やしたり、指示されるままに魔物を倒していったり。
そんな日々を、ただ何日も過ごしていく。
前世の頃からそうだったが、私の世界に登場人物は少ない。
私は、寂しがり屋だが他人が苦手で、そしてめんどくさがり屋でもあるという、なんとも微妙な性格をしている。
なので、一人でいると寂しいなという気持ちはあっても、気が合わない人と一緒にいるとそれ以上に疲れるだけなので、実際に友達を作ったりはなかなか出来ない。
そして、勇気の試練をしていても、スピカ様以外の他人と触れ合うような事は特に無い。
なので私の毎日は、どれだけ時間が経っても、特に変わったような事は何も起こらない。
春が過ぎて、夏が過ぎて、秋が過ぎて、冬が過ぎて、そうして1年が経つ。
そしてまた、春が過ぎて、夏が過ぎて、秋が過ぎて、冬が過ぎて、1年が経つ。
特に楽しい事もない毎日の中。ただ、時間だけが過ぎていく……。
勇者をしていると、誰かの役に立てるし、誰かが自分を認めてくれる。
本当はそんな事は、とても幸せな事なのかもしれない。
けれど私は、こういう性格だから、そんな事に楽しさを見出すことは出来ない。
どれだけ経っても、全く出来ない。
だから、勇者になる為の修行なんてして過ごす事は、ただ苦痛な毎日の連続でしかなかった。
そうして、特に何もないまま、私がストラハに来てから4年半くらいが経った。
気が付けば私は、もうとっくに、前世で死んだ年と同じ13歳になっていた。
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冬になって、すっかり肌寒くなってきたある日の事。
私は何時ものように、魔物を倒すためにストラハの外で活動していた。
そして夜を明かすために、ぱちぱちと燃える焚き火を眺めながら、野宿をしていた。
(リューリュ)
「なんですか?」
ぼーっと焚き火を眺めていたら、スピカ様に話しかけられる。
(あなたがストラハに来てから、長い時間が経ちました。
そして、あなたは私の言うことに従い、ずっと勇気の試練を受けてくれて、最初の頃とは見違える程強くなりました。
なので勇気の試練も、そろそろ終わりにしようと思うのです)
「そうですか……」
やっと、終わっていいのか……。
(ですが、この試練を終える前に最後にもう一つ、卒業試験のようなものをやって貰いたいと思っています)
「何すればいいんですか……?」
今まで大変だったが、何だかんだで大きな怪我をしたり死んだりはせずにやってこれた。
最後のも出来れば、難しくない事だったらいいが……。
(あなたは、闇穴というものを知っていますよね)
「ええ、まあ」
スピカ様と最初に会った日に、歴史の話の中で説明して貰った。
魔族の人が、闇脈を地表に送るための穴の事だ。
(魔族は闇穴を使って、世界を闇のマナで覆い尽くそうとしています。なので魔王を含め全ての魔族達は、闇穴という場所の奥に住んでいます。
あなたにはこれから、そんな闇穴の中の一つへと入って、実際に魔族と戦って貰おうと思います)
「それって、どのくらい危険なんでしょうか……」
(魔族はとても強い種族です。少なくとも、あなたが戦ってきたどんな変異魔物よりも強い事は確実です。
なので、あなたに受けてきて貰った勇気の試練の中で、最も危険ではあるでしょう)
「そうですか……」
嫌だなぁ……。危険だったら怖い。怖いのは嫌だ。
私は勇気の試練なんてものを4年以上受けさせられたが、臆病な性格は未だに全く治っていない。
「しかし危険だからこそ、勇気の試練として意味のある事になるのです。
なのでリューリュ、頑張って下さいね」
「はーい……」
どうせ断れないし、私はしぶしぶ頷いておくのだった。
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スピカ様に案内されながら、森の中をしばらく進む。
そして私は、森の中にある、洞窟の入口になっている場所に付いた。
(着きましたよ。ここが闇穴です)
「うわぁ……」
闇のマナとやらが溢れてるからなのか、、その洞窟は威圧感のようなものを放っていて、なんか見るからに禍々しい。
(ではリューリュ、ここに入ってください)
「はーい……」
怖いけれど、しょうがない。
私はしぶしぶ、その洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は、光が差し込んでいなくて、真っ暗で何も見えない。
なので私は、魔法で光を灯してから、その光を頼りに先へと進んでいく。
洞窟の中には、植物も動物もいなくて、ただ暗闇と静寂だけが広がっている。
私はそんな寂しい場所を、自分の足音だけを響かせながら、先へと進んでいく。
「スピカ様ー」
私はスピカ様を呼び出してみる。洞窟の中なので音が響く。
(……どうかしましたか?)
