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白光  作者: タカノメイ
2/8

人間、美人に生まれたものがちだとか美人も才能だとか言うけれど

「なるほど、正しい」と思わずにはいられない。

でなければこんなにもこの男に惹かれたりはしない。








名前は聞かなかった。

興味そそられるものはあったけれど、記号化して他者と区別する必要がなかったからだ。

何気なくいったその街の桜並木で見つけた男は酷く緩い男だった。

ただぼんやりと世間を受け流していく。

反するように語り口はどこか淡々としたものを感じさせ、

綴られていく単語は知性を含みながらも他人に伝わり易く組み立てられていく。

言葉は記号であり手段だという認識が定着していた私であったが、

あの男の言葉はそれこそ歌のようでもあり小説のようでもあった。

そう思わせる要因として語り口以外に声色もあるだろう。

低くく少しこもる声であったが、耳障りはこの上なく上等であった。

「はい」

男は何かを閃いたような表情をしてから、シャツの胸ポケットから

紙切れとボールペンを取り出してさらさらと何かを書いて私に渡した。

受け取った私は首をかしげて彼の端正な顔を訝しげに見つめた。

なんの切れ端だろう白い紙の上には090で始まる番号が連なっていた。

「俺の携帯番号だから」

「見てわかります」

悪徳商人にしてはあまりにも優男な感じがしたが、

実際に出くわしたことも無いので私の先入観が正しいのかも分からなかった。

しかしながら、一般的な感覚かつ彼にある程度の信用を抱くならば

それが男の携帯の番号だということは用意に想像できた。

「良かったら電話して」

見ず知らずの人間にあっさり携帯の番号を教えるとはなんと警戒心のない人間であることか。

私はこの男の実態をさらに掴めなくなっていた。

加えて言うならば、出会ったから10分ほど大して面白い話もしていない。

取り立てて意気投合したわけでもなく、特定の話題に盛り上がったわけでもない。

何がその男にそうさせたのか、私にはさっぱり分からなかった。

「面白い子だよね」

くつくつと爆笑という言葉には程遠い笑い声を立てた。

褒められてるのか貶されてるのかいまいち判別できないとは思ったが、

流れを呼んで一応褒められたことにしておいた。

「こいつも君のことが気に入ってるみたいだ」

彼の足元にいたふわふわなゴールデンレトリーバーは、

撫でる私の手を大人しく受け止めていた。

賢い犬は好きだ。

犬という動物に対して従順さを求めているわけではないが、賢い犬特有の、

人を理解しているのかしていないのかはっきりとしない雰囲気は単純に好ましい。

「ちゃんとしつけされてますね」

「うん、でないとこの子がかわいそうだから」

「どうして?」

「無闇に吠える犬を可愛いと思う人は少ないだろうからね」

幾分か漠然とした答えだが、納得はできた。

人間もそうだけれど、うるさいものは何でも人を煩わせる。

品性にかけた言動は騒音や公害と同等であり、評価を簡単に下げることができる。

そういう意味で人間だろうと犬だろうとマナーは備えておくに越したことはないのだ。

「いいこ、また会いたいな」

「そう思うならまた会ってあげて」

彼はベンチから立ち上がると、それじゃあと何気ない返事をして桜並木に消えて行った。




名前は聞けなかった。

聞くタイミングがなかったといえば嘘ではない。

しかしながら記号化して他者と区別する必要もなかった。

なぜならば彼は人生で何万人と私の横を通りすがっていく人とは逸した人間だったからだ。

存在が存在としてのみある、それだけで十分だ。

男と出会って3日ほどたったが電話は1回もしなかったしかかってこなかった。

だからといって寂しく思うこともなかったし、

あまりにも桜が美しかったがためにみた夢なのかもしれない。

それはそれで記念だと、宝石箱のふたを開けて番号の羅列した紙切れをしまった。











思い出にするつもりもなかったが、連絡するつもりもなかった。

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