中編『王様ゲーム』
「プレゼント交換の後はゲーム! 王様ゲームをやるわよ!」
堤先輩のそんな一言から王様ゲームをやることになった。
王様ゲーム。
王様の棒と番号が書かれたそれ以外の棒を一斉に引き、王様の棒を引いた人がある特定の番号の人に対して色々なことを命令できるゲームである。そして、指名された人は王様の命令を必ず聞かなければならない。
まあ、五人いればなかなか盛り上がるんじゃないだろうか。俺には不安しかないが。
さっきの箱を用いて棒を引くことになった。ただ、一から五番までの番号しか書いていないので、五番と描かれている棒の先を赤く塗りつぶすことに。この赤い棒を王様とするようだ。
これで準備は整った。王様ゲームの始まりだ。
一回目。
全員が棒を掴む。
『王様だーれだ!』
そう言って全員が棒を引く。今回の王様は、
「お、俺か……」
見事に引き当ててしまったよ。
王様になったから変な目には遭わないと安心できるが、何を命令すればいいのかが全く分からない。変なことも言えないし。
「え、ええと……一番の人が三番の人の額に思い切りデコピンせよ」
まあ、最初はこのくらいが良いだろう。
すると、まどかが「ふえっ」と声を上げる。
「わ、私がデコピンをするのですか……」
まどかはおどおどしていた。それはそのはずで、俺が王様である以上、デコピンされる人が先輩方の誰かになるからだ。
「まどかちゃん! 遠慮しなくて良いからね!」
「ふええっ! ちゅ、堤先輩なんですかっ! で、できませんっ!」
「王様の命令は絶対だからね! 篤人君なら怒るけど、まどかちゃんにデコピンされても怒らないから大丈夫よ」
「あううっ、そ、それでは……し、失礼します……」
まどか、今すぐにでも泣きそうになってるぞ。何か、王道だからって軽い気持ちで言ったのにかなり罪悪感を抱いてしまっている。
――パチン!
まどかのデコピンが堤先輩の額にクリーンヒット。
堤先輩の額はちょうどまどかの指の形に赤くなっていた。痛そうだな。
「篤人君、よくもやってくれたわね……」
「いえいえ、デコピンしたのはまどかですから。それに堤先輩がデコピンされる側だなんて考えませんでしたし……」
「ていうか、もっと大胆な命令でも良かったのよ?」
「いえいえ、できませんから」
俺がそう言うと、堤先輩は何やら考え込む。そして、
「……じゃあ、次からの命令は大胆なこと縛りね。もう夜だし、今日はクリスマスイブなんだから色々なことをしちゃっても大丈夫でしょ?」
まるでそれじゃ堤先輩が王様じゃないかとツッコミたくなったが、実際にAGCのリーダーなので何も言うことができない。先輩方やまどかも御意という感じで、次からは大胆な命令縛りになりそうだ。
俺の思ったとおり、不安な方に進み始めてしまった。
二回目。
全員が棒を掴む。
『王様だーれだ!』
そう言って全員が棒を引く。今回の王様は、
「あら、私ね」
堤先輩だ。ちなみに、俺の番号は四番だ。
「……引き、強いですね。先輩」
「天は私に味方しているのね、きっと。篤人君の番号は何番かな。さっきの仕返しをしっかりとしなくちゃ」
おいおい、俺が何番なのか分からないのによくもそんな宣言ができるな。
「堤先輩から赤紫色のオーラが見えます」
まどかには人の心の状態をオーラの色で見分ける能力がある。例えば、赤色なら怒りの気持ち、青色なら悲しい気持ちという感じだ。
「赤紫色は何の気持ちを表しているんだ?」
「……良からぬことを企んでいるときです」
「納得した」
まあ、今の堤先輩の表情を見れば俺でも分かるけれど。
「四番の人が一番の人を後ろから抱きついて本気で甘い言葉を囁いて」
「……感、良いですね。先輩」
どうして俺の番号が当たるんだよ。不正はやってない、よな?
つうか、後ろから甘い言葉を囁くってどういうことだ。一番を引いた人は誰だ?