少し待つと、そんな声が頭の中に響いた。
スピカ様の声を聞けて、少しだけ安心する。
「スピカ様、ちゃんといてくれてますよね……」
(ええ、いますよ)
スピカ様は、何時でも私の事を監視していて、そして見守ってくれている。
時にはそれが鬱陶しく感じる事もあるが、こういう時は素直にありがたく感じる。
「なんか、こんな所にずっと一人でいたら、気が変になってしまいそうです……」
たぶん、これから魔族の人と戦わないといけない恐怖感もあるのだろう。
真っ暗で物音一つしない洞窟の中を歩いているのは、スピカ様がいてくれないと耐えられそうにないくらい、怖かった。
(リューリュ、その……)
「なんですか……?」
スピカ様は、何かを言いにくそうに話す。
ただでさえ怖いのに、まだ何かあるのだろうか……?
(この闇穴には、闇のマナがそこまで流れていないので、私の力を及ばせる事が出来ます。
しかし、魔王の待つ魔王の闇穴は、闇のマナの濃度が高すぎて、私の力が及びません。
私は魔王の闇穴の中にあるものには、気配探知で何をしているか探る事も出来ませんし、テレパシーを届かせる事も出来ないのです。
なのであなたが魔王と戦う時、私はあなたを見守っている事は出来ないのです……)
「ええ……」
魔王と戦う時、私はこんな場所を一人で進まないといけないのか……。
(今はまだいいですが、あなたが魔王と戦う時には、一人でこんな洞窟の中を進んでもらう事になります。
その事を、覚悟はしておいて下さいね……)
「はい……」
魔王か……。
もう後2年くらいで、戦わないといけなくないんだよね。
怖いし、死ぬかもしれないし、嫌だなぁ……。
私はおどおどとした気持ちの中、暗い洞窟の中を、ただ進んでいくのだった。
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闇穴の中は、それなりに距離があるらしい。
なので半日かけて歩いても、まだ魔族の人がいる所にはたどり着かない。
ここに入った時は昼過ぎだったので、もう何時もなら眠る時間になった。
私は眠くなってきたので、持ってきた食事を食べたりした後、洞窟の中で野宿をして一夜を明かした。
そして目を覚ました後。また、洞窟の中を進んでいく。
動物も植物も、日の光も風の音も何もない洞窟の中。
私はただ、そんな場所を歩き続ける。
「スピカ様ー」
私は、スピカ様を呼び出す。
(どうしましたか?)
「なんでもいいから、お話しましょう……」
ずっと黙って歩いていると、寂しいし、怖い……。
(そうですね。では、どんな話をしたいですか?)
「別に、何でもいいですけど……」
(では今の内に、あなたがこれから先にする事についてでも、話しておきましょうか?)
