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白光  作者: タカノメイ
3/8

触れて溶けてなくなってしまうの雪のように

舞い散る花びらを掌にそっと受け止めたのならば、

消えてなくなってしまうのではと御伽噺みたいなことを考えた。

あの男もそうだ。

近づいて、触れたらきっと私の前から姿なんて消してしまうのだろう。





だから、

会えれば良いなどと泡に消えてなくなるような願いは持たずにいた。





花の季節は短い。

桜の花が芽吹き、見頃をすぎるのは大体一週間程度だろう。

なんて短い盛りか。

また1年後に咲く保証なんてどこにも無い。

手入れして大事に育てれば寿命は延びるかもしれないけれど、

それでも命。

ひょんな切欠でいつ失せてしまうのか分からない。

それに引き換え、人間とはのんきなものだ。

明日をも知れない命のことなど気にも留めない。


長かった春休みは終わりを告げ、学校は騒がしさで充満していた。

私の通う大学はそれなりに大きく、人が集まればそれなりになる。

それに加えてつい数日前に入学式を迎えたばかりだ。

大学生活に胸を膨らませる新1年生は少なくないだろう。

2・3年は自分のサークルに1年生を入れようと躍起になって勧誘をする。

それの何が楽しいのだろうと思っている時点で、

私はそういった集まりに向いていないのだろう。

おおよそサークルというものに属さずにだらだらと2年間過ごしていた。

飲み会がどうとか、合宿がどうとか。

入っていればそれなりに楽しめたのかもしれないが、

『それなり』のためだけに入るのは酷く億劫だった。

(若いな)

世間から見れば、自分が大学3年の世間も知らないような青二才なんてことは

誰に言われなくても承知している。

気持ちの問題だといえばそれまでなのだ。

だが、その気持ちの持ちようとやらがかなり大きいのではないだろうか。

まだ何も知らない人間にとって何もかもが新鮮に見える校舎も、

見慣れた人間にとって仕舞えばただの巨大な箱だ。

これから頑張るぞ、とか巨大な箱の中でそんな意欲持てるはずもない。

入学当初からそんな未来に期待しているような人間だったかは怪しいが、

今よりはいかばかりましだろう。


損をしているのかもしれない。

春の季節は出会いの季節と誰かが言った。

でも、私にとっては別れの季節だ。

またあと一年。

散った桜の花びらが無残にも踏みにじられていた。








毎年抱える感傷を拭いさりたかった。

だからまた私は電車に乗ってあの街へ向かった。

そう離れた場所でもないので、きっと桜並木の桜もことごとく散っているだろう。

それでもまだ踏みつけられていないだけましだと思った。

1回目通った道をそのままなぞった。

想像通り桜は散っていたが、今日も老人が1人私の横を通りぬけるだけで

私は思わずほっとした。

歩を進めると、私はあの男に出会った黄色いベンチに辿り着いた。

男はいなかった。

もしかして桜の妖精だったのではないかと、ばかげたことを本気で想像した。

でも、それならそれでひどく似つかわしいような気がした。

おおよそ人間らしい欠点を感じさせない容貌と掴めない性格は

どこか浮世離れしたものを感じさせたし、

それはそれで子供ができた時の話のネタにはなるだろう。

(ああ、でも、少しだけ)

私は黄色いベンチに腰かけるとそっと目を閉じた。

陽光を反射する黒を夢想して、少しだけ陶酔した。






「君」

聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。

聞き覚えがあるどころじゃない、聞いたあの日から忘れられない声。

上等な楽器みたいなあの声の持ち主を私は1人しか思い描けなかった。

「どうも」

ゆっくりと開かれた私の視界には男の顔が一瞬で飛び込んできた。

嗚呼、やっぱり美しい男だ。

私は何回この男に見とれるのだろうと呆れを抱かずにはいられなかった。

「・・・この前の」

平々凡々な私の言葉の続きを聞くことなく、男は自分のポケットから携帯を取り出した。

黒い角ばったフォルムはこの男にぴったりだった。

「電話」

「え?」

「くれないから」

てっきり嫌われたかと思った、と男は薄い唇で綺麗な弧を描いた。

いけしゃあしゃあとよくそんなことが言えるものだ。

私は変な感心を抱いてしまった。

少なくとも私にはこの男に電話しなければならない義理などない。

たまたま出会って携帯番号を渡された。

かけるかけないの自由意志は私に託されていたはずだ。

「だって必要がなかったから」

宝石箱にしまったあの日。

この人のことは完全に宝物としてしまい込んだはずの思い出だった。

綺麗なものは好きだ、率直にこの男と出会えたことを神様に感謝した。

しかしながら、宝物は宝物であってその先は必要なかった。

綺麗に綺麗に閉じ込めて置きたかったのに。


「携帯の番号教えて」


男は私の気持ちを嘲笑うかのようにそう言った。

なのに私は首を横にふることができなかった。

いやと言ったらどうなるだろうと思ったけれど、拒否権はなさそうだった。

有無を言わさずなんてそんな野蛮なやり方ではない。

スマートの一言に過ぎる。

策略を巡らされた方がもっと可愛げがあっただろうに。

私は今どきの女子大生にしては味気ない、ストラップレスの白い携帯を取り出して

アドレスを送った。







「今日の晩、電話するから」







感情が音を立てて動き出す。




逆らえない。

私は、桜の養分足りうる美しい野獣の餌食だ。

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