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白光  作者: タカノメイ
6/8

頭痛で目が覚めた。

時計を確認すると7時過ぎで、その割に暗いことに気付く。

だるい体を起こしてカーテンをそっと捲ると、

しとしとと音もなく雨が降っていた。







小さい頃から頭痛持ちだった。

もはや手馴れたもので、頭痛薬を2錠、買い置きしてあるミネラルウォーターで流し込み、

冷却材を包んだ濡れたタオルで頭を冷やして眠るだけ。

学校に行く気はすっかり萎えて、ノートのお願いメールを簡潔に打って布団に潜る。

痛みで頭がぐるぐるして、食べ物を考えただけで吐き気がした。

体が妙に火照って苦しい。

額に乗せたばかりのタオルが、カキ氷を食べた時みたいにより一層頭痛を強める。

でも、少しだけ我慢すれば良いということをとうに知っていた。

予想通り始めは強烈な痛みが主張をしたが、後はだんだん語尾を弱めてひそひそ声になる。

薬が効くのを待って、眠りにつくだけだ。

そういえば、と最近睡眠時間が少なかったことを思い出す。

何が忙しいというわけではないけれど、それなに多忙な日々を送っているようで

小学生のように8時に就寝というわけにはいかないのだ。

今日ばかりはゆっくりしてやると心に決めて、まどろみに引っ張られていった。






野外にいなければ雨の音は好きだ。

水が跳ねてパンツの裾を汚してしまうだとかいう類の煩わしさを除けば、

町の埃を洗い流し、人の喧騒を静める素敵なものだ。

都会の雨は少し生臭い。

空気が汚いせいかもしれいと思った。

生まれ育った町の雨は、咽てしまいそうなくらい強い土の匂いがした。

私はその匂いが好きで、今でも少し懐かしく思う。

「今日は静かだね」

車内の沈黙の隙間をすり抜けて響くような声音だった。

「普段もそれほど喋ったりは」

饒舌に話してるつもりも、押し黙っているつもりもなかったから

静かだといわれるのは意外だった。

「雨の日に何もしないのが好きなんです」


少し暗い夕暮れを見ながら、音ともいえない雨音を聞きながら、

お風呂に入るのが一番好きだ。

あえて風呂場の電気をけして、外から差し込んでくる外灯の明かりだけが光源な

そんな空間が好きだ。

少ない光も薄暗さの中ではきらきらと白く瞬く。

日中の光よりも強く明かりというものを意識するのは、

暗さが明かりを浮き彫りにするからだろう。

ざぁざぁと降る冷たげな雨の音とちゃぷりちゃぷりと温かく波打つお湯の音。

混ざり合うようで合わなくて、それが妙に心地よくて。

こんな時間がずっと続けば良いのにと心の奥、静かでひっそりと息つくまでだ。


「雨は苦手かな」

降りしきる雨に視界が悪くなっているせいか、ちらりとも男はこちらを見ない。

注意散漫で事故に巻き込まれるよりはずっとマシだけれど、

こうしてこの男の顔をまじまじと眺めたのは久しぶりのような気がした。

一瞬一瞬の印象ばかり強すぎるこの男は、

写真を張り合わせてむりやりフィルムにした映画みたいに映る。

不思議なもので、媒体に通すと人間としての躍動が急速に失われる。

それこそ一枚の写真だけを見てしまえば、植物も動物も一瞬をとらえられたことによって

静止しているのと変わらないのだから強ち間違えではないのかもしれない。

「どうして?」

私は訊いた。

「低気圧が来ると頭痛が少しね」

「厄介な体質」

実際に低気圧が頭痛と関係あるのかを私は知らなかったが、

経験上、彼が頭痛になる日はきっと雨降りが多いのだろう。

「のたうち回るくらいには、きついよ」

左にウィンカーを出して、男はするすると無駄がないハンドル捌きで曲がる。

カチカチと点滅する音は、曲がりきってぷっつり止まり、

減速していた速度をまた上げるために、エンジンをふかす音が聞こえた。


「瑞穂」


名前を呼ばれたのは2度目だった。

「誕生日は秋?」

「はい、安直な名前ですよね」

「修悟さんは?」

名前を呼んだのも2度目だった。





「冬」





「驚くくらいに寒くて雪の降る日だったって」






恐ろしいくらいに似つかわしいと思った。

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