これから先とは、勇気の試練が終わった後の、私の勇者としての旅の事だろう。
「じゃあそれで、お願いします」
そうして私は、スピカ様に、これからどんな事をするのか改めて聞いておく事にした。
(前もって説明していた通り、勇気の試練が終わった後は、知恵の試練と優しさの試練を受けて貰う事になります。
そして、知恵の試練と優しさの試練の内容はまだ決まっていないと言っていましたが、先日それも決まりました)
ああ、何するかついに決まったのか……。
(まず知恵の試練では、1年間、あなたに学校に通って貰う事になりました)
「学校、ですか……?」
(ええ。あなたは今13歳で、そして今は冬の季節です。
なので、あなたが今からポポラハに向かえば、ポポラハに着く頃が、ちょうど1年後に学校を卒業している時期となります。
なのであなたには、最後の1年間だけですが、同い年の子供達と一緒にポポラハの学校で勉強をして貰う事にします)
スピカ様から勇気の試練を受けている間、私は当然学校なんてものに通ってはいなかった。
しかしそういえば、この世界の学校は14歳で卒業ならしいので、私は次の次の春が学校を卒業する時期になる。
そして最後の1年だけ、学校に通って貰おうという話ならしい。
知恵の試練は知恵の心を鍛える事になるので、学校に通わせるのが一番手っ取り早いという判断なのだろう。
「でも私、今まで学校なんて全然行ってなかったし、今さら周りの勉強になんて全然付いて行けないと思うんですけど……」
(ポポラハに付いたら、ヒテイという聖霊が、あなたの知恵の試練を担当してくれます。
ヒテイは勉強を教えるのが得意ですので、その辺りは大丈夫ですよ)
「そうですか……」
まあスピカ様が言うのなら、そこまで心配はないのだろう。
けれど学校か、嫌だなぁ……。
勇気の試練は、毎日疲れるまで体を動かしたり、魔物と戦ったりしないといけない大変さがあった。
けれど知恵の試練も、毎日勉強しないといけなかったり、他人が一杯いる学校に通わないといけなかったり、色々大変そうだ……。
(そして優しさの試練は、1年間、あなたに療養所で働いてもらう事になりました)
「療養所って、病気の人とかが休んだりしてる場所の事ですか?」
(ええ、その療養所です)
この世界は医療があんまり発達していないので、ちゃんとした医療手術をしたりする事は出来ない。
なので重い病気にかかった人などは、療養所という施設で、体がよくなるまでただじっとしていて貰う事になる。
しかし、私は魔纏の力のおかげでやたら体が丈夫だったので、風邪などにかかった事すら全然ないし、そんな施設のお世話になった事なんて当然一度もない。
「私、療養所がどんな場所かとか、全然知らないんですけれど……」
(優しさの試練は、ラグラハという場所で、テテルという聖霊から受けて貰う事になります。
そして優しさの試練が始まれば、どんな事をすればいいのかは、ちゃんとテテルが教えてくれます。
なのでそれも、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ)
「そうですか……」
優しさの心を鍛える為の試練。たぶんそれは、1年間他人に尽くすみたいな事をさせられるのだろう。
けれどそれは、勇気の試練とか知恵の試練と違って、なんかやる事のイメージがあんまり付かない気がする……。
(他に何か、聞いておきたい事などはあるでしょうか?)
私は、知恵の試練と優しさの試練を受ける上で、一番大きな不安がある。
だからそれを、改めてスピカ様に相談してみる。
「スピカ様。私が他の試練を受けている間って、私の導き手が別の精霊様になるんですよね」
(ええ、そうですよ)
私は普段、スピカ様に一日中べったりで導いてもらっている。
しかし、試練を受けている間は、その試練を担当している聖霊様が私の導き手となるらしい。
精霊の加護を授かる為には、当人と精霊が心を通わせる必要があるので、お互いが少しでも打ち解けられるようにそうするんだとか。
「私、スピカ様以外の精霊の方と、ちゃんと仲良く出来るでしょうか……」
