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舞姫

お読みいただきありがとうございます。

今後割り込み投稿など発生する可能性があります。ご了承ください。

翌日エリスによって早起きさせられた俺は、急かされながら朝食を摂った。

その席で今日は山で昼ご飯を食べましょうと告げられた。


そろそろエリスの突拍子の無さに慣れてきていた俺は、特に驚くこと無く承諾した。


エリスが言うにはハイキングが目的のようだが、どうせ何か別の目的があるに違いない。なんにせよ、俺は訪れる出来事を享受するしか無いんだがな。


「準備は出来ましたか? 凪紗(なぎさ)さん」


「大丈夫だ。昼飯はどうすんだ? どっかで買ってくのか?」


「いえ、仲居さんにお願いしてお弁当にしてもらいました。きっと開けた場所があると思うので、レジャーシートを敷いて食べましょう」


「あいよ。それじゃ、行くか」


「はい」


 民宿を出ると、やはりというか夏の日差しが俺達を迎えた。ただ立っているだけでも汗が吹き出してくる。水分補給を怠ると熱射病にかかってしまいそうだった。


「急がずゆっくり行きましょうね」


 目的の山は民宿から更に歩いた所にあるようだ。緩やかな、本当に緩やかな下り坂が心地よかった。


 日傘を差しながら歩くエリスに対し、俺は直に太陽の熱を受けていた。しかしその暑さが夏を強烈に感じさせ、一抹の懐かしさを感じさせた。


 ここに来てからというもの、ふとした瞬間に謎の懐かしさを感じる事が多かった。


「なあ。()(たき)(さま)伝承ってのはここで生まれたんだろ?」


「そうですよ」


「という事はだ、ここには例の滝壺があるんだろ?」


「んー。あると言えばありますし、無いと言えばないです」


「なんじゃそりゃ」


 理由を聞いてもどうせ答えてはくれないだろう。そう思っていたが、今回は違った。


「いつだったかに滝壺から水が無くなったんです」


 何を聞いても上手いことはぐらかしてきたのに今回はしっかりと答えた。


 滝壺から水が無くった事よりも、エリスが答えたを寄越した事に驚きを禁じ得なかった。


「どうしたんだよ。珍しくしっかりとした答えを返してくれたじゃないか」


「これは隠すことじゃありませんから、後々わかる事ですし」


「ふーん。村が寂れたのは観光の目玉がなくなって客が来なくなったからか」


「いえ、それもあるんでしょうが、いつ頃からか山に入った人が不審死を遂げるようになったんです。いわく()(たき)(さま)の怒りに触れた、とかで。そんな噂が広まったから人が来なくなったんだと思います」


「んで徐々に村は寂れていった、と。不審死ってのはどういうことだ?」


「ごめんなさい。不審死っていうのは少し不適切だったかも知れません。正確には失踪した後に死体として発見されるんです」


「おいおい、村に殺人鬼でもいるんじゃねーの」


「そう言う人も多かったみたいですが、どれだけ調べても証拠らしい証拠が出なかったみたいです。そうこうする内に、()(たき)(さま)の怒りに触れたっていう話が出始めたんです」


「なるほど。それで? 俺達は今どこに向かってるんだっけ?」


()(たき)山です」


「なるほどなるほど。お前自殺志願者だったのか」


「違いますよ。凪紗(なぎさ)さんはそんな噂を信じるんですか?」


「いや、信じちゃいねーけどそんな話聞かされた後に進んで行こうとは思わんな」


「そうですか。諦めてください。行かなきゃいけないので。それよりも凪紗(なぎさ)さん。この話を聞いて何かを思い出しませんか?」


「お前にもらった紙束に書いてあったな。神隠し」


「そうです。神隠しです。どう思いますか? 民俗学的視線で答えてください」


「……。()滝山が神域であると考えるの妥当だな。紙束によれば()(たき)(さま)は気に入った子を連れ去るんだったよな。死体としてこっちに戻ってくるってことは()(たき)(さま)のお気に召さなかったか。あるいは何かをしてしまったか」


