出逢い
自身の書いたものが世間の皆様にどの程度の評価を得られるのか知りたかったために投稿しました。批判、批評ご意見ありましたら気軽にコメントをお願い致します。
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薄ら寒い暗闇。表現としておかしいような気がするが、そうとしか表現できなかった。先の見えない暗闇がどこまでも続いている。
漂う雰囲気は陰鬱で、その場にいるだけで吐き気を催した。
辺りを見回す余裕ができてきたころ、ふと気付くと、手には血の付いた古びた長い刀が握られていた。
なぜ今の今まで自分が手に刀を握っていると気付かなかったのだろうか。
刀に目を取られていると、目の前に人の気配を感じた。
顔を上げると、巫女のような装いをし、胸から血を流した美しい女性が立っていた。
本来白かったであろう服の大部分が彼女の胸から流れる血で朱く染まっていた。
薄暗い中でも金色に輝く髪飾りが艶やかな黒髪を彩り、この世のものならざる美しさを感じさせた。
彼女は微笑んでいたが、その顔は屍人のように白く、常夜の住人であることをはっきりと表していた。
「久方ぶりです」
愛しい人へ愛を囁くような声音で彼女はそう言った。
ただその表情は、どこか哀しげな雰囲気を孕んでいるように感じた。
体が意思とは無関係に動く。手にしていた刀が彼女の胸に引き寄せられ、長い刀身が徐々に飲み込まれていく。
彼女は一瞬苦しそうな顏をした後、笑顔を作り崩れ落ちた。
「……」
目覚めは最悪だった。荒い息遣い、体に纏わりつく汗、全てが鬱陶しかった。
息が整ってくるのと同時に喉が渇いていることに気づく。
布団から出たくなかったが、しょうがなく台所に向かった。
軽く口をゆすぎ、水を口に含み嚥下する。冷たい水が眠気を打ち払った気がした。
「んっ」
ふと聞こえた悩ましげな声のする方を見ると、薄いこがね色の髪が枕の上をもぞもぞと動いていた。昨日の今日の出来事だ、まだ疲れが残っているのかもしれない。
少女に気を使いつつも、顏を洗い歯を磨くという朝のルーチンワークをこなす傍ら、簡単に昨日の事を思い出す。
昨日というか今日だが、夜食を買いに外に出ると雨が降ってた。にも関わらず道端に体育座りしてた女を見つけたんだ。
その後夜食を調達し、帰路についていたら女はまだ同じ場所に座ってた。
一応深夜に女一人だったから声掛けようとしたら、その前に別の男が声を掛けたと記憶している。
そのまま見なかった事にして帰ろうとしたら、言い合うような声が聞こえた。
声のする方を見るとさっきの女が手をとって連れ去られようとしていた。
俺がありもしない正義感を振りかざして女を助けた。そして今この状況。
「うーん。めんどくせえ事したかな?」
誰に言うでもなく呟いてしまった。
着替えを済ませ居間に行くと少女が目覚めていた。年は自分とそう変わらないはずだ。十六、七歳だろう。長いまつげに覆われた、もの問いた気な憂いを秘めた青い瞳。
お世辞抜きに美人と言えるだろう。だからこそ襲われそうになったんだろうな。
少女はこちらに気付くと姿勢を正し、三つ指をついて礼をした。
「昨夜は助けていただきありがとうございました」
その姿を見ていると日本人よりも日本人っぽいな、なんていうくだらない感想が生まれてしまった。
「そういうのはいい。あまり堅苦しくされると居心地が悪い。それで? これからどうするんだ? いろいろと大変そうだが」
「あなたはとても優しい方なのですね。今私は有り体に言って行くところがないという状況です。どうしましょう」
まあそうだろうな。なんとなく予想はついていた。今俺は確実に面倒なことに巻き込まれかけているのだろう。
いや、ひょっとするともう巻き込まれているのかもしれない。
なんにせよ、ここで選択を間違えればより面倒なことになるのは確実だった。
