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始まりの一時

ご迷惑おかけしました。文の密度の件修正させていただきました。

まだ見づらいなど意見ありましたらお気軽に感想などでお願いします。

 飲み物を用意し、ソファにクッションを敷く。読書をする時のセットが完成した。

本のようにカバーがあるわけでは無いので読みづらそうだった。

表紙を捲ると、タイトルは無く、いきなり本文から始まっているようだった。


「 本書は、その多くを著者である私自身の体験を元に作成されたものであるため、読み物として参考になるとは私自身胸を張って言えないものである事を最初に断っておく。


しかし、古くから伝わる伝承と不思議な事に一致している部分があったことも事実である。また、私自身各地を訪れ話を聞くうちに私が体験したものと酷似している内容の話を耳にすることができた。


そういった観点から見ると本書に記した内容は過去に起きた、民俗学的伝承になり得る体験に現在の日本で遭遇したと言えるのではないだろうか。


念を押すようだが、本書に記されている内容はあくまで私自身の体験を元にし作成されたものである。


ひょっとするとこの本を手にとった読者の中にも同じ体験をしたものがいるかもしれない。そんな希望的観測をこの本には込めさせていただきたい」


 これはおそらく本にする予定で書いたものなのだろうが、なんらかの理由で世に出なかったんだろう。

ぱっと読んだだけだが、おそらく内容の密度もそれなりのものに思えた。


これは読み終えるのに時間がかかるかもしれない。しかし、はしがきの段階ですで内容に惹かれつつある自分がいるような気がした。


「 今でこそ限界集落と言われているが、私が幼少時代に住んでいた火炊(ほとぎ)村は所謂田舎と呼ばれる場所ではあったが、人々に活気があった。


村を横切る山の中に観光名所として名高い滝壺があったため、宿場として生計を建てている者が多かった。


土地柄観光者が多かったので、どこからか流れてくる噂話は数多くあり、その多くは取るに足りない子供騙しのようなものだったが、中には村に古くから伝わる伝承の延長線上にあると思われる噂もあった。


中でも、土着神である飛滝様(ひたきさま)には気に入った子を自身の世界に連れ去りおもてなしをするというものがある。


神が人の子をおもてなしするというのもおかしな話だが、この話には更に続きがある。


()(たき)(さま)に連れ去られた子は暫くすると何事もなかったように集落に戻ってくる。その後すぐにどこからか来た人ならざる美しさを持った同い年と思われる女と失踪すると言われているのだ。


 さて、村に古くから伝わる伝承にこんなものがある。

滝壺で遊んでいると神隠しに遭い帰ってこない。滝壺で遊ぶと願いが叶う。


この二つは両方とも滝壺に関連している。

一見すると相反していると考えがちだが、その実先程の噂話である飛滝様(ひたきさま)の話に当てはめると、滝壺で遊んでいると神隠しに遭い帰ってこないは文字通りどこからか来た人ならざる美しさを持った女と失踪する事。


滝壺で遊ぶと願いが叶うは連れ去られた先で()(たき)(さま)がおもてなしをするという事となんらかの関係があると考えられる。


つまり二つの伝承を詳しく、もしくは脚色したものだと考えられる。

しかしなぜこの噂話は村に伝わる伝承ではなく、あくまで噂話として取り扱われているのだろうか。それについては二点原因が考えられる。


この噂話が創作であると思われていることが一つ。

土着信仰というものは簡単に変わるものではないので、元からあるものに後から来たものを混ぜるのを嫌がったのが一つ。


割合的には後者の方が原因となっている可能性が高いだろう。

更に疑問点として挙がる事がある。なぜ元から語られてきた伝承よりも詳しくなっているのか、という点だ。


先に述べた通り創作あるいは脚色したものだと決めつけるのは簡単だ。

しかしそうと決め付けるにはあまりにも話が具体的すぎる。


更に柳田国男の『遠野物語』にもマヨイガ伝承というものが紹介されている。ここでは詳細には語らないので詳しくは『遠野物語』を読んでいただきたい。


マヨイガ伝承とは諸説あるが山中にある幻の集落であり、そこにたどり着くと幸運が訪れる、というものだ」


 ここまで読んだところで扉の開く音と共に玄関から物音が聞こえた。エリスが戻ってきたようだ。時計を確認すると昼時だった。本に集中していて気が付かなかった。


 それにしても、民俗学の書物はいろいろと漁ったがこれは新しい。付け加えてとても面白い。()(たき)(さま)というのは初めて聞く名前なのでその地方でのみ有名な土着神なのだろう。


「ただいま。本は読んでますか? 凪紗(なぎさ)さん」


 手にビニール袋を抱えたエリスが帰ってきた。ビニール袋からはねぎ等の食材が見えた。


「読んでる。それはいいんだがエリス行くところないって言ってたはずだよな?」


 どうも俺は勘違いをしていたようだ。俺の中では行くところがないイコール先立つものがないという意味だと思っていたんだが。


 買ってきた食材を冷蔵庫に入れているエリスの姿を何気なく観察する。考えてみればエリスはかばんも持ってたし金くらい持ってても不思議ではないかもしれないが。


「ああ、それですか。嘘です」


「は? すまん、ちょっと聞こえなかった。もう一度頼む」


「ですから、嘘です。行くところがないって言えば、ちょっとは同情してもらえるかなーって。付け加えるならお願いも聞いてくれるかなーって思いまして」


 それは無駄に終わっちゃいましたけど。と小声で付け加え食材を冷蔵庫に入れる作業に戻った。


「……」


 こいつに対する認識を改める必要があるようだ。

エリスは言葉使いこそ丁寧だが、どうも図々しい人間のようだ。

人の家の冷蔵庫を勝手に使ってる時点で気付くべきだった。


こう考えているうちにも、おそらくは昼飯を作ろうとしているのだろうが、家主に断りなく設備を使っているしな。おまけに嘘もつくし。


「どうしたんですか? 難しい顏をして」


「いや、なんでもない。ちょっと民俗学について考えていたんだ」


 エリスが帰ってきた事によって中断してしまった紙の束を読む作業に戻る。


「 私はマヨイガは一種の異界なのではないかと考えている。

入り口こそ滝壺であるとはっきりしているが、そこで遊んでいると神隠しに遭うという伝承はつまり、先に述べた噂話通り()(たき)(ざま)が気に入った子をマヨイガのような異界に連れ込んでいるのである。