「五十点ですねー。残りの五十点は滝壺に行けばわかりますよ」


「今はその先を教えてくれないんだろ?」


「言ってもいいんですけどそれだとあまり意味が無くなってしまうので、ここはお答えしかねます。と言っておきます」


お決まりのセリフに俺は肩をすくめた。


 そうして歩いている内に、()(たき)山の入り口だと思われる石段に着いた。

上が欠け文字が掠れて読みづらかったが、()(たき)山と書かれている看板が立っていた。


 石段を登り終えると小さな鳥居が設置されていた。どうやら鳥居をくぐった先からが()(たき)山のようだ。


「ここからが本番ですよ」


「みたいだな」


「きっと、凪紗(なぎさ)さんは()(たき)山を歩けば歩くほどにいろんなものを見るはずです。ううん、違いますね。そうであってほしいです」


 注意しなければ聞き逃してしまうようなか細い声でエリスは言った。


 正直な話、俺はこの村に来てからとというもの何かにつけて、ある種の懐かしさを感じていた。


それは目の前を漂っているのに掴むことの出来ないようなもどかしさを孕んでいた。


まるで、永遠に覚める事の無い夢の中を彷徨っているような感覚。


「そろそろ一つ目です。凪紗(なぎさ)さん。あなたの瞳には映っていますか?」


 山を彷徨いはじめてから十五分程立った頃にエリスが震えた声で言った。

 何が? とは聞かなかった。薄々と、わからないなりに感じ取っていたからだ。


山に入って大した時間が経っていなかった頃から、辺りは完璧な無音だった。俺達が出す音以外は完全に何も聞こえなかった。葉鳴りの音すらしなかった。


 そしていよいよ何かがおかしい場所に辿り着いた。


「見えてる。これが何かまではわからないけどな」


「どんなものが見えてますか?」


「木彫の人形……いや、神像(しんぞう)か?」


「それはひのきで創られた神像(しんぞう)、ヒシラズ様です」


「やっぱり神像(しんぞう)か。これはいつのものだ? 木彫だとしたら随分状態が良い」


「それはずっと昔から存在してます。今と変わらない姿で、迷い続けています」


「迷い続けてる? どういう意味だ?」


「……もう行きましょう」


 自分で考えろって事か。


エリスに貰った紙束にはヒシラズ様の存在は言及されていなかった。

あるいは俺の読んだところに書いてないだけで、続きには記載されているのかもしれない。


 気が付くと、物思いに耽る間もなくエリスは先に行ってしまっていた。

ここで迷ってしまうと村に戻るのは難しいだろう。今はエリスに付いて行く事だけに集中しよう。


「滝壺です。あなたの瞳にはどう映っていますか?」


 それからしばらくしない内に滝壺に着いた。


「どうって言われても、さっきエリスが言った通りだ。水が枯れちまってるよ」


「本当ですか?」


 本当も何も水など辺りには一滴もなかった。

ここに滝壺があったであろう形跡はあったが、ただそれだけだ。


「ああ」


「そうですか。やはり凪紗(なぎさ)さんはまだ迷っているようですね」

「迷っている? どういう意味だ?」


「次で最後です。行きましょう」


 さっきから迷う迷うとどういう意味だ。


 そこからはしばらく歩いた。時間にすると二時間近かった。


その間エリスに何度か話掛けたが返事は返ってこなかった。意図的に無視をしているわけではないようだった。


何かに取り憑かれたかのように一心不乱に歩き続けるエリスは少し不気味だった。


 歩き続けていると開けた場所に出た。開けた先に見えた景色に俺は驚きを隠せなかった。


屋根が藁で出来た木製の家が点在していた。集落のようなものかもしれない。中心からは煙が上がっていた。


 その光景を見た俺は激しい頭痛に見舞われた。怖い。黒髪の女の人。暗い。とても綺麗。背が大きい。月が丸い。温かい。おいしい。桜。走る。


「ぐっ!……。なんだここは……」


「マヨイガです」


「マヨイガ?」


 未だ鈍痛が残っていたが頭痛は収まった。


「そうです。本来は今の凪紗(なぎさ)さんはここには来れないんですが、無理やり連れてきました」


「待て、どういう意味だ? 流石に今回は意味がわからなさ過ぎる」


「これが最後かもしれません。自分の選択に後悔はしないでくださいね?」


 そう言いエリスは祠の前に刺さっていた、古びた長い刀を手に取り、俺の胸に突き刺した。


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