「行くところ云々は……まあ、正直気は進まないが宛はあるから安心していい。全部を聞くつもりはないが最低限のことは聞かせてくれ。あんたはこれから何がしたいんだ」
「それにはお答えしかねます。ただ、私には成さねばならない目的があります。もし差し支えがなければですが、あなたにはそれを手伝っていただきたいのです」
「俺はたしかにあんたを助けた。でもそれは偶々だ。偶々あんたが俺の帰り道で塞ぎこんでいて、偶々あんたが襲われそうだったのを俺が助けた。ただそれだけの関係だ。つまり俺にはあんたをこれ以上助ける義理はない」
少々きつい言い方になったが、ここまで言えば引き下がるだろう。
助けてやりたい気持ちが全くないとは言わないが、今俺にそんな余裕はない。
「では言い方を変えます。私には成すべき目的がありますが、それはあなたの過去やお父様も関係しています、と言えば少しは手伝っていただける気になるでしょうか?」
「どういうことだ?」
「申し訳ありませんが、それにはお答えしかねます。ですが、私と行動を共にすればわかるかもしれません」
「ふざけるなよ。今ここでお前を犯してやってもいいんだぞ。さっさと言えよ。なあ」
「……っ。例え乱暴されても言えないものは言えないのです」
少女は目に涙を溜めながらも、何があっても言わない、そんな目をしていた。
「……冗談だ。それで? 俺に何を手伝わせようってんだ」
「ふぅ。優しい方かと思いましたが、獣のような一面も持ちあわせていたんですね。ちょっと漏らしそうになりました」
何を? とは聞けなかった。こいつも見かけによらず割と上品ではなく俗寄りの人間なのかもしれないな。
「んなことはどうでもいい。さっさと教えてくれ」
「これからあなたには私と一緒に、あなたのお父様が歩んだ道を追っていただきます。その過程でおそらくあなたの求めるものも見つかるかと」
そういえばこの間やってたまったく当たらない割に、妙に詳しく教えてくれる占いに今月はあなたにとって節目となるでしょう、なんてことが書いてたっけな。
ひょっとする初めて当たるかもしれないな。占い。
「そういや、名前聞いてなかったな。俺は」
「遠野。遠野凪紗」
俺が言い終わる前に、俺の言葉に被せる形で俺の名前を彼女は言った。
「なんで知ってるんだ」
彼女はふふっと意味あり気に笑った。
「あなたの事ならある程度なんでも知ってるつもりです。私は山女エリス。呼び方はお好きなようにどうぞ」
「変わった苗字だな。というかあんたハーフだったのか」
「そうです。日本とドイツのハーフです。もっとも日本で生まれ育ったのでドイツ語喋れないですけど。さて、このままでは凪紗さんは納得出来ないと思います。なので、まずはお互いに信頼関係を築きましょう」
「まあその辺は適当にな。で、親父が歩んだ道を追うだったか。具体的にどういう事をすればいいんだ」
「凪紗さんは民俗学に興味はありますか?」
「それなりにはある。親父に繋がる手がかりとしてしょうがなく読んでいるうちに面白いと感じるようになってきてな、最近は趣味の一つになりつつある」
「ではまずはこれを読んでください。情報の共有。そこから始めましょう」
そう言ってエリスは紙の束を寄越した。
「わかった。その間エリスはどうする?」
「私はちょっとやることがあるので外に行きます。あ、ご飯は大丈夫です。昼頃には帰ると思いますので。それでは行ってきます」
そう言ってエリスは足早に家を出て行った。
「ん?」
自然に出て行ったが、エリスはさっき行くところがないって言ってたはずだよな。なのにやることがあるってのもちょっと変な感じがするな。いろいろと謎の多い女だ。
エリスが何を考えているのかさっぱりわからない。
まあいいか。知る必要があるのならそのうち知ることが出来る。
それよりも今はエリスに借りたものを読まなければ。