更に遠野物語にはマヨイガを訪れた者が集落にあるものを持ち帰ると幸運になるとも書かれている。滝壺で遊ぶと願いが叶うという伝承と似ていると言える。


こういった類の伝承は各地でもよく耳にする。火炊(ほとぎ)村の伝承もそれらに類するものだと考えられる。


噂話の不可解な点は一度人里に戻ってくるにも関わらず、その後すぐにまた失踪するところにある。火炊(ほとぎ)村の()(たき)(さま)伝承に、人里に戻り再び失踪するなどという伝承は一切ない。これは完全に噂話という形でしか聞き得ない。


これまでは火炊(ほとぎ)村の伝承について述べてきたが、そろそろ本題の噂話について考えていきたいと思う。


伝承と噂話の大きな違いは、やはり噂話の最後の部分、一度人里に戻り再び失踪するという点だ。


これについては資料がほぼ無いに等しいので憶測での考察になってしまうが、私は火炊(ほとぎ)村に古くから伝わるとされてきた()(たき)(さま)伝承は噂話よりも後にでっち上げられたとでも言える強引さで作成されたものだと考える。


現在噂話として扱われているものこそが史実であり、()(たき)(さま)伝承はなんらかの事情で噂話を大幅に削り、何かに都合の良いように改変されたものなのだ。

伝承が噂話を部分的に引き継ぎ、ぼかしている理由については、完全な創作になってしまえば()(たき)(さま)に対する信仰がなくなってしまう。


そうなってしまうのは火炊(ほとぎ)村にとっても(ひたきさま)滝様にとっても都合が悪かったからだ。火炊(ほとぎ)村には一時期干ばつを始めとした天災に見舞われた時期があったようだ。


伝承が完全な創作になった事によって()(たき)(さま)の怒りを買ってしまい、村が()(たき)(さま)の加護から外れたと考えた何かが慌てて伝承の内容を変更した。

それが現在に伝わる()(たき)(さま)伝承の原型だと考えるのは容易だ。


噂話の内容を一部引用しているのは、少しでも真実を混ぜる事によって()(たき)(さま)の怒りを鎮めようとしたのだろう。しかしそうでもして隠したかったものとはなんなのだろうか。


それを紐解くヒントは噂話にはあり、伝承には無い一度人里に戻り再び失踪するという一節だ。


 私がなぜ資料が無いにも関わらず具体的に述べることが出来るのか疑問に思う読者もいると思う。


それは最初に述べた通り私自身の体験によるものが大きい。前書きはこれまでにして、そろそろ私が体験した事について述べようと思う。


何分意識が朦朧としていたので曖昧な部分が多々あるが、ご容赦願いたい。

また、これを読むにあたって読者にお願いがある。童心に帰って頂きたいのだ。


幼少時代に記した日記のようなものの内容をそのまま載せるため、大人の目線から見ると少々疑問に思う点が多いと思われる。


そのため一度童子の目線で物事を見据えた後に、大人の目線に戻り、著者が過去の出来事を学者になった今考察したものを読んで頂きたい」


「あれ?」


 エリスに貰ったものはここで終わっていた。いよいよ本題に入ろうとしているところで終わったため、クライマックスを迎えた物語の続きを見れない時のようなもやもやとしたものが胸の内に広がっていた。


凪紗(なぎさ)さんご飯出来ましたよ。ってあれ? もう読んじゃったんですか、それ」


「読んだけどこれ途中で終わってるんだが。しかも一番大事なところの直前で」


「あら、それは大変ですね。後で続きを探しておきます。それよりも、今はご飯にしましょう。温かい内に食べないと勿体無いですから」


「あ、ああ。わかった」


 どうもエリスと話しているとペースが乱れる。エリスの掌の上で踊っているかのような錯覚を覚える。

エリスが意識してやっていることなのか、元から持っている雰囲気なのか。それを決定づけるにはエレスに対する情報が少ない上に理解も足りない。


 テーブルに並べられた和食を中心とした料理から漂う香りは、それだけでエリスの料理の技術が高い事がわかった。


「お口に合うかわからないですが、美味しくなくても許してくださいね」


 味噌汁で箸を濡らし、その流れのまま味噌汁を口に含んだ。母の味というものはこういうことを言うのではないだろうか。飲んだ瞬間に広がった柔らかな暖かみ。


長いこと他人が作ったものを食べていなかったという理由もあるだろうが、あまりにも暖かくて泣きそうになった。味噌汁一つで大げさかもしれないが、エリスは悪い人ではないように感じた。


「うまい」


「良かった。美味しいと言ってもらえるのはやっぱり嬉しいですね」


 親父の事を始めとしてエリスの事、過去の事沢山の疑問があったが、この料理を食べている時に口にするのは無粋に思った。今だけは、少しの間だけは心を落ち着けよう。


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