夏祭り
夏祭りの章はまだ続きます。
待ち合わせの場所であるヒシラズ川に着いてから二十分が経とうとしていた。
「遅いな、ひたぎちゃん達。あれかな? 女の子は準備に時間が掛かるのーとかかな」
「いちいち体をくねくねさせるな、気持ち悪い」
「ホントさ。時間、間違っちゃってるのかな?」
「ん? おお、来たじゃん」
遠くから手を振りながら走ってくる二人の影が見えた。
「ごめんなさーい。遅れましたー」
「ハアハア……ハア。エリス、速すぎ」
二人は浴衣を着ていた。薄いこがね色の髪であるエリスの浴衣姿はなんとも言えない違和感があった。
対照に艶やかな黒髪をしたひたぎは金色の髪飾りも相まってとても良く似合っていた。
「いやー浴衣の着付けに時間かかっちゃいましてねー。ごめんなさい」
「あー。失敗したなあ。あたしも浴衣着てくればよかった」
「ちょー似合ってるじゃん二人とも。俺のために着てきてくれたの?」
「はあ!」
気合の入った声と同時に凜音の容赦無いボディブローが天誠に入った。
「ゴフっ! 凜音、お前、手加減無さすぎ」
「そーゆーのなんて言うか知ってる? 自業自得だよ」
「その辺にしとけよ。注目されてる」
凜音と天誠のやり取りで周囲の視線を集めてしまっていた。
面倒くさくなったので、いまだに言い合っている二人を抑える役目を俺は放棄した。
「凪紗、逢うのは久しぶりだね」
「え、えーとそうだったっけか?」
言われてみればひたぎに会った記憶が無い。いつもセットで登場するエリスと会った記憶はあるんだが。
「ええ……。とっても久しぶりだよ。逢えて嬉しいなあ。今日は本当に楽しみにしてたんだよ?」
何故かひたぎの言葉にねっとりとした感情が纏わりついている気がした。心なしか頬も紅潮しているように見えた。
「そ、そうか。まあ楽しもうや」
「ほらほらひたぎちゃん。ひたぎちゃんの好きなりんご飴売ってるよ? 買いに行こう?」
エリスがひたぎの袖を引きながら指指した。
「あ、ホントだ。凪紗も一緒に買いに行こう? あ、凪紗はべっこう飴の方が好きだっけ」
気のせいだったのか? 向き直ったひたぎの顏は白かった。とても。
「おい、凪紗。凜音もかまってやれよ? 機嫌悪くなると面倒くさい」
買ったべっこう飴をのんびり舐めながら仲良く話をする女子三人を眺めていたら、背後からいきなり俺の肩を掴まれた。
「頼むから俺の背後にいきなり現れないでくれ。後お前はボディタッチが多いんだよ」
「いいじゃねえか。男同士のスキンシップってやつだ。後でひたぎちゃんと回るんだろ? その間凜音とエリスは俺が預かっておくから、後でエリスちゃんと二人になれるようにセッティングしてくれ! な? 頼む! 焼きそば奢るから」
「別にいいけど俺ひたぎとそんな約束した覚え無いんだけど」
「うわ! 出たよそういう事いう人。ありえないなお前。夏休み前にひたぎちゃんに言われたとかって俺に自慢してただろうが」
「それ多分自慢じゃなくて報告だな。というか本当に記憶に無いんだ」
「大丈夫か? 最近お前記憶力散漫というか、忘れやすいな。溺れたせいか?」
「溺れた? すまん、どうやらそれも忘れているみたいだ」
「……。このまま病院に行こう。多分ほっといたらやばいやつだ」
「いや、大丈夫だと思うんだけどな。多分」
「ダメだ。今から病院行くぞ」
「まあ落ち着け。祭りが終わったら行くから。どの道今の時間は緊急外来しかやってない」
「落ち着けるかよ! 脳になんかの障がいがあったらどうする?」
何時になく真面目に迫ってくる天誠に面食らいながらも答える。
「本当に大丈夫だから。頭痛とかも無いし。あれだ。ちょっと疲れてるからだ」
「本当だな? 信じるぞ。なんかちょっとでもおかしいと感じたら言えよ? とりあえず凜音達には黙っててやるから」
「悪いな」
「男二人で何話てんのさ? わっ! 天誠が真面目な顏してる」
「うるせーな! 俺だってたまには真面目な顏するわ!」
「あんたは真面目な顏したって根暗君にしか見えないっての」
また始まった……。いい加減止めるのがバカらしくなってきた。
「ねえ。そろそろ二人で回らない? 一緒に行きたい所があるの」
ひたぎが俺に寄ってきた。
ラッキーだった。天誠に教えてもらってなかったら何のことかさっぱりわからなかったからな。
「オッケー。どこに行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみって事で」
「んじゃ、俺とひたぎはちょっち別行動するから。エリス、二人の事よろしく」
「はい。任されました。いってらっしゃい」
「行くか」
「うん!」