「あ、あたしが言われるの……?」
み、宮永先輩か。一番気をつけなきゃいけない人が当たったな。
「な、成瀬! 変なことしないでよね!」
「……しませんって」
王様の命令は絶対だ。こうなったら、ちゃんとやるか。
俺は宮永先輩の後ろまで行き、先輩のことをぎゅっと抱きしめる。
「あうっ」
「……喘ぎ声、凄く可愛いですね。いつもの先輩じゃないみたいだ」
「そんな可愛い、だなんて……」
宮永先輩は狼狽している。
「細くて華奢なのに、先輩を抱きしめると何だか安心できます。先輩の温もりが俺のことを包んでくれているからなのかな……」
「そんなことないって。あたしだって成瀬に抱かれて安心してる」
「先輩にそう言われるのが何よりも嬉しいことですよ」
「……あ、ありがとう」
「コミケでは絶対に同人誌を完売しましょうね。俺は内容を知りませんが、宮永先輩の描いた作品なら絶対に完売しますって。俺も精一杯頑張りますから」
「うん、絶対だからね。そうじゃないと許さないんだから」
そう言う宮永先輩は優しく微笑みながら俺のことを見ていた。
「……このくらいにしましょうか」
これ以上はさすがに無理だ。っていうか、何なんだよこの羞恥プレイは。
俺も恥ずかしいが、見ていた三人もみんな恥ずかしそうに俺から目を背けていた。というか、恥ずかしがるなら命令しないでくださいよ、堤先輩。
「思ったよりも篤人君が本気だったから驚いたわ」
「王様の言うことは絶対ですからね。本気でやれと言われたからやっただけです」
「……篤人君の方が一枚上手だったようね」
意味が分からん。俺は十分に堤先輩から倍返しされた気がしたよ。
次はもう俺に当たらないことを祈ろう。
三回目。
全員が棒を掴む。
『王様だーれだ!』
そう言って全員が棒を引く。今回の王様は、
「僕ですね」
上杉先輩か。ちなみに、俺の番号は一番だ。さあ、今回は当たるなよ。
大胆な命令縛りのせいか、上杉先輩はなかなか命令を言うことができない。
それを見かねた堤先輩が、
「さっきの篤人君と紗希ちゃんの絡みは長かったからね。今回はすぐに終わる方がいいかもしれないわね。じゃあ、口づけにしましょう」
「えええっ! 口づけにするんですか!」
「別に香織ちゃんは王様なんだから、誰がやるかは自由に選べるわよ」
「……そ、それなら……」
お、おいおい! 口づけならさっきの方が百倍もマシだろうが!
抗議をしようと口を開こうとした瞬間、
「二番と三番の人は口づけをしてくださいっ!」
と、上杉先輩は恥ずかしそうに命令を下した。
とりあえず、俺は四番なのでセーフだ。安心した。となると、女子同士のキスをすることになるのだが、誰と誰がすることになったんだ?
「……あら、私ね。三番は誰かしら? 篤人君なら嬉しいんだけど」
「いえ、違います。俺は四番です」
堤先輩が二番か。三番は誰なんだ?
「ま、またあたし……」
「紗希ちゃんなの。まあ、まどかちゃんも紗希ちゃんも両方可愛いから。どっちとキスをしても私は良いと思ってるし」
「か、奏先輩! あたしたちは女の子同士なんですよ? そんな、同性でキスだなんてそんな……」
「……あんな作品を描くあなたがそんなことを言える立場じゃないと思うけど」
「あうっ……」
あんな作品ってどういうことだ?
何にせよ、急に宮永先輩が大人しくなったな。というか、宮永先輩……二連発はさすがにきつそうだ。ここは宮永先輩に同情する。
堤先輩と宮永先輩が立ち上がり、お互いを至近距離で見合う。そして、堤先輩が宮永先輩のことを抱きしめてゆっくりと口づけをする。
「奏、先輩……」
「大丈夫。優しくしてあげるから、紗希ちゃんは私のされるままにして」
そう言うと、堤先輩はゆっくりと宮永先輩の口に舌を入り込ませる。思わず漏れる二人の声と何とも言えない効果音が厭らしい雰囲気を作り上げる。
ああ、これは目を逸らしたくなるな。良かったぜ、俺じゃなくて。
まどかも上杉先輩も顔を真っ赤にして目を逸らしている。二人の口づけはあまり見るべきではないだろう。
十秒ちょっとして口づけは終わった。
「さっき、あなたがチョコチップクッキーを食べていたからか凄く甘く感じた」
「……は、はい……」
と言って、宮永先輩はソファーの上で仰向けになってしまう。さっきは俺に抱きしめられたし、今回は堤先輩に口づけをされてしまうし……宮永先輩も結構精神的にまいっているのだろう。
数分後、宮永先輩の体力が回復し、王様ゲームは続行することになった。
四回目。
全員が棒を掴む。
『王様だーれだ!』
そう言って全員が棒を引く。今回の王様は、
「わ、私ですっ!」
まどかか。ちなみに、俺の引いた番号は二番だ。今回も俺に当たりませんように。
「さっきのキスは気持ち良かったし、今回も口づけでいいんじゃない?」
「そ、そうですね……」
もう、王様はあんただな、堤先輩。自分の時は俺の番号を当てるし、それ以外の人が当たっても自分の言うことを聞いてくれるんだから。俺も何だか反論する気が無くなってきた。
「で、では……一番と二番の人が口づけをしてください!」
「俺かよ!」
ま、まさか当たってしまうとは。相手は誰なんだ!
