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男神と女神

誰か元気をください

13


今日は待ちに待った退院日だ。目覚めてからここで過ごした時間はたったの3日間だったけどとても長かったように感じた。


見る夢見る夢全部が悪夢だったのは、きっと慣れない病院生活の所為だろう。


少し眠っては夢を見て起きる。それを繰り返して朝を迎える。その後お見舞いに来るひたぎや(てん)(せい)凜音(りんね)と話して一日が終わってまた夢を見る。そんな日々も今日やっと終わる。


「準備は出来た?」


「うん。元々服以外何も持ってきてないようなものだったからね」


 退院日には凜音と天誠、ひたぎが来てくれた。エリスの姿が見えないのはやっぱり彼女が僕の事を嫌っているからなのかな。


ひたぎはショックを受けてるだけだって言ったけど、少なからず病院であった時に僕に向けられた感情は好意ではなかった。


前の僕ともあんな感じだったのかどうかが、記憶を失う前の僕とエリスがどういう関係だったのかがわからないから判断出来ない。


でも、ここにいないという事はやっぱり仲が良かったわけでは無いように思う。


 軽く頭を振って思考を取り消す。今日はせっかくの退院日なんだ。暗い事を考えちゃだめだ。そう思い、皆との会話には意識を集中させる。


「オッケ! そしたら帰ろ!」


 ただでさえ暑いのに、元気いっぱい凜音の見てると余計暑くなった気がする。


 病院を出て他愛のない話をしながら帰路についていると、天誠がよし! と声をあげて自身に注目が集まった事を確認してからこう言った。


「せっかく退院したんだ、明日からさっそく遊ぼうぜ」


「花火やったり海に行ったりするんでしょ? 凪紗から聞いたよ」


「そうそう。海は明後日に行こうと思うんだけどどうかな?」


「いいんじゃないかな。あ、でも水着とか買わなきゃ」


「明日皆でまとめて買いに行こうぜ。どうせだから花火も海でやっちまおう。皆もそれでいいだろ?」


「うん。あ、だけどごめんね、私は明日エリスちゃんとの先約があるんだ。だから買い物は三人で行って?」


「マジか。まあしょうがないな。水着とかは持ってんのか?」


「大丈夫だよ。去年のがあるしね」


「そりゃ素晴らしい。そうだ! この際だ、バーベキューもやろうぜ」


「あんた……」


 頭が痛いとばかりに手で頭をおさえた凜音がため息をついた後にこう言った。


「どんだけ一変にやれば気が済むのさ」


「いいじゃねえ。あれだよ。凪紗の退院祝いも兼ねてるんだよ」


「嘘ばっかり。あんたは凪紗にかこつけて騒ぎたいだけでしょーに」


「まあまあ。楽しそうだしいいじゃないか」


「凪紗がそう言うならいいけどさ」


「でもそうなると結構お金がかかりそうだね」


「んーそうだろうな。悪いんだけど買い物代だけ先に回収していいか?」


「うん、わかったよ。エリスちゃんの分も渡しとくね」


「確かに受け取った。明後日は十時にバス停集合だ。遅れるなよ?」


「遅れないよ。それじゃ、私はこっちだから。ばいばい」


 そう言ってひたぎは道を曲がって行った。


「俺達の家も後少しだ。今日はどうする? 一人で家でゆっくりするか?」


「うん。そうさせてもらうよ」


 言ってから、一人という言葉が引っかかった。凜音達が毎日来てくれていたから忘れていたけど、思えば僕の両親は一度もお見舞いに来なかった。そう思った時には疑問が口をついて出た。