スピカ様は、とってもいい人だ。
私へと毎日気を使ってくれるし、私がどんな失敗をしても優しく接してくれるし、おまけに頼りがいもある。
だからこそ、一時でもスピカ様と別れるというのは寂しいし、他の聖霊様とスピカ様と同じように接する事が出来るのかも不安になる。
少なくともそんな事を思うくらいには、私はもうスピカ様にだけ懐いてしまっている。
スピカ様は、不安そうな私を見て、安心させるような声色で話す。
(前にも話した事があるでしょうが、ヒテイもテテルも、私の友達なのです。
なので私は、ヒテイもテテルも、とてもいい人なのを知っています。だから、大丈夫ですよ)
そういえば、スピカ様はその2人と友達だったんだっけ。
「本当に、大丈夫でしょうか……」
(ええ。ヒテイとテテルになら、私も安心してあなたを預けられます)
「そうですか……」
たぶんスピカ様は、心からその2人の事を信頼しているのだろう。
あんまり言っても困らせてしまうだけだし、私はスピカ様の言う事を、素直に聞いておく事にした。
私に他の質問がない事を確認して、スピカ様はまた話を続ける。
(優しさ試練が終われば、あなたにはいよいよ、魔王の闇穴へと向かって貰う事になります。
そしてそこで、今まで鍛えたあなたの魔力と、聖霊の加護の力を使って、魔王との決戦をして貰います)
「はい……」
魔王と戦って生きて帰った人は、600年間で誰もいない。
そんな人と戦わないといけないのは、今でもどうしようもなく怖い。
「スピカ様……」
(なんですか、リューリュ)
「ちゃんと、私を守っていて下さいね……」
(はい、リューリュ)
スピカ様は、不安で一杯になっている私の心を少しでも癒すように、優しい声をかけてくれる。
私はそれで、少しだけでも安心出来る。
勇気の試練なんてものを受けても、私の性格は全然変わらなかった。
私は相変わらず臆病なままだし、色んな事をめんどくさいとしか思えない無気力な性格のままだ。
けれどこの4年半の時間の中で、一つだけ変わった事があった。
それは、私がスピカ様を信頼するようになった事だ。
この4年半の時間、スピカ様はまるで母親のように、ずっと私に優しくし続けてくれた。
だから私は、こうやってスピカ様と話していると、それだけで安心した気持ちになれるようになっていた。
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それからしばらく歩いた後。
道の先に、誰かがいる気配を感じた。
(リューリュ、この先に魔族がいます。出会ったら直ぐ戦闘をする事になると思いますので、心構えをしておいて下さい)
スピカ様のそんな言葉が、頭の中に響く。
本当は、この先の道に進むのは怖くて仕方がない。
けれど、私がここで先に進みたくないなんていったら、きっとスピカ様は困ってしまうだろう。
そして逆に、私がここでスピカ様の言う勇気の心というものを獲得する事が出来たら、きっとスピカ様は喜んでくれるだろう。
私は臆病で無気力で、正直言って駄目な奴だ。
けれどスピカ様は、こんな私にも、この4年半の時間ずっと優しくしてくれた。
だから私は、この時くらいは、スピカ様の為に頑張ってみたいと思った
そんな決意をして、少し進んだ後。
私の光の魔法に照らされて、魔族の人の姿が見えた。
魔族の人は、風船に足が片方だけ生えたみたいな体をしていて、顔の部分には大きな目玉が一つだけ付いていて、そして何を考えているのかよく分からない表情で、私の事をじっと見つめていた。
なんていうか、精神病の人が書いた人間の絵が、形になってそのまま動いてるみたいな感じだ。
魔族の人は、聖霊様とは真逆の存在だから、人の心の闇を映したような姿をしているらしい。
既にどんな感じかはスピカ様から聞いていたが、実際に見てみると、やはり不気味だ。
私が観察していると、魔族の人はいきなり、衝撃の魔法を放ってきた。
私はそれを、構えていた盾で防ぐ。
そして、視野を保つ為に光の魔法は使ったままの状態で、自分も衝撃の魔法を放って応戦する。