「えっ、ぼ、僕なの……?」
さ、最悪のパターンだ。同性である上杉先輩が相手だなんて。
「そ、そんなに嫌な顔をされると僕、へこんじゃうよ……」
「いや、上杉先輩が嫌だとかそういうわけじゃありませんよ。ただ、同性で口づけをしてしまうのはどうかと」
「さっき、あたしだって奏先輩と口づけをしたんだからちゃんとやりなさいよ。奏先輩もそう思うでしょう?」
自分が選ばれなかったからか宮永先輩は普段の調子に戻っていた。
「そう、ね。王様の命令は絶対だからね」
つまり、あんたの言うことを聞かなきゃいけないのか。
どうする。どうすればいい?
「く、栗橋さん!」
「どうしました? 先輩」
「……みんなの前で成瀬君と口づけをするのは恥ずかしいから、頬にキスをすることで許してくれないかな?」
「私はそれでも良いですけど……」
「じゃあ、それで決定だね。成瀬君も頬にキスをするくらいなら僕にでもできるでしょ?」
「え、ええ……それなら何とか」
なるほど、まどかの気持ちを変えさせたのか。まどかが頬にキスでも良いって言えば、それが新たな命令となる。上杉先輩、ファインプレーです。
堤先輩と宮永先輩は少し不服そうだったが、上杉先輩が頼んだから頬にキスでも我慢するといった感じだ。俺だったら駄目だったのか。
「じゃあ、僕からキスするね」
そう言うと、上杉先輩はそっと頬に唇を触れさせた。
恥ずかしそうにしている彼の姿はもう女の子にしか見えない。男であることを忘れそうなくらいに可愛らしい。
「俺からもしますね」
「……うん」
俺も上杉先輩のように頬にそっと唇を触れさせる。
「ふあっ」
喘ぎ声を上げないでくれませんか、上杉先輩。
「これで大丈夫だね、成瀬君」
「そ、そうですね……」
上杉先輩が少し嬉しそうに微笑んでいる。その理由は何なのかは探らない方が吉かもしれないな。
こんな状況になっても、王様ゲームはまだ続く。
五回目。
全員が棒を掴む。
『王様だーれだ!』
そう言って全員が棒を引く。今回の王様は、
「ついにあたしが王様になったわ!」
宮永先輩か。ちなみに、俺の引いた番号は三番だ。今回はさすがに当たらないで欲しい。
でも、宮永先輩は堤先輩と同じくらいに王様にしちゃいけない人物だと思う。その証拠に良からぬことを考えているからかにやついているし。
「あたしと同じような目に遭わせる時がついに来た!」
もうこれは非常事態宣言じゃないか!
だが、ここで俺が何か言ったら無理矢理にでも俺に命令しそうな気がして恐い。こうなったら神頼みしかない。どうか当たりませんように。
「二番の人が三番の人に『好き』だと囁いて、思う存分に体を密着させなさい!」
ど、どうしてこの期に及んでまた俺が当たるんだ。まあ、今回の場合は受け身の立場ではあるけれど、恥ずかしい気持ちになることに変わりはない。
「相手は誰ですか……」
俺がそう言うと、ある人物がゆっくりと手を挙げた。
「わ、私です……篤人さん」
そう、まどかだった。
「……え、ええと……その……」
「遠慮せずに来いよ」
まあ、まどかなら節度ある行動を取ってくれると信じよう。
「それじゃ、ソファーの方に行ってください。篤人さん」
「おう」
俺はまどかに指示されたとおり、ソファーの方に行きソファーに座る。まどかもそのすぐ後に俺の隣に座る。
「え、ええと……あ、篤人さん」
「なんだ?」
まどかは俺のことをじっと見つめて、
「す、好きですっ!」
そう言って俺のことをソファーの上に押し倒してきた。そして、まどかは頭を俺の胸の上に乗せ、撫でるようにして頭を動かしてくる。
「篤人さん、良い匂い……」
そう言って、まどかは顔を俺の顔のすぐ側まで近づける。
それに対して、俺はまどかの頭を撫でることぐらいしかできない。まどかには悪いがこの状況、早く終わってくれないだろうか。
「……あの、もう終わりにしませんか? 王様ゲームも十分にやったでしょう」
このままやっても延々と続きそうになったので、俺は言った。
「……そうね。もう九時もとっくに過ぎたしね。パーティはこれで終わりにしましょう。みんなもそれでいいかしら?」
堤先輩がそう言うと、ここにいる全員がすぐに賛同するのであった。
色々と内容が凄かったが、王様ゲームも悪くはなかったかな。
こうして、AGCのクリスマスパーティは静かに幕を閉じたのであった。