遠野凪紗
『遠野凪紗の手記』
私の父が残した断片的な情報からなんとか「火炊村の古事記」を蘇らせる事に成功した。確証は無いが、恐らくこれであっているはずだ。
父の言っていたマヨイガは滝壺だという説もほぼ間違い無い。滝壺が常夜の門だ。そこを起点として「火炊村の古事記」は始まる。
エリスが言うには火炊村は元々飛滝村という名前だったそうだ。それを地方の豪族だった山女一族が自身の権威をより誇示するために村の名前を山女村と変えるに留まらず、土着神であった飛滝様の伝承まで変えようとした。
しかし、どういう訳かその後村は干ばつ等に見舞われ、存続の危機に陥った。焦った山女一族は大急ぎで村の名前と伝承を変えたが、驕り高ぶっていた心が元の名前と伝承に戻すのを躊躇った。
村の名前は飛滝と同じ読みである火炊をほとぎと読ませたものにし、元々この村にあった、「火炊村の古事記」を変え、「滝壺で遊んでいると神隠しに遭い帰ってこない。滝壺で遊ぶと願いが叶う」という伝承を作り上げたのだ。
長い年月をかけその伝承は村に浸透したが結局の所、それは妥協の産物なのだから男神と女神が許すはずが無い。そこで二人の神は山女一族を、輪廻転生された我々を導く存在にしたてあげた。
ここでいう導く存在とは、迷家と書いてマドヤと呼ぶ場所で行われる火炊祭の篝火の事である。父の話しによれば火炊祭を鍵として常夜の門は開かれるらしい。その段階でヒシラズサマである我々の一族は船に乗り、飛滝様の元へ向かうか現世にに留まるかの選択を強いられる。
私は現世を選び、あろうことか伴侶に呪われた一族であるエリスを選んだ。水と油と言っても言い私達の子がどうなるかは考えに難くない。生まれてくるであろう我が子には申し訳無い事をする。せめて、この手記が君のためになることを祈っている。




