夜の海 釣り
材料が尽きた事でバーベキューは終了となった。火の後始末なんかの雑用はくじ引きによって決められ、天誠と凜音、エリスの三人が担当する事になった。
手持ち無沙汰となった僕は、朝ひたぎと交わした約束を果たすことにした。
「ひたぎ。話し、あるんでしょ?」
「うん。覚えててくれたんだ」
「もちろん。海の家で釣り道具貸してるみたいなんだ。釣りをしながらでもいい?」
「いいよ。私も釣り、やってみたかったし」
「釣りした事無いの?」
「うん。教えてね?」
そうして僕達は釣りをする事にした。
釣りをするのにおあつらえ向きの場所を海の家のおじさんに教えてもらった事で、釣りの場所を探す事に時間を費やす事は無かった。
「もうすぐ夜だね」針に餌を付けながらひたぎは言った。
「そうだね。いいじゃないか、夜釣りと洒落込もう」
餌を付け終え、思い切り遠くまで餌を投げる。リールが激しく音を鳴らしながら浮きが遠くまで飛んで行くのが見えた。ひたぎも僕に習って、思い切り餌を遠くまで投げていた。
「それで? 話ってのは?」
「うーん、とね。話があるっていうのは半分嘘で半分ホント」
「何さ、それ」
「この前みたく二人でゆっくり話す機会が欲しかったの。訊いてみたい事もあったしね」
「ふーん。いいよ。僕に答えられる範囲の事であれば答えるよ」
「凪紗は古事記を知ってる?」
「知ってるよ。ちょうどこの前家で見たんだ。最初の方しか読んで無いけど」
「内容は覚えてる?」
「確か、天つ神から授かった天の沼矛でイザナギとイザナミが島を創ってそこを拠点に国生みをする物語だったはず」
「そうそう。その過程でイザナミはヒノカグツチノカミを生む際に陰部に火傷を置い、常夜の国に旅立つ。
そして、イザナギはイザナミに会いに常夜の国に行くんだけれど、どうあっても二人はもう一緒に居られない。
イザナギが常夜の国の住人になる以外ね。だけどそんな事はイザナミが許さなかった。だから二人は輪廻転生に全てをかけた」
「そうそう。そんな話しだった」
「だけどね、このお話は火炊村だけに語り継がれているもので、一般的に語られている古事記とは違うんだよ」
「ええ! そうだったんだ」
「今は火炊村の古事記はあまり見ないから、凪紗が持ってたのはお父さんが民俗学者だったからだと思う。本当の古事記、知りたい?」
「うん。教えて」
「途中までは同じなんだけど、常夜の国に旅立ったイザナミは、常夜の国の者と同じものを食べてしまっていたの。
そうとは知らずにイザナギはイザナギを迎えに常夜の国に向かった。
そして無事二人は常夜の国で再会するんだけど、常夜の国の食べ物を口にしていたイザナミの体は腐り果て、体中に無数の蛆が這っていたの。
その姿を見たイザナギは、半狂乱になりながら追ってくる常夜の国の住人達にかつらやみずらを投げつけながら、なんとか現世に戻る事に成功するの。
現世に戻ったイザナギは常夜の国の入り口を大きな岩で塞いだ。そして夫婦の契りを解いたの」
ひたぎは喋り終えたとばかりにふぅと小さく息を吐き、側に置いてあったお茶を飲んだ。
「なんか、寂しいね」
「凪紗もそう思う?」
「うん。火炊村の古事記にはまだ先があるけど、古事記には先が無いばかりかイザナミに救いが無さ過ぎる。僕は、なんかイヤだなあ」
「良かった。凪紗はそう言ってくれて」
凪紗「は」? 別の人にも聞いたという事だろうか。その事についてひたぎに尋ねようとしたら、タイミングの悪い事にひたぎの釣り竿に反応があった。
二人で協力して釣り上げた魚はビチビチと元気よく跳ねまわっていた。
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