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三途の川

誰かやる気をください

12


「昨日は……ごめん」


 凜音は僕のお見舞いに来て早々こう言った。


「大丈夫だよ」


「凪紗が記憶喪失になったって聞いて頭が真っ白になっちゃったの。その……今の凪紗は倒れる前の事は何も覚えてないんでしょ?」


「そうみたい。全生活史健忘だったかな? でエピソード記憶が無くなっちゃってるんだって」


「それってちゃんと思い出せるの?」


「大体は一週間から一ヶ月の間に戻るパターンが多いって言ってた」


「そっか……よかったあ。でも、なんで忘れちゃったんだろうね。倒れてたらしいからその時に頭でも打ったのかな?」


「頭に外傷は無いから心因性だろうって。だけどさっぱり思い当たるフシが無いんだ。前の僕は何か悩みでもあったのかな」


「んーわかんない。それなりにずっと一緒にいたけど悩んでるような素振りは見せてなかったし。あー、でもなんか忘れっぽかった気がする。あたしの事一瞬忘れてたし」


「え? でも僕達は、その、幼馴染なんだろう? 普通忘れたりするかな」


「あり得ない。だから、多分そのちょっと前くらいからおかしくなってたのかもしれない」


「それにしても、参ったな。誰もかれもわかんないのか。ノーヒントじゃ思い出すのは大変そうだなあ」


「そうだ! 今からあたしと一緒に散歩に行こう」


「いいけど、なんで?」


「あたしと凪紗の会った場所に行こう。もしかしたらなんか思い出すかもしれないしさ」


「それは名案だ。それじゃ、着替えるからちょっと待ってて」


「早くしなさいよ」


 昨日天誠に持ってきてもらった服に着替えて凜音の元に行く。


「どこに行くの?」


「あたしと凪紗が初めて会った場所。あたしの思い出の場所だよ」


 凜音に連れられてやってきた場所は小さな公園だった。


「6丁目アイス公園?」


「面白い名前でしょ?」


「ハハっ。そうだね。でも、なんで六丁目なの? ここは六丁目じゃないよね」


「さあね。昔の名残じゃない?」


「そうなのかな?」


「ブランコ」


「え?」


「ブランコ、乗ろ?」


 凜音はふう、と一息ついて僕にそう言った。


 ブランコに乗った凜音の顏は、夕陽に照らされていたからか、憂いを含んでいるように見えた。なぜだかその表情に僕の胸はチクリとした。


「どうしたの?」


「あたしね、昔、ここで一人でブランコに乗ってたんだ。その日はちょうど今みたいに夕陽が綺麗でね、何も考えないでゆらゆらとブランコに揺られていたんだ」


 凜音は足元を見ながらポツポツと語り始めた。それに合わせるようにブランコがゆらゆらと揺れていた。


「昔からあたしは物事をはっきり言う性格でね、そのせいで小学生の時に一時期ハブられてたんだ。その日もランドセルに変な紙が入れられててさ、いい加減疲れてたんだと思う。家に帰る気にもなれなくてここで黄昏れてたんだ。なんか悲しくなりはじめて泣きそうになった時に、ボールを持った男の子が現れて、あたしにこう言ったんだ」


 凜音と視線が重なった。少し潤んでいるように見えたその瞳から、目線を逸らす事が出来なかった。


「一緒に遊ぼうぜ! ってね。その男の子からしたらなんて事の無い、暇そうにしてる子がいたから声をかけただけだったんだと思う。でもね、あたしはなんかすっごい嬉しくなっちゃってさ。さっきまで泣きそうになってたのにすごい笑顔で遊んでたんだ」


 ああ、なんとなく覚えている気がする。僕は羨ましかったんだ。幼稚園の頃から物事をはっきり言える凜音の事を、子供心にすごいと思ってたんだ。


でも男の子が女の子に声をかけるのは恥ずかしいと思ってて声がかけられなかったんだ。あの日はラッキーな事に僕と凜音以外いなくて声をかけるチャンスだった。


なんて声をかけるか迷って結局そう言ったんだ。


「覚えてるよ。本当はもっと早く凜音に声をかけたかったんだ。でも男の子が女の子に話かけるのは恥ずかしいと思ってたから声がかけられなかったんだ」


「え?」


「凜音が羨ましかった。僕は幼稚園の頃から友達に囲まれていたけど、それは本当の意味での友達じゃなかった。本音を言い合えない表面だけの友達。だから、思った事を言える凜音が羨ましかった」


「思い出したの?」


「わかんない。ただなんとなく凜音と遊んだ辺りの記憶はちょっと思い出したのかな?」


「そっか! 話した甲斐があるってもんだよ! ホントはまだ続きがあったんだけどね。後はあんたが自分で思い出しなさい」


「続き教えてよ」


「やだ! 恥ずかしいもん」


「ええ! そりゃ無いよ。せっかく思い出したのに」


「でもさ、こんなんで思い出せたんだからすぐに思い出すよ。良かったじゃん」


「まあそうだけどさあ」


「ほらほら、そろそろ病院戻らないと。明日退院出来るんでしょ?」


「そうだよ。迎えに来てね?」


「わかったわかった。天誠達も連れて行くから」


 凜音は病院に来た時とは違って明るくなっていた。多分、この明るさこそが彼女の本来の姿なんだと思う。元気になった凜音を見ていると僕も元気が出てきた。


 その後、凜音と一緒に病院に戻った時には夕食の時間が過ぎていて、看護師さんに少し怒られた。


 夜、僕は夢を見て跳ね起きた。先の見えない暗闇で、僕は手にもった刀で女の人を刺していた。金色の髪飾りをつけた黒髪の女の人を。その人はひたぎに似ていた。


 油断していたのかもしれない。凜音のおかげで少し記憶が戻って、明日は退院出来る。気持よく寝れると思ってた。でも、違った。


 やっぱり一人は良くない。無意識の内に記憶が無いことに恐怖しているんだ。一人は嫌だ。皆に会いたい。


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