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民宿にて2

予想外に長いパートになってしまったので、分割することにしました。読んでくださっている方、ありがとうございます。

「ふぅー」


 頭にタオルを載せ湯に浸かる。いい湯だった。源泉掛け流しというだけあって湯に僅かなとろみがあるように感じた。


疲労回復やなんかに効果があると看板に書いてあったが体だけでなく、心を穏やかにする効能もある気がする。


 日が完全に沈み、月の明かりが照らす夜になるほんの僅かな間。日と月がお互いに存在し、交じり合った時間。不安定な存在が、露天風呂から見える山を怪しく彩っていた。


 湯に浸かったまま山を眺めていたら、後ろから扉の開く音が聞こえた。せっかく貸し切りだったというのに残念だ。


「わあ、綺麗」


「ん?」


 聞き慣れた声が聞こえた気がした。気のせいだと思いたい。


 シャワーで体を流す音が聞こえた後、徐々に足音がこちらに近づいてきた。間もなくしてお湯に人の浸かる音がした。更にその場に留まればいいものを、わざわざそれはこちらに近づいてきた。


「こんばんわ。気持ちの良いお湯ですね」


 エリスだった。


「……上がるわ」


 エリスがいるであろう方向を向かずに脱衣所に戻ろうとする。


「ええーまだ入ったばっかりですよね? ゆっくりしていきましょうよ」


「ゆっくりしたかったんだがお前が来たんでその予定は取りやめだ。というかここ男湯じゃねーのか?」


「ここの温泉は混浴ですよ。知らなかったんですか?」


「知りようがない。説明もされてないし立て掛けもなかった」


「まあまあ。お話しましょうよ。ほら、タオルも着けてるから大丈夫ですよ」


「俺の方が大丈夫じゃない」


「じゃあこうしましょう。少しだけ凪紗(なぎさ)さんの知りたいことを教えてあげます」


「……わかった」


「それじゃあ。昔々ある所に二対の神がいました。片方は男神もう片方は女神。


やがて二人は子を為します。しかし、ある子を出産する際に女神は死んでしまいます。


三日三晩悲しんだ男神はある決意をします。女神を死者の国から連れ戻そうとするのです。


男神は息巻いて女神のいる常夜(とこよ)に向かいました。しかし、女神は常夜(とこよ)の住人となってしまっていてどうやっても男神の住む現世(うつつよ)には戻れません。


多いに悩んだ男神は決心します。さて凪紗(なぎさ)さん、その決心とはなんだったと思いますか?」


「それ古事記だろ? たしかイザナギは変わり果てたイザナミを見て逃げる。つまり、ここでいう決心ってのは逃げることか?」


「残念外れです。そしてこの話は古事記ではありません。


自分も常夜(とこよ)の住人になろうとしたのです。しかし女神はそれは良しとしません。二人は三日三晩話し合いました。


どうするのがお互いにとって良いのか。そして出した結論は、常夜(とこよ)の住人である女神を男神が再び殺すという事でした」


「待て待て、なんでそんな結論に行き着く。おかしいだろ」


「ふふっ。話には続きがあります。


女神からそう言われた男神は当然断ります。しかし女神には考えがあったのです。女神は輪廻転生に望みを託す事にしたのです。


その話に男神も賛同しました。早速自分も死のうとした男神に女神はこう言いました。


あなたはいつか二人一緒になった時に住みやすい世界を創ってください、と。それを聞いた男神は女神のために命尽きるまで世界を創る事を誓います。そしていよいよ男神は女神に」


 ちょっと待てよ。俺はこの話を聞いたことがある。いや、覚えている。たしかこの後男神は……。


「男神は女神の胸に長い刀を突き刺す」


 エリスの言葉に重ねる形で言った。いや、口をついてでた。


「っ! 何か思い出したんですか!」


 珍しくエリスが声を荒らげていた。その様子に少し面食らいながら答える。

「いや、なぜか口から零れた」


「そうですか……。ごめんなさい取り乱しました。……先に上がりますね」


「あ! おい、待てよ!」


「ごめんなさい」


 なんだよ、ごめんなさいって。なんとも後味の悪い別れ方だった。改めてエリスの考えている事はわからないと思った。


エリスの言った言葉を思い出しながら、言葉の意味一つ一つについて考えながら温泉に入っていたら結構な時間になってしまっていた。時計を確認すると、自分が空腹だった事を思い出した。


「おかえりなさい。遅かったですね」


 割り当てられた部屋に行くとエリスが何事もなかったかのようにくつろいでいた。あまりに当たり前のようにくつろいでいたので、一瞬部屋を間違えたかと思った。


「あ、ああ」


凪紗(なぎさ)さんと入れ違いでご飯が来たんですよ。おいしそうですね、ご飯食べましょう。ね?」


 エリスは先程までとは打って変わって明るくなっていた。さっきのことは忘れてほしいという合図なのかもしれない。もしそうだとするのならば、エリスから何らかの行動が無い限りは調子を合わせてやるべきかもしれない。


「そうだな。腹減った」


 山菜を中心とした和食はとても美味しかった。強いて不満を挙げるとしたら量が少なかったことぐらいか。


 その後同じ部屋で寝ると言い出したエリスにうんざりしたが、疲れていたので言い返す気力がなかった。結局なし崩しで相部屋をすることになってしまった。


 自分で敷いた布団に横になったが、明日からの事を考えていると中々眠れなかった。その日眠りについたのは日付が変わってからだったような気がする。


最後までお読みいただきありがとうございます。差し支えなければ感想等お願い致します。

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