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エリス

それからの学校生活は楽しかった。五人で過ごす日常生活はありきたりのものだったけど、それは僕らだけの思い出で、決して色褪せないものだった。


 だけどまたそんな日々に終わりを告げるようにそれは起こった。本当に突然だった。記憶は戻らなかったけど、このままでもいいかなと思い始めていた矢先だった。ひたぎがいなくなった。ある日突然。なんの前触れもなく

おまけに「ひたぎ? 誰だそれ? 他のクラスのやつか?」「ひたぎ? あんたまさかあたしに隠れて彼女でもつくってんじゃないでしょーね」天誠や凜音に尋ねてもこんな答えしか返ってこなかった。


 僕を除いて誰もひたぎの事を覚えていなかった。そんな馬鹿な。最初は僕の頭がイカれたのかと思った。だけど、僕の中にある何かはそれを否定していた。あり得ない。僕はがむしゃらに走りまわった。少しでもひたぎの欠片を探そうと。だけどどこにも無かった。


 信じられない。僕は騙されているだけなんじゃないだろうか。また天誠がロクでも無いことを考えて、凜音が悪ノリしてるんだ。きっとそうだ。だけど、人一人をいないことにするなんて許されない事だ。こればっかりは怒らなくちゃいけないな。そう考え急いで天誠達の元へ向かった。だけど僕は望んだ回答を得る事は出来なかった。


「だから、誰だよそのひたぎってやつは」


「ふざけないでよ! 一緒に海に行ったじゃないか! 僕は覚えてないけどお祭りだって一緒に行ったんでしょ? 今ならまだ笑って済ますから早くひたぎを連れてきてよ」


「落ち着いて、凪紗。あたし達は本当にそのひたぎって人を知らないの」


「嘘だよ!」


「ね、一回病院に行ってみよ? 記憶が戻り始めて混乱してるのかもしれないしさ」


「そんなものもうとっくに行ったよ!」


「わかった。わかったから一回落ち着け凪紗。そのひたぎって人はどんなやつなんだ? 俺達が忘れてるだけでひょっとした昔に遊んだ事があるのかもしれない」


「背は凜音よりちょっと低いくらいで、黒髪の金色の髪飾りがよく似合う女の子だよ!」


「凜音、そんなやついたか?」


「さあ。少なくとも中学の時にはいなかったと思うけど。そうだ、卒業アルバムを見ればなんかわかるんじゃない?」


 そうだ! その手があった。


「凜音、ありがとう! 家に帰って見てみるよ」


 急いで家に帰り、額から垂れる汗も拭かずに僕は卒業アルバムにいるはずの人を食い入る様に探した。だけど


「……いない」


 なんでだ! 確かにひたぎはいたはずだ。病院を抜けだして話したことも、海でのビーチバレー、バーベキューに釣り、花火だって覚えてる。なのに、なんで。


「ひたぎに会いたいですか?」


「え?」

 振り向けば、無表情のエリスが立っていた。集中しすぎて気が付かなかった。いつ家に入ったんだ。いや、そんな事はどうでもいい。エリスは今確かにひたぎと言った。


「覚えてるの!?」


「覚えてますよ」


「なんだ。やっぱりドッキリだったんじゃないか。安心したよ」


「いえ、天誠君達は本当に覚えてないよ」


「嘘だ!」


「本当です。ひたぎに会いたいんでしょう? まずは事実を事実と受け止める所から始めてください」


「わかったよ。なんでもいいから早く会わせてくれ」


「まあまあ落ち着いて。お茶淹れてくれません? ゆっくり話しましょうよ」


 飄々としたエリスの態度に苛立ちを隠しきれなかったけど、今は我慢だ。彼女が唯一の手掛かりなんだ。ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。


「ほら、ご希望のお茶だよ。これでいいだろ? 早く話すなり会わすなりしてよ」


「うるさいですねえ。お茶くらいゆっくり飲ませてください。話し長くなるんですから」


 エリスが話し始めるまでの時間が永遠にも感じられた。忍耐強く待っているとエリスやっと話し始めた。


「ここが火炊(ほとぎ)(むら)だという事は覚えてますよね?」


「当然じゃないか」


「じゃあ飛滝山は?」


「わかるよ。父さんが行方不明になった場所でしょ?」


「それじゃあ、あなたのお父さんの名前は?」


「知らないよ。エリスは知ってるの?」


「知ってますよ。遠野。遠野凪紗」


「凪紗?」


「そうです。おかしいですねえ。あなたも凪紗。あなたのお父さんも凪紗。これはどういう事でしょう」

 ズズッと熱いお茶をすする音が響いた。


「わからないなら私が答えてあげましょう。十六夜(いざよい)凪紗さん」


「違う!」

 開いてはいけない何かが開かれてしまったような気がして、俺はエリスの言葉を否定した。


「何も違わないですよ。あなたのお名前は十六夜凪紗です。これ何かわかる?」

 エリスは紙束を僕に寄越した。


「知らない」


「中も見ないで言わないでよ」


 見たくなかったけど、しょうがなく俺は中身を流し読みした。

 すぐにわかった。これは父さんの字だ。


「中身に見覚えは?」


「……あるよ。全部思い出した」


「なら話しは早いですね。私はエリス。山女(やぶめ)エリス。呪われた血族の末裔です」


「俺は知らない事の方が多い。ちゃんと説明してくれ。まず俺の父さんは遠野凪紗で間違いないんだな?」


「そうですよ。遠野凪紗さんは優秀な方でした。あなたのお爺さんにあたる人が残した断片的な情報を元にほぼ火炊村の古事記を蘇らせた。でも遠野凪紗が選んだのは私の母、山女エリスです」


「つまりはあんたは俺の妹ないしは姉って事か」


「そう。私の本当の苗字は十六夜。でも、母の呪われた血が、私が十六夜になる事を許さなかった。同じ母体から生まれたのに私は火を知っていてあなたは火を知らない。別に不満を漏らすつもりは無いけど、不平等な感は拭えないですね」


「知りたくなかったよ」


「でしょうね。でも私はあなたが記憶を失うずっと前から知っていた」


「結局、記憶を失うのも全部作られたストーリー。出来レースだったわけだ」


「あなたがなんと言おうとも、もう流れだした船は止まりません。月が満ちるまで後3日。それまでに決めてください。それによって私の行動も変わります。これ、置いていきます。お父さんの手記です。ここに全部書いてます。知りたかったら読んでください」


 言うだけ言ってエリスは帰っていった。


 3日。後3日で水面に映る月の姿は安定する。


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