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民宿にて

今回は次話投稿に時間がかかってしまいそうなので、途中経過という意味合いを込めて投稿します。書き終え次第「民宿にて」を更新します。読んでくださっている方、申し訳ございません。

昼食を摂った後、一休みする間もなくエリスに外に連れられた。どこに行くのかと聞いたら、お得意のお答えしかねますという返事が返ってきた。


 特に会話もないまま歩き続け、人の乗ることが少ない電車の駅まで着いてしまった。どうやらそれなりに遠出をするようだ。

それならそれで先に言ってくれればいいものを。こっちにだって色々と準備があるんだ。


凪紗(なぎさ)さんはどうして急にお父様がいなくなったか心当たりがありますか?」


 誰もいない車内、隣に座っていたエリスがふいに口を開いた。


「全くわからん。何の前触れも無くいなくなったからな。最近じゃ顏を思い出すのすら苦労する」


「それじゃお母様はどうですか? 何か印象に残ってる事とかって無いですか?」


「母さんは俺を産んでちょっとで死んだ。元々体の強い人ではなかったみたいでな、俺を産んで体力を消耗したのが間接的とは言え大きな要因だろう。喋っておいてなんだが、エリスは俺のことだったらある程度なんでも知っているんじゃなかったのか?」


「それは……そうですけど、あなたの口から聞くことに意味があるんです」


「そうかい。ならもっと楽しい話題をふってほしいもんだ」


「それじゃあ……。凪紗(なぎさ)さんの趣味はなんですか?」


「趣味? あー……なんだ、あれだ。そう! 星を観る事だ」


「そんな今思いついたみたいに言わないでください。趣味、あんまりないんですね」


「うるせえ。そういうのを余計なお世話って言うんだよ」


「ごめんなさい。ところで、凪紗(なぎさ)さんは本当に昔の事を覚えていないんですか?」


「何もかもを覚えてないってわけじゃないんだが、ほぼ覚えてないんだ」


「そうですか……」


 彼女は明らかに落胆していたが、俺は何が原因で彼女がそうなったのかわからなかった。


 それきりまた口を噤んでしまったエリスに少々の間声をかけるべきか逡巡したが、結局声はかけなかった。


 滝から流れる水が冷たかった。水は降り続く日差しによってすっかりと火照ってしまった体を冷ましてくれた。


水の落ちる音も暑さを和らげてくれているように思う。遠くを見るとやっぱりあの人がいた。あの人はいつも僕を見ていた。僕を見る目はまるでお母さんのようで、僕は不思議に思いながらもあの人の事が大好きだった。


あの人は、僕がそっちを見ているとわかると手を振り、優しく微笑みかけた。すっかりと気を良くした僕はあの人のそばまで近づいて水を掛けてみた。


するとあの人は服が濡れるのを厭わず僕と一緒になって水の中に入ってくれた。それからしばらく僕とあの人は水を掛け合い遊んだ。


とても楽しかった。だけど、そんな時間も日が暮れると同時に終わりを告げた。


この辺は一度日が暮れると真っ暗闇になっちゃう。だからまだ太陽が出てる内に家に戻らくちゃいけない。そうわかっていても僕はあの人ともっと遊びたかった。そんな僕の気持ちを察してくれたのか、あの人はもう少しだよ、というジェスチャーをした後また僕と遊んでくれた。


気づけば辺りは真っ暗だった。今までは遊びに夢中で気付かなかったけど、暗いってことを意識しだした途端に怖くなった。あの人は僕を安心させるように、僕の頭を撫でてくれた。あの人の手は冷たかったけど、胸の中に温かいものが広がった。


「……んあ。あ……ああ」


「あ、目が覚めたんですね」


 エリスが黙った後、ずっと流れる景色をみてたはずなんだが、どうやら眠ってしまったようだ。気づけば窓から夕陽が差し込んでいた。


 あの夢はなんだったんだ。覚えているようで覚えていないような曖昧な感覚。頭が痛い。でも、夢の内容はそれほど悪いものではなかったように思う。


「良い夢を見ていたみたいですね。とても穏やかな顏をして眠っていましたよ」


「まあな。なんの夢だったかは忘れたが」


「そうですか。そろそろ着きますよ。ちょうど良いタイミングで目が覚めましたね」


「そうか。それにしても随分と田舎だな。景色が緑一色だ」


「良いじゃないですか。きっと空気がおいしいですよ」


「そうだな……」


 エリスと話している内に、胸の中に渦巻いていたもやもやとした曖昧な感覚は消えていた。代わりに、進めば進むほど何故か懐かしいという感情が胸を支配し始めていた。


「さ、そろそろ降りる準備をしてください」


 間もなくして電車は止まった。扉が開き夏特有のムワッとした熱気が俺達を向かい入れた。先程まで冷房の聞いた車内に居たためか余計に暑く感じた。更に周囲を山に囲まれているためか、熱気に混じって青臭い匂いがした。


空気を肺いっぱいに吸い込むと普段とは違う爽快感のようなものを感じた。それら全てが、ここが田舎であると自己主張しているようだった。 


「たまには田舎もいいもんだな。爽やかな感じがする」


「そうですね。まずは民宿に行って今晩の宿を確保しましょう」


「はいよ」


 碌に舗装もされていない坂道を下る。緩やかなカーブはどこまでも続いているかのように、先を見せまいとしていた。


昼間の内に熱を溜め込んだのであろう路傍の石からは未だに熱気を感じた。どこから聞こえてくるセミの鳴き声が喧しかった。


「あれ、昔は駄菓子屋さんだったんでしょうね」


 そう言いエリスが指さした先には、店先にアイスを冷やす冷蔵庫とガチャガチャ、店の中には所狭しと棚が置かれた廃屋があった。物自体は老朽化していたが、未だに生活感が残っていた。


数年前までは営業していたのか、それとも子どもたちの活気が今に至るまで

残り続けているためなのかはわからない。


「みたいだな。随分と民家……というか建物自体あまり見ないが本当に民宿なんてあるのか?」


「ありますよ」


「そうか」


 その後一時間と少し歩き続けてやっと民宿に辿り着いた。汗をかいていたし、何よりも疲れていた。早く風呂に入って眠りたい。


「お部屋、私が取ってくるので凪紗(なぎさ)さんはあそこで飲みものを何か買っておいてください」


「はいよ。一応は自販機とかあんのな」


 ここに至るまでの道程を鑑みるに自販機なんて無いと思っていたんだが、流石にこれくらいは置いてあるか。ラインナップはどれも古臭いものだった。


「お待たせしました、凪紗(なぎさ)さん。お部屋取ってきましたよ。凪紗(なぎさ)さんが二号室で私が三号室です。ご飯はまだ少し先みたいなので温泉でも入りませんか?」


「そうだな。シャツが体に張り付いて気持ち悪い。っても俺泊まるなんて聞いてなかったから着替えなんて持ってきてないぞ?」


「私持ってきてるので大丈夫ですよ。はい、どうぞ」


 渡されたかばんには服を始めとして下着の果てまでしっかりと入っていた。


「用意が良いことで。てか人ん家の、しかも人の衣類を勝手にいじるな」


 やはりこいつは上品風の女だな。母さんがもし生きてたらこんな感じだったのかな。


「良いじゃないですか。それよりもここの温泉源泉掛け流しだそうですよ。疲れがとれそうです。それではまた後で、先にお部屋に行ってますね」


 言いたい事を言ってさっさといなくなってしまった。エリスと話していると本当に自分のペースというものを見失ってしまう。


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