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火炊祭

「遅い! 二人で何をしてたのさ!」


 夏祭りの締めである火炊(ほとぎ)祭の会場マドヤで皆と合流した俺達を迎えたのは凜音の怒声だった。


「ふふっ。やっぱり私の言った通りになったね」


 ひたぎが笑いながら言った。それにつられて俺も笑ってしまった。


「ああ。なんもしてないよ。二人で話してただけだ。な?」


「うん。そうだよ。凜音ちゃんの心配するような事は何も無いよ」


「そ、そう。ならいいんだけどさ」


 恥ずかしかったのだろう。凜音の顔は少し紅かった。


「まあまあ、メインイベントには間に合ったんだからいいだろ」


「そうですねえ。流石に火炊(ほとぎ)祭に遅れるのは良くないですからね」


「そろそろだろ?」


「あ、火が来ましたよ」


 ()(たき)(さま)を模した像の前に設置された篝火に火が付けられる。火は瞬く間に広がり辺りを照らし始めた。()(たき)(さま)が朱く輝く。


篝火の周りに置かれたヒシラズ様を手に取り、各々が祈りを込めて篝火にヒシラズ様をくべる。木で作られたヒシラズ様は瞬く間に火に飲み込まれ、篝火の熱を広げる。


「次、俺達の番だぞ」


「え! もうそんなとこまで来てたの」


「ほら、準備しろ。行くぞ」


 厳かな雰囲気の中行われる火炊(ほとぎ)祭。チラホラとおどけた様子を見せる者もいたが、そういった人達も火の前に立てば誰もが表情を改めた。


 集まった全ての人が願い事を終えた。残りは()(たき)(さま)を川に流すのを静かに見守るだけだ。


 多くの人の願いをのせて()(たき)(さま)は川に旅立つ。ゆらゆらと、ゆらゆらと流れに形を変えながら何処かへ消えてゆく。


「このお祭りってさ。どんな意味があるんだろうね」


 凜音が静かに呟いた。


「ヒシラズ様は迷い人。()(たき)(さま)の元へ逝くべきなのか、現世(うつつよ)を生きるのか。()(たき)(さま)はあくまで迷い人の意思を尊重する。道を決めかねる迷い人を火にくべるということは意思を水の流れに任せるということ。いつか自らが求める火に辿り着けるように」


 凜音に合わせ、ひたぎも静かに呟いた。その口調は穏やかでありながらしっとりとした艶やかさを含んでいた。


「何それ。どういう意味かさっぱりわからない」


「それは私の口から説明しましょう。地方行事に精霊流し、もしくは灯篭流しなど呼び方は多々あれ霊的なモノを送り返すという行事があるんです。それらは総じて送り火と言います。ろうそくなどに火を灯して、それを載せた灯籠を川や海に流して元いた場所に帰ってもらうんです」


「どうして火をつける必要があるの?」


「道に迷わないためです」


「ふーん。でもさ()(たき)(さま)の乗った船には火を灯してないよね?」


「それは火炊(ほとぎ)祭自体が送り火とは似て非なるものだからです」


「じゃあなんなのさ?」


「それがわからないんです。火炊(ほとぎ)祭自体は相当昔からあったみたいなんですけど資料が全然無いんですよ」


「なんじゃそりゃ! まっいっか! 願い事は叶うみたいだしね」


「そういう事だ。いろいろと面白いんだけどな。ま、凜音にはとてもじゃないが似合うジャンルの話じゃない」


「根暗君の好きな事が私に合うわけ無いじゃない」


 天誠(てんせい)は言い返すのが面倒だと言わんばかりに肩をすくめて話をうちきった。


 ()(たき)(さま)を川に見送った事で祭りも終わりに近づき、残すは花火だけとなった。


 自治体が用意した観覧席の数は少ないため、自然と小さい子供を連れた家族が優先されていた。そのため各々が隠しスポットに向かい始めていた。


「さて、俺達も移動を開始するか」


 綺麗に花火が見える場所を知っているという天誠(てんせい)を先頭に俺達も移動をし始めた。


 その過程でマドヤを通った。沢山の人で賑わっていたマドヤは篝火の熱も消え、今はチラホラと人が見られる程度になってしまっていた。


ほとんどの人は火炊(ほとぎ)祭を忘れ、いつ花火が上がるかというワクワクに心を支配されているのだろう。


必要とされなくなった存在は忘却の彼方に消え、再び姿を表す事がなくなる。それはとても寂しい事だ。


「ここだ! 中々の穴場スポットだろう!」


 歩くこと10分、着いた場所は何のことは無い、俺達幼馴染組が子供の頃に遊んでいた場所だった。


「ここあたし達の秘密基地だった所じゃない」


「そうだ。最近なんとなく来たらいい感じに花火見れそうだったからさ」


 確かに天誠(てんせい)の言う通りだ。地面に生えた雑草は座布団代わりになっているし、いい具合に視界が開けている。他に人が居ないのもあり、程よく静かで良い雰囲気だった。