「そう言えば僕の両親ってどうしてるの? お見舞いには来てくれなかったみたいだけど」


 途端、周囲になんとも言えない空気が漂った。凜音と天誠が何かを言おうとしては言葉を飲み込んでいたけど、辛抱強く答えを待っていると、凜音が口を開いた。


「凪紗の両親はね、お母さんは凪紗を産んですぐに亡くなって、お父さんも消息不明なの」


「そうなんだ」


 自分でもびっくりするぐらい心は冷静だった。きっとこれも頭のどこかでは覚えてる事だからなんだろう。


「消息不明っていうのはどういう事なの?」


「あたしもよくは知らないけど、凪紗のお父さんは民俗学者だったんだ。その研究の一貫で山に行ったらしいんだけど、それっきり行方がわかんなくなっちゃったんだって」


「凪紗の父さんが行った山は、()滝山(たきやま)だ」


「飛滝山?」


 その名前は知らないはずなのに、口にすると驚くほどすんなりと胸に浸透していった。


「ああ。飛滝山には滝壺があってな、そこに()(たき)(さま)っていう土着神が住んでるって言われてるんだ。んで、火炊(ほとぎ)(むら)には二つの民間伝承があってな、一つは滝壺で遊ぶと願いが叶う。もう一つは滝壺で遊んでいると神隠しに遭い帰ってこない、だ」


「願いが叶うのに、神隠しに逢うっておかしくない?」


「おかしいよな。だからこそお前の父さんはずっと調べてたんだよ」


「そうだったんだ。もっと早く言ってくれればよかったのに」


「ごめんね、言う機会を逃しちゃってさ」


「いや、いいよ。どうせ家に着けばわかる事だったんだ。先に知れてよかったよ」


「あんまり背負いこむなよ? 前にも言ったが俺を頼れ」


「ありがとう」


 その後、凜音と天誠に案内され自分の家に帰った。帰ったというよりもおじゃましたと言った方がいいかもしれない。


家に着いてまずした事は家の間取りの確認だった。自分の家のはずなのに何もかもが新鮮だった。


本棚を覗けば前の僕がどんな趣味嗜好をしていたのかわかるかもしれないと期待したけど、あまり収集癖が無かったのか漫画の本が数冊置いてある程度でスライド式の本棚は役目をほとんど果たしていなかった。


 ふと、何かに引きつけられるようにクローゼットを開けてみた。床に置かれたカラーボックスからは古事記と民間伝承の謎と題された本が見えた。


父さんが民俗学者だって言ってたけど、やっぱり僕もその手の事に興味があったのかもしれない。何か思い出すかもしれないし試しに読んでみようかな。手前にあった古事記を手に取り読んでみる。


《古事記》


『イザナギとイザナミは天つ神から授かった天の沼矛を使い海をかき混ぜた。引き上げた矛先から落ちる塩が積り、凝り固まって島になった。


イザナギとイザナミは島に降り夫婦となり、ここを拠点に次々と国を生んでいった。これが国生みである。


国を生み終えたイザナギとイザナミは、次に国を守る神々を生み始める。しかしイザナミはヒノカグツチノ神を生む際に命尽きて死者の国に旅立った。


イザナミの死を大いに悲しんだイザナギは、イザナミを取り戻そうと死者の国に向かった。二人は暗闇の中で再会したが、イザナミはすでに常夜の住人となっていた。


現世には戻れないと悟ったイザナギは、自身も常夜の住人になろうとした。しかしそれをよしとしなかったイザナミは、国創りをイザナギに託し自身は輪廻転生に身を任せた。


イザナギの持つトツカノツルギによって胸を貫かれイザナミは常夜を去った』


 ちょっとした悲恋だ。パラパラとページをめくり続きを見ると、イザナギとイザナミがこの後どうなったのかは書かれていなかった。


代わりに、驚くべき早さで神々が生まれていた。こうもポンポン生まれていると有り難みが減るような気がした。


 これ以上読む気になれず机の上に本を置いた。


 特にやることを見いだせなかったから、ベッドに身を投げた。すると、どんどんと眠気が襲ってきた。


病院では満足に寝る事が出来なかったからここでしわ寄せが来たんだろう。夢を見なければいいな。そう思い僕は眠気に身を預けた。


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