魔族の人は、私の衝撃の魔法がぶつかった後、今度は大きな火の塊を放ってきた。
私はそれを、避けようなどとは考えたりせず、全部盾で防ぐ。
そして私も、盾の後ろで集中した後、強烈な魔法を放つ。
魔族の人はそれがぶつかるも、気にせず私へと魔法を撃ってくる。
そして私も、それを気にせず魔法をぶつけていく。
それからは、そんな攻撃をぶつけ合うだけのやりとりをしばらく続けた。
私は、ただひたすら魔法を打ち合うだけの訓練を、スピカ様と長い時間をかけてやってきた。
そしてこの戦いは、その訓練と全く同じ流れだった。
魔族は聖霊と同じで、魂に体が付いているだけの存在なので、物理攻撃をしてくる事はない。
なので魔族が戦う時は、ただ空にふよふよと浮かびながら、魔法での攻撃だけを浴びせてくる。
なので私も、一発一発集中しながら、ただ同じように魔法を浴びせ続ければいい。
そうしてお互いの魔力量比べをして、魔力が先に尽きた方が負け。
駆け引きも何もない、戦いというにはあまりにも単純な作業。
これが、スピカ様と何度も何度も練習してきた、私が最も上手く戦える戦い方だった。
そんな戦闘がしばらく続いた後。
私は、魔力がもうかなり無なっていて、息もあがっていた。
けれどそんな状態になっても、絶対に攻撃の手を緩める訳にはいかない。
もし攻撃の手を緩めてしまえば、私は一方的に攻撃されるだけになってしまい、魔力が相手より先に尽きてしまう。
そして、もし魔力が尽きてしまったら、私は確実に殺されてしまう。
だから私は、必死に集中して、一撃一撃の魔法を出来る限りの精度で完成させて、相手へとぶつけていく。
魔族の人は容赦なく、私の盾へと攻撃を浴びせ続けていく。
その度に、私の残り少ない魔力量が、更に削られていく。
私は盾の後ろで、このまま自分が殺されてしまうのではないかという恐怖に震える。
そんな極限の精神状態の中、相手の魔力が尽きてくれる事だけを願って、必死でただひたすら魔法を打ち続ける……。
そして、もう少し時間が経った後。
魔族の人の攻撃の手が、急に弱くなった。
私は構わず必死で、魔法での攻撃を浴びせ続ける。
すると魔族の人は、溶けるようにして、空気中へと消えていった。
相手がどこに行ったのか分からなくなって、私は必死に相手を探す。
しかし全く見つからないので、どこにも魔法を打つことが出来ない。
私はただ死にたくない一心で、辺りの気配を探し続ける。
(リューリュ、もう終わりましたよ)
スピカ様の優しい声が、頭の中に響く。
私はその声で、はっと我に帰った。
そういえばスピカ様は、魔族の人は死ぬときに、空気中に溶けるように消えていくと言っていた。
つまり、あの魔族の人は、あれで、もう死んだのだ……。
恐怖から開放された事を理解すると、代わりに、涙のようなものが出てきた。
私、まだ生きてる……。
「スピカ様……」
(なんですか?)
「怖かった、です……」
(そうですか……)
恐怖に飲まれすぎていて、最後の方は、魔法のイメージもかなり大雑把になっていた気がする。
もしかしたら、もっと落ち着いて戦えていたら、ここまで苦戦するような相手ではなかったのかもしれない。
(リューリュ。お疲れ様でした)
スピカ様は私へと、ただ、そんな優しい言葉をかけてくれる。
「はい、スピカ様……」
私はそんな事に、ただ、安堵する。
そしてそれと同時に、申し訳ない気持ちで一杯になる。
私は結局、この4年半で、勇気の心なんて全く身に付かなかった。
スピカ様は本当は、こんな私を情けないと思っているのかもしれない。
スピカ様の立場からすれば、本当は、私はもっと勇敢で活発な人間であった方が好ましかったのかもしれない。
けれどスピカ様は、そんな気持ちは表には出さず、私へとただ優しい声をかけてくれる。
そして私は、そんなスピカ様の気遣いに、ただ温かい気持ちになる。
私はくたくたで動けなかったので、とりあえずその場所で、しばらく休む事にした。
ぼーっと休みながら、さっきの戦いの恐怖とか、それが終わった安心感とか、未だに抱いている自分が何故こんな事をしてさせられているのかという不満とか、そんな自分のまま何も変わっていない事に対するスピカ様への申し訳なさとか、そんなものをぼんやりと感じる。
