凜音
「凜音」を最後に少々の間投稿を休止します
詳しくは活動報告の方に書いていますのでそちらをご覧ください
海に行った日から二日経った。僕は今、僕の家で凜音と宿題を終わらせようと奮闘している。いつもならここに天誠がいたみたいだけど、今年は初めて出来た彼女であるエリスのところに行って宿題をやっているらしい。
それにしても、真面目に机に向かい、宿題を終わらせんとしている凜音の姿にはそこはかといない違和感を覚える。
凜音は間違いなく机に向かうよりも外で体を動かしている方が似合っているし、本人もそう自覚している。
心なしか凜音の特徴である長いポニーテールが元気が無いように見えた。
「何見てんのよ?」
「え? ああ、ごめん」
どうやら知らず知らずの内に凜音を凝視していたようだ。
「まあいいけどさ。ちょうどそろそろ休憩したいと思ってたし」
そう言って凜音は一息ついて足を崩した。
「凪紗お茶淹れてくるけど飲む?」
「うん。お願い。あ、でも場所は大丈夫?」
記憶が無いとはいえ元は僕の家だった場所だ。ここ二日で家のどこに何があるかは大体把握していた。
「あたしを誰だと思ってんのさ。なんでも知ってるよ」
そう言い残して凜音は部屋を出て行った。
暫くしてお茶とお菓子を盆に乗せた凜音が戻ってきた。二人でお茶をすする。
「あたしはさ」
凜音は一拍の間を置いてこう続けた。
「凪紗のお父さんがいなくなってからこの家にご飯を作りに来たりしてたの。あたし達がよくここに入り浸ってたのも凪紗が寂しくないようにって、天誠が言い出したからなの」
「そうだったんだ。だからさっきお茶の場所とか知ってたんだ」
突然語りだした凜音に驚きつつも。僕は凜音に調子を合わせる事にした。
「うん。あたしはこの家に来る口実が出来たってちょっと喜んだ。酷いよね」
「そんな事無いよ。今だって凜音がいてくれて助かってる。一人だと変な事考えちゃうし」
そう、と小さく凜音は呟いた。
「どうしたの? なんか元気無いみたいだけど、疲れちゃった?」
凜音は僕の問いには答えずにこう言った。
「釣り、楽しかった?」
「え?」
「片付けの時、あんたとひたぎが楽しそうに話しながらどっかに行くのを見て、悪いとは思いつつも気になって見に行っちゃったんだ」
「なんで……どうして」
「あたし見ちゃったんだ。あんたとひたぎがキスしてるの。見なきゃよかったってすごい後悔した。内心すごい泣きそうだった」
「だって、そんな素振り見せてなかったじゃないか」
「頑張って見なかった事にしたもん。あたしのせいで雰囲気悪くするのも悪いし。でも、やっぱり無理。なんで? あたしじゃダメなの?」
「ダメって……。そんな事僕にはわからないよ」
「答えてよ! 凪紗はいつだってあたしを見てくれた!」
僕が答えに窮していると凜音は僕に近寄ってきた。
「キス……してもいい?」
気がつけば互いの吐息が感じられる距離だった。
「ま、待って! なんで僕なの? 凜音だったら他にも良い人が選べるじゃないか」
「人を好きになるのに理由が必要なの? いいよ。だったら答えてあげる。前も言ったけどあたしはあの時本当に疲れてた。そんな時凪紗が遊ぼうって言ってくれたのは本当に嬉しかった。
そこからあたしらの付き合いは始まった。凪紗がどう思ってるかどうかは知らないけど、あたしは凪紗の事が好きだった。あの時からずっと」
予想外の言葉に思考が一瞬止まった。いや、予想はしていたのかもしれない。だけど、いずれにせよ僕の思考は一瞬止まった。そんな僕に追い打ちをかけるように凜音はこう続けた。
「凪紗が記憶を失う前日の夏祭りでも、私は同じ事を言った。あの時はすぐ答えてくれなくてもいいって言ったけど、もう、待てないよ」
僕はどう答えればいいんだろう。ここで無責任に僕も好きだ、と言うのは簡単だ。でも、凜音が好きなのは前の僕であって今の僕じゃないんじゃないだろうか。
この疑問に対する答えを僕は持ち合わせていない。なら、答えを知っている人に聞くまでだ。
「凜音は本当に僕が好きなの? 凜音が本当に好きなのは記憶を失くす前の僕なんじゃないの?」
「なぎ……さ」
互いの吐息が感じられる程の距離にいた凜音が徐々に僕から離れていく。それと同時に心すらも僕から離れていっているように感じた。
「……ごめん」
部屋を出ていった凜音は、泣いていた。