「いい場所ですね」


「そう言ってもらえると連れてきた甲斐があるってもんだ」


「あ、そろそろ花火が上がる時間だよ」


 何処からか打ち上げられた花火は夜空に大きな光の花を咲かせた。その輝きは一瞬でピークを迎え、残像を残しながら消える。残像が完全に消える前に間髪を入れずに花は咲く。暫くの間皆無言で花火を見ていた。


「綺麗だね」


 沈黙を破り、隣に居た凜音が花火の音にかき消されそうな音量で声を発した。俺以外に凜音が喋っていることに気づいている人は居ないみたいだった。


「そうだな」


「毎年見てるはずなのに、今年の花火は新鮮な感じがする」


 花火の光が凜音を照らしていた。


「なんでだろうな」


「あたしね。さっき()(たき)(よう)にあるお願い事をしたの」


「へえ。どんな事をお願いしたんだよ?」


()(たき)(さま)、私と」


 凜音の言葉はクライマックスを迎えた花火の打ち上がる音で聞こえなかった。


「なんて言ったんだ?」


 秘密基地から見える、視界をいっぱいに埋め尽くす光の花の残光が消えてから俺は凜音に聞いた。


「さあね……。私だってよくわかんないよ。ほんと……よく、わかんない」


 それきり凜音は黙ってしまった。


「あー! 終わったな!」


 俺と凜音の間に流れる微妙な空気を他所に、天誠(てんせい)が思い切り叫んでいた。


「とっても綺麗でしたね」


「そうだね。今年はエリスちゃん達と一緒に見れてよかったよ。去年はなんだかんだで見れなかったからさ」


「そうでしたね。私も皆で回るお祭りがこんなに楽しいと思わなかったよ」


「ねえ」


 凜音が俺の裾を引いた。


「ん? なんだ?」


「後で……さ」


 天誠(てんせい)は敬語とタメ口が混ざった独特の口調で話すエリスと楽しそうに会話し、ひたぎはどこかをぼうっと眺めていた。自然と誰も俺達の会話に注目していなかった。


「後でなんだ?」


「後であたしに付き合ってよ。二人っきりでさ。ちょっと話したい事があるんだ」


 凜音の目は真剣そのものだった。ついさっきもこんな目をしたひたぎに呼ばれた。何を話したんだったかな。忘れてしまった。


「いいよ。ここじゃ言えない事なんだろ?」


「うん。皆と別れてからまた声かける。待ってて」


「オッケ」


「よっしゃー! そろそろ帰ろうぜ!」


 エリスと話し終えたのだろう天誠(てんせい)が大きな声で言った。


「そうだな、もういい時間だしな」


「エリスちゃん、送ってくよ」


「はい。お願いしますね。それじゃまた今度。バイバイ」


 エリスと天誠(てんせい)が帰っていった。おそらくこの後天誠(てんせい)はエリスに告白するのだろう。成功すると良いが……。


「そしたら俺は凜音とひたぎを送ればいいのかな?」


「あ、私は家が近いから大丈夫だよ。凜音ちゃんを送ってあげて」


「そうか。わかった。気を付けろよ。んじゃ俺達も帰るか」


「そうね。って言ってもまだ帰らないよ? 約束したでしょ?」


「ああ、覚えてるよ。どこに行く?」


「ここでいいよ。ちょうど皆いなくなったしね」


「そっか。それで? 話って?」


「さっきは花火の音でかき消されちゃったからもう一回言うね。あたしは()(たき)(よう)にあたしと凪紗(なぎさ)との間に縁を結んでくださいってお願いしたの」


「それって……つまりあれだよな?」


「そ。……あたしは凪紗(なぎさ)が好き」


 なんとなくはわかっていたんだ。凜音がなんて言うか。


「俺は……」


「今すぐ答えを出さなくていいよ。ダメでも今までどおり幼馴染でいてほしい。あたしはそれで満足するから」


「わかった。助かるよ」


「一人で帰るから。送んなくていいよ。それじゃ、また明日」


 家が近いのに送らなくていいというのはつまり、一人にしてほしいという事なのだろう。俺自身、今は一人になりたかった。


 今まで長い間幼馴染として接してきた凜音。俺の中では一人の異性というよりも幼馴染という意識の方が強い。


仮に凜音と付き合ったとすると、天誠(てんせい)はどうなる? あいつの性格からして俺達に気を使って今までのように俺の家に意味も無く入り浸るなんて事はなくなるだろう。


エリスとひたぎだってそうだ。たしか元々は天誠(てんせい)がエリスを好きになって声をかけた事から始まった付き合いだ。ひたぎは置いておくにしても、なんだかんだ言ってエリスと付き合えているのは天誠(てんせい)のおかげによる所が大きい。


そうだ。もし天誠(てんせい)がエリスと付き合い始めたら? なんだ、俺達の関係ってこんなにも危ないバランスの上成り立っていたのか。


どうして今まで気が付かなかった。気付いていればもっとやりようもあったはずだ。後悔の念が溢れる。


 俺は全てから逃げるように走った。ただただ走った。全てを振り切り家に着いた時には俺の中には何も残っていなかった。


 鍵を開けるのも億劫だった。普段よりも重く感じる扉を開け家に入ると急に目眩がした。


「あ、やばい」


 視界がぼやけ、世界は廻り、そして暗転した。


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