夏の海にまつわるエトセトラ
洗濯物を干そうと、ベランダに面している窓を開けた途端、ブワッと潮の匂いが東風にのって吹き込んできた。台風が迫っているからだろうか。珍しく海側から強い風が吹いている様だ。
我が家は、海から直線で一キロメートルもない場所にある。近隣はマンションやビルばかりなので、残念ながら海は見えないが、ちょっと高台に行けば東京湾の向こうに房総半島までが一望出来るのだ。
「今日も暑くなりそうだなあ」
洗濯物を干しながら、風が強いせいか雲一つない青色の空を眺めてウンザリとため息をついた。
横浜には海水浴場が殆どない。沿岸部はほぼ埋め立てられており、工場地帯が広がっているからだ。唯一あるのは八景島のすぐ横にある海の公園だが、埋め立てが始まる前から遊び場だったせいで、泳ぎに行こうとは思わない。海水浴というと、三浦海岸、逗子、葉山、あとは鎌倉から江の島、その先の湘南エリアだろうか。
だが、私がこのあたりで最後に泳いだのは高校生の頃である。……余りに人が多過ぎて、泳ぐには沖合にある遊泳区域を仕切るロープ辺りまで行かねばならないし、ふと振り返って海岸を見渡しても誰が何処にいるのか探し回る羽目に陥るのに、いい加減飽きたからである。
そこで、それ以降に海で泳ぎたいか遊びたい場合は、横須賀のとある小さな海岸へと出掛けていた。それこそ地元民しか知らない穴場で、海の家なんてなく、簡易トイレと剥きだしのシャワーがあるだけの所だった。
それでものんびりするには十分だったし、子供達を遊ばせたりするにも最適だったのだ。ところが、あるときからそれが一変してしまう。子供の遊び場ガイド本に、穴場として掲載されてしまったのだ。小さな海岸は海の家ができ、人々が溢れ、サンオイルが漂う事になってしまった。
それ以降、我が家では夏場の海水浴をしていない。専ら近所の市営プールに泳ぎに行くようになった。海で遊びたい時は、岩場の多い磯へと出掛けている。ヤドカリや蟹、小さな稚魚達と戯れて夏の海を過ごしてきた。
私は海のない所に住んだ事がない。少し足をのばせば、海へと行ける所ばかりに住んできたので、山よりも海に親しみを覚える。幼少の頃は歩いて行ける場所に砂丘があり、子供会では毎年、砂の造形大会があって、雪像ならぬ砂像を造ったし、遠足で砂に隠された紙を探して賞品と引き換える、宝探しをしたりもした。
私の父は海釣りが好きで、良く釣りに行っていたので、実家の食卓には新鮮な海の幸が並ぶ事も少なくなかった。母は海とはあまり縁のない子供時代を過ごしてきたせいか、捌かねばならない魚を見てはため息をついていたし滅多に海には行かなかったが、私が泳ぎを覚えたのは、幼稚園の頃連れていかれた近所の海である。
ゴムボートで沖合まで連れていかれて、海にボチャンと落とされたのだ。海は凪いでいたが、私はもちろんパニックである。バタバタと必死にもがいてゴムボートにたどり着いた気がする。このあたり記憶があやふやなのだが、何度か繰り返され、形はともあれ泳げる様になったみたいである。以前、当時の事を聞いた事があるのだが、しばらく父と口をきかなかったらしい。さもあらん。一体どこの世界に泳げない子供を海に落とす父親がいるんだよ! 獅子じゃないっつうの。でもまあ、小学生の頃には遠泳出来るくらいの泳力がついていたのだから、感謝すべきなのだろうか? 父亡き今となっては、懐かしい思い出である。
もう一つ、真夏の海にまつわる強烈な思い出がある。高校生の時の話だ。私の祖父母は日本海に面した北陸に住んでいたのだが、夏休みに友人と二人でしばらく遊びに行っていたのだ。北陸新幹線の開業で今最も注目されている所だが、市内には大きな川が二本流れていて、子供の頃祖父母宅に遊びにいくと、近所の子供達と川遊びをしていた。石で囲いを作って、メダカを囲ってみたり、軽く泳いだり。だが、流石に高校生では出来ない。しかし、暑い。そこでちょっと足をのばして日本海へと繰り出す事にしたのだ。
夏の太平洋は、とにかく青い。空も海も青い。だが、日本海は違っていた。空は澄んだ水色なのに、海は黒々としていたのだ。おまけに、水温が思った以上に低いのに驚いた。それでも久しぶりに悠々と泳げる海にウキウキとした私と友人。軽い準備運動のあと、いざゆかん! と飛び込んだ。遠浅だと思った海岸はすぐに足が着かない深さになり、海で泳ぐ事に慣れていない友人には、とにかく足のつく範囲で泳がせた。私はもう少し先の方へと泳ぎ、ロープ付近までいってから戻っている時だった。突然海岸からサイレンの音が聞こえてびっくりした。慌てながら波に引き込まれそうになる手足を動かし、何とか海岸へとたどり着いて友人を探す。良かった。歩いて戻ってきたらしい。一体何事だろうとキョロキョロした私達が目にしたのは、私の身長の三倍はあろうかという高波であった。
僅かの時間で、穏やかだった海が牙を剥いた。同時に晴れ渡っていた水色の空がかき曇り、大粒の雨が降ってくる。近くの海の家へと避難した私と友人は、唖然としながら、この豹変を眺めるしかなかった。そんな中、ライフジャケットを身につけたセイバー達が海へと飛び出して行った。小さな女の子が見つからないらしい。浮き輪をつけていたそうだが、高波に巻き込まれたのだろうか。私と友人は、呆然と遊泳禁止となった海を、ただ見つめる事しか出来なかった。
雨が降り出したのも突然であったが、上がるのもまた突然だった。牙を剥いていたのが嘘の様に静まり返った日本海。黒々としていたとは思えない水色へと姿を変えた北の空。あの女の子は見つかったのだろうか。私と友人は、そっとそこを後にした。何も出来ない歯痒さだけが残った日本海での海水浴であった。
あれから何度か日本海へ訪れた事があるが、一度も泳いだ事はない。知らない潮の流れ、感じた事のない水温、危うく波間に引き込まれそうになった絡み付く様な恐怖が、まざまざと蘇るからだ。それでも日本海は美しい。荒々しさを秘めているのを身をもって知ったからだろうか。太平洋とはまた違った美しさは、今も私をひきつける。
私は海が好きである。春の海も、冬の海も、どんな時の海も大好きだ。だから今でも年に数回は海を眺めに出掛けている。港だったり、砂浜だったり、岩場だったり。どんな音楽を聴くよりも波の音に癒されるし、潮の匂いに包まれると安心し、元気を貰えるのだ。
この週末が過ぎたら「海の日」がやって来る。ああもう夏休みなんだなあ~。潮風にはためく洗濯物を眺めながら、「夏休みを待っていた全ての子供達が楽しい日々を送れます様に」と祈った母であった。
ーーでも親にとっては、ウンザリするほど長いんだよねえ、夏休み。何事もなく平穏無事にとっとと過ぎてくれます様に。
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*次回投稿予定*
7月24日(金)夜10時