そして私は、そんなぐるぐるとした思考の中、改めて自分の駄目さを自己嫌悪していた。
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闇穴から地上へと帰って、森の中を進んで、ストラハへと帰った。
そして私は、スピカ様に言われるままに、天界へと来ていた。
私は、何時もの神殿の庭の場所で、スピカ様の話を聞く。
「では今から、あなたに勇気の加護を授けます。
加護を授ける為には、まず、受け取る側に魂を預けて貰わなければなりません。
なのでリューリュ。あなたにはまず、私に魂を預ける事をして貰います」
「魂を預けるって、何をすればいいんですか……?」
「それほど難しい事ではないですよ。ただ私へと、心を預けるような気持ちでいてくれればいいのです」
心を預けるような気持ち、か……。
私はスピカ様の事を信頼してるから、その気持ちにそのまま身を委ねるみたいな感じにしておけばいいのだろうか。
「これでいいですか……?」
私はとりあえず、スピカ様に心を預けるという感じになってみる。
スピカ様は私へと触って、そして何かを確認する。
「はい、それで十分です」
よく分からないけど、どうやらそれでいいらしかった。
「加護を授けられる側には、それなりの不快感が伴います。
しかしどれだけ嫌な気分になっても、最後まで、私の事を拒絶しないで下さいね」
「はーい」
スピカ様は、再び私の体へと触れる。
私はなんとなく、体の奥底を触れられているような感覚になる。
内蔵とかそういうのじゃなくて、もっと私の奥底にある部分を触られているような感覚だ。
たぶんこれが、魂を触わられているという感覚なのだろう。
そしてスピカ様は、そんな私の奥底の部分に向けて、自分の力のようなものを流し込んできた。
「……ぅぅ」
確かにこれは、なんか凄く嫌な感覚だ。
まるで、私の一番大切なものが他の何かで塗りつぶされていくような感覚。気持ち悪くて、思わず拒絶したくなる。
でも、スピカ様は心を預けたままでいろと言っていた。だから私は、じっと我慢し続けたのだった。
そして、それなりの時間が経った後。
スピカ様は力を抜いて、私から体を離した。
「リューリュ、終わりましたよ」
「そですか……」
スピカ様が体を離しても、自分の奥底に変な感覚が残ったままでいる。
たぶんこれが、私の魂の勇気の器とやらに、スピカ様の魔力が入っている感覚なのだろう。
精霊の加護は魂に負担がかかるので、何度も与えられるものではない。
だからこの力は、魔王と戦う時にだけ開放すればいいらしい。
「これで、勇気の試練は全て終わりです。本当にお疲れ様でした」
スピカ様は、私を深々と労ってくれる。
そうして、私の勇気の試練は全て終わったらしかった。
スピカ様は私へと、そのまま話を続ける。
「あなたには次に、知恵の試練を受けて貰う事になります。
知恵の試練を受ける場所は、ストラハではなく、海の向こうにあるポポラハという場所です。
なのでリューリュ。あなたには、まずはルルストという聖域に向かってもらって、そこで船に乗ってもらうことになります」
そしてスピカ様は、少しだけ声色を明るくして話す。
「しかし、あなたも疲れている事でしょう。
なので旅立つ前に、明日から3日間は、休息の時間とします。
その間は、自由気ままに過ごしてもらって構いません。
それが終わったらルルストへと旅立つ事になりますので、その3日間は十分に休んでいてくださいね」
「はーい」
明日から3日間は完全なお休みか。何して過ごそうかな……。
その後は、天界を後にして、地上に戻った。
そして、もう日が落ちる時間帯だったので、食堂で夕食を取って、お城に戻ってお風呂に入ったりして、ベットの中に入った。
ベットで寝転がっていると、疲れていたからか、直ぐに眠くなった。
私は、4年半以上の時間をかけて溜まった疲労に身を委ね、そのままゆったりと眠りについのだった。
 




